2話 - 神獣
がんばっていきます。
「な、なんだ?」
「すいません、これは……」
突然の事態に晶が驚いていると、フォズは何かを説明しようとする。
しかしその説明は、犬小屋の中から飛び出してきた影によって遮られた。
「うわああああああああ! ……って、ん?」
様々な影が晶の足下へと駆け寄ってくる! ……が、その影はあまりにも小さい。
まるでミニチュアフィギュアサイズ。下手すれば手乗りできそうな鴉や狐、トカゲや馬のように見える動物たちだった。
「めっちゃかわいい……」
その姿が可愛いのはもちろんだが、みな晶の足下に顔を擦り寄せてくるので余計に愛おしくなってしまう。
「よしよしー、おぉよしよし!」
その場にしゃがみこんでミニチュア生物たちを愛でていた晶だが、フォズが呆気にとられているのに気づく。
フィルミーナも目を丸くしていた。
「…………」
「? フォズ?」
「……い、いえ、彼らがそこまで誰かに懐くとは……と驚きまして」
「ん? 確かに小さいけど、みんな可愛い動物たちじゃないか」
動物に愛される体質を持っている晶にとっては日常茶飯事のことだ。
当たり前だと、晶はそう思ったのだが……
「――それらの生物たちは、神獣です」
「神獣?」
予想外の言葉に驚く晶だったが、彼を分かりやすく驚かせたのは続く言葉だった。
「はい。それもただの神獣ではありません。例えばそこで貴方に腹を出して撫でられているのは日本の大妖怪……九尾の妖狐です」
「――は?」
言葉を失って、手の中で為れるがままの狐を見やる。
かつて現在の中国でもある殷王朝をその手にせんとした……妖狐。それが自分に撫でられているという事実に晶は何も言えなくなる。
「天界や冥界への勅使になってもらおうと思っていたのですが……」
いくら動物に好かれるとはいえ、まさか伝承に謳われるような生物にまで懐かれるとは……と、晶は当惑する。
そんな晶の心中をしってかしらずか。
何かを思いついたようにフォズはある提案をしてくる。
「どうでしょう、アキラさん。彼らを連れていく気はありませんか?」
「ええ!? それは……大丈夫なの?」
「普通であればこんなことは言いません。しかしまるでペットのようになった彼らを見ると、少し預けたくなるような事情もありまして」
事情とは、勅使として神獣たちを1体1体説き伏せる必要が無くなるというものだった。
界神であるフォズの力であれば神獣たちに遅れをとることはないが、それでも並大抵の苦労ではない。
それに神獣たちを力によって完全に支配してしまうのは、神界で禁じられている。
フォズが神獣たちと出会ったのは地球で暦できるよりも昔だ。
だというのに、未だに彼らとの溝を埋められていなかったのには、神界特有の時間の流れとそのような事情が関係していた。
そこでこの晶への懐き方だ。
晶に頼みたくなるのも無理はない。
「……うーん」
晶は、動物が動物を飼ってたのもおかしな話だと思いながらも神獣たちとのことを考える。
確かに動物たちとは一緒にいたい。いたいが……と二の足を踏んでしまう。
だが、フォズの次の一言が晶の意志を固くした。
「神獣たちも飼い主として貴方を信用していれば意思を交わし合うこともできるでしょう」
「……それって、ホント?」
「ええ、間違いありません」
奇しくも自分が車に跳ねられてしまう前に願ったこと、それが叶うかもしれない。
そう聞いて晶は快諾する。
動物……という部分が神獣なのはこの際気にならなかった。
「決めた。連れて行くよ」
「良かった……それでは早速」
どこから持ってきたのか。
フィルミーナが1本の高級そうな毛筆を手にしていた。
フォズは、晶に腹部を晒すように指示する。
晶としては腹部とはいえ、フィルミーナの前で身体を晒すのは少し恥ずかしかったが、必要だと言われてはそうするほか無い。
どうやらこれから何かをするらしい。
晶は神獣たちに声をかける。
「ごめん、ちょっとだけ離れていてくれないか?」
すると神獣たちは素直にその場から離れる。
良い子たちだなぁだと感じ、自然と晶の口角は上がった。
フォズは、その光景を満足そうに見てうなずいてから晶に指示をし始めた。
