第25話 シックスワン
小梢が言っていたことを俺はすぐに理解することになった。
俺とふうちゃんは至って良好な交換恋人初日を過ごしたわけだけれども、他は一体どうなっていたのか。
うまくいっているところもあればそうでないところも当然ある。うまくいきすぎて逆に問題になっているところからうまくいかなさすぎてペナルティを受けることになった者まで。
そう、交換恋人初日を終えた直後の学校は今までとは全然違う日常へと変化していたんだ。
そして、俺らの関係は奇跡のようなバランスでうまくいっていることをよくよく理解することになる。
・・・・・・・・・・・・
こんこん
「ほーい。だれだ?崇か?」
「おはよ。私だけど?」
「ふ、ふうちゃん!?びっくりしたー!おはよう!」
「う、うん。だって、私、あっくんの彼女だし?ダメだった?」
ふうちゃんはツインテールのはじっこをくるくるさせて目を逸らして恥ずかしそうにしている。
俺もそろそろ出発しようとは思っていたもののまさか向こうから来てくれるとは思わず不意討ちを喰らった気分で、俺も気恥ずかしくなって顔を反らす。
はは。二人して顔を反らし合って何やったんだろうな。
それに制服姿のふうちゃんは可愛かった。
昨日の私服姿のふうちゃんも可愛かったけれど、制服姿は制服姿で凄く似合っている。スカートの長さは小梢よりは長いけれど、水無瀬よりは短いという絶妙なライン。小梢のようにちょっとえっちで可愛いというより自然と可愛いといえるラインだ。
だからこそそんな女の子が朝から迎えに来てくれるというシチュエーションに余計、気恥ずかしくなってくる。
幼馴染が朝に迎えに来るとかド定番だけど、いざ身近な幼馴染にそれをされてみると結構恥ずかしいもんなんだとわかった。そもそもこれまで一切交流がなかった相手だからというのもあるかもしれない。
俺は気恥ずかしさを誤魔化しながらふうちゃんとの話を続けた。
「いやいや!むしろまさかこんなに早く来るなんて。こっちから女子寮前まで迎えに行こうと思ってたのに」
「そ、そう?来てくれる予定だったんだ…。ならちょっと早まっちゃったかな?今日はちょっと早起きしちゃったから」
「そうなんだ。なんかあったん?」
「う、ううん。実は食堂でお弁当作ってたんだ。早くいかないと混んじゃうからってだけ」
「えっ、それってもしかして」
「うん、あっくんにお弁当作ってきたの。
嫌だった?」
彼女のお手製お弁当とか、料理する時間があればゲームする小梢には絶対無理な芸当だけに結構来るものがある。その上、わざわざ早起きまでしてくれてまで作ってくれたなら尚更嬉しい。
「いやいや!そんなわけないじゃん!すごく嬉しいよ!
今日のお昼が楽しみになってきた!」
「そ、そう?良かった!さっ、行きましょ!」
俺の返事にふうちゃんは、ぱぁっと笑顔になる。本当にふうちゃんは笑顔が魅力的な子だ。
この笑顔に癒されない人間はいないだろう。もはや可愛いを超えて天使にしか見えない。
「あ、ああ!」
俺はふうちゃんの笑顔にみとれながら、さっきまでの身近な幼馴染的印象から本物の学園アイドルへとどんどん認識を改めていくことになる。
そして、極めつけがこれだ。
俺たちは並んで歩いて寮の入り口に向かうと、寮の玄関ホールにはズラリとクラスの人数よりも多い男子、60名が整列していた。俺らが通る道を空けるように整列していて、その光景はある意味壮観だ。
「「「「かえで様、おはようございます!!」」」」
「みんな!おはよ♪」
ふうちゃんはさっき俺に見せたのとはちょっと違う優しい笑顔でファンの連中に挨拶していた。
連中はふうちゃんに挨拶されただけで悶絶して喜んでいる。
俺は演技の苦手なふうちゃんによくアイドルみたいな真似ができるなと昨日の朝は思っていたけれど、どうも様子を見ていると俺に誤解もあったようだ。
ふうちゃんはこいつらファンのことは何だかんだ大事にしているし、好きなんだなとわかる。つまり、演技じゃなくて本心なんだ。
今のファンに向けた挨拶も良くある営業スマイルというものじゃなくて自然な笑顔だった。しかもその笑顔に今日も朝から会いに来てくれてありがとうといった感謝の気持ちが込められているのもわかる。そんな優しい笑顔。
だからこそこいつらのこの悶絶っぷりであり、だからこそ朝からきっちり整列できちゃってるこの忠誠心なんだろう。
