第12話 お泊まりデートといえば 【第1章完】
「せんぱい、おはようございます♪」
「お、おう。おはよ」
小梢と休日出かけるのは初めてではないし。私服の小梢も初めてではないんだが、今日の小梢は特別可愛く見えた。
いや、格好自体は結構シンプル。普通のTシャツにデニムのショートパンツ、黒のレギンスにスニーカーという動きやすそうな格好なんだけど、シンプルだけに素材の良さが引き立つというか、すげー可愛い。
てっきり白のブラウスとかフリフリな感じで童貞を殺せるあざといコーデでくると思ったのに逆にこう来られると予想外で困惑するな。小梢本人を物凄く意識させられる。
「あれ?もしかしてせんぱい、見とれちゃってますかー?ふふふ。
今日のわたし、どうですかぁ?」
……なるほど。服よりも中身のあざとさで勝負というわけか。実によくわかったよ。
「ああ、すっげーかわいいよ」
俺は内心めっちゃかわいくて見とれていることがわからないよう適当な感じで棒読みで褒めた。
「何かテキトーそー。
でもちゃんと褒めてくれたんで許してあげますっ!
それにそれもただの照れ隠しみたいですしね。ふふふ。」
適当を装っても小梢には見透かされていたようだ。小梢は俺の適当な返事でも嬉しそうにしていて、可愛い笑顔を俺に向けてきていた。
「せんぱいもジーンズにTシャツってシンプルですけど、カッコイイですよ。
お揃いみたいになっちゃいましたね!
さ、お泊りデートいきましょっ♪」
「そだな。」
たしかに服の雰囲気は自然と同じになった。もしかしたら俺に合わせてくれたのかもな。
こんな可愛い彼女と今日はずっと一緒にいられるわけか。ヤバいな。マジで理性を抑えないと大変そうだ。ショートパンツで来てくれたのは余計な所を意識させられなくて逆に助かったと思えてくる。
「それにしてもお泊りデートか…」
皆さんはお泊まりデートと聞いてどんなものを想像されただろうか?
ディスティニーリゾート?
温泉旅館?
それともラブホテル?
夜景の見えるレストランとかで食事をして良いムードになったところて彼女と初体験?
残念ながら俺らはそのいずれでもない。
第一、そんな高そうなプランは却下だ。
というか、うちの学校は不純異性交遊にかなり厳しいわけで居場所もやってることもGPSとモーションキャプチャーで徹底管理されているからラブホテルとかどこかでえっちをしに行こうものなら即発覚して強制連行されて退学すらあり得る。
当然、温泉旅館やディスティニーリゾートも予約不可能。
つまり、普通はお泊まりデートなんか不可能というわけだ。
だが、そんな制度でも抜け穴は存在する。
1つはカラオケ。
お泊まり禁止に対して、泊まってない、ただ、オールしてるだけ、と反論するやつだ。だが、カラオケは密室で不純異性交遊の現場になりがちなせいで、オールできるのは俺らがこの前行ったカラオケ屋だけだ。あそこは寮に近くて教師の立ち入りも頻繁にあるし、店も学校と協力してるから監視も厳しい。
だが、今日俺らが来たのはカラオケ屋ではない。
もう1つのお泊まり可能な場所は教師たちも管理しない聖域。しかも、俺らはヲタク。となると、必然的にここになるわけだ。
俺らは電車に揺られること1時間強、バスに乗ること数十分。いよいよ目的の場所に着いた。
「着きましたね♪」
「ああ、入るか」
「いらっしゃいませ。メンバーズカードをお預かりします。本日はどのプランになさいますか?」
「「8時間パックと夜間からフリータイムの組み合わせで!」」
「かしこまりました。お席はどうなさいますか?」
「小梢、どうする?俺は別になんでもいいけど」
「ふたりでゆっくりしたいのでマットブースにしましょ♪」
「かしこまりました。ではこちらになります。ごゆっくりどうぞ!」
そう、もうお気づきかと思われるが、ここはネットカフェである。
ネットカフェはコスパ最高で寝泊まり出来るしご飯も食べられる。というか、住んでる方もいらっしゃる夢の空間だ。ただし、上から監視カメラで覗かれてるし、仕切りも防音も皆無。扉も開閉式で外からすらも覗けるからこんなところでえっちなことはできない。故に風営法の施設ではないし、不純異性交遊的にもならずにセーフ。
俺たちはこのネットカフェに来るためにわざわざ東京の中心地からはるばる郊外までやってきた。
