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「とりあえずパーティーとフレンドの申請を送るから、はいの方を押して貰える?」
「はい、分かりました」
「とはいえ、どうやればいいんだろう」
さて、ゲームだったらキャラクターを右クリックしてフレンド申請を送る、で良いんだけど、本当にどうしたものか。現状音声で会話してるから、チャット機能が使えるかどうかすら確認してないんだよな。とりあえずチャット枠の入力画面に触れてみる。と、その下に透明なキーボードが出てきた。なんぞこの便利機能。でも空中に浮かぶ半透明な強度が無いキーボードなんか打ちたくないし、打てそうにない。フレンド登録もパーティー編成も一応コマンド入力で出来るんだけどね。
ふと思いついて、私は綺ちゃんに握手を求めてみた。私より小さな右手が私の手を握りしめる。そのままわたしは、対人用のメニューを意識してみた。
ピン、という小さな音が耳ではなく脳裏に響く。綺ちゃんに重なるように、通常キャラクター右クリックで表示されるメニューが現れた。
「おお、出た。やってみるものだね」
縦にフレンド登録依頼、パーティー作成、PvP申し込み、ブラックリスト登録、キャラクターネームコピーという選択肢が並んでいる。
まずはフレンド登録依頼に触れてみた。と同時に綺ちゃんの前に現れる小さなウィンドウ。半透明のそれは、こちら側からは何が書いてあるのか見ることが出来ない。どうやら枠の反対側からはウィンドウの内容は見られないようだ。まあ、フレンド登録への可否のウィンドウだろうけど。
綺ちゃんの左手が枠に触れることで、私の方の枠のフレンド登録依頼の文章がフレンド登録解除という文章へと切り替わった。これでお互いのフレンドリストにお互いが登録されてるだろう。
次はパーティー作成だ。パーティー作成の欄に触れると、枠に重なってパーティーリストが現れた。メンバーはリーダーとして私の名前だけが表示されている。そして、パーティー名を登録して下さい、とのメッセージが表示された。うーん、キーボードかぁ。音声で入力出来ればいいのに。ん? 試すか。
「パーティー名、“ここどこー?”」
またしてもピン、という電子音。パーティーリストの一番上に“ここどこー?”と表示された。
……出来ちゃったよ。しかもクエスチョンマークまで再現とかどんだけ高性能だ。このユーザーフレンドリーっぷりにむしろ悪意すら感じられる。
どうやら綺ちゃんの方にもこのリストは出ていたらしく、くすりと笑って左手を動かした。そして“月山守 綺”の名が私の下に表示される。
そのまま、リストの一番下のリストを閉じる、を押してリストを消した。
これで綺ちゃんの頭上の表示は、
“旅人”
“初心者の”“月山守 綺”
“PT:ここどこー?”
となっている。
ちなみに、旅人というのは職業になる。このゲームにおいて職業はスキルやスキルアビリティー、クエストなどで手に入るもので、キャラクターになんらかの補正を与えてくれる。それはステータスの増減であったり、ゲーム内の判定における成功率のアップだったりする。なお、旅人という職業は最初からキャラクターが持っている職業で、効果は何もない。
そして初心者の、というのは称号だ。称号はゲーム内でなんらかの条件を満たすと手に入るもので、職業と同じ効果を持つ。ちなみに初心者の、という称号は最初から持っている称号で、全てのスキルレベルの合計が8になるまで、スキル経験値にプラス補正がかかる、というものだ。なお、スキルは修得すれば自動的にレベル1になり、さらにスキルスロット自体が最大8つのため、スロットを全て埋めてしまえば補正が掛からなくなるという微妙な称号だったりする。この称号を活かすには初期スキルを少なくし、なおかつ通常では上がりにくいスキルを最初に取ってしまう、という手順が必要となる。
職業と称号は、ステータス画面においてそれぞれのスロットに一つずつ装備可能だ。これは街中や聖域などのセーフティーエリア内でのみ変更可能になっている。
まあ、そんなわけで無事にパーティーを組めた私たちは手を離すと、とりあえずアビチェ村、だと良いなぁと思っている集落へと足を向けた。確かこの位置からだと建物と石壁と木の塀に遮られているから、村の入り口までぐるりと回り込まなければいけないんだよね。
「とりあえず情報が欲しいね。さっきから思ってるんだけどさ、人の姿を見ていないんだ」
「ええ、そうですね。気配すら感じませんよね」
「何て言うか、撮影してないときの映画のセットってこんな感じなんじゃないかないかなって思った」
「じゃ村に入ったらカメラとか回ってるかもしれませんね、実はドッキリです! とかで」
「それはそれで怖いけどねー。ああ、そこの倉庫? みたいなのを回り込むと村の入り口があるよ。とりあえず入ってすぐに役場があるから、そこに行ってみようか? そこで色々できるから」
そんな話をしてると、突然綺ちゃんが私の前に、止まれというように手のひらを突きだした。
