第22話 relations②
ラスト部分を改変しています。
体育座りで腕を組んで顔を伏せている法条の横に座った俺はとりあえず、ちょっと強引かもしれないけれど、法条の手を取ってこちらに引き寄せて頭を思いっきりよしよしした。
俺が急に手を握って頭を撫でてきたこととか俺がいつの間にか隣にいたことにビビった法条は「!”#$%&」と奇声を上げそうになったから、俺はその口にカンプラ焼きをすかさず突っ込んだ。
「うぐぅ…」
急にカンプラ焼きを口の中に突っ込まれた法条は俺の予想通りの反応をした。
けれどすぐにマチルダさん特製ふわふわ生地にカスタード甘さマシマシのカンプラ焼きに夢中になってむしゃむしゃ食べはじめた。
やっぱり大好物なんだな。俺は幼馴染とよく中野の駅前にあるおやき屋さんでいっしょにたい焼きを食べていた。
そいつは優しい奴で半分こすると必ず餡がぎっしり入った頭側を俺にくれた。けれど今日は俺は法条の口の中にカンダムの頭から突っ込んでやった。
俺は懐かしい気持ちになって更に法条をワシワシ撫でる。ツインテールの頭がウサギみたいでもふもふしてて気持ち良い。
けれど、法条はいきなり俺にそんなことをされたことに対して不満があるらしく、カンプラ焼きを頬張って喋れない分、身体で直接訴えるべくジタバタしはじめた。だが、俺はそんな法条を更に強引に真横から抱きしめて、頭を撫でて落ち着かせた。
知らない相手にそんなことをすれば完全に事案なわけだが、この子にこうするのはこれがはじめてじゃない。
抱き締めてみた法条は、ホントにちっちゃくて、ふわふわしてて、いつまでも抱き締めてよしよししてあげたくなるような愛しさがあった。しかも優しくて懐かしい香りがした。俺はもうこの時点では完全に確信していた。
俺は彼女を抱き締めながら謝った。
「ふうちゃん、ごめんな…。すぐに気付いてあげられなくてごめん」
「っ!!??」
法条は俺の呼び方に一瞬身体をビクッとさせたけれど、すぐに落ち着いて、カンプラ焼きを食い切って、手で俺を突き放しつつ、咳払いして一言。
「そ、そんな名前の人は知らないっ!」
法条はそんなセリフで「ふうちゃん」であることを否定する。
法条、お前、そのセリフは俺達の業界内では認めたも同然のセリフなんだが。わかっててやってるのか、それともただのポンコツなのか。おそらく後者だろう。
まぁ、素直には認めてくれないということはわかってた。それは別に構わない。
「さっ、ふうちゃん、いこっか。今まで寂しい思いをさせてごめんな。
もう一人にはしないから、安心してくれ」
「~~~~っ!!!」
俺が法条の前で中腰になって手を差し出すと、法条は顔を赤くして「ふうちゃんじゃないって言ってるでしょ」と、ぷいっとしながら俺の手を掴んだ。
法条は小声で「こんなの反則だよ…。もう、全部許しちゃうよ」っとぼやく。どうやら少し機嫌は良くなってくれたようだ。昔からふうちゃんとケンカしたときでも俺がこうして抱きしめてよしよししたり、手を繋いで引っ張りまわしてるうちにふうちゃんは機嫌を直してくれた。
俺と法条はそのまま手を繋いでカンダムカフェを出てアキバの町に再び出た。法条は俺と手を繋ぐことについて嫌がってはいなくて、きちんと握り返してくれていた。法条の手はちっちゃくて柔らかくて、やっぱりなんだか懐かしい感触がする。
さて、久しぶりの再会だ。けれど法条はふうちゃんであることを認めてはくれない。
となると、行く場所は一つだな。
俺はデジタル会館のイベント会場へと向かった。確か今日はBDカネコのアガマス最新作、シャイニーライブマスター(通称シャイマス)の新人声優さんのお披露目イベントがやっていたはずだ。
俺らがデジタル会館に着くと、デジタル会館周りは既にイベントの熱気に包まれていて、エレベーターを降りてイベントスペースに着いた途端に法条は目を輝かせた。
「うわぁ!すごい!ねぇ!あっく…じゃない!アナタ、声優さんのイベントやってるみたいよ!」
「あ、ああ!」
