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第3話-2



「会長、待って!」

 前を歩いていた会長は止まって振り向く。

「あ、あれは何でもないんだから。ただのどが乾いて食堂に行ったら霧原さんが来て、ジュースをくれたからお礼を言っていただけで。別に変なことしていませんから」

 あたし何言い訳しているんだろう。別に会長にどう思われていたって関係ないのに。どうしてこんなに一生懸命になって弁解しているのよ。

「つぐみくーん。あーいうタイプだけはやめておいた方がいいですよー。月とスッポン、ブタに真珠、ネコに小判ということわざもありますしー」

 会長は右の人差し指を立てて、軽快に言ってくる。

 何? 月と真珠と小判は霧原さんで、スッポンとブタとネコはあたしだってこと?

「誘いには乗らない方がいいですよー。でないと後で泣くことになりますからー」


 ぼかんっ!


 あたしは膝を曲げ反動をつけてジャンプして、ダブルグーパンチを会長の顔にめりこませた。

「会長のバカっ!」

 鼻血をたらす会長を尻目に、あたしは部屋へ走った。

 バカはあたしだ。何を期待していたんだろう、会長に。会長のこと好きでも何でもないのに。

 ないはずなのに。

 霧原さんと二人きりでいたところを、会長に見られたかと思うと胸が締めつけられて苦しい。

 苦しくて苦しくて……どうしようもできない。

「きゃっ」

 うつむいて走っていると、誰かにぶつかって、あたしは尻餅をつく。

「大丈夫かい、司馬くん」

 聞きなれた声に顔を上げると、伊能センパイが手を差し伸べてくれていた。そこはちょうど伊能センパイたちの部屋の前だった。

 伊能センパイはあたしの顔を見ると、

「泣いているのかい?」

 珍しくやさしい言葉を掛けてくれた。

「泣いてなんかいません」

 あたしは涙を拭うと、伊能センパイの手を借りようとした。けど、あたしは思わずその手を引っ込めてしまった。だって、伊能センパイに今のあたしの気持ち読まれたくないから。

「意識していれば、体に触れても人の心は読めないよ」

 あたしの行動からそれを察した伊能センパイは微苦笑する。いつもの嫌味ったらしい笑顔はどこにもなかった。あ、もしかして不愉快な思いさせてしまったかも。

「ごめんなさい!」

 あたしは伊能センパイの手を借りて立ち上がった。

 あたしが申し訳なさそうな顔をしていると、伊能センパイは声を殺して笑い始めた。

「司馬くんってさ、正直な子だよね」

「どうせあたしはバカですから!」

「気にすることはないさ。それが司馬くんの長所でもあるんだからね」

「それって褒めているつもりですか?」

「もちろんさ」

 伊能センパイが前髪をかきあげると、真摯な眼差しをこちらに向けてくる。

「君のおかげであいつも救われているからね」

 あたしは疑いの眼差しで伊能センパイを見ていたけど、伊能センパイはそれを無視して続けた。

「君だって知っているだろう。超能力に目覚めた人間がどんな思いをしてきたか」

「あ……」

 忘れていたわけじゃなかったけど、あたしは伊能センパイの言葉で過去を思い出す。

 親友の裏切り。もう二度と人は信じないと決めたあの日。

「皆から異端の者として見られるんだ。他人だけならまだいい。親でさえまるでバケモノを見るような目で我が子を見捨ててしまう」

 伊能センパイの瞳に寂しさが宿ったように思えた。

 それって、もしかして伊能センパイのことを話しているのだろうか。だとしたら、この人はあたしなんかよりずっと辛い思いをしてきているんだわ。

「ま、僕の場合は両親にとても愛されて育ったけどね」

「はい?」

 え? 今の話って伊能センパイのことじゃないの?

 あたしがきょとんとした顔をしていると、伊能センパイが人差し指であたしのおでこを軽く突いた。

「司馬くんは今のままでいいんじゃない」

 伊能センパイはシニカルな笑みを浮かべて部屋へ戻っていった。

 もうあの人と話していると、どこまで真実でどこまでが偽りなのかわかんなくなってくる。

 けど、ちょっとだけ心のモヤモヤは減った気がする。

 もしかして、伊能センパイなりにあたしを元気付けてくれたのかもしれない。

 あたしはそう思うことにした。





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