改めて俺の交換恋人は凄い人だということを実感する。
列の先頭には見慣れた顔もあった。
「兼平、おはよう。その様子だと無事あの後かえで様とうまくいったんだな」
「おっ、小坂もおはよう。
ああ、心配かけたな。おかげさまでという感じだ。
てか、なんだよこれ。俺まで大統領婦人とか偉い人になった気分がしてびっくりしたぞ。お前ら解散したんじゃなかったのか?」
「解散したよ。だからこれまで毎朝の恒例だった朝礼はやってない。
ただ、こうして朝の登校中にかえで様におはようと声かけるのは友人としても当然のことだけに別に問題ないだろ。
個別に挨拶声しようとしたところ、たまたま全員ここに整列したというだけだ。
それに、一気に全員やった方がお前の負担も軽いし、お前とかえで様の様子を見せた方が皆も安心するし、応援しようって気にもなるって寸法だ」
「そっか、なるほどな。気遣いありがとな。
みんなもありがとな!」
親衛隊の連中は皆、こくりと頷く。
さすが、人が良いふうちゃんのファンだけあって統率力だけじゃなく、皆、人も良さそうだ。まぁ、だからこそ俺らをきちんと見守ることにしてくれたんだろうけど。
それに人が良いと言えばその一番株は小坂だろう。俺とふうちゃんの様子に何の疑問も抱いていないこいつらの態度を見れば、小坂が昨日から今日にかけて俺とふうちゃんのためにこいつらを説得しようといろいろ動いてくれていたということがよくわかる。
昨日半日しかいなかったけれどもこいつとは趣味も含めてふうちゃんなしでも親友になれそうな気がする。
うん、こういう仲間も悪くないな。
「それより小坂、お前の方は大丈夫だったか?」
「そ、それか。大丈夫ではなかっ…」
「大丈夫よ。ね、小坂くん」
「うおっ!水無瀬、いたのか!おはよ」
水無瀬は男衆の後ろにいたらしく、俺と小坂の間からひょこっと顔を出した。
交換恋人との行動制限は基本的に放課後だけで朝は別々でもセーフだということだからてっきり小坂とは別行動だと思っていたんだが、どうやらちゃんと集合してかえで様の出待ちに参加していたらしい。まぁマジメな水無瀬らしいといえば水無瀬らしいか。
小坂の顔は若干ひきつっていて、今朝も水無瀬の方から誘ったんだろうと容易に想像がつく。小坂をちゃんとした交換恋人生活を送れるように教育するなら、朝は女子寮まで出迎えに行くくらいしないとだもんな。小坂は根はふうちゃん思いのすげーいい奴だから、それをきちんと他の女子にも同じくらいまでとは言わなくとも半分でも分けてあげられるようになりさえすれば絶対にモテるだろう。
水無瀬は小坂にニコッと微笑みかけた後、俺らに挨拶してきた。
「おはよー兼平くん。かえちゃんもおはよ!」
「おはよ、モモ。
えっと、うちの小坂くん、面倒かけなかった?」
ふうちゃんは少し不安げな顔で水無瀬に問いかける。俺らのやり取りを知らないふうちゃんからするとこれは一体どういうことかと不安になってくるだろう。
そんなふうちゃんに対して水無瀬は安心させるように優しく微笑んだ。
「うん。全然だよ!
兼平くんがかえちゃんとこに迎えに行った後は残った4人でカンダムカフェでお昼食べたり、アニメ見ながらお茶したり、ゲームしたりしてその後は別々に行動って感じだったけど、私は普通に楽しめたよ!
重大な任務も兼平くんから授かっちゃったしねっ!」
「じゅ、重大な任務?」
「うん!兼平くんの発案で、かえちゃんをきちんと守れるようにするには小坂くんに交換恋人がんばってもらってポイント稼いでもらってわないとってことになったんだ。
で、私が小坂くんの教育係として兼平くんから任命されたの。
だから、昨日も目を離すとすぐに暴走し始めるこの人をしっかり見ておいたから安心してね♪」
「すぐに暴走を始めるなど、な、何を言うでござ…ぎゃぁ」
「ん?いま何か言ったかな?」
「な、なにも言ってない…です」
ははは。水無瀬のヤツ、完全に小坂を手懐けてるな。だが、水無瀬のニコッとした微笑みに対して嬉しそうにハァハァ言ってる小坂はなんだか別の方向性に目覚めそうな勢いだぞ…。大丈夫か?
ふうちゃんも2人の様子に思わず苦笑いしている。
「そ、そっか。そういうことだったんだ…。
もうあっくんってば、そんなことまで…。し、仕方のない人ねっ!
けど、そっか。私からもお礼を言うわね。モモ、ありがとっ!」
「かえちゃん…こちらこそありがとうだよ!
