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 見たところ、まだ掲示板に気が付いている人間は少ないようだ。それでも幾つかスレッドが立っている。が、コメントは延びていないようだ。なので、その辺りのチェックはヨイチくんがしてくれることになった。


「時に、何で私に敬語を使うんだろう?」

「一応年上ですし、ついでに俺の経験的に、イヅナさんは敵に回すとろくな事をしない地雷臭がする気がするんで」

「敬語は使っても敬意は無いな!」


 礼儀正しい礼儀知らずな、ちょっとだけ人生の後輩に情報収集を押しつけて、私と綺ちゃんはそのまますぐ側に建っている村の役場へと向かうことにした。


「さて、綺ちゃん。覚悟は良い?」

「はい、大丈夫です」


 重厚な見かけに反して重さをまったく感じない木製の扉を押し開けた。中は窓もないのに十分明るい空間だ。光源とかどうなっているのだろう。

 さて、中の雰囲気は銀行の窓口だろうか。入ってすぐに待合いのベンチが並んでおり、その奥に事務カウンターが。左手はやや広いスペースになっており、テーブル席と、その奥にはバーのような飲食カウンターが存在している。


「……クるなぁ、これ」

「明るくても、いえ、明るいと異質さが際だちますね」


 カウンターやテーブル席に存在する人影達。リアルな造形のそれらはしかし、時を止めたかのように身動き一つしない。


「なるほど、マネキンね。これだけリアルなのに瞬き一つしないとか」

「これ、どうすればいいんでしょうね?」

「話かける? いやだなぁ」

「……ですよね」


 事務カウンターの受付は三カ所。えっと右から銀行受付、クエスト関係で使用する受付、素材売買受付だ。銀行受付のNPCはNPC人気投票で上位に入る美人グラフィックだけど、それでもこんな活き人形を見せられてもちょっと困る。どこの博物館だ、まったく。子供が泣きだすぞ。すべてのNPCがこれなら、確かに壊そうとする輩は出てくるだろうな、間違いなく。精神にクる、……回れ右したいなぁ。


「えーと、話しかければいいのかな?」

『ようこソ、アびチェ村役場へ。こチらは銀行窓口デす。業務内容を選択シて下さい』


 前に立った私の目の前に表示枠が出現すると同時に、ボーカロイドのような音声が響いた。もちろん目の前に人形からだ。とはいえその口は動いていない。どこかにスピーカーでも内蔵しているのだろうか。いやまあ、スピーカーが内蔵されているならまだ良いかもしれない。なにもないがらんどうだったり、もしくは人と同じように内臓とかが存在してたら……発狂しかねないな。

 表示は何時も見慣れた選択だった。ゲーム内通貨であるゴルド、単位はわかりやすいGだ、の預け入れ、引き出し。そしてアイテムの預け入れ、引き出しの四つ。その上にはタブがあり、そこでキャラクター毎かアカウント毎の選択が出来る。


「喋らせる意味がどの辺にあるのか問い詰めたいな」


 誰に? 誰かにだ。この場合、例の管理者あたりが良いな。


「あ、綺ちゃんもクエスト終わらせると良いよ。隣のがそれだから。話しかけたら選択肢でると思うよ」

「ええ、わかりました」


 興味津々で私の前のマネキンを観察していた綺ちゃんも、隣の窓口へと移動する。

 さて、とりあえずタブをアカウントに切り替えてゴルドを半分引き出した。全部じゃないのは一応の保険だ。どっちにしても序盤は対して使わないのが分かってるしね。最悪引き出せなくなっても惜しくはない。

 問題はアイテムの方だ。ヨイチくんの情報を信じるなら、ゲーム内のテンプレートがあまり意味をなさなくなっている。知識として参考に出来ても、実際どうかは実践してみないと分からない、と。と言っても、新たにプレイしようと思っていたキャラクタービルドで本当に良いのだろうか。それはゲーム内ではかなり効率が悪いのが分かっている。この状況を考えて、もっと良い方向性があるんじゃないだろうか。育成しやすい方向で固めて、さっさと戦力を増強させた方が楽だろう。それでもなぁ。