法条のポンコツ演技もいよいよ限界に近いらしい。俺に対して「アナタ」呼ばわりは最初からなんか違和感があったけど、今完全に「あっくん」と言い掛けていた。「あっくん」とうっかり言わないための「アナタ」呼ばわりだったか。
それにしても、法条はホントに不器用だな。学園アイドルとかやってるから演技力はあるのかと思っていたけれど、昨日から欠陥だらけのポンコツっぷりだ。法条は自分のことを腹黒だの毒舌だの言ってるけれど、俺には全然そうには見えない。
コイツはただ、不器用でポンコツで純粋すぎるだけだ。そのせいでちょっと悪いことを考えただけでもしゅんとなってしまって自分が腹黒なんじゃないかと追い込むタイプ。そんな良い子なだけだ。
どこかの誰かさんのように男を転がせる能力とかは皆無だし、あえてちょっと悪いことをしようとしたり、そうやってあざとさを演出するとか絶対できないタイプ。
一生懸命でストレートに可愛い、それが法条なんだなと俺は思う。
今もイベントに興奮して俺とつないだ手をブンブン振っていて、それがまた可愛い。
なんだろう。法条がふうちゃんだとわかると今までと全然別に見えてきた。すっかり俺好みのヲタクっ娘に成長しちゃってるわけだが、幼い頃から俺が自ら育てちゃったら当然こうなるか。
俺にとってふうちゃんという存在は大切な幼馴染であり、特別な存在だった。
特別といったけれど、色恋的な意味でじゃない。
俺がふうちゃんと遊んでたのは小学3年生だ。俺はその頃はまだ恋だのなんだのには全然興味がなかった。そもそも俺が本当に恋を知ったのは昨日とかのレベルだ。
あのときはゲームやアニメに夢中になってて、全然それどころじゃなかった。
そんな俺だったけれど、ふうちゃんはとても大切な存在だった。
恋愛とは違う意味で大好きな相手、親友だった。
俺は今でも学校で浮いた存在だが、こうして学校で浮いてる生活をしているのは小学生の頃からだ。
小学3年生で周りにヲタクなんてものは当然いなかった。もちろんそこそこゲームをやるやつもいたけれど、俺ほど色々やりこんでいるヤツはいなかった。
俺の場合、お父さんたちの仕事仲間やおじいちゃんに挨拶に来る大人はみんなヲタクでゲーマーで、俺の中ではそれが俺の知る大人たちであり、常識だった。
そして俺の対戦相手はいつもそうしたヲタクゲーマーの大人たちだったからこそ、磨かれていった。
俺が同級生とゲームで対戦するとただの弱いものいじめになって、誰も俺と遊んではくれなくなった。
アニメも同級生は名探偵ナコンくんとかを見ていたけれど、俺は清宮ヨルヒの陰鬱とかギアスコードとか旧作のカンダムとか違うものを見ていた。俺の家にやってくる大人たちとは話は合うけれど、同級生とは一切話が合わなかった。
俺の常識と世間の常識にはあまりにも大きな差があったんだ。
けれども、ゆかりんのトークショーで知り合ったふうちゃんは、流石そういうイベントに来るだけあって、ヨルヒも見たことあるというし、俺が勧めるギアスコードもカンダムも面白いと言ってくれた相手で、俺にとって唯一の理解者でもあった。
俺は彼女がいてくれたからこそ、学校では誰も理解者がいなくてもこのままのスタイルを今の今まで貫き通すことができたんだと思っている。
いうなれば俺の原点でもあった。
そんな彼女だからこそ、突然お別れになってしまったけれど、それに裏切られたという気持ちはなかったし、もし、叶うのなら俺との思い出を大切にしてくれていたら良いなと思っていた。そして今でもヲタク文化を好きでいてくれたら良いなと思っていた。
そして、俺は今のふうちゃんを改めて見てみる。
外見は大きく変わったけれど、中身はそっくりそのままだった。俺の大好きだった親友のままだった。
ずっと、俺との思い出を大切にしてくれてたんだな…。
あれ?なんだろうか。俺はそう思った瞬間、物凄く嬉しくなったのだけれど、何か違和感、いや、今までとは違う感触を覚えた。俺は気持ちを切り替えて彼女のエスコートを続けた。
「今日はシルバーウィークということでイベントやってる日だからな。
昼過ぎからは声優さんのトークショーだ。
せっかくだし、見て行こうぜ」
「ホントに!?