それにまだ任務も終わってないしお礼をいうのはまだ早いよ!」
「ううん、それでもありがと。色々とね☆」
ふうちゃんがそう言って水無瀬にウィンクすると、水無瀬も嬉しそうに笑った。
なんか昨日の朝は謎に対抗意識ある2人だなと思っていたけれど、昨日の午前中のダブルデートとかを経てだんだんと2人の間のわだかまりもなくなってきているようだ。
2人の間にいい感じで信頼関係ができつつあって嬉しくなる。
「さっ、そろそろ学校行きましょ!」
「「「はい!」」」
ふうちゃんの合図で学校に向かおうとする俺達(63名)。
そ、それにしてもこれは大名行列か何かだろうか?
俺達4人のカップルを先頭にしてファンらがその後を統率取れた状態で追って歩いてこようとしている。ある意味凄い。
俺が足を止めてその様子に呆然としていると、列の先頭のヤツが話しかけてくる。
「どうした?シックスワン。かえで様がお待ちだぞ?」
そいつは俺に対して兼平でも、あっくんでもなく別の名前で呼んできた。
お、おい。お前いまなんて言った?俺が混乱していると別の奴も俺の背中を押しながら声を掛けてくる。
「シックスワン、エースのお前が先導しないでどうする?さっ、行った行った!」
そしてこいつらはまるで大切な仲間に寄せるような表情を俺に向けてきている。
お、おい、シックスワンってまさか…。
「なんだよ61って!
まさか俺、お前らの仲間に入れられてるんじゃないだろうな!?」
「・・・・・・・。」
俺のツッコミに突如しーんとなる59名。
なんか言えよっ!!
「あっ、そうだ、シックスワ…じゃなくて兼平よ。お前のIDカード発行しておいたぞ。これでお前もいつでも俺らの会に出入り自由だ」
小坂、お前いま、俺のこと完全にシックスワンって言おうとしたな。
お前が犯人か、と思いながらも俺は小坂からIDカードを受け取る。
このIDカードは部活動をやっている人間が持ってる各部活の部室カギになっているIDカードだ。
だが、そのカードは表面に謎のラミネート加工されたシールが貼られていた。
そしてそこにはばっちりとこう書かれていた。
【かえで様親衛隊 会員No.61
兼平秋人 あだ名:あっくん】
「なんじゃこりゃーーーーーー!!
やっぱ入会してんじゃねぇかぁあああああああ!!!」
俺がカードを持った手をわなわな震えさせながら叫んだものの、どいつもこいつも「今さら何言ってんだこいつ?」みたいな顔で見てくる。どうやらもう手遅れらしい。
「はは。お前は昨日はかえで様のために大活躍だったからな。
通常俺達は厳しい審査をパスした選ばれた者にしか入会は認めていないのだが、兼平、お前の昨日の活躍を讃えての発行だ。
良かったな!おめでとう。Congratulation!」
パチパチパチ
「「「Congratulation」」」
寮の玄関ホールに乾いた拍手音が響き渡る。
「全然良くね―――――!!お前ら――――――!
それもう、俺のことハメて喜んでるセリフじゃねーかぁああああ!!」
そして俺の反応にしてやったりで大満足といった表情の60人。
まったく、こいつらの人が良さそうな態度に油断して甘い顔を見せていたらすぐコレだ。
人が良いと思ったのは勘違いだったか。とんでもなく要注意な連中だな。
俺は大きくため息をつきながらもカードを受け取ることにした。まぁこれはこれであった方が便利なのは間違いない。
俺は俺で部長として持っていた自分の部活の予備IDカードを小坂に渡した。
「小坂、お前には俺の部活のを渡しとく。交換だ。
お前も隠してるあっちの趣味で騒ぎたくなったらいつでも遊びに来てくれ」
「ああ、かたじけな…じゃなくてありがとう。使わせてもらうよ」
一瞬出そうになった素の小坂を水無瀬が威圧して止めていた。
小坂もなんか色々大変そうだな。普段は発散できない分、是非ともうちの部室に遊びにきたときくらいは素の小坂で目いっぱい楽しんでもらいたいところだ。
そんなことを考えていると、俺の隣にいた女の子がぷくっと頬を膨らませて拗ねた顔をする。
ふうちゃんはツーンといった顔で「フンっ」とか言っているけれど、拗ねた顔も可愛い。
「ごめんごめん。ふうちゃんにももちろんあるよ!特別製のがね。
後で渡そうと思ったんだけど、せっかくだし今渡しとくよ。はい!どうぞ」
俺はふうちゃんの好きなキャラであるプリシラちゃんのシールを貼ってラミネート加工したIDカードをふうちゃんに渡した。
するとふうちゃんは再びぱぁっと明るくなってとんでもなく嬉しそうにする。
そして、そのあまりの純粋、無邪気な笑顔、天使っぷりに心打たれた後ろの60名は涙まで流し始めていた。
「「うぅぅ…シックスワンよ、お前がエースだ…!」」
俺を崇め奉る60名。
だが、その褒め方、あんま嬉しくないんだが…。
榛原郷様から初レビューいただきました!
ありがとうございます!!
大感激です!応援ありがとうございます!!




