第11話 不穏
その姿を見て俺は驚愕した。これから講義を始めるため、教室にへ入ってきた望月先生の姿に・・・。
左腕はギプスで固定され、三角巾の包袋が首から下げられている。自分の様子を自覚しているのか、先生は授業を始める前に、階段から落ちて骨折したと言った。似たような台詞は以前にも聞いたことがある。あの時は背中を痛がっていた。それを知っている俺はその姿で現れた先生が更に気がかりになった。授業の内容がいまいち入ってこない。いち早く、先生と話したかった。
講義が終わり、研究室から完全に生徒がいなくなるのを待っていた。俺と望月先生だけの空間になった時、
「龍田くんが聞きたいことはわかってるわ。授業のことじゃなくて、この腕のことね」
そう言いながら俺が座っている席までやってきた。
「階段から落ちたなんて嘘じゃないですか」
直感だった。先生の表情は一瞬、固まった気がした。
「嘘じゃないわ。私、おっちょこちょいね。気を付けないと」
少し焦りを感じさせる言い方に不穏を覚えた。たぶん違う。階段から落ちたなんて・・・。
「先生、俺が相談室を開いた直後に言ったじゃないですか。相談事にのってくれる?って。俺はいつでも聞きますよ」
先生の瞳が微かに潤む。何かを抱えていると確信した。
「・・・先生」
途端に俺に背を向けた。
「ありがとう。だけど何もないの」
小刻みに肩が震えた。
「嘘だよ、先生」
俺は立ち上がり、右手を取った。
「龍田くんは優しいのね」
誰にでも優しいわけではない。こんなに気にしてしまうのは、きっと・・・。
そしてまた、闇がかすめる。
「大丈夫よ、ありがとう」
掴んでいた右手がするりと抜ける。その笑った顔は不自然だ。
胸に迫る切なさと不穏を感じながら、後ろ姿を見つめていた。