第17話 天笠舞子#04
「舞子?」
駅から実家に向かって10分程歩いた頃だろうか、背後から女性の声がした。
振り返ると2m程離れた距離に50代と見られる女性が買い物袋を下げて立っていた。
「お母さん」
「そろそろ来る頃かと思ったわ。昼ご飯作るから買い物に行っていたの。食べて行くでしょ」
そう言いながら舞子から俺に視線を移した。
「はじめまして。舞子の母です。彼氏さん?」
まぁ、言われるかもと想定していた。
並んで歩いていたら、そう思われるよな。。
「お母さん、違うの。大学が一緒の人」
舞子が咄嗟に切り出した。
気を遣ってくれたのだろう。
「舞子さんと同じ大学の龍田と申します」
俺は舞子の母に向かい会釈をした。
「ごめんなさいね、勘違いして。どうぞお昼食べて行ってね」
そう言われ、隣の舞子を見た。
「うん、上がって食べて行って」
俺に笑顔で言った。友人とも言い難い舞子との関係。俺が立ち入ってもいいのだろうか。
・・彼女が頷いたのなら、いいのだろう。
見守りで付いて来たつもりが、思わぬ展開だ。
オーブンから取り出したばかりのクリーミーで香ばしい香り、ホワイトソースの上にかかったとろけたチーズが余計に食欲をそそる。
目の前に出されたのは舞子の母が作ったマカロニグラタンだ。
フォークでマカロニをすくい上げ、チーズと絡ませ口に入れる。
「・・美味しいです!」
「良かったわ」
舞子の母は嬉しそうに微笑んだ。
「だけど、かっこいいわね。本当に舞子の彼氏じゃないの?」
ぐはっ。いきなり投げ込んできた。
「だから、違うって言ってるじゃん」
「・・・そう」
訝し気な表情だ。そりゃそうだよな。友達とまでは言えない、ただの大学が一緒の男と2人で実家のそばまで来るか?
しかも実際、知り合ってまだ数日な俺達。こんなふうに家に上がって昼食をご馳走してもらうなんて思ってもみなかった。
ただ、懐かしい・・そう感じるのは他人とはいえ、“母親”という人と久しぶりに間近で接したせいだろうか。
俺もある意味まだ『母親』に支配されている。
疼きを隠しながら。それはいつか暴発するのだろうか。年月と共に薄れるのか。それともこのまま疼きに悶えながら生を終えるのか。
「お母さん、誕生日おめでとう」
食後に舞子は母親に紙袋を渡した。
「・・ありがとう!」
驚きと嬉しさの重なる表情。紙袋から包みを取り出し開けると、花柄のスカーフだった。
「あら、綺麗ね」
「こういう柄好きでしょ?」
こういったやり取りを端から見ていてもいたって普通の親子だ。
「・・ありがとうね。舞子には何もしてあげられていないから」
「・・・私も正直、寂しかった時期はあるけど・・お母さんも大変だったでしょ」
「・・・・・ごめんね」
スカーフを手にする母親の目に涙が滲んだ。その少ないやり取りの中で感じたものは浄化にも似たような・・2人の間で溶け合う空気を感じた。
舞子は口元を手で覆い、泣いていた。今まで生きてきた道のりの過程で生まれた寂しさもすれ違いも噛み締めるように。埋められなかった心の隙間が埋まっていくように。その涙でそれとなく感じた。
実家を後にし、駅へ向かう帰り道、舞子は零した。
「はじめはもっとお母さんに色々、言ってやろうと思ってたの。でも謝られたら、もういいかなって・・・お母さんはわかっていたんだよね」
「・・そうだね。わかっていたよ。君も頑張った。寂しかったなんて今まで言えなかったでしょ」
「・・・うん。龍田くん居なかったら私、言えてなかったよ。やっぱり居てくれて心強かったもん・・・私、龍田くんがいい」
涙が晴れた目は真剣に俺を見据えた。
「・・え?」
「初めて会った頃からそう思った。でも今回の事で更に思ったの・・龍田くんがいいの」
「俺がいいって・・」
「好きなの。私と付き合って」
それは唐突な告白だった。