第3話 小梢との距離
「せ~んぱい!おはようございます!」
「うぉ!小梢朝っぱらからなんだよ?」
「うぉ!じゃありませんよ。可愛い彼女が一緒に登校しようと誘ってるのですよ?
はよ支度してください!」
「うっ…。そうだった。
ちょっと待ってろ。部屋の外で待ってろよ!」
「はーい!
あれ?せんぱいってば今顔ちょっと赤くなかったですか?
もしかして照れちゃってます?
可愛い彼女が迎えにきて照れちゃってます?」
「んなわけないだろ!黙ってそこで待ってろ!」
「えへへ!はーい!」
そうだった…。昨日から小梢は俺の彼女になったんだった。朝から迎えにきてくれたせいでその事実を思い出した。小梢が朝から俺の部屋に来るとは…。なんだか急に恋人同士になったという現実感が出てきてバカみたいに舞い上がってしまった。
こんな可愛い後輩が俺の彼女だと?しかも趣味も共通で勝手知りたる仲だけに背伸びする必要もない。今の俺はもしかして最高にリア充なんじゃないだろうか。
いやいや、コイツはただの仮の彼女。お互いより良い相手に出会うため、ステップアップするためのただの演技の偽物の関係だ。そうだというのに朝から小梢が部屋の前に迎えに来るという今までなかったシチュエーションにちょっとテンション上がってしまった自分が情けなさすぎる…。
立場というのは不思議だ。彼女になったとたんにアイツの俺への雑な扱いも何もかもがただ甘えてるだけにしか感じなくてひたすら可愛く感じてしまう。
いやいや、何を考えてるんだ俺は!しっかりしろ!立場もくそも俺達は名目上であって俺達の関係は昨日から何も変わってないはずだ!
「さっ、支度できたぞ。行くか」
「はい!」
小梢は俺の隣を歩いている。なんとなくだが昨日より5cmくらい俺に近い気がする。というのも普段の俺なら異性にここまで近づかれると「うおっ」ってなるパーソナルスペースに1cmほど侵入されているからだ。けれど、偽とはいえ俺の彼女だと思うとそれでもあまり気にならない。小梢の方もそんな感じなんだろうか。俺が難しい顔をしていると小梢は俺の顔を下から上目遣いでのぞき込んできた。いちいち仕草があざとい。
「せんぱい?どうかしました?」
「いや、なんか近いなって思っただけ」
「恋人なんですからそりゃそうですよ!近くにいないとスマホのGPSが反応して一緒にいたとはカウントしてくれなくなっちゃいます!」
「いや、それはもうちょっと離れてても反応するだろ…」
「いやいや、どこが境界線かなんてわからないじゃないですか。念のためです!念のため!
あっ、でもせんぱいが私がせんぱいを好きだと勘違いしちゃったりしたら嫌なので腕組んだり手繋いだりはしてあげませんからね!」
「勘違いしねーし。てかはずいから後輩と手つないで登校とかしねーよ。
つーか俺は別に好きな奴もいないからどうでもいいけど小梢はいいのかよ」
「いいって何がですか?」
「だから俺とこんなに近くにいても良いのかってことだよ。好きでもない男が近くにいて嫌じゃないのか?」
「別に全然気にならないですけど?
だいたい、せんぱいは私にとってはわんちゃ・・・じゃなくてこれまでもずっと一緒にいた部活の仲間ですからそんなの今さらですよー」
「そんなもんか。
つーか、今お前俺のことペットの犬か何かと同列に語らなかったか?」
「ふふふ。気のせーです!
むしろ気にしてるのはせんぱいの方じゃないですか?私があと少し近づくとその分距離あけますよね。私、ちょっぴりショックです。うえーん」
「そのウソ泣き雑すぎるだろ。偽物なんだからこんなもんで良いんだよ」
「さいですか」
小梢は納得したように今度は昨日と同じ距離で歩き出した。崇とか普通の男友だちと歩くときと同じ距離だ。なんとなくだけどそれはそれでなんだか遠い気がした。そしてそんな事実一つに俺は動揺させられる。そんな俺は昨日まで全然気にしてなかったことがなんとなく気になってしまい小梢に尋ねた。
「それよりお前の好きな奴って誰なの?」
「うわぁ…せんぱいの方が私の心のパーソナルスペースにズケズケ入ってきますね。そんなのせんぱいに言えるわけないじゃないですか!」
「そりゃそうだよな。すまん、変なこと聞いたわ」
小梢は俺の質問にドン引きといった様子のリアクションをした。俺もそれにすぐにハッとしてバカなことを聞いたと後悔しながら謝った。すると小梢は小声で何かをこぼす。
「ちぇ…そこはもっと強引でもいいのに…」
小梢はぼそっと何かを不満そうに言っていたけれどそこら中に登校中の生徒が話している外を歩いているのもあって俺には全然聞こえなかった。
「なんか言ったか?」
「いいえっ!