ネットカフェなんてどこにでもあるじゃないか?そう思われるかもしれないが、俺らはガチのゲーマー。ただのネットカフェでは物足りない。そんな俺らが重宝しているのが、ゲーセン一体型のネットカフェである。
ここは、普通のネットカフェのようにマンガやビリヤード、ダーツ、卓球場があるだけでなく、ちゃんとしたゲーセンと同じようにアーケード筐体がずらりと置いてある。
QMAはもちろん、yubeatとか太鼓の名人といったリズムゲーム、崩拳といった格ゲーも完備されたいる。こんなことができるのは広い敷地が持てる郊外のネットカフェだけだ。
そして、このネットカフェ型ゲーセンというのが、ガチゲーマーにとって垂涎ものの条件が揃っている。
まず1つは、クレジット不要のフリープレーという点。必要なのは最初のネットカフェの料金だけ。ゲーセンに行けば早いときは一時間で10クレ(1000円)消費することもある俺らにとっては、ネットカフェ料金でフリープレーは超リーズナブルだ。
そして、ネットカフェは風営法の対象になっていないから、0時以降でもプレーできるのも大きい。
風営法の施設であるゲーセンは0時には閉めないといけないのだが、アーケードのオンラインゲームを家から繋いでやったりするとなぜか0時過ぎてるのにゲーセンっぽい名前の施設からオンライン対戦に入ってくる連中がいる。その正体こそこれ、というわけだ。
俺はこの夏休みの間も塾の夏期講習以外の期間はこうしたゲーセン一体型ネットカフェに遊びに来て3日間籠りっぱなしでゲーム三昧とか繰り返していた。寝るのはいわゆるコンマイタイムと言われるサーバーメンテが行われる5時から8時までの間のみ。他の時間はひたすらゲームをし続けるというガチプレー勢だ。
つまり、俺らはお泊まりといいながら寝もせずに遊び倒そうという魂胆なわけである。不純異性交遊になりようがない。
お泊りデートと言いながら超健全なデートだ。
と、俺は思ってたんだが…。
「せんぱいとお泊り♪
やーん、どうしよぉ」
小梢はなんだか物凄くテンション高めだ。俺らのマットブースに着くと早速はしゃぎ始めた。
「せんぱい、ここがこれから2日間私たちのお家ですよぉー。
ただいまでーす!せんぱい、おかえりはー?」
「誰がするかっ!俺も今来たばかりだし!」
という俺のツッコミもむなしく、小梢はマットにコロンと転がった。
ころんと転がって俺の方を見上げて「こっち来ないんですか?」と無言で誘う小梢。反則的な可愛さだった。
確かにこういうことするならTシャツにショートパンツは正解だ。もしスカートでこんなことをやったら俺だけじゃなく外を通る他の客にも見えてしまうだろう。
俺も荷物を置いて寝転がってみる。
意外と狭いな。俺はこれまでネットカフェに来ると基本的にはゲームしやすいリクライニングチェアー席か、しょっぱなから席を取らずにずっとアーケードゾーンに入りっぱなしで一般ブースには一切来ないかのどちらかだった。
ちゃんと横になれるマットタイプは初めてだったから新鮮だ。それどころか女の子と2人でマットタイプのカップルシートだなんて初めてだ。
小梢もそれは同じなようで寝転がった俺の方にやってくると、勝手に俺の腕を枕にして寝て楽しそうにしている。
しかし、これはこれでちょっと困るというか予想外だ。こんな可愛い子とこの狭いところで一緒に横になってホントに理性を保てるのだろうか。一度学校に摘発されればここも聖地ではなくなり2度と来れなくなることを考えると今日はなるべくアクティブに過ごした方がよさそうだな。
俺はさっそく起き上がって小梢を起こす。
「さて、小梢。俺達の秘密基地もできたことだし早速色々まわろーぜ!これから2日間遊び倒すぞ!」
「はい♪」
・・・・・・・・・・
俺らはまずはアーケードコーナーに行ってゲーセンのゲームを楽しんだ。普段はタバコ臭くてあまりできなかった麻雀戦闘倶楽部なんてゲームも自由にやることができた。
「せんぱい、それローン!!ハネ満です♪」
「くっそー。
その捨てた捨て牌でそこで待つとかエッグイなお前は!」
「せんぱいが雷落とされてビクッてするの見るのが目的なんですから当然ですっ!」
「このドSめぇ…。次はこっちがやってやる…。
おっ!これは神配牌!ほれ、リーチだ!
てめぇに轟雷ぶち込んでやる!震えるがいい…」
「もうリーチですかー!?
…うわぁせんぱいその早いリーチで字牌待ちとかひっどー」
「!?
