第19話 私と交換してみない?
俺の尋問に対して二人は慌てて弁解を始めた。
「んな!?な、なわけないでしょ!」
「そ、そうでござる!拙者はヲタクなどでは…一体何を根拠に…」
「はぁ…。根拠なら山ほどあるけどな。まず、小坂、お前はその「逃げたらだめだ」のTシャツを選んでる時点で相当古参の強者だとわかるし、そのしゃべり方も完全にそれだろ。
法条さんは法条さんでそんなZERO:REのプリシラ・バーリアちゃんとかコアなキャラモノ選んでる時点でもう全然隠しきれてないわ!てか、俺も好きだよプリシラちゃん!(主に声が)
だいたいさっきのお前らのやり取りとか、この部屋来たときのリアクション自体が決定的すぎるんだよ」
俺の指摘にハッとする2人。カンダムカフェの前でついテンション上がってやってしまった法条の発言に思いっきり反応してしまった小坂。そして内部に入ってはしゃぎ出す二人。これ以上の証拠はないだろう。
「なぁ、お前らはお互いそれを隠してるようだけど、隠す必要ないよ。
ヲタクは恥ずかしいことなのか?確かに俺は学校でも堂々とヲタクを宣言しているせいで、普通のリア充たちからは「なんだアイツ」と気持ち悪がられている。だから学校でそれを隠すことには反対はしないし、学校では好きにしたら良いと思う。
けれど、ここはヲタクの聖地のアキバなんだぜ。
今日だけは、この場所でだけは、別に無理に隠す必要はないし、ヲタクであることを蔑む人はこの場所には一人もいないよ。
水無瀬だってヲタクな俺がクラスの連中から気持ち悪がられてもただ1人ずっと俺の友だちでいてくれた理解者なんだ。誰1人バカにしたりしない。
むしろ変に隠してたら楽しめないよ。
な、今日は本当のお前らで目いっぱい遊ばないか?」
俺がそう訴えかけると、法条は肩を落としてため息をついて、やがて何かを決心したかのように後ろ髪を払いのけながら背筋を伸ばした。アイドル法条の可愛い笑顔から凛々しい顔つきのお嬢様へと豹変した。
「はぁ…ホントにアナタには勝てないわね。昔っからいつも自由で、楽しそうでっ!
まったく、困った人ね。フン!」
法条は突然口調を変えて俺に対して長年連れ添ったパートナーみたいなことを言い出す。
ほ、法条?俺達まだ交際始まって半日しか経っていないんだけど、一体どうした?
てか、なんだろう…それにそれほど違和感を持たない自分がいる。素の法条を見ているとなんだか物凄く懐かしい感覚もしてくる。こういうやり取りを昔もしたような…。
…いやいや、そんなはずはないよな。ま、まさかな…。
「ごほん!
と、とにかく!!私もそういうことなら今日この場はもちろん、今後、アナタの前ではアイドルらしく振る舞うのはやめて、普通の私、本来の私にするわ。
…よくよく考えたらアナタと交換恋人になった以上、学園アイドル続ける必要もないしね。
小坂くん、今まで黙っててごめんなさい。
これがホントの私なの。ホントは結構毒舌だし、腹黒だし、プライドも高いし、負けず嫌いだし、隠れヲタクなの。
どう?幻滅した?」
俺の説得が効いたのか法条は洗いざらいを小坂に暴露した。そしてそれを受けた小坂はブンブン首を横に振り、小坂の暴露も始まった。
「い、いえ!そんなことは全然ありません!
拙者も本当は3次元よりも2次元派というヲタクでして…。
そんな2次元派の拙者ですが、かえで様については3次元というより2次元から出てきたような、2.5次元的な美しさと可愛さがあって、それはもう尊いと申しますか、とにかく惹かれてしまいました。
で、ですが、今教えてもらった本当のかえで様も私には大変魅力的に見えますっ!!