「これからアキラさんと神獣たちを私の力によって契約させます。ついでに、これから転移してもらう世界の言語が日本語に翻訳されるおまけもプレゼントしましょう。ちょっとくすぐったいですが我慢してください」
「う、うん……ふふっ、あはは、くぅ……」
晶が腹部をたくし上げていると、目の前に進んできたのはフィルミーナ。
そしてフィルミーナは手にした毛筆で、晶の腹部に何かを書き記す。
無表情で繊維を腹部こすりつけてくるので、何のプレイだよ! というツッコミをしたくなる晶。
だが、フィルミーナにそのような言葉を使う勇気も無かったのでなすがままとなる。
「——はい、終わりました」
天国のような地獄のような時間が終わったかと思うと、晶の胸元に淡い光が点る。
次第に光量は増していき、やがて視界がすべて覆われる。
「な、なんだぁ!?」
混乱する晶だったが、フォズから落ち着くように言われる。
「落ち着いてください。すぐに収まるはずです」
フォズの言う通り、すさまじい輝きも少しずつ薄れていった。
やがて晶が直視できるほどになってから自分の胸元を見ると、そこには白い宝石がついたペンダントが身についていた。
フォズは晶に神具の様々な説明をしていく。
「……これは?」
「それは神具といい、神獣たちを封じておけるペンダントです」
「神具か……でも封じ込めるのはなぁ」
「気持ちは分からないでもないですが、彼らは神獣。すべての神獣が力を解放してしまえば、アキラさんもその力の余波を受けるかもしれません。一応契約をしたお陰でアキラさんの基礎能力は地球の頃とは比較できないほどに上昇していますが、それでもある程度顕現させておく数は絞っておけるようにしませんと」
「なるほど……んーどうしよう」
晶が重要視するのは、動物たちだ。
そして、同じくその対象内である神獣たちが嫌がることはしたくなかった。
そこで晶は一度ペンダントを外してしゃがむと、神獣たちにどうしたいか聞いてみることにした。
「お前ら、これの中に入るのは嫌か?」
すると、みなが晶のことを見上げる。
晶も「嫌だったら嫌って言えよ」と思いながら、一応宝石を差し出してみる。
「おっ……へへ、みんなありがとな」
神獣たちに意思はなんとなく通じているらしい。各自が順番に宝石に尻尾や足、鼻で触れていく。
すると空間が少し歪んだように見え、神獣たちが消えていた。
「あれ? あいつらはどこに行ったんだ?」
晶は不安になって、フォズに聞いてみる
「その神具の中で眠っていますよ。……しかし驚くべきことばかりです。彼らが進んで封印を受け入れるとは……」
「いつもはそうじゃないのか?」
「ええ。たまに封印が解けてしまいこの空間内に飛び出してしまうことがあるのですが、そうなるといつも鬼ごっこ状態です。最後は私の力によって眠らせて各自の巣に戻します」
「やっぱりこの神具とかの中にいるのって嫌な気分になるのか?」
「いえ、そんなことはないと思います。基本寝ているような心地でしょう」
なんか母犬が子育てしてるみたいだな……と和んだ晶だったが、まだ神具の中で眠ってくれていない神獣がいたことに気づく。
鴉と狐である。
「……お前らはここにいるの嫌か?」
鴉の神獣は弱ったような泣き声をあげてから晶の肩へと飛び乗ってきた。
「嫌っぽいな」
姿こそ小さいものの、しっかりと尾が9本分かれている九尾の狐もこちらを威嚇するようなポーズをとって唸り声のようなものをあげている。
「こっちもか」
2匹の様子を見てから、晶はしばらくしてフォズに考えを告げる。
「多分この2匹は外にいたいと思っている気がする」
もしかもしたら俺と常時一緒にいたいと思っているのかもしれない……とも晶は思っていたがそれは口にしなかった。
単純に恥ずかしかったからだ。
この特異体質を持っている晶は、たまに自分のことを好きすぎる動物たちに出会うこともあった。
そして、そういった場合の対策は実に簡単だ。
自分がなんとかしてやればいい。
それが晶流の動物たちとの付き合い方である。
「つまり、連れて歩くと?」
「ああ。ダメか?」