小梢なんでお前、俺の待ちを…って何俺の画面見てんだよ!それは反則だろー!」
「隙だらけなせんぱいがいけないんですっ!ふふふ」
・・・・・・・・・・・・・
「さぁ、お次はビリヤードだ!9ボールでいいな」
「どうぞどうぞ!ブレイクはせんぱいでいいですよ!」
「小梢じゃ俺のようなパワープレーができないもんなー!いいだろう。
ホレッ」
ガンガンガガガガガ…
「うわぁー。綺麗に散ったのに1個も落ちませんでしたねー。
だっさー。良い感じにしてくれてありがとうございます♪」
「チッ、だが全部残ってるからには俺にもまだチャンスはある!」
小梢は真剣な表情で構えに入る。デニムのショートパンツだから後ろにツンと突き出されたちっちゃなお尻が良く見える。小梢の構えは遠目からみても可愛かった。
「むぅ…せんぱい?なんか私のことえっちぃ目で見てませんか?」
「み、みてませんけどー」
「ふーん。ま、いいです!
それっ!やった♪
これは良いポジションですね!どんどんいっちゃいますよー!」
「む、今日は調子いいな」
小梢は調子よく4番まで連続ポケットしたところで交代。
「なんかヤなところで交代しちゃいましたぁ…。
あっ!せんぱい!
5番そのままポケット狙えるのになに9番狙おうとしてるんですか!ダメですよ!だめだめ!」
「ダメじゃありませーん!それもルールでーす。
9番ポケットできるようなところに5番を散らせたのも俺だしなー。
この勝負もらった!」
「くぅ…」
「…おい小梢、なにポケットのところに突っ立ってんだよ。お前、まさかイカサマブロックする気じゃないだろうな」
「そんなことしませーん!ただ、せんぱいが可愛い私に見とれて狙い外してくれないかなーって思っただけです!」
「ふふふ。残念だったな。俺は集中力には自信があるんだ。その程度のことでこの俺が集中を乱すと思ったら…
ブッ!て、てめぇー!あっ…」
「あ、せんぱい。ファウルですね♪
こんな位置でフリーボールだなんてこれは私の勝ちですね!」
「小梢、それは反則なんてもんじゃないぞ…。
くっそー」
小梢はあろうことか俺がショットする寸前にポケットのところで両肘を立てて顔を乗せるような前傾姿勢になった。
今日の小梢のトップスはTシャツなわけで、前が空いたその服装で前傾になると当然、空いたところからイケナイものが見えてしまう。
俺はそれを見まいと別の場所を見ようとしたら見事にキューは手玉の中心を大きく外してファウルになってしまったというわけだ。
小梢は揚々と手玉を5番にピッタリ寄せて9番をほぼダイレクトに狙えるところに置いて、見事に9番を落として勝利した。
ぐぬぬぅ。また負けた。
けど、今日の小梢はピンクだった…。きっと下も…。
いやいや、何を想像しているんだ俺は。これ以上やれば間違いなく警報が鳴りだす。
今のも相当ギリギリだったはずだ。
さすがにモーションキャプチャーも制服基準でされてるはずだから制服ならあの体勢でも普通はブラは見えないということでセーフだったんだろう。
しかし、あんなことを続ければいつどこで警報が鳴りだしてもおかしくはない。まったく危険な奴だ。
けれどもそれ以上に9番を落としてぴょんぴょん跳ねて喜んでいる小梢が可愛かった。俺も楽しいけれど、小梢が楽しんでくれていることが良く分かって嬉しく感じる。
俺は「ふんふん♪」と楽しそうに次のラックを組んでいる小梢を持っていたスマホで撮ってみた。
写真で見ても小梢はとても楽しそうにしていて可愛かった。
・・・・・・・・・・・・・
ずずずず
「コーンスープも美味しいですね」
「ああ、そうだな」
結局俺らはお泊りとか言いながらも土曜日の間は一切寝ないで遊び倒して、日曜日の朝5時ちょっと前、コンマイタイムを迎えたタイミングでそれぞれシャワーを浴びに行って朝6時前というもうすぐ明るくなる時間からちょっとだけ寝ようとしている。
寝る前に暖かいものでも飲もうということでドリンクコーナーのコーンスープを飲んでいた。
お互い遊び疲れたのもあって若干会話も少なめだ。飲み終わったところで毛布をかけて横になる。
狭い上、端にお互いの荷物を置いているせいで結構近い。横を向けばすぐに小梢がいるという感じだ。
小梢はごそごそとこちらに寄ってきた。
「せんぱい、寝るまで手、繋いでもいいですか?」
「ああ」
「やった♪ふふふ」
小梢は手を繋ぐためとかいいながら俺の方へと寄ってきてぴとっとくっついて甘えてくる。
小梢の手は握ってみるとちっちゃくて冷たかった。
シャワーを浴びたばかりの小梢からは物凄く良い香りもする。