私の好きな人はせんぱいには言えませんけど、こうしてせんぱいと一緒にいるのも私の好きな人へのアプローチになってるんですよ!」
「??
そうなのか?」
「はい!ほら、彼氏持ちの女子ってなんとなくレベル高いじゃないですか。
彼氏なしの女子だとその気になればいつでも手に入る的な感じで全然気にならないかもしれないですけど、彼氏持ちだとなかなか手に入らないレア感出るじゃないですか」
「レア感ねぇ…。
うーん。確かにそんな気もしないでもないけど、むしろレアなだけに諦めるんじゃないのか?」
「いやいや、凝り性の人は障害が多ければ多いほど燃えるもんなんですよ!逆に!
だいたいそういうせんぱいだって全然諦められてないじゃないですか。むしろ以前よりも意識させられてますよね?百々奈先輩のこと」
「うっ…」
小梢の言うことはもっともだった。水無瀬が大村と付き合うようになってから俺は頭の中ではそれを全力で応援することにして、水無瀬のことは異性として意識しないと強く誓っているというのに本心を言えば登校中なんかはいつも水無瀬が近くにいないかその姿を探していた。
あれ?そういえば今日は不思議と水無瀬のことは全く気になってないな。むしろ今まで忘れてたくらいだ。
というか俺は今まで水無瀬よりも小梢のことを意識させられていた。どうなってるんだ俺は。
昨日まではこいつが誰のことを好きだろうが全く興味がなかったというのに今はそれが誰なのか気になって物凄くもやもやした気分になっている。
偽彼氏だというのに彼氏面していっちょ前に嫉妬とか我ながらヤバい奴だな。しゃっきとして年上としての器の広さと威厳を見せねば!
そう意気込んで俺は頬を叩いて気持ちを落ち着かせた。
のだけれど…小梢はニヤニヤしながらまた俺の方をのぞき込んでくる。
「あれー?せんぱい昨日までは私のことなんか全然興味ないって感じだったのに今日は私のことばっかり聞いてくるんですね」
「うっ…」
「今もなんだかもやもやしちゃってますねー。わざとらしくピシピシ喝入れちゃって。
もしかして、私に好きな人がいるって嫉妬しちゃってますー?」
「し、してねーよ!」
「あはは!せんぱい、ホントわかりやすいなー!
嫉妬しちゃったんですねー。かわいいーー!
私、せんぱいの嫉妬なら大歓迎ですからどんどん嫉妬してくださいね!嫉妬してもんもんとしてるせんぱいみてるだけで私ご飯何杯でもいけちゃいそう!」
「このクソドSが…。いや、男を良いように振り回すとか小悪魔にもほどがあるだろ。将来は間違いなく美魔女だな」
「せんぱい、知ってます?女の子は男の子から想われて嫉妬されるとどんどん可愛く綺麗になるんですよ!
うふふ」
小梢はくすくす笑いながら俺がヘタレている様子を見て楽し気にしている。そうだった。コイツは俺がどんなに嫉妬しようがヘタレようが何しようが逆にそれで愉悦するヘンタイドS後輩だった。可愛いことは認めるがとんでもない奴が彼女になってしまったな。こいつと組んだのはやっぱ失敗だったか?
そんなことを思いながらも、俺達はいつの間にか校門の前まで到着していた。あれ、もう着いちまったのか。
俺は小梢と半日ほどお別れになるのがちょっと名残惜しい気分になりながらも、なんだか楽しい一日になりそうだと期待して、後ろの方からよく知った声が聞こえた気がしたにもかかわらず振り返ることなく校門をくぐった。
後ろの方で誰かの「あっ…」という、戸惑う声が響いていた気がした。