「ダメ……というわけではありませんが、シンプルにアキラさんに危害が及ばないかですね」
「……確かに何かあったら俺じゃ何もできないもんな」
そこで晶は狐と鴉の神獣に向き直る。
「……お前ら、ちゃんと俺の言うことは聞いてくれるか?」
先程から神獣たちの意思は伝わってこないものの、こちらの意思は通じているようだと思っていた晶は、約束することにした。
「コン!」
「カー!」
今度は先程のように弱ったり、怒ったりはしていない、威勢の良い返事が返ってきた。
——決まりだ。言葉が通じている。
それを喜びながら、フォズと交渉することにした。
「ご覧の通り、こいつらは沢山いた神獣の中でも特に素直だ。これなら大丈夫だろう?」
「そう、ですね……まぁいいでしょう」
「よし! 良かったな、お前ら!」
フォズの許可を得て、常時一緒にいられることになった晶はその喜びを2匹にも伝える。
細かいことが分かっているのかは分からないが、喜ばしいことが起きたのは伝わったらしい。
2匹は泣き声をあげると、羽を大きく広げたり、尻尾をふって喜びを露わにした。
「……ふふっ。それではそろそろ転移しますか?」
神獣たちとふれあう晶を見たフォズは、穏やかな口調で語りかけた。
「お、おう! ……嬉しいのは分かるけど舐めるなって! ははっ……!」
「はいはい。それでは<ゲート>を開きましょう」
九尾のエスカレートしていくスキンシップの対応に精一杯なのを察したのか、フォズは「わふっ!」と吠えて何も無かった空間に扉を召喚した。
扉が独りで開いたかと思うと、その向こうは真っ白な靄がかかっており何も見えない。
空間転移の扉で、神々だけが使える特別な力だ。
「おっと。そろそろ行かないとな。ありがとう、フォズ」
「いえ、こちらも思いがけない幸運でした。このままあの靄に突っ込めば草原に出ます。近くにミルヘベンという城下町もありますよ」
「ああ! 何から何までありがとう! ——よし。行くぞお前ら!」
晶が声をあげてから扉の中、白い靄があるところへ走り込んでいく。
九尾と鴉も元気な鳴き声をあげ、追随していくのだった。
——そんな勢いだったので最後にフォズが「あっ」と声をあげたのを、晶たちは聞き取ることが出来なかった。
× × ×
「あっ」
「……フォズ様?」
さきほどの人間たちがゲートを通り抜けていった瞬間、天使フィルミーナは主神の狼狽した声を聞いて、問いかけた。
そしてフィルミーナの問いかけに界神フォズは困ったように漏らす。
「これは困ったことになりましたね」
「困ったこと、でしょうか?」
珍しい、とフィルミーナは内心で驚く。
アキラという人間が言っていた通り、見かけは犬にしか見えないが、実は主神はかなり優秀な神なのだ。
それこそ困るなんてことがないぐらいに。
そしてフォズはその困ったことを彼女に告げた。
「ゲートの転移先を……ネイトーマ大陸の草原に設置していたのですが、今アキラさんたちが通った影響で、転移先が変わりました」
「まさか……」
「ええ。いくら神具によって封じられているとはいえ、神獣たちが神界から外へと出たのです。彼らの力が転移術式が影響を及ぼしたのでしょう」
神々はもちろん神獣にもよくあることだが、彼らはみな力が大きすぎるが故に時空や時間といったものにすら影響を与える。
そして、ただでさえ今出て行ったのは、総勢二十一体の神獣。
そんな背景があるからこそ、あそこまで神獣に愛されていたアキラという青年の特異さが際立つのだが……とフィルミーナは青年の顔を浮かべながら、とある提案をすることにした。
「それは、今からでも彼らを連れ戻すべきでは?」
しかし主君からの返答に、彼女は自分が仕えているのがどういった存在だったのを改めて理解することになる。
「まっ、大丈夫ですよ。アキラさん、尋常ではないぐらいに彼らから愛されてたみたいですしね。最悪何かあったらフィルミーナさんも手伝ってください」
……困ったことになったのは、自分かもしれないと思うフィルミーナだった。
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