ヤベ―。可愛すぎてこんなん寝られるわけがない。
俺はしばらく眠れそうになくなったせいで、スマホを頭上にかざして今日撮った写真を見ながら今日のデートを振り返ってみることにした。
すると小梢が俺のスマホを画面を見ながら文句を言ってくる。
「あっー。隠し撮りだぁー」
「別にいいだろ?減るもんじゃないし、俺の彼女なんだし」
「もちろんいいですよー。むしろもっと撮ってくれて良いですよ?これから交換されちゃう彼女がドン引きするぐらい私の写真ばっかにしてくれても良いですよ?」
「バカ。しねーよ。それ、別の意味でキモいわ」
「じゃあ、せんぱい、これみてください」
小梢もスマホをかざしてみせると、俺の写真がずらりと並んでいた。俺がビリヤードで構えてる姿とか今日の写真だけじゃなく、付き合って最初のデートで俺が音ゲーやってる姿とか、カラオケを熱唱してる姿とか、この1週間が詰め込まれたようなアルバムになっていた。
「小梢、いつの間に撮ってんだよ」
「内緒です♪せんぱい、隙だらけだから撮りやすいんです」
「ちっ、知らなかったよ。それにしても写真だけだと俺も結構いけてるな」
「はい!写真だけなら先輩も結構いい感じですよね!まぁよくよくみると、どの写真も遊んでるだけなのでそういう意味ではちょっと他の人には見せられないですけどね。
でも、これなんかホントにカッコいいですよ?」
「どれどれ…?」
その写真では俺が図書室で一人勉強している姿が写っていた。真剣な表情で学校や塾で習ったことを復習している様子だった。
コイツ…俺と一緒にいないときの俺まで撮ってやがったのか…。俺のストーカーかよ。
けれども全然悪い気はしない。むしろスゲー嬉しかった。
ここまでストレートなことをされれば、非リア充な俺でも嫌でも気づかされる。
もうわざわざ言葉にしてもらうまでもないという感じがした。
水無瀬のときとは違う感覚、確信めいた感覚だった。
小梢はきっと、俺のことが好きなんだ。
そして、それを意識したとたんに俺の心臓がバクバクと音を立てて鼓動を早め始めた。
それも凄い速さで心拍数が上がっていく。
な、なんだこれ?俺の身体どうなってんだよ…。
今まで経験したことがないほどに物凄く暖かい感情だった。
小梢は俺が好き。こんな可愛い子が俺のことを一生懸命想ってくれていた。それがわかったんだ。
堪らなく嬉しい。そんな小梢と今こうして一緒にいられることが、くっついていられることが堪らなく幸せに思える。
俺は俺の写真を見つめる小梢を見つめると、小梢も俺の方を向いてくる。
自然と言葉が出た。
「小梢、俺、お前が好きだよ。
大好きだ。ただの後輩としてとかじゃなく、恋人として大好きだ。
だから小梢、お前の本当の気持ちを教えて欲しい」
俺の本気の言葉を小梢にぶつけると、小梢は涙を浮かべて俺の肩に顔をうずめた。
「せんぱい、私もせんぱいが好きです。ずっと前から大好きです。
せんぱいとこうして恋人になれて、私、すっごく幸せなんです。
今、せんぱいが私に振り向いてくれて、すっごくすっごく嬉しいです…」
そうか…やっぱりそうだったのか。
俺達が仮の恋人になるとき、小梢が俺にした告白は、演技とかそういうものには一切見えなかった。
嘘をついていたのは俺だけだったというわけだ。
今まで気づいてあげられなくてごめんな、小梢。
俺は小梢を手を繋いでいない方の手で小梢の頭を撫でた。ちっちゃくてサラサラな頭。とんでもなく愛しい俺の彼女。
「ありがとう、小梢。俺もスゲー幸せだよ。何度でも言うけど、大好きだ。
これから色々あると思うけど、俺達ならきっと乗り越えていけるよな」
「はいっ!」
小梢が俺に頭を撫でられ、肩に顔をうずめながら、嬉しそうに返事をした。
俺達はこうして晴れて本物の恋人になった。
けれども、まだ何か違和感があった。
小梢はどうしてこんなにも俺を好きでいてくれたのにわざわざこのタイミングで付き合おうと言ってきたのか。
今付き合うということは要するにあのくだらない制度にも巻き込まれることは覚悟の上、ということだ。
俺は正直に言えば、小梢を他の男に渡したくないという気持ちが圧倒的に強くなっていた。小梢の方はそうではない、ということなんだろうか?
「小梢、どうしてこのタイミングなんだ?2学期が終わるまで待つとか、せめて交換されない12月中旬まで待つとか色々あったじゃないか」
俺がそれを問いかけると小梢は顔を上げて俺と向き合った。
「せんぱい、私わがままなんです。あと負けず嫌いなんです」
「??
