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4 初デート(2)


なぜだろう、どれもこれもサイズがぴったりなのは……。

自分はお世辞にもスタイルが良いほうではない。子どものころから背の順は一番前だったし、女性としての凹凸も悲しいけれどほとんどない。だから、洋服を選ぶときはいつも苦労しているはずのに、なぜか目の前に用意されているドレスはすべて自分に合っているのだ。

いったいなぜ……。


「まあ七星様、こちらのドレスもよくお似合いですわ」


試着を手伝ってくれている女性スタッフが、満面の笑みで感想を述べる。先ほどから一度も否定されたり「これはちょっと……」という顔をされたりしていないのだが、おそらくお世辞ではないと思う。モデルが良いわけではなく、服が良いのだ。色、形、サイズ……すべて自分に似合うものが用意されている。


「あ、あの~……これって誰が選んでくれたんですかね? なんかあつらえたみたいにぴったりで、ビックリなんですけど……」


このホテルに来るまで、一度だって採寸したことはない。むしろ、どんな服が自分に似合うのかもわかっていないくらいだ。


「わたくしどもは、氷野様のご指示どおりにご用意させていただいただけです。七星様の可憐さを引き立たせるものを、と仰せつかっておりますわ」


(楸~生~さ~ん……っ!!)


やっぱり、彼しかいないとは思っていた。本当なら恥をかかずに済みそうなので感謝すべきところだが、そうもいかない。服の種類はともかく、サイズのことだ。なぜ、楸生が自分のサイズを知っている……!?


「本当に、七星様は氷野様に愛されていらっしゃるのですね。ここまで七星様のことをよくご存知だとは、僭越ながら妬けてしまいますわ」


(誤解でーーす……っ!!)


きっと普通ならそう思うだろう。自分と楸生がただならぬ関係なのではないかと。しかし、実際には何も起きていない。周囲に勘繰られるようなことは何ひとつないのだ。


「あは、あはははは……」


肯定はもちろん、否定もできない。もし否定すれば、「じゃあなんで服のサイズまで知っているのか」とドン引きされそうだからだ。自分にできることは、ただ乾いた笑いをこぼすだけ……。


「どうでしょう、ご試着された中で気に入られたものはございますか? よろしければヘアメイクもさせていただきますので、もうそろそろ決められたほうがよろしいかと」


確かに。もう五、六着は試している。この部屋に入ってから三十分くらいは経っているだろうし、あまり時間がかかると食事に間に合わなくなってしまうかもしれない。


「そうですね。そろそろ決めたいと思います。う~ん、でもどれがいいかな……」


オシャレに疎いので、正直なところどれが一番良いのかわからない。強いて言えば、この紺のドレスか黄色のドレスだろうか……。


「僭越ながら、わたくしはこちらのピンクのドレスがよろしいかと。七星様の肌によくお似合いですし、顔色も明るく見せてくれますわ」


ピンク……! それはまったく選択肢に入っていなかった。ピンクなんて女の子らしい色は自分には似合わないし、私服でも持っていない。昔、母親が買ってきたこともあるが、恥ずかしくてタンスの肥やしにしていたくらいだ。


「えーと……変じゃないですかね? ピンクって可愛い子が着るイメージが……」

「まあ! 何を仰っているんです? 七星様こそ、とても可愛らしいお顔立ちをされているではありませんか。黒目がちで目も大きくて、とても愛らしいお顔だと思いますよ」

「そ、そうですか……?」


花鈴以外の他人から初めて容姿を褒められて、思いきり戸惑いを隠せない。いや、これも彼女の仕事のうちなのだ。ただのリップサービスであって、あまり真に受けてはいけない。


「さあ、ではこちらのドレスにお召し替えください。氷野様が惚れ直すような仕上がりに致しましょう!」


(だから、それは誤解だってば~~~っ!!)


真実を告げられない璃子の声は、心の中で虚しく霧散した。



〜*☆*〜



「氷野様、何かお飲みものをお持ちいたしましょうか?」


璃子よりも早く着替え終わり、ホテルの高層階にあるレストランでひとり手持ちぶさたにしていると、給仕の男性が声をかけてきた。確かに、ひとりきりで席についているのは自分くらいだろう。立場上、気をつかうなというほうが難しいかもしれない。しかし--


「いや。申し訳ないが、彼女が来てから乾杯したいので。ありがとう」


軽く微笑みながら断ると、「失礼致しました」と給仕が下がっていく。彼らには悪いが、自分は璃子が来るまで何も口に入れたくないのだ。彼女を待つこの時間をじっくりと味わいたいから--


(もうそろそろ来るだろうか……?)


彼女と一緒に食事できるのが待ち遠しい。普段ならこういうときは仕事をしたり、無駄な時間をつくらないようにしているのだが、今は何もしたくない。二十七年間生きてきて、初めての感覚だ。


(俺も彼女と出会ってから、ずいぶん変わったな)


あの日、あの店で偶然彼女と出会ってから--

もともと「彼」に会うつもりであの店に寄ったのだが、まさか彼女のような女性ひとと出会えるとは思っていなかった。通りによく響く声で愚痴をこぼしていたときには、思わず笑ってしまったが、話せば話すほど面白くて楽しくて……。生まれて初めて「ああ、この時間がずっと続けば良いのにな」と思った。

彼女が酔いつぶれて眠ってしまうと、その可愛い寝顔をずっと見ていたくて、また目覚めたときにあのくるくる変わる表情で見てほしくて、止めようとする彼を無視して強引に自宅へと連れ帰ってしまった。自分のベッドですやすやと眠る彼女を見たときには、とても幸せな気持ちになったものだ。今までは誰も自分のテリトリーには入れたくないと思っていたのに--


(あのまま帰したくなかったとはいえ、「家政婦になってくれ」なんて、我ながらどうかしているが……)


思い出して苦笑する。知人ならいざ知らず、ほぼ初対面の女性にお願いするとは正気と思えない。それだけ必死だったわけだが、とりあえず引き受けてもらえてよかった。彼女のことを知れば知るほど好きになっていくし、空しかった毎日がきらきらと輝いて見えるのだから--


(これからも、そばにいてくれるだろうか。彼女さえよければ、俺は--)


「…………お、お待たせしました……」


待ちわびた彼女の声に、はっと意識が戻る。慌てて顔を上げて「そんなに待ってませんよ」と笑おうとしたが、目の前に立つ彼女の姿を見て、その試みは見事に失敗した。


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