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 二千三百十五人。

 私がキャラを作成したのは土曜日の夜だ。確か週末のピークタイム、二十時から翌二時まででおおよそ八千人の接続者数だと聞いたことがある。


「綺ちゃん、綺ちゃんが接続したのって土曜日?」

「ええ、土曜日の夜八時過ぎでしたね」


 ふむ、私の記憶でもたしかそのくらいの時間だったと思う。


「土曜の夜にしては少なくない? その数は」


 私の問いに、青年は軽く肩をすくめてみせる。がりがりと短く刈り込まれた茶色の短髪を掻くとパタパタとキーボードを叩いた。


「その通り。接続していた人間全員がこの状況に巻き込まれた訳じゃないようだよ。うちのギルドだけなら、そうだね六割がここに“飛ばされて”来てる。メンバー全員のフレンドに確認してみたところだけど、概算してもおおよそそのくらいらしい。今は活発に情報交換しているところだねぇ」

「みんな同時に飛ばされてる?」

「ああ、時間的なズレはない。ヒドいところは戦闘中に突然この状況になってパーティーメンバーの半分が居なくなって決壊、とかあったらしい」

「……死んだの?」

「そこは安心、していいか分からないけれど、キャラの死亡は教会送りだよ、いつも通りに」

「いつも通り、ね。皮肉が効いてるね。まあ、デスゲーム、って訳じゃないだけでも朗報だ」

「死亡のデメリットがデスペナルティーだけとは決まってないんだけどね。思いも寄らないかにかがあるかもしれない」


 ひらひらと手のひらを振って、青年は苦く笑った。


「ところで聞きたいんだけど、二人のうちのどちらか、四方って名前に覚えが無いかな? 俺、四方至道よもしどうのリアル友人で、同じギルド所属なんだけど」


 ああ、やはりか。ということで私は一歩横にずれて、綺ちゃんを指し示した。


「はい、四方至道の妹で、四方駒子と申します。きゃらくたー名? は月山守綺と付けました。どうぞ綺とお呼び下さい」


 両手を腹部で軽く組んで丁寧に頭を下げる綺ちゃんに、青年は焦ったように私に視線を走らせてくるが、軽く肩を竦めて放置することにした。こんなに面白い光景邪魔でき、じゃない、人として他人の挨拶の邪魔なんて出来ないだろう。

 慌てたように立ち上がった青年は、綺ちゃんへと向き直って頭を下げた。彼の周囲のUIがふわふわと追従する。なるほど、移動時はほぼほぼ透明になるのか。端から見てても謎技術すぎだよな。


「え? あ、これはご丁寧に。えっと、俺、いや自分は笹沢勇平です。いやいや、じゃなくてキャラ名は“セン モモトイ”と名乗ってます。けど呼ぶときは“ヨイチ”と呼んで下さい」