そんなこと百も承知だが?」
小梢が負けず嫌いのわがままなのは言われるまでもないことだ。というか俺も同じだ。何かを極めたいとか何かに熱中できるということは、わがままで、負けず嫌いじゃないとできることじゃない。
誰にも負けたくないからこそ頑張れる。
ゲームだって極めるのは楽じゃない。ただ楽しいだけで行けるのはせいぜい中級者の上といったところだ。
上級者になるには、負けないようになるには死にもの狂いでやらないと無理だ。
それがこういうネットカフェで夜も寝ずに同じゲームをひたすら何日も連続でプレーし続けることだったり、場合によってはQMAなんかは解答を暗記するためにひたすら机の上で勉強したり、格ゲーなら対戦ばっかじゃなく、プラクティスモードでひたすらコマンド練習したりといった面白くないことも進んでやらないといけない。
俺も小梢もそれができるタイプだ。それは最上級の負けず嫌いであり、わがままでもあるということだ。わかりきっていること。
それが例の制度に何の関係があるというのだろうか。
「せんぱいは例えば、崩拳やQMAで低段位の人相手に無双するのと、高段位の人相手にヒリ付く戦いをしながらも連勝するのとではどっちが好きですか?
まぁ聞くまでもありませんけど」
「そりゃ後者だよ。てか、低段位と遊んで無双したいだけならここまでやる必要ないしな。けど、それはお前も同じだろ?ってあれ?お前、それって…」
「そうですよ。だから私このまま、ただせんぱいと両想いになって誰も見てないところでイチャイチャするだけとかそんなぬるげー、真っ平ゴメンなんです!
私、今のせんぱいの現状が不満なんです。
せんぱいは誰よりもカッコいいって思ってますし、誰よりも努力してるって思ってますけど、誰もそれに気づいてないんです。
いえ、せんぱいは成績でも学年1位をとってるのに、それでもただのゲームヲタクでしょ?の一言で切り捨てられて無視されてます。
だいたい兼平といえばBDカネコの前身、兼平製作所の創業者じゃないですか。
私たちの業界じゃ兼平を知らない人はいないですけど、学校の人は誰も知りませんよね。せんぱい自身も将来は年商4,000億円のBDカネコの社長候補だなんて。
部活もただただゲームで遊んでるんじゃなく、せんぱいは部活名のとおり研究しています。BDカネコの崩拳とか自分の会社のゲームだけじゃなくコンマイとかライバル社もきちんとプレーして研究しています。
それにせんぱいはゲームするのに便利なアプリとかも色々作って普通に一般リリースしちゃってます。
そもそも両手両足とかに特殊なシールを付けることでモーションキャプチャーで生徒の動静観察できるシステムだってそういうモーションキャプチャー型ダンスゲームを作ったBDカネコとせんぱいがうちの学校に技術提供したからじゃないですか。
知らない間にせんぱいたちが作ったアプリを使ってる学校の人は山ほどいるようになってるのに誰もそれが誰が作ったものなのか気づいてません。
まぁ、私はそんなせんぱいのステータスとかで好きになったわけじゃありませんけど、本来のせんぱいはうちの学校でもっともっと目立っていてもおかしくはないんです」
「けど、実際、目立っていないんだからそんなもんなんだろ。
だいたい、兼平家の力なんて創業者のおじいちゃんの時代はすごかったけど、今はもうほとんどないしな。システムやアプリも俺が開発したというより会社の人がやったことだし俺自身なんて大したことないさ。それに中身も見ずにステータスで寄ってくる連中なんてロクなもんじゃないしな」
「それは私も同意です。
けどせんぱいは、そういうのを全部抜きにしても、とっても優しいですし、甘やかしてくれますし、一緒にいて安心できます。
せんぱいの本当に良いところはステータスなんかじゃなくて、中身じゃないですか。
…私はそういうせんぱいの良いところを学校の皆にも知ってもらいたいんです。
私のか、か、彼氏が…世界で一番凄いってこと見せびらかしたいんです。
そんでもって、たくさんアプローチしてくるライバルたちを蹴散らして私がせんぱいの一番近くの座を獲得したいんです!」
小梢は俺のことを彼氏というときは若干恥ずかしそうにしていたけれど、言い切った後はフンっと言って俺の肩に顔をうずめた。
「そ、そういうことだったのかよ…。なんかスゲー大層なこと考えてたんだな。
俺としてはそんなことにはならないだろうって思ってるけど、確かに今の現状じゃ小梢が自慢し難い微妙な彼氏っていうのは納得だ。
もうちょっと小梢が自慢できるように、一緒にいても恥ずかしくないくらいには俺の知名度を上げてみたいと思えてきたよ」
「はい!その意気です♪
でも、せんぱい、ほかのかわいい子がアタックしてきても私のこと、見捨てないでくださいね…?」
「あ、当たり前だろ!
