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第3話-1

 部屋に戻ったあたしを待っていたのは、憤怒の形相をしてベッドの上に足を組んで座っている与謝野さんだった。

「あ、あれ。与謝野さん起きて大丈夫?」

 白々しさ二百パーセントって感じ。

「見てきたんでしょう?」

「はい?」

「研究室見てきたんでしょうっ! どうだったの?」

 そんな親の仇見つけた……みたいな目で迫ってこないでほしい。美人が怖い顔すると迫力ありすぎるよー。

「どうだった、って。男の人たちが、えっと……何とかカードっていう絵の当てっこして

ただけで」

 もしかして与謝野さんも研究室ですごいことやっているとかって思っていたのかな。

「ゼナーカードでしょう。それだけ?」

「そうだけど」

「お兄ちゃんは何て言っていたの?」

「納得しました、って」

「そう……」

 与謝野さんは小さく呟いた。

 あたしは自分のベッドに腰を降ろす。研究所内ずっと歩き回って足パンパンだよ。

「ところで、そのゼナーカードって何?」

 気になっていたので、思い切って聞いてみた。わかってはいたけれど、与謝野さんはすっごくあきれた顔をこっちに向けてくる。

「あきれた人ね。そんなことも知らないで、ESP研究同好会にいたなんて」

「知らないものは知らないんだから仕方ないでしょう!」

「ESPカードと言えばわかる?」

 与謝野さんは大きなため息の後に言う。

「聞いたことぐらいは」

「ESPを検出するために作られたカードで、五種類の図形……波、星、十字、丸、正方形が各五枚あって計二十五枚で一セットになっているの。J・B・ライン博士が考案して、C・E・ゼナーがデザインしたものをゼナーカードって呼んでいるのよ」

「へぇー」

 あたしは思わず口をぽかーんと開けて、与謝野さんの説明に聞き入っていた。

「あなたってずいぶんと無知ね。この様子だと、どうして自分に透視能力があるのかなんて考えたこともないんでしょうね」

「な、ななな何のこと?」

 いきなりのことで、あたしはめちゃめちゃ動揺していた。どうして知っているの、あたしに透視能力があることを。

「うそがつけないタイプね、あなたって。わたしは草薙亮也の従妹なのよ。考えればわかることでしょう」

「ってことは、もしかして与謝野さんも?」

「お兄ちゃんには言うなって口止めされているけど、あなたとは対等でいたいから。わたしにもテレポート能力があるのよ」

 あっさりと自分の秘密を打ち明ける与謝野さん。

 この人って自分に自信を持っているんだ。だから、こんなにもハッキリと言うことができるんだ。誰からどう思われても気にしない。自分の信念を貫き通す前向きな性格。あたしとは正反対だ。うらやましい。

 あたしはいつの間にか与謝野さんのことを羨望の眼差しで見つめていた。

「何なのよ、その目は。気持ち悪いわね」

 まるで汚い野良犬でも追い払うように、与 謝野さんは右手をあたしに向けてしっしっする。

 前言撤回! やっぱりただの気の強いわがまま女なだけだ。

「わたしもう寝るから。起こさないで」

「寝るって、まだ三時すぎなんだけど?」

 与謝野さんは布団に入ったとたん、静かな寝息をたて始めた。寝付きのいい人ね。

 一泊することになったとはいっても、何をするわけでもなく退屈だ。それにここって狭いわけじゃないんだけど何だか圧迫されているようで息苦しい。

 室内を見回していてやっと気付いた。この部屋って窓がない。外が見えないことがこんなにも不快に感じるなんて。

「のど乾いたなぁ」

 あたしは冷蔵庫を開ける。

「へっ?」

 冷蔵庫の中はからっぽだった。

「もしかして……」

 あたしはゴミ箱を見た。

「やっぱり」

 あるわあるわ。空き缶がたんまりと。

 どうやらあたしが食堂に行っている間に、与謝野さんが全部飲んでしまったみたい。どういう胃袋してんだか。さすがは会長の従妹というべきなのかもね。

 と、変な感心している場合じゃない。ないと思ったら、余計にのどが乾いてくる。

 あ、そうだ。食堂に行けば水くらいは飲める。別にいいよね。所内を勝手に動き回るなとも言われてないし、食堂にちょっと行くだけなんだから。

 とは思いながらも、何か悪いことしているようで、あたしはキョロキョロと様子をうかがいながら足早に食堂に向かった。





 時間帯がよかったのか、食堂には誰もいなかった。

「らっきー」

 あたしは忍び足で中に入る。くどいけど、別に悪いことをしているわけじゃない。

 カウンターからプラスチックのコップを失敬して、冷水機から水を拝借する。

 のどがカラカラだったから一気に飲んでしまった。こういう時って、不思議と水がおいしく感じる。ついでだから、もう一杯いただいておこう。

「君はESP研究同好会の子だったよね」


 どっきん!