 ああ、なるほど。千百十一だからヨイチか。それはそれとして。


「ついでに私はイヅナ・プエラリア。綺ちゃんとは新キャラクターのポップ地点で出会った縁かな。あ、リアルの名前は名乗らないよ、私は」

「あー。それで良いです。本名の方は出来れば忘れて下さい。見たところ、チュートリアル飛ばしてるっぽいんですけど、サブキャラの人ですか?」


 私が初心者服なのに武器を装備してないところから類推したのだろう。その台詞に私は頷いた。


「正確にはキャラの作り直し。一から育成を楽しもうかと思ったんだけどね……」

「もったいない。スキルの入れ替えじゃ駄目だったんですか?」


 このゲームはスキル制なので、スキルを入れ替えればある程度は個性の違うプレイができる。けどまあ。


「ぶっちゃけ、前のキャラだと元居たギルドの連中のメッセージがウザすぎてね。わざわざサブキャラとか別垢で送ってくるんだから困ったものだ」

「ああ、別垢だと運営も動いてくれませんしね、それは面倒くさい。けど最近多いですね。似たような話を先日聞きましたよ」

「まあねぇ、廃城と腐海と無限回廊の実装くらいから一部ギルドが荒れてるよね。ゲームくらい楽しく遊びたい所なんだけど」

「ごもっとも」


 なんの流れか、意見が一致した私とヨイチくんは思わず握手なんぞしてしまっていた。あ、ついでだ。フレンド申請だしておこう。を、申請承諾だ。


「ヨイチくんは学生さんかい?」

「ええ、大学生になったばかりです。イヅナさんは?」

「私も大学生だ。三年だから少しばかり君より年上だね」

「あ、やっぱり。でももうちょっと上かと思ってました」

「それは大人びて見えたと思っておこうかな。私は君は高校生くらいだと思ってたけど」

「童顔なんですよねぇ、俺。けど、握手でフレンド申請出せたんですね、びっくりだ。あ、綺ちゃんもフレ登録いいかい?」


 私と手を離したヨイチくんは、綺ちゃんへと手を差し出した。


「はい、喜んで。何時も兄がお世話になってます」

「……本当に兄妹? 外見はともかく、中身は君が姉と言われても信じるよ俺」

「……いえ、本当に兄がご迷惑をお掛けしてしそうで申し訳なく……」


 歯切れの悪いヨイチくんに色々察したか、綺ちゃんは申し訳なさそうな困った顔をする。


「ま、まあ良い奴ではあるよね、うん。破天荒なところはあるけど」


 何者だ、綺兄は。ちょっと興味はあるけれど、話を進める方向にしよう。


「さて、綺ちゃん。ついでにヨイチくんも。とりあえず迎えを発見したわけだが、ここからどうする?」

「……それなんだけれど、こちらから提案というかお願いがあるんですが」


 私の問いにヨイチくんが手を挙げた。


「うちのギルドメンバーと合流しませんか?」

「うん?  見ての通り私は作ったばかりの初期キャラだよ。武器もスキルも通貨も無い」

「前のキャラクターの資産は無いんですか?」

「アカウント倉庫の中だね。開けられなかったら終わる」

「なら大丈夫です。アカウント倉庫は生きてます」


 どうやらその辺りは“ダイス研”で情報収集が済んでいるらしい。とはいえ、これで現状で最大の懸念は解決した。


「それは助かる。これで最悪の事態だけは避けられた。……NPCが居るのか?」

「あー、ショック受けないでくださいよ。割とホラーだから。……えっとですね、喋るマネキンだと思ってください」

「それは……怖いな」

「お化け屋敷を連想しますよ、マジで。で、必須だと思うものは出来るだけ出しておいた方が良いんじゃないかというのが、うちの連中の意見です」

「預けておいた方が安全では?」


 死が存在しなくてもデスペナルティーは存在するらしいし、通貨とアイテムのロストを考えると預けておいた方がリスクは少ないと思う。けど“ダイス研”は違う意見を持っているようだ。


「多分早い段階で、プレイヤーが暴走してNPCを破壊しようとするだろう、って予想立ててるんですよ。 NPCが壊せるかどうか、そして壊れたとして再生するのかどうか、試すに試せないですからね。どこにどう影響するか分かりませんから」

「嫌な話だね。それはそれとして、新規プレイヤーを誘うメリットは何だろう? 足手まといでは?」

「いえいえ。むしろこの状況だと人的資源の奪い合いになるんじゃないかという意見もあるくらいです。実は戦闘関係がまずいことになってるんで、とにかく人手が欲しい、という状況です」


 うん? よく分からないことになっているようだ。POPにおいては、とにかくスキルを使わないとキャラクターは成長しない。なので、高速にモブを倒してドロップアイテムを稼ぐ金銭効率と、一回の戦闘で多種のスキルを多数使ってスキル経験値を稼ぐ経験値効率がイコールにならないのだ。その辺りに関しては、オープンβから半年で有る程度のテンプレートが出来ているのだけど、それが崩れたということだろうか。


「何が起きてるの?」

「……一般的なパーティー構成って言えばどう思います?」

「タンク、ダメージディーラー、ヒーラー、バフデバフ。最適解は狩り場によって変わるけど、この組み合わせだね。それで?」


 ヨイチくんは小さく首を振ってため息を付いた。


「ラノベでですね、ヴァーチャルリアリティーの話ってあるじゃないですか。実際、俺もちょっとあこがれたりしないでもなかったですけど、こうなってみると無理ですよ。普通の感覚だとやれません」

「……つまり?」

「まあ、モブを見れば分かるんですけどね。よく考えてください。……時速八十キロで走ってくるダンプカーの前に、鉄板一枚構えてその突進を止めようとか思えますか? そしてもしそんなのに慣れれたとして、それが普通になったような人間がまともに現実で生活がおくれると思いますか。ゲームですから、とっさの判断で動かなきゃいけないことが多いですよね。で、現実でいきなり突っ込んできた車を避けるんじゃなくガードしようとしたら……どうなるんでしょうね」

