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「えっと、駒子ちゃん、だっけ? 私の頭の上に私の名前って、見えてるかな?」

「? はい、イヅナさんですよね……って、あ!」


 私の問いに、どうやら私が言わんとすることに思い至ったのか、駒子ちゃんはちょっと困ったような顔をしてみせた。


「うん、まあこんな状況ではあるけれど、だからこそ本名は言わない方が良いかな。あ、もちろんこの状況が解決してもだけど。ネットリテラシーって大事だからね」

「はい、ごめんなさい。えっと、つきやまのもり・あやと読んでください」

「時代劇みたいな名前ね」

「そうですね、確かに」


 私の感想に苦笑して駒子ちゃん、もとい綺ちゃんは答えを返した。


「綺ちゃんって読んでも良いかな? それとも月ちゃんの方が良い?」

「綺の方でお願いします。月山守はまあ、合図みたいなものですから」

「合図?」

「はい、合図というか符丁というか……この銘なら多分兄が分かると思ったからなんですよね」


 ぱんぱん、と手とお尻を叩きながら立ち上がった綺ちゃんは、すっと座ったままだった私へと手を差し出した。体格的には私の方がかなり大きいし大丈夫かなぁと思ったけれど、よくよく考えたら彼女も私も筋力のステータスは初期値だろう。身体性能がステータス依存ならあまり関係なさそうな気がしたので、ありがたくその手を借りることにした。うん、立ち上がるとはっきり分かるけど、やっぱり私と綺ちゃんとは二十センチほどの身長差があるようだ。私の身長がリアル通りなら百七十だから、綺ちゃんは百五十センチくらいか。


「お兄さん?」

「はい、進学で家を出た兄から、パソコンとこのゲームをプレゼントされたんですよね。このゲームの中で兄と遊べると聞いたので、試しに遊んでみようと思ったのですが……」

「気が付いたらここに居た、と?」

「はい。えっと、ちゅーとりある? という所に行かされて、指示通りにコマを動かしていたんですけど。最後に向こうに歩いていけば村に出るから、ということでそちらに進んだんですけど……次の瞬間にここで尻餅をついてました」


 小さく首を傾げながら、綺ちゃんは左右を見渡した。


「見覚えの無い場所ですね。そもそも私の住んでいる辺りとは様相が違いすぎてます。何処なのでしょうね、此処は?」

「んー、これを言っちゃうと私の正気を疑われそうなんだけど……多分これって、POP、あ、POPって幻想開拓史の略語ね、の中、もしくはそれに類する世界何じゃないかと思う、んだけどなぁ」


 自信は無い。ポリゴンとテクスチャーで組まれたプログラムによる“箱庭”と五感全てに感覚を叩きつけてくる現実感溢れる“世界”を同一視するなんて間違っているとは思うんだけど、それでもこれは……。


「UI、ユーザーインターフェースって言って、ほら、ゲームの画面に色々な情報が表示されてる枠とかボタンとかちっちゃいマップとかあったじゃない。あれがそのまんま視界に浮かんでるんだよね、しかも半透明状態で。しかも意識すると触れて、移動もできる。こんな技術が普通に存在するなんて聞いたこともない。別に私たちヘルメットとかバイザーとかしてないのにね」

「あ、本当だ、触れるんですね」

「うん。あ、視界の邪魔にならないように端に寄せておくと良いよ。システムの表示のところで表示非表示の設定も出来るし、サイズも枠を持って引き延ばしたり縮めたりすると変更出来るみたい」

「なるほど」

「まあ、それはそれとして。それにこの場所ってね、チュートリアル終了後に移動させられるアビチェ村の外れにそっくりなんだよね。私は首都圏在住なんだけど、近所にこんな土壁の家とかあるところなんて知らない」

「ええ。私は、そうですね、中国地方の山の中に住んでますけれど、それでもこういう……民家はあるのに舗装路が無い処は近場には無いですね。あっても山の奥の方で、こんな平地でそれはないです」


 私の説明に綺ちゃんは小さく頷いた。


「落ち着いてるね、綺ちゃん」

「いえ、私は夢の中かと思っていましたから。何か体が鈍いというか動作にずれがあるというか……感覚に狂いがありますからまあ、現実味が無かったので。でもイヅナさんと話してると、確かに夢という感じじゃなさそうですね。そうですね……イヅナさんの説の補強になりますが、太陽の高さと気候と植生的に、此処は日本では無いと思います。何処か、と聞かれて答えを返せる知識は無いですけど少なくとも本州ではあり得ないかと。なので私としてはイヅナさんの言うように“ゲーム内”あるいは“ゲームのような世界”という前提でこの状況を考えようかと思います」


 うーむ、何だこの童女。ぱっと見中学生か下手すれば小学生にすら見えるのに随分としっかりしている。これはひょっとするとひょっとして……。


「綺ちゃんって、もしかして見かけと違って……大人の人?」


 合法なあれなのかもしれない。そんな私の質問にちょっとだけびっくりしたような顔をした綺ちゃんは、苦く笑って小さく首を振った。


「いえ、高校生ですよ。二年になります。年寄り臭い言動は、そうですね。私が住んでる所ってすごい田舎なので周りにお年寄りしかいないんですよね。……ところで見た目って、これ、やっぱり現実に近い外見なんですかね?」


 どうやら合法では無かったらしい。

 それはともかく。自分の体と私の体を見比べながら、綺ちゃんは呟いた。手足を軽く動かしているのはバランスを見てるのだろうか。私もつられて手足を曲げ延ばしてみた。ん? んー? なんかこう、なんだこの違和感?