 思考の迷宮に突入しかけた私は、軽く頭を振った。いやいや、何を迷うことがある。何をやったところでどうなるか分からないんだ。定石なんてとっくに崩壊している。常識すらすでに枠外だろう。だったら当初の予定通りのスキルを取ろう。そのための準備をしておいたんだから。メインスキルは決まっている。後はそれを活かすスキル構成を、情報収集しながら構築しよう。なんとかなる、とは言えないけど、何とかしよう。

 でも死にたくないから死なないようにね。デスゲームじゃないとはいえ、死に戻りはストレスになりそうだし。何か無くしてても不思議じゃないし。……というか痛みとかあるんだろうか。死に戻った人間が狂乱したとか動かなくなったとかは聞いてないが、そこは確認するべきだろうなぁ。

 本当、分からない事だらけだ。何が要る? 何をしなければいけない? 何が出来る? 何が出来ない?


「……さん」


 アカウント倉庫内のアイテムを睨みつける。生産系のスキルは持ってない。なら今出す必要は無い。ヨイチくんが何かスキルを持ってるならそれに応じて引っ張り出すか。問題は武器と防具か。育成を考えると方向は早めに決めておきたい。とはいえ、私は自分の運動神経が信用できない。この体だから大丈夫だ、とかステータスを上げれば行ける、とかそんな脳天気な思考にはなれない。


「イヅナさん!」

「ぅはい!」

「大丈夫ですか。止まってましたよ。……イヅナさんまで人形になっちゃったかと……」

「あー、ごめん。……ありがとう。考え込んでた。けどまあ、うん。一人で全部やろうとしなくて良いんだよね……肩の力抜けたわ」

「はい。だったらよかったです」

「ん」


 とりあえず、肺の空気を全部吐き出した。それで落ち着いた。私はぽんぽんと倉庫の中身を取り出していく。実際に取り出しているのではなく、システムに収納されていっているようだ。おそらく、アイテムウィンドウを開けば、そこから実体化出来るのだろう。


「しかし、今気が付いたけど、ちゃんと呼吸してるんだね、私たち。この人形と変わらない体だったらどうしようかと思ったよ」

「……」


 ウィンドウを操作しながらの私の軽口に、綺ちゃんは何か微妙な表情を浮かべた。


「? どうしたの」

「……イヅナさん。限界まで呼吸を止めたらどうなると思います?」

「え? そりゃ窒息状態になるんじゃないの?」

「……そうですよね」

「何か気が付いた?」

「いえ、先ほどヨイチさんと遭遇したときなんですけど」


 綺ちゃんの眼が剣呑な光を宿す。


「私、息を詰めたままずっと呼吸をしてなかったんですけど、まったく変化無かったんですよね」

「……それは」


 ちょっと待って。それはまずい。多分目端の利く人間ならすぐ気が付く。そして内容に含まれる毒は最悪の部類だろう。この体がイキモノじゃないなんてことを否応無く叩きつけられるようなものなのだから。


「気のせい……なんてことはもちろん無いよね」

「はい。私の所見ですけど、呼吸は単に声を出すために必要なだけなんじゃないかと」

「……最悪だ」


 嫌な気分だ。こうも簡単に常識が否定される。……そうか、人としての常識が呼吸を必要としているだけということか。この体の活動に必要なのはつまり酸素じゃなくて……。


「スタミナゲージか」


 このゲームでプレイヤーが持つゲージは三本ある。一つがいわゆる生命力。HPゲージと呼ばれている。物理ダメージで減少する。二つ目は精神力。MPゲージ。術式系のスキルアビリティーや一部武器アビリティーで消費される。そして三つめがスタミナ。SPゲージ。これは物理系のアビリティーで消費されるが、体力の数値を換算して高速に回復する。ただし、満腹度が減少するとこの回復力が落ちていくことになる。


「とりあえず、ヨイチくん経由で“ダイス研”には伝えておこう。まあ、もう情報に上がってる可能性も高いけど。正直、私じゃ判断が付かない。いささか手に余るよ。それで綺ちゃん、クエスト終わった?」