け、けど、凄い人だよ?今から入れるかなぁ…」
「こういうときに学校じゃ無意味な俺のコネ、じゃなくてカネコ?がモノを言うんだよ」
俺は法条の肩をポンと叩いて落ち着かせてから、イベントスペースの脇にいたお兄さんに話しかけた。
「どもー、黒羽P、おはようございまーす!」
「あれ?兼平くんじゃん。おはよー。
今日は見に来れるかわからないって言ってたけど無事見に来れたんだね!
それに可愛い彼女まで連れてくるなんて、やるじゃないか!」
「ははは。なんとか来れて良かったです。
こっちは俺の彼女の法条さんです」
「ほ、法条でしゅ…。この人の彼女でしゅ…」
法条は突然俺に恋人として紹介されたことにテンパったらしく、耳を真っ赤にしながらカミカミで自己紹介した。だが、それが逆に黒羽Pにはウケたようだ。「ぐはっ」とかリアクションしている。
「うわぁ…二次元から出てきたアイドルみたいに可愛い子だね!いいなぁ…!
さ、こっち来て!一応関係者席とってあるから」
「あっ、ありがとうございます。でも大丈夫です。俺たち、席とかまではいらないんで、そこ詰めてくれて大丈夫ですから最後尾に2人分だけ入れてもらえないですか?」
「最後尾?それならちょっとずらせば行けるから問題ないよ!
けど、前の関係者席も確保できてるけどホントにいいのかい?」
「はい。今日はむしろ後ろが良いなって気分なんです」
「そっか。了解!じゃ楽しんでね」
「はい!ありがとうございます!」
「あっく…」
俺が俺達が出会った日を再現しようとしていることに気づいた法条はまたも俺のことをあっくんとか言い掛けている。
俺はそんな法条を見てクスリ笑いながら手を引いて最後尾のスペースへとエスコートする。
「さ、というわけで無事場所は確保できたね!
じゃ、準備しよっか!」
俺がバッグをおろしてごそごそと準備をはじめると法条は怪訝そうな顔で覗きこんでくる。
「準備って?」
「わからないの?これはシャイマスのトークショーだし、おそらくというか間違いなくだけど、ラストはライブだ。
だから他の皆も良く見てみるとちゃんと帯刀してるでしょ?」
法条は俺の説明を聞いて周りを見渡し、確かに!といった顔つきでコクコクと頷いている。俺は続いてバッグから最重要アイテムを取り出した。
「俺もこんなこともあろうかと、じゃーん!ペンライトーー!沢山あるから使ってくれ」
「へえ、随分準備が良いのね。けど、それには及ばないわ!