「ああ、外見なら装備ってボタン押したら見れるよ。消すときは戻るってボタンね。けど高校生かぁ。あ、私は一応大学生。成人式は済んでます。それはそれとして、うん、身長とか体格はわりと現実にそってそうだね。種族が違うとどうなるのかは分からないなぁ。綺ちゃんは種族は人間?」

「はい、そのままを選びました」


 ぽちぽちと宙に浮いた枠を動かしながら、綺ちゃんはこくりと頷いた。視界の邪魔にならないようにか、あっちにやったりこっちにやったりサイズを変えたりと忙しそうだ。


「ゲーム時には食事で太ったり痩せたりはあったんだけどね。今はどうだろう。スタミナゲージが存在してるから注意は必要かもしれない。で、まあ私の方だと、割と現実に近い姿になってると思う。アバター自体現実寄りに作ったってところもあるんだけどね。でもまあ、アバターの影響もあるみたい。肌の色とか細かいところがねー。……ああ、でも確かに動かしてみると違和感があるねこれ。……動けないほどでも無いけど」


 微熱がある時の挙動に近いだろうか。ふわふわとした、どこか動きがずれる感覚。もしくは痛みのないアノ日。これは男の人には説明しても理解出来ないだろうな。


「それでイヅナさん。……これからどうします?」


 一通りの確認が済んだのか、綺ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。んー、多分この娘はバリバリの初心者だ。おそらくパソコンすらあんまり触ったことが無い気がする。そして私の方はチュートリアルを飛ばしている弊害か現状色々と足りてない。この村に銀行の派出所があるかないか、そしてアカウント倉庫が使えるかどうかで今後の難易度がイージーモードかハードモードか切り替わる。


「そうだね、もし綺ちゃんが良かったら、パーティー組んで一緒に行動しない? さすがにソロでの行動は心細いし。あ、でもお兄さんと合流するのかな? Wisウィス使えない?」

「イヅナさんが一緒に行動してくれるなら有り難いです。兄はなんかゲーム内でちょっと遠くに居るから合流に時間が掛かるとか言ってましたね。兄の友人が迎えに来てくれるとか言ってましたけど……来ませんよね。後、うぃすってなんですか?」


 私の回答に嬉しそうに笑う綺ちゃん。


「ん、Wisてのはウィスパーの略語ね。相手のキャラクター名が分かってたりフレンドリストの中の人だったりしたら、一対一で会話が出来る機能ね。他にもフレンドリスト内の人にだけ会話を届けるフレンドチャットとかギルドメンバーにだけ会話するギルドチャットとかもあるけど、まあその辺はおいおいに」

「ああ、なるほど。でも兄のキャラクター名は知らないんですよね。私のキャラクター名はメールの練習ついでに送ってみたんですけど……見てなかったらどうしようもないですね」

「ふーむ。この状況で迎えに来られないか、それともそもそも、私たち以外のプレイヤーが存在しないか……それによって話が変わってくるかなぁ」

「イヅナさんの知り合いはどうなのですか? 格好は私と同じですけど、私みたいな初心者じゃないですよね?」

「うん、残念ながらこのキャラは見ての通り作り直したばっかっりでねー。フレンドリストはゼロ人なんだ。それどころか武器もアイテムもスキルも通貨も無い」


 私はちょっと笑いながら、軽く何も装備してない両手を広げて見せた。ついでに言えば、前のギルド連中に連絡を取ろうとは欠片も思わない。彼らも全くの新規キャラクターには興味もないだろう。私が持つ、前のキャラクターの装備やアイテムなどの資産以外には。ゲーム内ですら私のストレスの元となっていたのに、実際に目の前に居られるなら気が狂ってしまいかねない。


「あ、そういえばイヅナさん、武器持ってないですね」

「そ、チュートリアル飛ばしちゃってるからね。これで銀行窓口でアカウント倉庫開けなかったら私終わっちゃう」


 本当に、そうなったらかなり拙い。新規作成の時点でステータスが紙なのに、その上武器無し金無しスキル無しではキツいことになる。これで戦闘無しでお金が手に入るお使いクエストが無くて、初期スキルを覚えられる訓練所と図書室が無ければ、完全に詰む。現実でのリアルスキル? 簿記とか経済学とかこの状況で役に立たせられるとは思えない。


「……もし。もしそうなったらイヅナさん、私にその知恵と知識を貸して下さい。二人で何とかする方法を考えましょう」


 ぽん、と腰の刀の柄に手をあてがうイケメン童女。何この娘カッコイイ、思わず惚れちゃいそう。……いやいや、新しい世界にはまだ早いと思うんだよね。



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