「はい、千ゴルド貰いました。これ、どうすればいいですかね」


 ゲームなら初心者はこの後、ここにあるクエスト掲示板で資金やアイテムを稼ぐのが序盤の流れだが、とりあえずその手順は飛ばそう。

 現状懸念は多い、というか懸念しかない。とりあえず怖いのは、自分が死なず、そしてヒトではない体をしていると気が付いたプレイヤーが暴走しはじめることだ。POPにプレイヤーキル、PKは無い。プレイヤーヴァーサスプレイヤー、いわゆるPvPはあるが、それはお互いの許諾があってのものだ。けど、この世界にPKが無いとはまだ言い切れない。まあ“ダイス研”が実験してないことはないだろう。ヨイチくんとの会話からも、彼らがこの短時間でさまざまな検証、情報収集をしていることが推察できる。今はとにかく情報が欲しい。情報をかき集めつつ、スキルレベルを上げることによる安全マージンの確保。これをとりあえずの指針にしよう。資金とアイテム? それは私の手のうちにある。戦力にならない可能性のある私を、それでも良いから一緒に行こうとしてくれた彼女の序盤を支える程度は十二分にある。


「とりあえず綺ちゃん。刀使いでいくんだよね?」

「そうですね。でも、ヨイチさんの話を聞く限り、遠間への備えも要りますよね? というか今はそちらが主流という感じを受けましたけど」

「だからといって近距離戦闘能力がいらないと言うわけでもないと思うよ。とはいえ、序盤は出来るだけスキルを絞りたいんだけどね」


 ここが悩ましいところだ。スキルスロットは八つ。人間以外の種族は種族スキルで一つ埋まるから七つ。全て埋めれば、全部で八つのスキルに育成の機会があり、さらにやれることが増えるため幅広い戦略を採ることが出来る。

 だが、ここに落とし穴がある。序盤のキャラクターにはスキルの成長補正が複数掛かるのだ。

 まずは最初から持っている“初心者の”という称号。控えを含めた総スキル数が八以下で合計スキルレベルが八以下ならスキル経験値にプラス補正が掛かる。つまり、スキルを一つしかもってなければ、そのスキルがレベル八になるまで補正が有ると言うことだ。

 そしてそれぞれのスキルのレベルが二十までのプラス補正が存在する。これはレベル五毎に下がっていくが、レベル一から五までの補正値は特に大きい。なお、レベル四十五からは逆にマイナス補正が掛かり、必要な経験値も莫大なため、レベル四十五で育成は終了と思え、そこからはオマケだ。というのが合い言葉になっている。

 さらに所持スキルが五つを下回っているならスキル数が少ないほど補正が入る。

 後は称号だと職業だのでも補正が付くものがあるが、それは序盤にはあまり関係してこないので割愛しよう。

 チュートリアルを受けると自動的にスキルが四つ付いてくるが、これだとスキル数による経験値の補正値が少なくなる。ついでに言うと、チュートリアルで貰えるスキルは割とレベルが上がりやすいものばかりだ。

 この辺りを考えると、上げにくいスキルをスタートダッシュさせるにはチュートリアルを飛ばしてスキルを絞る必要が出てくる訳だ。


「まあその辺はヨイチくんと合流してからにしようか。お金とアイテムなら私の在庫もあるしね。多分ヨイチくんも何かしら持ってるだろうし相談しよう。しばらくは彼と行動をともにするわけだし、お互いに出来ること、出来ないことを考えた上でどうするか決めよう」

「そうですね、分かりました」


 さて、考えるべき事は大量にあるが、答えを出すにはあまりにも情報がなさすぎる。自分の手札すら分からないような状況だ。唯一の手がかりは掲示板の一文か。あれの管理者とやらがこの状況を引き起こした何かなのだとしたら、つまりそいつにとってこの状況は“ゲーム”にすぎず、そしてそこに何らかの“クリア”というゴールが存在するということだ。

 コンシューマーのゲームなら“ラスボス”が存在し、それを倒せばエンディングだが……。現状一番難易度の高い敵は廃城フィールドボスの筋肉様か無限回廊の鎖兄さんのどっちかなんだけど、うん、無理。アレがリアルにいたら通報案件だ。出来れば合わずに済ませたい。

 まずはヨイチくんのところに戻って新情報を確認、その後情報の刷り合わせをしてから、“ダイス研”の他のメンバーと合流かな。

 ……あれ? 少なくとも綺ちゃんのお兄さんは廃城に居るらしいけど、他のメンバーさんはどうなんだろう? 近場に居るのかな?

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