だいたい、お前はそういう連中と競いたいんだろ?」
「そうですそうです!あの女ともこれで決着をつけてやるんです!
けど、せんぱい。
せんぱいが望むなら、私はハーレムエンドでもいいですよ?
せんぱいなら普通の人にはできないようなものにもチャレンジしてもらいたいですし、本気でハーレム作る気で取り組んでくれないと私も燃えてきませんからね」
「おいおい。ただ知名度上げるだけじゃ足りずにハーレムかよ。
なんかどんどんハードル上がってきたな。
けど、ご期待に応えられるかはわからんが、交換された相手とは本気で付き合ってみるよ。
ただ、俺の正直な気持ちを伝えると、俺は自分のことよりもお前が気になって仕方ないんだ…。
お前が誰かと付き合うと思ったらさ…。
俺、小梢のことを離したくないんだ。ずっと俺の側にいて欲しい、そう思ってる」
「ふふふ。せんぱい。ありがとうございます!そう言ってもらえてうれしいです♪
せんぱいがここまで私に一途になっちゃうなんて、私も全力で攻略した甲斐がありますねー!ふふふ。
けど、せんぱい、最低でも一回は耐えてください。せんぱいはこの制度がなければ今ごろは私のことも見向きもしなかったわけじゃないですか。先週のせんぱいなら私が他に彼氏作っても無関心でしたよね?」
「あ、ああ。
それについては謝るよ。ただ、無関心ではいられなかったと思う。
俺がここまで小梢を好きになれたのは前々からそういう気持ちが芽生えてたからだと思ってる。
ん?最低一回ってどういうことだ?」
「せんぱい、またいつもの攻略癖で全然解説書見てないんですね。
未知を楽しんでるせんぱいのために完全なネタバレはしませんけど、一つだけ教えてあげます。
本恋人だけじゃなく、交換恋人からも10ポイントもらえた平均10ポイント満点の人は次の交換ターンで本恋人か交換恋人のどちらかを交換の対象外とすることができるんですよ。
だから次の1回は交換されますけど、その次の交換ターンではもしせんぱいが来週の恋人から10点満点を貰えていればその人か、私を交換させないことができます。
だからうまくいけば次の次の交換ターンでは私を他の誰にも渡さないことができるんですよ。
ただ、それは1回だけなので、せんぱいの方はその交換ターンでまた新しい恋人と過ごしてその人からも10ポイント貰わないとその次の交換ターンで私を留めておくことできなくなっちゃいますけど。
この制度はあくまで理想の相手を探すプロジェクトですからね。理想の相手かもしれないという人が見つけられた人で、しかも制度のために協力してがんばったという人には、その理想の相手に逃げられてしまわないようにそれなりの特典がもらえるようになってるんです」
「マジかよ…そんなことになってるのかよ。色々考えられてるんだな」
「そうです。だから、私をキープしたかったら、せんぱいはとびっきりいい男になって誰からも恋人になってもらいたいっていう10ポイント貰い続けるしかないわけです」
「はぁ…そういうことか。なるほどな。
ってことは、小梢、お前、俺をここまで心底惚れさせといて、最初からそのつもりでこれに巻き込んできたってことかよ…。
つくづくお前は男を掌の上で転がす小悪魔だな…」
「いい女でしょ?
私が欲しかったら、ちゃんと誰からも認められるようないい男になること、がんばってくださいねー!」
「ちっ、これは可愛い彼女のためにもがんばるしかないな!
けど、それでも来週はちょっと不安だな。
小梢は俺と違っていまも既に人気者だし、学園のアイドルだからな…。
他の良い男とくっついてどっかにいかないか不安だよ」
「うふふ。せんぱいってば案外嫉妬深いですねー。
私はせんぱいしか好きにならない自信がありますけど、どうしても不安だというなら、私をきちんと繋ぎ止めておくためのおまじないが欲しいなぁ…」
「おまじない?」
「そうです。おまじない。
せんぱい、女の子におまじないをかける方法は昔から一つですよ♪」
「それってまさか…」
「はい♪王子様のキスです!ほっぺにちゅってしてください!」
「ま、まじかよ…」
「マジです♪」
俺は数秒だけ悩んで了承した。大切な小梢にこんな形でほっぺとはいえキスするのは…と思っていたけれど、言葉だけじゃない何か別の繋がりが欲しかったのは事実だった。
「わ、わかった。ほっぺでいいのか?」
「せんぱいのバカ!
唇はまだ早すぎます!
私のファーストキスをこんな適当な感じであげるわけないじゃないですか!