…むしろ以前よりも素敵というか、ぜひ踏ん付けてもらいたいというか…」
・・・・・・・。
小坂の暴露は俺らの想像を越えていた。完全に自分の世界に入ってらっしゃる。
こ、小坂よ…お前はどれだけ属性持ちなんだよ。やっぱり俺のヤベ―奴感覚は間違っていなかったか。一見すると眼鏡を掛けたインテリ系の優男だというのに、ドMのヘンタイ属性持ちとは…。恐れ入った。
法条の方がむしろ小坂の本性を見てドン引きしていた。語り尽くした小坂に対してこの一言である。
「キモっ!こんなのが私の親衛隊長だっただなんて!」
ですよねー。
「ああ!なんというご褒美っ!ありがたやー!」
そんな罵倒にも小坂はエビゾリしながら大げさなリアクションで歓喜の意を示した。
「ヒィ!このヘンタイ!!」
「光栄の極みーーーー!(グキッ)グエッ!」
素の小坂に俺ら3人はドン引きした。誰に対しても優しく接する女神で有名な水無瀬ですら小坂の正面からちょっとだけ横に移動して、俺の方に寄ってきている。
一方、法条の方は、一瞬たじろいだものの、小坂の方に近寄って、急にエビゾリしたせいで「グキッ」と大きな音を鳴らしてテーブルに崩れ落ちた小坂の背中を擦ってあげていた。
「もうこのばか、何してんのよ。
…まったく、ホントに人は見かけによらないものね。アナタがこんなドMのヘンタイさんだっただなんて。
けど、小坂くん、私は今のアナタをキモいとは思うけど、嫌いだとは思わない。
いつも私を見守ってくれていたアナタのこと、全然嫌いじゃないわ。
けど、好きだって意味じゃないから勘違いしないでよ!あくまでアナタへの印象はキモいに尽きるんだからね!フン!」
法条はそう言って優しく小坂に語りかけた。ははは。これは絵に書いたようなツンデレだな。法条の言葉と態度からは、どんなにキモかろうが自分のことを真っすぐ好きでいてくれる相手のことは嫌じゃない、むしろ嬉しいんだよ、とそういう感情が込められている気がした。
「あ、ありがたき幸せ―ーーー!!
ありがたき幸せでござりますー!!」
小坂にもそれが伝わったようで、小坂は感激のあまり涙している。法条の背中さすりの効果も抜群だったらしく、完全復活している。
いちいちリアクションが大げさな奴だ。まぁそれくらいじゃないと親衛隊長は務まらないか。
小坂は俺に向き直って握手を求めてきた。
「兼平氏、拙者、お主のおかげでさらにかえで様のことを好きになりました!
兼平氏!ありがとう!」
「わかったわかった暑苦しい!
お前らももうちょっと早くからお互いにこのこと知っていればヲタク友達としてコミケとか行って楽しい夏休みとか過ごせただろうに無駄なことしやがって…。
小坂、お前も来週からはちゃんと本来の自分で法条さんと付き合ってやれよ。あんまり7:1とかあんまり法条さんに無理させるな。
法条さんは無理してこれまでお前らに付き合ってたんだぞ。
まぁお前らのことは嫌いじゃないみたいだから、それも悪くなかったのかもしれないが、これから2学期終わるまで毎日夜8時まで暑苦しい連中と一緒に居なきゃいけないってのはいくら何でもキツイだろ。
俺はお前らにそれをわかってもらいたくて今回、お前らから法条さんを一度離す提案をしたんだからな」
「そうであったか。いやはや拙者がふがいないばかりに、かたじけない。」
「いや、それだけじゃない。
小坂、お前、本当に法条さんのことを守りたいなら水無瀬ともちゃんと交換恋人を全うしなきゃだめだぞ!」
「ん?何故に?」
「はぁ…こんなことも気づいてないとは…。
交換恋人からも10ポイントもらえて平均10ポイント獲得した場合の特典があるだろ。自分の本恋人の次回の交換対象から除外できるって奴が(俺も実は小梢の受け売りだが)」
「なに!?そんなものが!!?」
「やっぱ気づいてなかったか。お前らが法条さんを守る方法として考えた作戦は、交換恋人に俺に対してしたのと同じように親衛隊で取り囲む作戦だったからそれしか手段として見えてなかったんだろうな。
けど、その作戦は今回の俺みたいにペナルティが怖くないって相手が現れたときには通用しなくなるし、その場合はかえって法条さんを危険に晒すことになるんだぞ」
「な、なんと!?た、確かに!」
「けど、お前がちゃんと交換恋人を全うして、水無瀬や次の相手たちとちゃんと付き合って10ポイント貰えたならそんなリスクも一切ないんだよ」
「なるほど、そうであったか…。
そんな手が…。
というのも拙者、これまで3次元の女の子とは交際したことがなくてですな…。
交換恋人から10ポイント獲得するなんて夢のまた夢でして…。
いや、もちろん、拙者もアイドルガールシンデレラマスター内では敏腕プロデューサーとして沢山のアイドルからモテモテなのですが、リアルとなると…」
「お、お前、やってれば絶対モテモテになれるゲームでモテモテだとか言われてもな…。
ま、そんなとこだろうとは思ったさ。大丈夫だ。お前におあつらえ向きな講師を用意してある」
「ちょっと秋人くん?まさかその講師って……」
おっと、水無瀬の奴、さすがに鋭いな。けれども動揺していて俺を秋人呼びになってる。
「すまん、水無瀬!こんなことお願いするのは忍びないんだが、水無瀬以上に適任はいないんだ。リア充の頂点、大村を良く知る水無瀬しかこいつに本物のリア充ってものを教えてあげられん!すまんがこいつに女の子との交際についてのあれこれを教えてやってくれないか?」
「いやいや、私には無理だよー!全然そんなんじゃないし!」
「いやいや、水無瀬以上のリア充はこの学校にいないだろ」
「・・・・・・(ニコ)。」
俺がそう言うと水無瀬は何故かにっこりと笑ってこちらを威圧してきた。あれ?俺、何か水無瀬を怒らせること言ったっけ?