私もいつもカラオケとかに親衛隊の皆で行くときはペンライト振ってもらって盛り上がってもらうために常に自前のを持参してるのよ!」
「おおー!やるな!」
法条は法条で自分のバッグからペンライトを取り出した。だがそれを見て俺は驚く。
「あ、あれ…?それなんか懐かしい型だね。俺も昔、それ使ってたわ!まだ使えたんだ!」
「ま、まぁ、大事にしてたしね!」
「ふーん。けど、それ、随分旧式だよね。ねぇ、ちょっと見せてもらってもいい?」
「あっ、ダ、ダメよ!あっ!このドロボー」
「まぁまぁ」
俺はそのペンライトを一目見た瞬間からソレであると確信していた。
このペンライトは電池式だったから電池を入れ替えれば何回でも使えるけど、もしこれまで普通に使ってたとしたら流石に2年も保たないだろう。
しかし、これは最低でも8年は前の型だ。ずっと持ち歩いてるのにまだ使えるだなんてそんなバカなといった感じだ。いくら大事にしてたからといっても、それこそ一切使わずお守り代わりに大事にしてたとかじゃないと説明が付かない。今どきそんな古いタイプのペンライトをお守り代わりに持つ必要なんかまるでないというのに。
その上、法条は俺にそれを見せたくないらしい。普通のヲタクならそんなビンテージモノを良い状態のまま持ってるなら他人に見せたいはずだ。見せたくない理由なんて一つしかない。
俺は法条からひょいっとそのペンライトを取り上げて確認した。法条は俺にそれを取り上げられてジタバタしている。残念だが俺の方が身長が高いから俺が上に掲げてしまえば届きようがない。
さて、もしこれが小学生だった頃の俺の持ち物であれば、お決まりの場所にお決まりのアレがあるはず。そう思ってクルッと回してみると…。
やっぱりだ。
よく見てみると手に持つところにきっちりと名前が書かれてる。「兼平秋人」という俺の名前が。
「これはどういうことかなぁ?ドロボーってなんのことかな?」
「うっ…」
「なんで俺の名前が書いてあるのかなぁ…ねぇ、ふうちゃん」
「~~~~っ!!!」
ついに確固たる証拠を掴まれた法条は声もあげずに悔しそうな顔をした後に白状した。
「そ、そうよ!私がふうちゃんよ!
何か文句ある!?そっちだってずっと気づいてくれなかったくせに!」
法条はぷいっと横を向いてその長い髪の束を俺にぶつけてくる。
そして自分がふうちゃんであると白状した法条は開き直ったかのように俺がずっと気づかなかったことを攻め立ててきた。
「うっ…そりゃあ…」
分かるわけがない。
髪型だって髪の色だってあの頃と全然違うし、顔も身体つきも全然違う。
っていうか、こんな可愛い子になってるなんて想像もつかなかった。俺達が会ったのは8年前だ。もうその二倍は人生を歩んでいる。
誰が想像できただろう。親友のように過ごしていた幼馴染が、8年経って成長したらこんなになるなんて。髪はきんきらのサラサラ。まつ毛がながくてぱっちりとして大きな瞳。真っ白な肌にぷっくりと赤く浮かぶ唇。この世の可愛いを全部詰め込んだような可愛さになるなんて。
単純な容姿の可愛さだけで言ったら小梢や水無瀬より随分上だと思う。
小梢も可愛いけれど、アイツの可愛さはあの愛嬌とか仕草とかあざとさ込みの可愛さだ。
けれど法条は違う。純粋に容姿だけで飛び抜けてる。
今日もここにくる間だけでも随分と大勢の人が法条を見て振り返っていた。水無瀬もいるのに、有名人でもないのに皆、法条を見て振り返っていた。ここまで他人を振り返らせる力がある子はこれまで見たことがなかった。
こんな子が俺の幼馴染とか何かの冗談としか思えない。
