第1話 〜プロローグ〜
薄暗い中での奇妙な静けさ…心臓が脈打つ。手に汗が滲む。呼吸をするのも忘れるくらい時々、息をのむ。
すると風呂場から雫が一滴垂れる音が聞こえた。
「ぴたん…」響く…。
音の在り処はバスルームだ。そちらへ足を向ける…。
するとそこで暗転して、徐々に意識が戻ってくる。
俺は夢の終わりと共に目を開けた。
「またか…」
と呟き、陽が昇り始めた部屋のベッドから体を起こす。身仕度をしながら、いつまであの悪夢に苛まされるのだろう、と思った。それは誰も知る由も無く。
大学へ向かおうと玄関のドアを開ける瞬間、"母"が居るような気がして思わず振り返ってしまった。誰も居るはずはない。
ずっと抜け出せないでいる闇。これからも続いていくのだろうか。。
目覚めの悪い朝を引きずりながら、大学へ向かった。
ここは籠森大学。俺の通う大学。
季節柄、新入生のサークル勧誘で賑わっている。
俺は、大学の庭であるビラを配っている。"龍田巳成希相談室"と打ち出し、"無料相談"とうたっている。
俺の名前と相談室という文言。
その文字どおり、俺が無料で相談相手となる、というわけだ。
1人で行うためサークルにもならない。
ただのボランティアだ。
無料相談なんて胡散臭がられるかもしれない。
だけど一人でもいいから自分が後押しになれたらいい。
そんな人々を呼び寄せるに大学は都合がいい。
行動の発端はやっぱり、あの出来事なんだ。
自分自身を呪うほどの後悔。拭おうにも拭いきれない闇に常に覆われている。
これは母を救えなかった戒めなのか…。
「あのぅ…」
声のする方に目をやると俺のビラを手にした女子がいる。
「はい?」
「さっき、この紙を貰って…その相談というか、一緒にお話したいです!」
「悩み事あるの?」
「いえっ、特には…そのカッコいい人だなと思って」
ふーん。そんな類か。自分で言うのもなんだが、このルックスになびいてくる輩はいるかもしれないと、少し思ってたけど。
「ごめんね。マジで相談したい人でないと時間充てられないね」
女子は残念そうに
「そうなんですか?じゃあ悩みがあったら、ここに書いてある心理学望月研究室に行きますね」
しまった。まるで悩み事を作ってくるような言い方だ。
「あのさ、相談にのるかどうかは俺の判断とするから」
「はぃ…」
女子は背を向けてトボトボと去って行った。
考えが甘かった!こんな胡散臭そうな相談所に人が殺到しないだろうと高を括っていた!
俺の端正なルックス。それを甘くみていた!
そこに惹かれてくる奴は意外と多いかもしれん!
「龍田くん。女の子ふったの?」
聞き慣れた女性の声に横を見ると望月先生がいた。
俺が専攻している心理学の准教授。
「研究室を貸してくれって言うから何事かと思ったけど、さっきの女の子に言ってたこと聞いてると真面目な事みたいね。」
「聞いてたんですか…」
龍田巳成希相談室は対面での相談室である。
そのためには場所が必要だ。毎週水曜日は早めに研究室が空く。
16時から1時間だけ貸してもらえないか望月先生にお願いした。
確認も含めて見聞きしてたのか。
「ま、悪いことに使わないならいいわ」
微笑みながら髪をはらった薬指の指輪がキラッと光った。
俺は何故だか物憂げな気持ちになった。