第18話 ヲタクが見つかる街、アキバ
「さて、アキバに着いたな」
「うわぁ!私、実は初めてなんだけど本当は結構憧れてたんだよね~!」
「まぁ私もスクールアイドルの聖地ってことで気にはなってたわ」
「拙者もそうでござる」
「!?」
三者三様の反応を示したものの、小坂、お前は一体どうした!?
会ったその瞬間からタダ者ではないと思っていたが、そのしゃべり方、まさかキサマも隠れヲタクだったというのか!?
いや、その前に色々問題がありすぎる。俺ら4人は道行く人にめちゃくちゃ見られていた。それもコスプレイヤーさんとかの意図的に見られるようにしているわけでもないのにだ。
それも当然だ。「何この集団?」といった感じで俺らは揃いも揃ってこのアキバで異質。
水無瀬の表参道とかに居そうなフェミニンなワンピースからアイドルヲタクイベントにしかいないであろう「かえで命」のTシャツ野郎への落差が激しすぎる。しかも間には金髪ツインテールのガチアイドルまでいる。俺が傍観者なら俺以外のメンツを3度見するわ、これ。
というわけでまず行くべき場所は決まったな。俺はミニペットボトルのお茶を一口飲んで3人に対して先導する。
「兼平氏、どこに行くでござるか?」
ちょっ、おま、急にそれぶち込んでくるのマジでやめろ。危うく飲み物噴きだすところだったぞ。
~~氏とかござるとかリアルで言うヤツ、初めてみた。
一見パンピーにしか見えない真面目な顔でそれ言われるとホントに腹筋崩壊しそうになる。
俺は必死で笑いを堪えつつ3人に目的地について話した。
「まずはアパレルショップで全員のコーデを統一するところから始めようか。
みんなポイントはどれくらいある?俺は10ポイントで水無瀬は20ポイントあると思うけど」
「私たちも20ポイントずつあるよ~」
「ということは全部で50ポイントあるわけだな。
これなら結構な買い物でも安く済みそうだ。
じゃ、出発っ!」
ということで俺らはまずはアキバのウニクロに向かった。
ウニクロで女性陣がTシャツにショートパンツといった動きやすそうな格好へと衣替えした。
ウニクロを出た俺らは、お次はキャラクター系Tシャツショップに向かった。
「今のウニクロスタイルのままでもこのアキバじゃ十分問題ないんだけど、せっかくだから4人のコーデをヲタクTシャツで統一してみようぜ。やってみればわかるがこんなん着てても周りにはメイド服やらコスプレやら色々いるし、ヲタクTシャツ来てる奴も相当数いるから案外目立たないんだ」
「なるほどねー!ディスティニ―ランドでのニッキ―ファッションとかと同じ原理かな?
せっかくだしそれもいいかもね!じゃ選んでくるねー」
「では散開っ!」
俺らは店に入ってそれぞれ好きにキャラクターTシャツを選び始めた。
俺が自分のものを選んでいると水無瀬がちょんちょんと肩をつついて俺を呼んできた。普通に声を掛けるんじゃなくてツンツン突いてくるところが水無瀬らしい。
「兼平くん、私にはどんなのが似合うと思う?」
「水無瀬は素材が良いからどんなネタモノでも普通に似合わせちゃいそうだよな。
けどやっぱり白い生地系が良いと思うし、こんなのどうだ?」
俺が選んだのは白い生地に「ボクいも」の綾香がデザインされたTシャツ。完全に俺の趣味である。
水無瀬は「素材が良いなんてまたまた~♪」とか言いながら嬉しそうにTシャツを受け取ったが、受け取ったTシャツをみるとちょっと半目になって俺を覗きこんでくる。
「ふーん。兼平くんはこういう子が好みなんだねー。
私とちょっと似てるね?」
「うっ…。い、いや、水無瀬の方が可愛いと思います」
「あら?お世辞でもどうもありがと♥
これにするね!」
水無瀬は俺の反応を楽しんだあと、そのTシャツに即決して会計に向かう。
会計が終わった水無瀬は試着室で先ほどウニクロで買ったピンクのTシャツから綾香Tシャツに着替える。
水無瀬はそういう動きやすそうな格好も普通に似合う。やっぱ美人は何着ても似合うなと思わされた瞬間でもあった。
水無瀬が元々持ってたワンピースとか法条の服とか俺の着てたジャケットとかは全部まとめて俺が大きめのトートバッグに入れて持っている。
試着室から出てきた水無瀬は、さっきまで着ていたピンクのTシャツを俺に「お願い♪」と言って渡してきた。俺は一瞬躊躇したもののそれを受け取ってバッグに突っ込んだ。
なんでだろう。さっきまで水無瀬が着ていたTシャツを預かるって凄く変な気分だ。下着とかじゃなくて、ただのTシャツだし、俺を信頼して預けてくれているんだろうけど、さっきまで肌に触れていた物を預かるっていうのはなんだか少しだけえっちな気分になってくるな。
って、いかんいかん!今の俺は法条の恋人なんだ。法条はどこだろうか?