私、ファーストキスはもっとロマンチックなのが良いんです!クリスマスにデートして夜景を見ながらツリーの前でとか…うふふ」
「おーい小梢さん。妄想垂れ流してるぞ。
けど、わかった!ほっぺでもちょっと恥ずかしいが、す、するよ」
「はい、どーぞ♪」
ちゅっ…
小梢のほっぺはふわっと柔らかくて冷たくて気持ちよかった。本音を言えばその可愛い唇にキスしたかったけれど、どうやら俺の彼女もファーストキスは大切にしたいらしい。
俺はそういう小梢が好きだし、こういう小梢なら誰の所にいっても大丈夫だと安心できる。
「小梢、大好きだよ」
「せんぱい…えへへ。
私も好きです」
小梢は顔を真っ赤にしながら幸せそうな顔をして応えてくれた。
ダメだ…キスは我慢できたけれど、小梢が愛おしすぎてとうとう我慢の限界を超えた。
俺は小梢を思いっきり抱き締めようとしてガバっと小梢に覆いかぶさった。
「きゃっ、せんぱい!」
「小梢っ!」
・・・・・・・・・・・・・・・
が…その瞬間、俺の首根っこが掴まれて空中で制止させられた。一体なぜ?
誰がこんな真似を…。
いやもうなんとなくわかっていたが、
おそるおそる俺が掴まれた首で振り返るとそこには今週毎日夜遅くまでお世話になり続けた美人なお姉様が鬼のような形相をして立っていた。
「りょ、寮監!!?どうしてここに!?」「ええーーー!?」
「今日は休みだから寮監ではない。峯岸先生と呼べ。
今週は誰かさんのせいで毎日毎日夜遅くまで重労働させられて疲れてたんだ。
たまの休みくらい、生徒のいない遠くのネカフェでゆっくりと読書でもしながら過ごそうと思ってたら隣のブースにお前らがいるのがわかってな。
何やら怪しい雰囲気になってきたから兼平、お前が狼にならないかさっきからこっそり見張ってたんだ。だが案の定、狼になろうとするとは、まったくお前らは…。
せっかく2人とも成績優秀なわが校を代表する優等生なんだからもうちょっとプライベートもしっかりしてくれ。
油断も隙もありゃしない」
「は、はい…。申し訳ないです。反省してますっ!
だ、だからネットカフェの外泊だけはどうかお許しをーー!!」
「だからさっきから言ってるだろ。私は今日は寮監ではないと。
お前らは成績優秀だからここでの外泊も部活動合宿として許可されている。今日のこの監視も私の個人的なものであって、学校のものではない」
「「えっ個人的って?」」
「ああ、いやなんでもない!偶然!監視してしまったというだけだ!
というわけで、お前ら、もう今日はとっとと寝ろ!昼になったら先生が美味しいご飯をごちそうしてやるから」
「えっ!?ホントですか!?」「ありがとうございます峯岸先生!大好きです!」
「お、おう!」
「せんぱい、なんかご飯でごまかされた気がしますが、ここは乗っておきましょ」「そうだな」
「なにひそひそやってんだ?」
「「いえ、なんでもありません!おやすみなさい!」」
「ああ、おやすみ」
・・・・・・・・・・・・・
こうして俺らのお泊りデートは寮監の乱入という思わぬトラブルがあったものの、次の日は寮監を交えて卓球したり、ビリヤードしたりとなんだかんだで楽しかった。
むしろ、俺としては小梢と完全に両想いになった以上、自分を自制できる自信がなかっただけに寮監、いや、峯岸先生の存在は有り難かった。
しかも峯岸先生は帰りも車を出してくれて寮まで送ってくれたり、途中のファミレスで夕ご飯をごちそうしてくれたりと至れり尽くせりだった。ありがたやー。普段、勉強頑張った甲斐があったな。
こうして幸せな日曜日がやがて終わりに近づき、俺らは寮でお互いの部屋に戻ったものの、0時を迎えるそのときまで電話で話をしていた。
明日は敬老の日で休みだからこの土日で崩れた生活リズムを整えるにはちょうど良さそう。
「ふぁぁ。せんぱい、もうそろそろ0時ですね。0時になって電話中にいきなりブツッと切られたら気分悪いので最後にせんぱいからの愛の言葉でシメたいなと思っています!さ、どうぞ♪」
「おい、いきなりの無茶振りきたな。けど、わかったよ。
小梢、この1週間とっても楽しかった。
俺はお前が大好きだ。1週間お別れになるけど、きっと再来週はもっとお前を好きになって帰ってくるよ。だから待っててくれ」
「はい!私も大好きです!
だからせんぱいも私のことは心配せずに待っててくださいね!
お互いがんばりましょ♪
それにしてもせんぱいもそんなくっさいセリフがスラスラ言えるようになっちゃうなんて大分成長しましたね!」
「ああ、誰かさんのおかげでな」
「うふふ。ホントに再来週が楽しみです!