もし「これ俺の幼馴染だぜ」とか部活仲間の大塚崇に話しでもしたら、「妄想乙っ!」と言われて一刀両断される案件だ。
「そんなのふうちゃんが可愛くなりすぎだからだろ!こんなんわかるはずがない。
俺の幼馴染がこんなに可愛いわけがないって奴だ。
ふうちゃん可愛すぎだよ…」
そう、全てふうちゃんが可愛すぎるのがいけない。
テレビに出てくるアイドルを見て、「アイツ、俺の幼馴染じゃね?」とか思う奴がいるだろうか。
よほど何か特徴が残ってて確信あるならともかく、それすら全部変わってるのにこれを分かれというのはかなり無理な案件だ。
俺がこうしてふうちゃんが可愛いせいだ説を前面に押し出して反論すると、法条は「むぅ」といった顔をしつつ、照れ始めた。
おや?この作戦、効いてるぞ。別に嘘を言ってるわけじゃないけれど、法条は俺の反論に納得した様子で矛を収めた。
「そ、そりゃ私だってこの8年間努力したからよ。
可愛くなったせいでわからなかっただなんてもう怒っていいのか喜んでいいのかわからないじゃない…」
わからないとか言いながら法条は嬉しそうだ。俺はペンライトを返しながら法条の頭を撫でる。
「ははは。ごめんって。
でも今日実際に半日過ごしてみて自然にわかっちゃったよ。これ俺の良く知ってるふうちゃんだって。
また会えて嬉しかったよ。
俺、ずっとふうちゃんに会いたかったから…」
「~~~~っ!!!
またそんなことをっ!!もうっ!!あっくんのバカッ!!
それより、もう始まるみたいよ!静かにしましょ!
んっ!」
法条はぷんぷん怒りながら俺に向かってペンライト騒ぎで離してしまった手をもう一度差し出してきた。怒っているのはただのフリのようだ。
俺はその手をとって昔のように握りしめる。法条の、いや、ふうちゃんの手は昔と変わらず冷たくて気持ち良いし、手を繋いでいるとなんだか俺まで安心してくる。そんな不思議な安心感がある。
俺自身もなぜだか8年ぶりに繋いだその手を離したくなくなった。
けど、今まではただの幼馴染としてあまり意識しないで手を繋いじゃったりしてしまったけれど、俺はさっき、なんで気づかなかったのかと考えたときにまじまじとふうちゃんを見て気づかされたことがあった。
それは、この子はふうちゃんだけれど、俺の知っているふうちゃんではないということだ。
8年ぶりに会ったふうちゃんを改めて見ると、今俺が手を繋いでいる相手はまるで天使か何かのように可愛い女の子だ。それを意識させられた途端にくらくらしてきた。こんな可愛い子が俺に手を繋いでとせがんでくるだなんて…。
可愛すぎだろ…。なんだよ、天使か?いや、天使なんだが。
考えてみると俺が可愛い女の子と手を繋いだ経験は全くというほどない。本恋人である小梢とすら最終日のデート(昨日の朝)でネカフェで一緒に寝るときに一瞬だけ手を繋いだけれど、あのときはすぐに峯岸先生の乱入を受けて離してしまった。
そう言う意味ではきちんと手を繋いだ経験は俺にはふうちゃんとしかない。
しかも、ふうちゃんと俺の手のつなぎ方はいわゆる恋人繋ぎってヤツで、腕まで絡むほど密着度がすごく高い。昔は全然意識しなかったけれど、今はふうちゃんの柔らかい二の腕とかその奥にある柔らかい双丘の感触とかそういった諸々が全部伝わってきてクラクラしてくる。
ヤバい…向こうは完全に昔のまんまのノリで繋いでいて全然無意識なんだけれどこれは結構な破壊力だぞ。それに近いからふわっと優しくていい香りまでしてくる。ふうちゃんの可愛さが全力で俺に牙をむいている。ヤバい!俺は小梢一筋だと誓っているのに…こ、これはっ…!!!
と、とにかくイベントに集中して忘れるしかないっ!!だが可愛いっ!!ヤバい!!
