第3話 〜小宮山 里彦 #2〜
水曜日の午後16:03、空室の「望月教室」。
中へ入ると窓から射す西日が眩しくブラインドを下ろす。
「そういえば、龍田くんとちゃんと話した事ないかもね」
「…そうだね」
俺はまだ小宮山に対して完全に警戒心が解かれてはいない。
まさか相談者一号が高校のクラスメイトとはね。あの頃の俺を知ってる人には、できれば会いたくない。
だけど彼を受け入れたのは…。
「じゃあ、始めますか。ここでの話は学内、もちろん外部へも秘密厳守とします。この誓約書にサインをお願いします」
小宮山は書面を書きながら
「龍田くんモテるでしょ?」
いきなり、なんだよ!?
「えっ?…どうなんだろう。大学入ってからコクられた事はないけど、バレンタインチョコはいくつかもらったよ」
小宮山はぶっと吹き出した。
「はは!天然かよ!龍田くん!それがモテるってことじゃん?」
「そうなの?義理かもしれないし。あ、手紙つきもあったか」
「ははっ、龍田くん面白いわ!しかし俺には縁のない話だな〜」
俺が面白い??いきなり話がそれてるぞ。
「で?本題の相談とは…」
小宮山は照れくさそうに声を小さくして
「俺、好きな子いてさ…1年以上片想いなんだけど。その子と俺じゃ釣り合わなさすぎて。何度も諦めようとしたんだけど、やっぱりダメで…こんな気持ちになったの初めてだし、どうしたらいいかわかんなくて…龍田くんなら恋愛経験豊富そうだし、答えが出るかなって」
ふーん。俺ってそんな色男的なイメージなの?否定はしないけど。
さっきの前フリもまったく関係ないワケではなかったのか。
「まずなんで釣り合わないって思うの?」
「だってその子、“ミス籠森”の神戸 由梨だぜ?」
…!ミスコンの優勝者!高嶺の花じゃねーか!
「な?こんな俺じゃ相手にしてくんないでしょ」
小宮山は小柄な和風男子で顔が悪いワケではないが。。(俺だったら相手にしてくれるだろうけど)
いやいや、ルックスの問題ではない!
肝心なのは…
「なんで行動もしてないのに初めから諦めるの?確かに高嶺の花かもしれない。だけど神戸さんから釣り合わないって言われたわけでもないでしょ。
本気で好きなら誠意を伝えたらと思うけど。
それに自信の無さって思いのほか、すげー威力だよ。
自分がマイナスエネルギーに覆われるし、他人にも伝わる。
まず自分を承認してあげて。はじめは難しいかもしれない。でも意識してやってみて。そのうち行動したくなると思う」
小宮山の表情がふっと緩んだ。
「俺、誰かにそう自信をつけてもらいたかったのかも…。諦められるはずがないんだ。高校生の頃、受験しにここへ来た時、彼女を初めて見かけたんだ。同じ学科だと知った時は運命かもって。浮かれすぎだね」
そんなに好きなのか…。人をそこまで好きになれる事にある意味、羨ましく思う。
「では、行動に移すって事で決まり。
同じ学部ってだけでもリードしてるんだよ。そこからどう抜きん出るかだ」
「おう」
「同じ学科なら神戸さんと接触できそうな時間はある?」
「あるね。芸術学科だから制作時間があるから」
「そこだ!その時間にまず声をかけてみること。その後はプッシュしていかないで彼女の返しに沿うように話してみて」
「わかった。頑張ってみる」
覚悟の顔だった。
なんだかワクワクしてきた。誰かの力になれるかもしれない!
もうこれは他人の悩み事ではない。共有している自分の事柄でもある。
「悩み相談もこれで終わりじゃないから。最後まで見届けるし。途中経過も相談しにきて。」
「ありがとう」
笑顔でそう言う小宮山を見て、いつのまにか警戒心が解かれている自分に気付いた。
こいつなら自分の心の蓋を少し開けてもいいかもしれない。
それを感じたから迎え入れたんだと思った。