 いきなり背後から声をかけられて、あたしは残った水を飲み干してコップをブレザーの胸元に隠す。

 あたしは顔を引きつらせながら振り向いた。霧原さんが立っていた。

「司馬さんだったかな?」

 あたしは声を出すことができず、コクコクとうなずいてみせる。

「……………」

 霧原さんの視線があたしの胸元に向いている。しかも、何だか笑いを堪えているみたいで、頬がぴくぴくしている。

「あっ!」

 あたしは思わず声をあげた。胸元に入れておいたコップが胸の谷間でしっかりと出っ張っていたのである。それも、あたしの胸よりも高く。

 あたしは慌ててコップを取り出す。恥ずかしいところを見られてしまい、あたしは赤面して顔を上げることができなかった。

「の、のどが乾いたから、その、水をもらおうと思いまして。勝手に入っちゃってごめんなさい!」

 あたしはコップを霧原さんに差し出す。霧原さんは笑いながらコップを受け取る。

 だーっ、大失態。

「冷蔵庫の中に入ってなかったかな?」

「同室の子に全部飲まれちゃって」

「それは災難でしたね。ちょっと座って待っいてください」

 そう言って、霧原さんは厨房に入っていく。

 あたしは言われた通りに手近なイスに座って待っていた。すると霧原さんが缶ジュースを何本か抱えて厨房から出てきた。

「ここで飲んでいくといいですよ」

 霧原さんはテーブルの上に置くと、そのうちの一本を手渡してくれる。

「ありがとうございます。でも、いいんですか?」

「僕はこれでも副所長ですからね。これぐらいの権限はありますよ」

 霧原さんはあたしの横に座ると、缶ジュースを開けて一口飲む。あたしも遠慮なくいただくことにする。

「研究室見た感想はどうでした? ガッカリしたでしょう」

 霧原さんが話し掛けてくる。

「は、はい……じゃない。そんなこと」

「いいんですよ。本当のことですから。でも、僕は知っているんですよ。本当に超能力者がいることを、ね」

 霧原さんがちらりとあたしの方を見る。あたしは反射的に目を逸らしてしまった。

 だーっ、バカ! そんな態度したらバレバレじゃないの。さっき与謝野さんから言われたばっかりなのに。

「『ナギ族』って知っていますか?」

 霧原さんはあたしが聞いたこともない言葉を口にしてきた。

 よかった。突っ込まれなくって。

「ごめんなさい。知らないです」

「いつの時代から存在していたのかは不明ですが、昔日本には『ナギ族』という超能力者集団がいたんですよ」

「超能力者集団?」

「そう、彼らは影日向となってこの日本を支えていたんです。卑弥呼も聖徳太子もナギ族の人間じゃないかって言われています」

 この時、あたしは与謝野さんが言っていた言葉を思い出した。

 なぜあたしたちに超能力があるのか。

「しかし、時代が新しくなっていくにつれ、彼らの能力は疎まれ怯えられ、超能力者狩りによって抹殺されたと言われています。でも、僕は思うんです。彼らは『ナギ族』だということを隠し、普通の人たちの中に混じって生活していたのではないかと。そして、その子孫たちが今もどこかにいる、とね」

 霧原さんの言っていることが正しければ、あたしはその『ナギ族』の子孫ってことになるのかな。あたしだけじゃない。会長や伊能センパイたちも。何かピーンとこないな。そんなすごい民族の子孫だって言われても。

「実はね、僕がそうなんですよ」

 霧原さんはメガネを外して、あたしに顔を近付けてくる。漆黒の瞳があたしを見ている。

「何十年経っても、他種の血が混じっても、ナギの血はナギの血を呼ぶんですよ」

「あ、あの……」

 霧原さんは両手を伸ばし、あたしのメガネを外す。

 あたしはとっさに目を閉じる。霧原さんの手が今度はあたしの頬をやさしく撫でる。

「君は自分の能力が使いこせないようですね。中には自分の能力に気が付かず一生を終える者もいますが。僕が君の能力を使いこせるようにしてあげましょうか?」

 霧原さんが耳元でささやく。

 使いこせるようになる? ホントに?

 でも、信じていいのかな。あたしに超能力があると知れば、実験体にするかもしれない。

「実験体になんかしませんよ。僕は困っている仲間を救ってあげたいだけですからね」

 あたしの心を読んだ?

「そうですよ。僕の能力はテレパシー。でも、それだけではありません。テレポートもサイコキネキスも……すべて能力をね」           

 すべてって、そんなことありえるの?

「君の場合は他種族の血が混じりすぎて、一つだけ能力を持って生まれただけなんなんですよ。僕の場合、純血でしてね」

 つまり、霧原さんは由緒正しい『ナギ族』の子孫ってこと?

 一度に聞かされて、あたしの頭はパンク寸前だった。でも、どうしてあたしなんかに。与謝野さんとかいるのに。

「君でないとダメなんですよ」

 霧原さんが両手でうつむいていたあたしの顔を自分の方へと向ける。吐息がかかる。

 もしかして、このシチュエーションはっ?

「あれー?」

 突然湧いて出てきた間延びした声。

 この声は、会長だ。あたしはぱっと目を開けた。すぐ目の前に霧原さんの顔があった。しかも、十センチと離れていない。

「どうやらお邪魔だったみたいですねー」

 会長はニコニコしながら、頭をポリポリとかいてすぐに食堂を出た。

「か、会長!」

 あたしは霧原さんからメガネを奪い返すと、すぐに会長の後を追った。

「今夜十二時に研究室で待っていますから」

 すれ違いざま、霧原さんは呟いた。







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