第6話_胸のさざめき
あれから一週間経つのか…彼女と話すことができたんだろうか…。
研究室の窓越しに、緑の葉が芽生え始めた桜の木を眺めながら、初めての相談者でもある小宮山 里彦の進展を気にしていた。
自分には何の力もない。ただ心理学科に属している大学生だ。相談に乗るなんて傲慢なのかもしれない。大した助言もあげられていない。
自分に対してそんな不満もあった。
「なーに?物思いにふけってるの?」
はっと後ろを見る。
心理学科 准教授 望月 小夜子だ。
「ねぇ、あれから相談者は来たの?」
「来ましたよ、先週」
「良かったわね。開設したからには来ないとね。って私に報告ないじゃない」
あ、そうだった。
「すみません。研究室も借りてるのに」
「一応、監督責任としてね。何かまずい事があったら報告してね」
「はい」
先生は窓を少し開けた。緑の香りを含んだ春風が部屋に舞い込んだ。
長い黒髪がフワッとなびく。
俺はその横顔を見つめていた。
「ねぇ…もし、私が相談したいなんて言ったら聞いてくれるかしら?」
えっ!?
「なーんてね」
茶目っ気付いてペロッと舌を出した。
なんだよ…
「ひとまわりも歳上で、しかも先生の立場で何を言ってるのかしらね」
「そんなことないです!相談に年齢も立場も関係ないです!むしろ誰にも言わない方が危ないんですよ」
そう、自滅していく。母のように。
そんな二の舞は二度と…
「龍田くん、きっと理由があるのね。相談室を開いたきっかけ」
…あぁ、わかるんだ。
大学に進んで心理学を学びたいと思ったのも、母の心の内を少しでも知れたらと思った。
あの時、俺が早めに助けてあげてたら…
死ナナクテ、済ンダ?
「龍田くん?」
心配そうに覗き込む先生の顔があった。
思わず俺は後ずさった。
「暗い顔になってたから。大丈夫?」
背中にそっと手をあてられた。
思わず、目に涙がこみ上げそうになった。
優しくされてこんなに脆くなるんだ。
まだ、立ち直っていないのか…?不甲斐ない。
だめだ、強くなる。
「大丈夫です」
たぶん、引きつった笑みの俺。
先生は少し不安そうに
「そう…」
と言った。
「痛っ」
先生は自分の背中に手をあてて屈みごしになった。
「大丈夫ですか!?」
そっと身体を支える。柔らかな感触。
「ごめんね、大丈夫。実は昨日、家で転んだの。打撲したみたいで」
「念のため病院に行った方がいいですよ」
「そうね」
「先生、俺で良ければ聞くから。何かあったら話して下さい」
「ありがとう」
そう笑う顔が儚げで、不安がよぎった。
"コンコン"
ドアをノックする音がした。
時計に目をやると16時になっていた。
今日は水曜日。相談者かもしれない。
「じゃあね」
身をひるがえして去っていく先生の後ろ姿に切なさを感じた。
まだこの空間に一緒にいたかった。
そんな気持ちと、胸のさざめきを覚えた。