せんぱい、それじゃあ、
バイバイです」
「ああ、じゃあな!おやすみ!またな」
「はい、また!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「切らないのか?」
「せんぱいこそ…」
「なんかいざとなると切りにくいな。0時になったらホントに切断されるのか試してみようぜ」
「わかりました。それじゃあ今週のアニメの話でもしてましょうか」
「おう。今週はやっぱまずは「ぼくいも」の2期だよ。もう原作で今後はわかっているというのになんだかんだで一番面白い。特に今週から綾香の押しかけ女房が始まってだんだんデレてくるのが最高だよな」
「出た、せんぱい、また綾香綾香って他の女の子の名前連呼しちゃって…。
私、嫉妬しちゃいますよ?」
「ば、ばか、何言ってんだ!二次元の話だろ!?
俺は三次元じゃお前のこと大好きなんだから…」
「ふふふ。せんぱい、ごちそうさまです♥
見事にひっかかりましたねー。せんぱいってばホントにちょろいですね。私が泣きついたらすぐそうやって慌てちゃうんですから」
「ちぇ、ホントにやられたよ。
お前には勝てないなぁ。
おっと、名残惜しいけどあと3秒しかない。それじゃまた」
「また」
ブツン…。
チっ、ホントに切れたよ。
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「はいはい。10点満点。それ以外の選択肢は見えないな」
「登録しました。
次にお気に入り登録です。神崎小梢さんのお気に入り登録は今後、任意のタイミングですることができます」
「はいはい。今、もう登録しとくよ」
「登録が完了しました。
集計、完了しました。
兼平秋人さんの神崎小梢さんからの獲得ポイントは10ポイントです。神崎小梢さんもあなたをお気に入り登録したため、兼平秋人さんと神崎小梢さんは本恋人として登録されました」
「そりゃそうだよなー」
アイツも同じように俺に10点入れてお気に入り登録したらしい。既定路線ではあったものの、ちゃんとそれが確認できたことが嬉しい。そうか、連絡手段という繋がりが消えても恋人としての繋がりが消えるわけじゃない。俺達はこうして評価ポイントとお気に入り登録を通じて繋がり合っていけるんだな。
と、しみじみ小梢とのつながりを喜んでいると、もう一つの作業も終了したらしい。
「抽選が完了しました。」
シャッフル完了か…。一体誰になるんだろうか。
まさか水無瀬なんてことはないよな…?
「兼平秋人さん、あなたの交換恋人は…
法条かえでさんになります」
えっ…その人誰?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(エピローグ:次章へ)
抽選が終わるとすぐに滝川から電話がかかってきた。なんだなんだ?
「兼平だけどいきなりどうした?」
「兼平!大変だ!俺の交換相手、神崎なんだが…」
「はぁ!?小梢の相手、お前かよっ!!心配して損したわっ!!
なんだよ…そっかぁ…。お前かぁ…マジで良かったわぁ。
アイツ超わがままだけどよろしくな。明日とかいきなり休日でレベル高いだろうけど、この土日遊び倒したからゆっくり休めるところに連れてってやってくれるとありがたい。
アキバのメイド喫茶とかおすすめだ」
「お、おう。わかったよ。情報さんきゅー。
それよりお前は誰なんだよ!?
俺に神崎来たってことはお前のところに俺の由依が行ったんじゃないかって心配になって電話掛けたんだよ。
由依の奴、なんだかんだ結構お前のこと気に入ってたからなー」
「い、いや、俺の相手は寺本じゃないぞ。てか知らない奴だった」
「マジかー。しかし、それはそれでご愁傷さまだな。
知らない奴といきなり休日デートとか兼平運がないなー。
俺の方は由依一筋とはいえ、学園アイドルの神崎と恋人ってのも悪くないぜ。困ったら兼平に頼ればいいしなー。
水無瀬とか法条とか他の学園アイドルはどんな奴んとこ行ったんだろうなー。明後日が楽しみだわ」
「おい、滝川、今なんて言った?」
「明後日が楽しみって言っただけだが?」
「いや、その前、学園アイドルがどうとか…」
「ああ、神崎以外の学園アイドルはどうなっただろうなーって話だよ。水無瀬とか法条とか、狙ってる奴、多かったからな。
水無瀬は人当たり良いから誰とでもうまくやりそうだけど、法条は結構きっついからなー」
「あ、あのさ、滝川。
俺の交換相手、法条かえでって奴なんだが…」
「お、おい!兼平、お前、それって…」
どうやらこれからの1週間は大変なことになりそうだった。
小梢編は一旦これにて終了です。
小梢ちゃんとのハッピーエンドをご希望の方は良かったら感想又は評価をくださいませ
今のところキーワード通りのエンディング予定ですが皆さんの反応見ながら作っていきます!
さて、次回はいよいよ新キャラ登場です