「死ににくい、あるいは死なないが故に、危機に対するハードルが下がる、と」

「ああ、そんな感じです。とりあえず防御型のタンクからはこれは無理だという声が上がってます。後、どうも重量によるノックバックが発生しているようでして。大型モブの攻撃は複数の意味で厳しいみたいです。特に高レベル帯の大型モブがよろしくないと。現状は回避型をメイン盾で戦術を再構築してデータ集めてる最中です」


 いや、死ななくてもハードモードくさいぞ、これ。そりゃそうだ、牛とか熊とかと戦えと言われて普通戦えるものでもない。


「後ですね、二千三百十五人。この数字が動いてないと言うことは新規でプレイヤーが増えないと言うことです。そしてログアウトの機能が無いという事はサブキャラやサブアカウントに変更できないということですよね。必要な役割の人間が足りなくっても、余所から持ってこれないということです。目端の利くギルドなら新規とか育成が足りてないとかは関係なく、とにかく人の確保に走るんじゃないですかね」

「さすが“ダイス研”とでも言うべきかね」

「……やっぱりイヅナさん、割と廃人プレイヤーじゃないんですか。一体どこのギルドに居たんです?」

「言う気は無いね。関わる気も無い。まあ、割と廃人だったのには同意するけど。でもまあ、とりあえず」


 打てば響く私の返答に、私のプレイ歴を垣間見たのだろうヨイチくんの反応を誤魔化して、私は綺ちゃんへと笑いかけた。


「綺ちゃんがお兄さんと合流するまでは一緒に行動するよ。パーティーメンバーだしね。その後はそこで考えよう」

「ありがとうございます、イヅナさん。でも、私としては兄よりもイヅナさんと一緒が良いと思いますよ?」


 はにかむように笑みを浮かべる綺ちゃん。うん。私にそっちの気はないんだけどなぁ。この娘は時々ツボに入る反応を返すよね。


「まあ、あの兄じゃなぁ。兄妹だと大変だろうし……」

「いえ、お言葉ですけどヨイチさん」


 ヨイチくんのぼやきに、綺ちゃんの笑みが苦笑へと変わった。


「兄と私は似すぎているんですよ。だからあまり一緒に居ない方が良いんです」

「いや、あんなエキセントリックな性格はしてないだろう、綺ちゃんは」


 ひきつったような表情のヨイチくん。いや本当に、どんな人間なんだろう四方至道くんとやらは。


「……返す返すも兄が迷惑をかけているみたいで申し訳有りません。でも似ているのは性格じゃなくて性根というか魂の有り様とでも言いますか……すいません、うまく説明できません」

「まあ、その辺はお兄さんと再会出来てからで良いんじゃない? で、ヨイチくん。お兄さんはどこに居るの?」

「……廃城です」


 高レベルコンテンツというか、現状最難関フィールドかよ。合流まで遠すぎるよ。しかもあそこ、時空が歪んでる設定のせいで、脱出アイテム使えないよ。


「まずはここで体勢を整えましょう。イヅナさんは倉庫ですよね。綺ちゃんはどうする?」

「倉庫って役所の中ですか」

「うん、窓口はね。ああ、そうか。チュートリアルは最後に役場への手紙クエストあるんだっけ?」

「はい、役場の窓口に手紙をわたしてくれ、とのことです」

「じゃあ一緒に行こうか。ヨイチくんはどうする?」


 何かメッセージが入ったのか、表示枠を展開したヨイチくんに私は声をかけた。その表情が硬い。


「俺はギルドメンバーに状況を説明して相談します。イヅナさん、重大な情報が入ってきました」

「……どんな?」


 焦ったように表示枠に触れて、次々と枠を開けていくヨイチくん。


「……これか。マジかよ。……イヅナさん、綺ちゃんも。システムからフレンド、そこからコミュニケーションへ。そこの一番右のタブを開けてください」


 ヨイチくんの指示通りに、わたしは、そして綺ちゃんもUIを操作する。そこに在った文字に私は眼と正気を疑った。


「……何の冗談? 掲示板?」


 公式ホームページになら専用BBSがあったけど、ゲーム内には少なくともこんな機能は無かった。

 それはスレッドを制作してそれぞれのスレッドにコメントを書いていく、某巨大掲示板のようなシステムの掲示板だった。そして最大の問題は。

 私は一番上に存在するスレッドを開いた。スレッド名は管理者用スレッド。そのスレッドはシステム上で常に最上位に位置するように設定され、書き込みも管理者のみしか出来ないと記されている。

 そしてその最後に書かれている文字。


“ゲーム を クリア して 下さい”




 ……いや、普通に考えてさ。

 MMORPGに引退とサービス終了はあってもクリアはないだろう常考。



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