そう思っていると俺の袖がちょんちょんと後ろに引かれた。振り返るとそこには法条と小坂がいた。
「あっ…じゃなくてアナタ、どこ行ってたの?
ねえ、コレ、どうかな?」
法条は法条でもうすでにTシャツを買って着替えも終わっていたらしく、俺にその姿を見せてくれた。
「おおーー!すっげー良いな!可愛いって思うよ」
「そ、そう?
あ、ありがとっ!」
水無瀬も似合っていたが、Tシャツ姿が一番似合っていたのは意外にも法条の方だった。
日本に来た外国人はみんなこういうキャラモノTシャツが良く似合うと言われているけれど、まさにそんな感じだ。ヲタクTシャツを着てるのに何故かカッコよく見えてしまうマジックがかかっているようだ。なぜなんだろうか。
「さすがかえで様…よくお似合いです!」
「うん、確かによく似合ってる。断トツで可愛いよ」
「べ、別にこんな格好で褒められても嬉しくないんだけどなっ!」
2人掛かりで褒め倒すと、法条はツンと向こうを向いた。けれど、その口元は緩んでいて、結構喜んでいるのは俺にはバレバレだった。やっぱ、法条はそういうところも含めて可愛いな。
「そろそろお昼だし、ランチにでも行くか!
おすすめの場所もあるしな」
「賛成~!
ねぇ兼平くん、私、メイドカフェっての行ってみたいんだけど」
「メイドカフェ!?
メ、メイドカフェねぇ…。
今日はちょっとそれは風水的に良くないというか、メイド以外のものが出そうというか、ごにょごにょ…。
とにかくメイドカフェはダメだ!」
「ええー!そんなー」
水無瀬は落ち込むけれど、今日はメイドカフェは危険だ。滝川が素直に俺の指示に従っていたとすると、滝川と小梢は今日はメイドカフェでまったりしているに違いない。
小梢にはめちゃくちゃ会いたいけれども、今この状況では遭遇したくない。
「アキバはメイドカフェだけが名物じゃないんだ。メイドカフェは池袋とか中野とか結構どこにでもあるしな。それこそ学校の文化祭とかでも定番だし。
それよりもアキバといえばカンダムカフェがおすすめだ!」
せっかくアキバに来たのであればアキバくらいしか存在しない店に行きたいところだ。というわけで、俺は自分の第二のホームでもあるアキバでさらにホーム中のホームであるカンダムカフェを推薦した。
「カンダムカフェ!?面白そう!行きたい!」
「悪くないでござるな」
「うん、良いんじゃないかな?」
3人も俺の提案に好感触といった様子だ。全員一致したところで俺らは駅前のカンダムカフェに向かう。店の100m手前くらいから長蛇の列と最後尾こちらの看板が見えてきていた。
「うわぁ…すごい並んでるね。やっぱり人気なんだぁ」
「まぁ名物だからね」
実は俺には裏ワザがあるんだけど、この行列を見た女子たちはどうだろうかと心配していると、俺の心配を他所に法条はむしろテンションを上げていた。
「お昼時だからってのもあるかもしれないわね。
けど一時間待ちくらいだし、私は全然構わないわ!」
そう言って法条はいの一番に列に並び始めた。どんだけ楽しみにしてるんだよ。
すっかりと目を輝かせちゃって、完全に素の方が前面に出ちゃってるぞ。
「か、かえで様!?これに並ぶのですか?」
「当たり前でしょ!それでも男なの?この軟弱者!!」
「ブッ…」
ほ、法条のやつ…ここでカンダムの伝説的ヒロインであられるセーラの名台詞をブチ込んでくるとは…。
金髪でちょっと気の強そうな法条が似た系統のセーラの真似をすると迫力が段違いだ。しかも小坂もそのセリフを言われたケイのような優男だから一層リアリティがある。
行列に並んでいるコアなカンダムファンたちが「おおー」と小さく歓声を上げていて、中にはすっかり信者になったかのような視線を法条に向けている奴もいる。俺も一瞬セーラ!?とマジで思ってしまったほどだ。