俺は若干身震いしながら慌ててフォローに入る。
「い、いや、無理なお願いなのはわかってる!俺にできることなら何でもするから!な?」
「ちょっ、アナタなんてことを!」
「えっ、秋人くん、なんでもしてくれるの?」
「あ、ああ」
あれ?俺、今勢いに任せて何でもするとか言っちゃったけど大丈夫だろうか?
一方、水無瀬は俺の発言にお怒りモードを解除して、機嫌良くなっている。
ま、まぁ、水無瀬だし、そんな無茶はしてこないだろう……そうだよな?水無瀬!
そう期待して水無瀬の方を見ると水無瀬は唇に指を当てて少し悩んだ後、条件を言ってきた。
「そこまで言われちゃしょうがないなぁ!私でよければいいよ。
ただね、私もなんだがこんなに交換恋人が大変だっただなんて思ってなかったんだー。
今日だって兼平くんが助けてくれなきゃ大変なことになってたし。
だからね、次は安心できる人がいいなって思ってるんだー。ちょうど今回で交換チケット手に入るだけのポイント貯まるしね。
けど、交換チケットもストーカー防止機能とか色々あるから誰とでも無制限ってわけじゃなくて、結局相手の承諾が必要じゃない」
「なるほど、そういうことか」
「そそ、だからね……
秋人くん、私と交換恋人してみない?」
「えっ…。モモ?」
いつもわりかしこちらと目を合わせて話してくる水無瀬だというのに、今はこちらを見ずにテーブルに置かれた水の入ったグラスの方を向いて、くるくるさせていじりながらほんの少しだけ照れたような顔をしてそんなことを言った。法条は水無瀬の唐突な提案にきょとんとした顔をしていて、一瞬だけ沈黙の時間が続いた。
かくいう俺もちょっとだけマジな感じで言ってきた水無瀬を見て動揺していた。水無瀬は思わせ振りなだけ、そう思っていたというのに、俺の考えに少しだけ陰りが生まれた瞬間でもあった。
い、いやいや、水無瀬には以前にも似たようなことを言われたし、特別な意味なんかないだろう。
それなら俺の答えも以前と変わらない。
「そ、その程度であれば構わないよ。てか、前も言ったけど、水無瀬が相手なら俺も安心できるし、嬉しい限りだ」
「じゃ、決まりだね♪」
水無瀬はいつも通りの顔で返事をする。やっぱ気のせいだったか。
俺が安心したのもつかの間、法条が怒って間に入ってくる。
「な、な!ちょっと待ちなさいよ!モモ、何勝手に決めてんのよ!
ア、アナタもそんなことポンポン了解しないでよ!」
「別にそれくらいいいじゃない。
かえちゃんだって今週はそうなんだから」
俺は水無瀬の指摘にハッとさせられる。
そうだ、今の俺は法条の交換恋人だというのに何をやってんだか。法条の指摘はもっともだった。
「いや、すまん。
いくら交換恋人とはいえ、今の俺の恋人は法条さんだもんな。
付き合ってる最中に他の女の子との交際について約束するとか気分悪いよな。怒るのも当然だ。
すまん。ごめんな」
「わ、分かれば良いのよ…」
俺のフォローに法条はふぅと息をついて矛を納めてくれた。素の法条は気になることはすぐに指摘してくれるから助かる。この調子で指摘してくれるのなら、もしまた俺が失敗したときも黙ってストレス溜められて、いつか取り返しのつかないことに!とかってことにはなりにくそうだ。
これは俺も名講師を捕まえたみたいだな。
それはともかく。
「というわけで、水無瀬、すまんが、今はその件は確約できない。次のシャッフルタイムには小坂も、俺も、もちろん水無瀬たちもどうなるかわからないしな。それこそ俺が小梢と別れてるって可能性もないわけじゃない。だからまたそのときになったら決めよう」
「うん。そうだね。ちょっと気が早い話だったかも。
ごめんね。忘れてね。
けど、小坂くんについては任されたよ!」
「ああ、ありがとな」
「全く油断も隙もないわね」
「ははは。ごめんな。
けど、それもこれも法条さんのことが心配だったからだ。
まだ半日しか一緒にいない奴が何言ってんだって思うかもだけど、法条さんってすげーいい子だよな。素直で優しくてさ、なんかそういうところ、可愛いなって思った」
「な、な、な!何言ってんのよ!いきなり!」
法条はカーッとなって怒り出す。やっぱり予想通りだ。ホントに素直で良い子だ。
俺が怒る法条を楽しく眺めていると法条は急にもじもじしはじめる。
「ア、アナタ、もしそんなに私が心配ならさ……。
ねぇ、わ、私のこと、お気に入りに追加してくれてもいいけど?」
法条の言葉に再びしーんとなる周囲。
法条は下を向いて顔を真っ赤にしてさらっととんでもないことを言ってきた。
お気に入りに追加しろというのは、さっきの水無瀬の交換恋人になろうというソレとは全然別の意味で使われる言葉なはずだ。
お気に入り機能というのは告白フェスタそのもの。告白フェスタじゃ、自分にエントリーしてくれないか?という言葉は私と恋人になりませんかというお誘いそのものだった。
要するに今のって、告白……だよな?