そう思っていると、後ろから声がかかる。
「お二人ともお熱いねぇ…」
ちょっ!黒羽P、なに俺らの後ろで警備する振りしながらこっちをじっくりみてんだよ!
せっかく集中しかけてたのに余計なこと言うなって!
くっそー!ふうちゃんもなんで半歩近づいてきたし!黒羽Pに乗せられちゃダメだろ!
しかし、改めてこの幼馴染とこうしていると、俺は違った感覚を覚えてきていた。
ふうちゃんはただ可愛いってだけじゃない。
ふうちゃんは俺がすぐに気づかなかったのに、俺に気づいていた。
しかもふうちゃんだけは俺のことを片時も忘れずに、思い出のペンライトもいつも持ち歩いて俺を想ってくれていた。
昨日のLIMEも散々待たせたこと、8年も待たせちゃったことを思えば当然だろう。
俺だってもし法条がふうちゃんだとわかっていたら滝川とのどうでもいい電話なんかすぐにでも切ってずっと電話していたかもしれない。これまでの8年間、どう過ごしてきたか、とか聞きたいことは色々あったから。
ふうちゃん…すごく可愛くなった。いや、元々可愛かったんだ。
今も昔と同じようにきゅっと俺の手を握り絞めてくれて、凄く可愛い。そんな姿がもの凄く愛おしい。
ずっと守ってあげたいって思ってしまう。
そして、8年という積み重ねを想うと…。長い年月の上にこの奇跡のような再会と奇跡のようなあの頃の再現が成り立っているものだと思うと、どうしようもなく切なくなってくる。手を繋いでいるとお互いの8年間で積み重なった想いまで交差していく、そんな感覚すらした。
普通は小学校の頃の同級生なんか8年経てばどうでも良くなってくるだろう。昔は昔、今は今、そうなるのが普通だ。けれど、今の俺達の仲良く手を繋ぐ姿は、そうではないということを物語っている。
俺はこんな風に誰かから純粋に強く想われたことはなかった。
あれ…おかしい。
鼓動がどんどん速くなってくる。そのことを意識させられた途端に隣にいた女の子が幼馴染の親友から別物に変わりつつあった。
小梢のことは好きだ。けれど、今、俺はふうちゃんのことをどう思っているのだろうか…。
****************
私が泣いて落ち込んでいるといきなりあっくんが現れて私を2人っきりのデートに連れ出し始めた。
それに対して私はもう色々とパニックだった。
どうなってるのこれ?夢か何かなの?
私がそんなこと絶対叶うはずがないと願っていたことが現実になった瞬間だった。
私は夢じゃないかと何度もほっぺをつねって確認した。
そもそもあっくんから見たら今日の私も昨日の私も印象最悪だったはずだ。
昨日は8年ぶりにどんなことを話せばいいのかわからなくて、ついポンポンLIMEを送っちゃったけど、倉庫で落ち込んでいるとき、思い返していたらこれじゃただの重たい女じゃないって内容だった。
それに、幼馴染としての私は、あっくんからすると何も言わずに突然いなくなった相手であって、きっとあっくんは裏切られたような気持ちになったはずなんだ。
もう私のことをすっかり忘れていたとしても無理のない話だったし、不義理をした側である私がそれを攻めるべき筋合いじゃない。気づいて欲しいだなんて全部私の勝手な都合の押しつけだ。
そんでもって突然泣きながら部屋を飛び出していく私…。
もし私が今回、あっくん以外の初対面の相手が交換恋人になってて、いきなりこんなことをされたら「何あれ?メンヘラ?」とかって思うに違いない。しかも勝手に帰っちゃったかのように振る舞っていて印象も最悪。
もう嫌われる要素を全部詰め込んだんじゃないかって思うくらいの空回りっぷりだ。