けれど、そんな普段のアイドル法条と別人な法条に違和感を持った小坂の方は完全に足を止めてしまっている。小坂も隠れヲタクだ。今のセリフがただ自然に出たものとは思っておらず、むしろはっきりそのセリフの意味も分かっているという様子だ。
まぁ、こうなるよな。どこかでこうなるとは思っていたけれど案外早かったな。
このアキバではヲタクの誰もが周りの視線を気にしなくなるし、開放的になる街なんだ。
ヲタクたちが堂々とヲタクをやれる場所。そんなところに隠れヲタクの法条を連れてくればいずれはこうなるだろうと思っていた。
けれど、それはむしろ俺にとっては本当の法条を小坂に知ってもらうチャンスだとも思っていた。
本当の法条は俺とのアキバデートを小坂親衛隊たちと過ごす交流とやらよりも遥かに楽しいと思っている。
そんな法条を親衛隊に取り囲まれる気の休まらない生活から解放するためには、小坂に法条のそうした本心を知ってもらわないといけないからな。
硬直する小坂を見た俺は列に並ぶ法条を引っ張り出して店の脇へと小坂と法条を連れて行く。
水無瀬もどうしたの?といった感じで俺についてくる。
俺はそのまま3人を引き連れて裏口の方からカンダムカフェに入った。
「どもー。帰還しました。ちょっとお邪魔しますよー」
「シュウ少佐!ご苦労様です!」「ご苦労様です」
店の裏口に入ると制服を身に纏った女性店長の町田さんが俺に敬礼をしてくるので、俺も敬礼を返す。
「マチルダさん、指令室空いてます?」
「空いております!こちらへどうぞ♪」
カンダムカフェは表向きには個室はないのだけれど、実は関係者やVIPだけが使える個室がある。
んでもってカンダムカフェは公式直営だ。
そして、カンダムの産みの親は数多のロボットアニメを輩出したBDカネコのアニメ製作事業部であるライジングサン。つまりはうちの会社であるBDカネコ(ライジングサン)直営店であり、俺にとっては勝手知りたるホームグラウンド。俺はまさに関係者中の関係者というわけだ。
まだ俺が将来、ゲーム製作事業部にいくかアニメ製作事業部にいくかは決めきれていないのだけれど、こうしてアニメ製作事業部の皆さんからも熱烈な歓迎を受けている。
そもそも俺の名前は、本当は俺の父親と祖父がカンダムで有名なキャラであるシュウ少佐から秋とつけようとしていたんだけども、母親に強い反対を受けて、その面影が若干残る秋人に留まった。
これもBDカネコ内では結構有名なエピソードで、当然これを知っているここの店長たちは俺のことをシュウ少佐と呼んでからかってくるというわけだ。まぁ俺も仕返しに町田さんのことをマチルダさんと呼び返して楽しんでいる。
水無瀬たちはこのやり取りに一体何事!?といった感じで開いた口も塞がらない状態になっている。
「いきなりで驚いてるかもしれないけれど、俺の別荘みたいなもんだ。だから気にしないでくれ」
そう声を掛けたものの、3人とも無理無理といったリアクションでブンブンと首を横に振っている。
まあいい、とにかく指令室という名の尋問部屋へとご案内だ。
VIPルームに俺らが通されると、3人ともそわそわしはじめた。
この指令室は、巨大なスクリーンやギミック等々カンダムファンであれば垂涎ものの仕掛けがてんこ盛り。法条なんかはあちこち見て回りたいといった顔が前面に出ている状態だ。
隠れヲタクをあぶり出すには一番適した場所といえるだろう。
というわけで俺は法条と小坂を俺の正面の席へと座らせると、こいつらの問題を解決するべく尋問を開始した。
「なぁ、法条、それに小坂。お前らホントは結構ヲタクだろ?」