66話
今日はマリエルの案内で街を回る日。
密かに楽しみにしていたが、最初に連れて来られたのは冒険者ギルドだった。
肩透かしではあるがそれはそれ、ギルマスとのやり取りを無事終える。
「所で、最後にギルドマスターが悔しそうにしている様に見えたのですが、何故でしょうか?」
冒険者ギルドで手続きを終え、次の目的地に案内してもらっている最中にマリエルがそう質問して来た。
「ん? ・・・・あぁ、ちょっとした駆け引きの結果が思わしくなかったからだろうな」
「駆け引き、ですか?」
「あぁ、実際苦労はしたのだろうが、ギルマスはこんなにも苦労したとアピールする事で、俺に恩を着せようとしたのだろう。だが恐らくギルマスでも容易には手が出せない所から横槍を入れられて買取が難航し、そのせいで数日待たせているのに更に待ってくれと言わざるを得なくなった。つまり今度は逆に俺から恩を着せられかねない事案が発生してしまったわけだ。しかし俺は快く待つと言ったので自分も恩を着せ難くなった。俺の対応次第ではそれはそれこれはこれと言えただろうが、俺の対応から分かって言っている事も通じていて、それが難しくなったのが分かったから悔しそうにしていたのだろう」
「・・・・・・・なるほど」
本当に分かった上でのなるほどなのだろうか?
「つまり、お互いがお互いに恩を売っている状態で、片方が気にするなと言ってしまえば、もう片方も気にするなと言わざるを得なくなるということだ。そうでないとがめついとか浅ましいとか言われてしまうからな」
これがやり手の商人とかなら面の皮の厚さで以って対応するかもしれないが、そうしなかったということはギルマスの面の皮の厚さはそれほどでもないということだろう。
俺にとってはいいことである。
「なるほど」
今度はちゃんと分かったようである。
・・・分かったよね?
それからもマリエルの案内で街のあちこちを遊び回った。
服屋や小物屋、喫茶店に吟遊詩人がいる広場など冒険者としての活動には余り関係ないところばかりではあったが、だからこそデートっぽくてよかった。
っぽいってだけなのが悲しくはあるが。
少し遅めの昼食は第2区画にある、マリエルからするとちょっと高級な、依頼が大成功した時などしか利用しない所で取った。
とは言え、代理の所の晩餐に参加することがある身としては、別段高級とも思わなかったが、これは比較対象が間違っているだけだろう。
そんな事よりここで特筆するべきは、出てきた料理の味だ。
晩餐の料理より美味しい。
いや、これでは語弊がある。
晩餐の時の料理より味が濃くて俺の好みに近い、幾分程度ではあるが。
だが、その幾分が大きいのだ。
素材の差は、残念ながら俺の舌程度では判別つかない。
「マリエル、ここだけの話にして欲しいのだが、いいかな?」
「勿論です。それでどうか致しましたか?」
真面目な顔で話しかける俺に、空気を察したのだろうマリエルが真剣な表情で聞いてくる。
「晩餐の料理よりここの料理の方が美味しい、何故だ?」
「・・・・・・え?」
「公爵閣下の所の料理はどれもこれも味が薄くて正直微妙なのだが、ここの料理は幾分程度ではあるが味が濃くて美味しい。香辛料が希少だからと思っていたが違うのか?」
ガクッとマリエルの頭が下がる。
「真剣な顔で何を言い出すのかと思えば・・・えっと、小耳に挟んだだけなので詳しくはないのですが、貴族の方々の間では、もう随分前から健康ブームだそうで、料理の味付けは可能な限り薄くされていると聞いています。私たち使用人の食事にはそういった配慮はされていませんが、香辛料が高価なのはその通りなので余り多くは使われていないはずです。素材のランクも随分下がりますので、ここの料理の方が美味しいくらいですよ」
そんな配慮いりません。
しかし・・・そうか、そんな理由であの味付けだったのか。
益々出席したくなくなったな。
余り体を動かさないだろう貴族と、体を使って稼ぐ冒険者である俺と味の好みに大きな隔たりがあるのは当然だったわけか。
後、健康に対する認識か。
世の権力者が最後に望む物と言えば、不老不死と相場が決まっているからな。
そう考えれば納得できなくはない、か。
俺にとっては全く嬉しくない話だが。
これでは香辛料を持ち込んでも解決しないじゃないか。
流石に晩餐などのような場で俺だけ別の料理をとか有り得ないしな。
貴族レベルは素材はいいが味付けが薄くて微妙。
貧民、というと流石に失礼か、安い店だと素材も安く味も薄くて微妙。
俺が美味しいと思うような店は平民レベルの高級店位ということなのだろうな。
もしくは素材持込で作らせるか、か。
・・・まぁ、保留で。
急ぎ何とかしないといけないような案件でもないし、時間ができてからでもいいか。
そんな事より今はこのデートっぽいものを楽しもう。
具体的には、マリエルの笑顔とか。
正直幾分美味しい程度の料理より、美味しそうに料理を食べているマリエルを見ていたほうが何十倍も楽しい。
これだけでも今日一日歩き回った甲斐があるというものだ。