「え?」
「……人が居ます」
「うん?」
足を止めた私へと、綺ちゃんは首を傾けて囁いた。
左手には塀。それを曲がれば村の正面入り口になる。右側は腰の高さほどの木柵に囲まれてはいるけど、視界の開けた牧草地みたいな草原。ゲームだと進入禁止地域だが、今はどうだろう。さすがに柵を乗り越えようとは思わないが、さて。
「……左に曲がった先、塀の陰です。人数は分かりませんが大勢では無いと思います。一人か二人くらいじゃないでしょうか。多分相手はこちらに気が付いてません」
綺ちゃんの左手が、腰に吊された刀の鞘を掴んでいる。もちろん私には全く何も感じられない。さて、どうするか。通常ならここはセーフティーゾーンだ。モブと呼ばれる雑魚敵は出てこないし、プレイヤー対戦であるPvPも禁止区域になっている。
「右、柵ぎりぎりまで寄ろう。で、相手が目視できるところまで進もう。どっちにしても先に行かないと何も出来ない」
「了解しました」
「抜かないでね。敵じゃなかったら揉めちゃうかもしれないし」
「はい」
ゆっくりとした足取りで、綺ちゃんは曲がり角を大きく迂回する。私はその後ろに、距離を取った状態でついて行く。
ふと思いついて右手の柵に触れてみる。ざらりとした木の感触。その向こうには……触れるものは無かった。進入禁止というわけでは無いようだ。いざというときは越えられるか。ひょっとするとサバイバルゲームってこんな感じなのかもしれない。いや、私武装してないよ、丸腰だよ、ゲームにならないよ、って。
「……プレイヤーだ」
足を止めた綺ちゃんの肩越しに覗き見た先にいたのは、塀に背にして座り込んで、オブジェクトの木箱を机の代わりにし、何かの表示ウィンドウを真剣に眺めている青年だった。何故プレイヤーだと分かったかは簡単な話で、頭上に名前が表示されているからだ。
“賽子神研究室”
“衛兵隊長”
“シールドマスター”“千 百十一”
一番上の“賽子神研究室”は所属ギルド名なんだけど……“ダイス研”かぁ、また凄いところのメンバーだなぁ。
“賽子神研究室”、通称“ダイス研”はPOPでは知る人ぞ知る有名ギルドだ。というか、半数以上のプレイヤーはこのギルドの恩恵を受けているといえる。たとえ“ダイス研”を知らなくても、彼らの作っているPOP情報系サイト“幻想開拓史開拓歴”を知らないプレイヤーは居ないくらいに。少なくともデータベースとしてはここ以上に詳細なサイトは私の知る限りは無い筈だ。特に生産素材の解析に関してはここ以外はあまりあてにはならないとまで言われている。
職業は“衛兵隊長”。取得条件は衛兵隊クエストを最後まで終わらせること。これは全ての街と村を巡るお使いクエストだ。前のキャラクターで取得はしたけど、正直二度目をやる気は無い。なにせ性能は良いんだけど、キャラを選ぶ職業だし。
しかし称号がマスターってどれだけ廃人だろう。スキルのマスター系の取得条件はそのスキルのカウンターストップ、つまりレベル五十到達が必要となる。そして四十五から五十までの必要経験値の跳ね上がり具合はかなり鬼畜仕様なのだ。さすが“ダイス研”メンバーと言うところなのだろうか。
それはそれとして、キャラ名が読めないのはいかんともし難い。
綺ちゃんが小さく私へと目配せした。それに対して私は小さく頷いて、わざと足音がするように前に踏み出した。ザッ、という土音に気が付いたのだろう、青年はハッとした表情でこちらを仰ぎ見る。……というか、こいつデカいな。私よりだいぶん背が高そうだ。そしてガタイも良い。まるでレスラーだ。だけどその顔つきはなんというか……幼い? 童顔だよなぁ。
「ああ、初心者さんだよね。えっと、二人以外には他に居なかったかい? 俺、初心者さんを迎えに行くように頼まれてたんだけど、その、いきなりこんな場所に居てね。ギルドチャットが繋がってたからとりあえず情報をかき集めてるんだけど……」
「ちょっと待って、一気にまくし立てないで」
慌てたように話す青年に手のひらを押さえて押さえて、と動かすことで停止させる。
「とりあえず聞かせて。ギルドチャットが繋がってるって言ったけど……他にもプレイヤーが居るってこと?」
「ああ、ごめん。ちょっとパニクってる最中だった。そうだね。君の言うとおり。情報を信じるなら、今この世界、世界って言うべきかどうかわからないけど一応そう呼ぼうか……」
青年はタタッ、と机代わりの木箱に指を叩きつけた。
いや違う。叩きつけたのはチャット枠に追加される半透明のキーボードだ。なるほど、木箱の上に設置することで打ち込みやすくしたのか。
そんな益体もない事を考えている間に青年はちらりとチャット枠に目を走らせてから私たちに目を合わせた。
「オープンチャットかシステムチャットで /count と打ち込むと現在の接続者人数が出るのは知ってるかい? その数値がこの現象が起きてから全く動いてないらしい。これによると接続者は二千三百十五人。……さて、この数字をどう思う?」