さっきまで神崎小梢の件で思いっきり泣いて、泣き止んだものの、今度は自分のあまりの空回りっぷりに絶望して悲しくなってきた。もうこれから1週間どうやってあっくんと向き合えばいいのかわからなかった。ホントにどうしようというか、やってしまった感で別の涙が出てきた。
そんな私のもとにこの人はやってきてくれて、いきなり手を握ってくれただけじゃなく優しく微笑んで抱きしめてナデナデしはじめたんだ。
えっ?って感じだ。
もう私はあれだけでも頭が爆発しそうだった。私と同じ状況でパニックにならない人がいたら見てみたいというくらいだ。
しかも、そこにこの人はいきなり私を「ふうちゃん」と呼んでくるわけで、私はさらにパニックになった。
私が「ふうちゃん」であることは絶対にばれないように完璧に振る舞っていたはずだし(※個人の視点です)、どうやっても気づくはずがないのに(※個人の視点です)見破ってきた。
私は、「ううん、きっとカマかけてきたんだわ!」って思ってすぐに否定した。とっさに出たセリフだったからついついこの前まで見てたアニメのセリフになっちゃったんだけど、それはおいておいてだ。
極めつけにあの人はニコッと笑いながら「もう一人にはさせないよ」とか言ってきた。
もう!なんなのあっくんは!もう私の好感度はとっくに振り切っているっていうのに、限界突破させる気なの!?
もう私は全部許したっ!今まで気づいてくれなかったこととか、今まで神崎小梢ばっかりだった態度とか、全部許したっ!(私が勝手に怒ってただけだけれども!)
そして私はそんなことを考えているとは決して悟らせないようにあっくんと手を繋いだ。
あっくんの手…嬉しいよぉ…。もうずっとずっと繋いでいたくなっちゃう!
心がきゅんってなっちゃう。
私はあっくんと手が繋げて、さっきまでくよくよ落ち込んでいたのがバカみたいに思えてきた。
繋いでみたらこれは間違いなくあっくんだってわかっちゃう。
あっくんは私が泣いてれば、悲しんでいれば絶対に気づいてくれる人。そんなこと、私が一番知ってたはずなのにね。
そんな感じで私たちの本当のデートが始まった。
あっくんは私たちの再会に相応しいようなデート、あの日と同じように声優さんのイベントに私を連れ出してくれた。
私はあっくんからもらったペンライトをいつもお守り代わりに持っていて、私がうかつにもこの機会にそうだ!と思ってこれを取りだしたら、そこにはあっくんの名前がばっちり書かれちゃってて、結果的に私がふうちゃんであることが完璧にばれちゃったんだけど、これはこれで仕方ない。
それどころか私がふうちゃんであることがばれたことで甘えられる幅も増えた。私としてはちょっと大胆な行動だったんだけれど、今なら腕を絡ませながら恋人繋ぎとかもできちゃう。
私はあっくんとこうしてぎゅってしてくっつくのがずっと夢だった。私はこんな風にあっくんの隣にいられる自分になるためにがんばってきたんだって思ったし、夢がかなって嬉しくて仕方なかった。嬉しいよぉ…。
トークショーも面白いんだけど、正直私は自分の鼓動を抑えるので必死だった。
恋人繋ぎしてくっつきながらイベントを見る2人。
こ、こんなの完璧に彼女だよ…。私、あっくんの彼女しちゃってるよぉ…。
後ろで見てたプロデューサーさんも私たちがアツアツのカップルに見えちゃったらしい。
ヤバいヤバい!もうドキドキしちゃって限界だよぉー!!
私がそう心の中で悶えていると、急にステージの照明がキラキラ輝き出した。
いよいよライブがはじまるみたい。
「今日は私たちの歌もみんなに届けるねっ♪」
「「「「イエーーーーーーーーイ!!フッフーッ!!」」」」
新人声優さんたちがライブの始まりを宣言すると、周囲の観客たちも歓声を送り始める。
「私たち、まだ持ち歌がないですが、今日はおなじみの1stから、先輩の歌を借りて歌っちゃおうと思います!