それ故に皆、呆気に取られて黙ってしまった。
いやいや、俺、まだ何も法条にしていないわけで、さすがにこんな美少女が何も知らない俺に告白とか、そ、そんな訳ないよな!こういう勘違いが良くないんだ。うん!念のためだが100に1つがあるかもしれないから一応確認しておこう。
「あ、あのさ、法条さんって俺のこと好きなの?」
「ブッ」
俺のストレートな質問に小坂が噴き出した。
「な、な、なわけないじゃない!
そ、そういう意味じゃないわよ!
例えばの話よ!アナタが私をお気に入りに追加して、本恋人が私にチェンジしたなら私は小坂くんに守って貰う必要なくなるし、アナタの大事な恋人さんだって相手がいなくなったということでペナルティなしで制度から抜けられるじゃない!守り方の手段なら例えばそういう方法とか色々あるってこと!」
法条はまくしてるようにさっきの言葉の真意を説明した。
あー。なるほど。そういうことだったか。
てか、そっか。お気に入り機能で本恋人チェンジすると、本恋人いなくなった相手側は制度から弾かれてフリーになるようになってたのか。なんだ、色々抜け道はあるんだな。俺にとってもいざ10ポイント取れなかったときに小梢を交換から守る手段としてかなり有効な方法だな。
「なるほど、勉強になったわ。そりゃそうだよな。
法条さんみたいな可愛い子が俺にいきなり告白とかあるわけないもんな。そりゃそうだ」
「まったく、そりゃそうだじゃないわよ、このばか!」
法条はツンとしてそっぽを向く。
はぁ…つい調子に乗った発言をしてしまったせいですっかり怒らせてしまったらしい。
まぁでも法条の様子を見る限り、本気で怒ってるわけじゃなさそうだ。
それならご機嫌でもとりにいきますか。
「すまんって。大分調子に乗ったみたいだ。
さっ、じゃあいい加減、話も済んだし、注文しようぜ。
俺が経費で落とすからどれでも好きに頼んでいいぞ!
食べ放題の飲み放題だ!あとこの巨大なスクリーンでブルーレイも見放題だ!」
「ほ、ほんとに!?」「マジでござるか!?」
ははは。現金なやつらだ。
ま、女の子のご機嫌を取るなら美味しいモノって決まってるからな。
そう思って、注文をしようとキッチンに繋がっている通信ボタンを押そうとしたら、逆にその前にスクリーンにマチルダさんが映って向こうから通信をしてきた。
「シュウ少佐、お連れ様がお見えなのですが、通してもよろしいでしょうか?」
はい!?
お連れ様もクソも今ここに全員集合してるんだが。
まあ、よく一緒に来てた奴は今日はいないが、アイツは今日は別行動だからな。
まったく、マチルダさんは何を言っているんだか。
…………。
いや、もう、ここに来る俺のお連れ様は1人しかいないんだ。
つい現実逃避してしまったが、認めよう。認めた上での対応を考えよう。
「あー、そいつ、連邦軍の手先なんで追っ払っておいてくれますか?
ここにタダメシ食おうとしてやってきたスパイですから」
「ですが、ここは連邦軍の補給基地ですが?
そういうことであればお呼びしてきますね」
そうだった…。
「ちょ…マチルダさん!?待って!!
マチルダさん、マチルダさあああん!!」
そう叫んだものの、もう手遅れらしくスクリーンに俺の良く知る可愛い顔がアップで映った。
「せーんぱいっ♥ここ居たんですね!
来ちゃった♪」