さ、最初はこの曲からだよ!迷宮mind!!!」
声優さんたちの合図で最初の曲が流れだす。
派手なイントロ、そして爆発音とともにクラッカーも鳴る。
迷宮mindだ!!!そのイントロは私の大好きな初代のナンバーだった。
のっけから凄い熱い曲が来て私もあっくんも大興奮だった!
私の心も今、この歌詞と同じように迷ってる。
「あと、どれくらい~♪続ければいいの?
もう、心が折れてしまいそう。
信じた道をひたすら、突っ走ってきたけれど…
もう、戻れなーい♪」
気持ちも歌にリンクさせながら、あっくんと一緒に「フッフーッ!」とかコールを入れながら私はこれからのことを考えていた。
私はあっくんを諦めるべきなのか、それともこのまま突っ走るべきなのか…。
歌詞と同じく私の心も法則のない不条理なラビリンスに迷い込んでいたから。
けれど、悩みながらも声援を送りながらペンライトを振っていると、歌まで私を応援してくれた気がした。
「弱気を断ち切って♪
辛くても顔をあげて♪
最後は笑顔で
好きって言いたいの~♪」
私はその歌詞に心を撃たれた気がした。
そして、迷宮mindが終わると、次も熱いナンバーが続く。
次は私が一番好きな曲、relationshipだった。
私は途中でペンライトを振るのも辞めて一緒に歌詞を口ずさんでいた。
――relationship――
【夜の 公園の中で あなたは 何も 言わないまま。
帰り際 校舎の裏で あなたと あの子の 背中を見た。
脳裏に焼き付いたのは あなたとあの子の笑顔
物陰に隠れる私は あなたのことを 思い返すの。
「ごめん」なんて言わないで「ちがう」って言って
言い訳なんか聞きたくないの 胸が張り裂けそうで
あの子より私が好きならこの手を握って
どこか遠くへ連れ出して
――
夕暮れの 海辺のベンチで あなたは 別れを 切り出したの
波音が はじける度に 私は 今日を 振り返るの
あの手の温もりは 思い出に残りそうで
この想いが遊びだったら 割り切れるのに できるわけない
「さよなら」なんて言わないで「またね」って言って
私を好きにならなくていい。側にいるだけでいい。
もしもあの子に飽きたら すぐに呼び出して
壊れるくらいに 大事にして 】
relationshipは私とあっくん、そして神崎小梢の今、そして今後の関係をそのまま歌にしたような曲だった。
このまま交換期間が終わればどうなるのか、それを教えてくれている歌だった。
一緒に歌っているうちに切ない気持ちで涙が溢れてくる。それくらい私はこの歌に感情移入した。
そしてとうとう私はペンライトを振ることもやめて一緒に歌い始めたんだ。
あっくんはそんな私に驚いたらしく、あっくんもペンライトを振るのをやめて手を繋いだまま一緒に歌う私を見つめていた。
歌い終わって、曲の合間で静かになったタイミングで私は私を見つめる彼に告げる。
「あっくん、好きよ。大好きなの。
8年前からずっと好きでした」
それは私があの日、私とあっくんが出会った日、勇気がなくて言えなかった言葉。
今の私はこれを伝えそびれたまま、またお別れになることが嫌だった。
笑顔で言いたかったから、私は涙を流しながらも精一杯の笑顔を作って気持ちを伝えた。
彼は驚いた顔をした。そして弱ったなぁといった顔をした。そんなことは知ってる。彼が今好きなのは神崎小梢。私じゃない。けれど、私の気持ちは完璧に伝わったようだ。
彼は決意したように切り出そうとしたから、私はrelationshipの歌詞にもある言葉をもう一度告げる。
「ごめん、なんて言わないでね。私を好きになってくれなくていい。
返事はいらないから…。わかっててくれるだけでいいの」
彼はポリポリと頬を掻きながら、黙って手を繋いでくれていた。




