第2話-2
あたしたちが所長室を出ると、再び見計らったように霧原さんがやってきた。
「お部屋はこちらです」
来た道を少し戻った。どうやら、最初にあたしたちが通ってきた右側は居住ブロックになっているらしい。そういえば、ドアの上に
『桜の間』とか『松の間』とかってまるで高級旅館の部屋みたいなプレートがあったっけ。部屋割りではあるが、当然のごとく会長と伊能センパイ、あたしと与謝野さんという風になってしまう。
部屋の広さはさすがに所長室より狭いけど、ちょっとしたホテルのツインルームみたいだった。シングルベッドが両サイドに一つずつ。クローゼット、冷蔵庫、バストイレ付きである。名前は『葵の間』とかって和風なのに、室内が洋風なんだよね。
与謝野さんは部屋に入るなり、バックを投げ捨ててベッドに倒れこんだ。けっこう重症みたい。
「大丈夫?」
一応心配そうに覗き込むと、彼女はうっすらと右目を開けてこっちを見る。
「敵に心配されたくないわ」
辛そうにしながらも、小声でしーっかりと皮肉る。
「敵って? あたしがどうして?」
「しらばっくれないでよね。亮也お兄ちゃんのことが好きなのはわかっているのよ」
「す、好きっ? あたしが会長のことをっ?」
「お兄ちゃんは渡さないから。あなたにだけは」
言うだけ言って、与謝野さんはぷいと背中を向けて布団をかぶった。
しばし……放心。
「ジョ、ジョーダンじゃないっ! あんな年中にへらにへらしている男を誰が好きになんかなるのよ! あたしにだって選ぶ権利ぐらいあるんだからっ!」
右拳を思い切り握り締め、あたしは叫ぶ。
「あるわけないでしょう。あなた鏡見たことないの?」
与謝野さんが布団から顔を出して、じとっとあたしを見て再び布団の中にもぐった。
グサッとくることを平気で言ってくれる。 何なのよ、この人は。人のことそこまでボロクソに言って、挙げ句の果てに訳わかんない宣戦布告してきて。でも、これでなぜ与謝野さんがあたしを敵対視するのか理由がわかった。与謝野さんって会長のことが好きだったのね。それは身内に対する感情ではなく一人の男に対する感情。どうりで、あたしに不条理なまでに敵対心を燃やしてくるわけね。
「つぐみくーん、食堂に行きますよー」
外のインターフォンから会長が言ってくる。よりにもよって、あたしの名前だけを呼ぶ。
一瞬だけど布団がピクリって動いたんだよね。
ま、どうせ酔っていてご飯なんか食べられないだろうし。あたしは与謝野さんを放っといて、部屋を出た。
真っ先に飛び込んできたのは、ニコニコ顔の会長。
ぼかっ!
あたしは会長の顔面にグーでパンチする。
「あにふるんへふかー?」
「あ、何の悩みもない会長の顔を見たら、つい手が勝手に……」
会長のせいであたしは与謝野さんにいびられてるんだから、これぐらいの行為は許されていいわよね。
「ひどひですー。ボクにだって悩みはあるんですよー」
ぼかぼかっ!
再び、両手グーでダブルパンチ。
「ニコニコしながら明るい声で言っても説得力がない」
「ずいぶんと仲が良いのね」
あたしと会長のやりとりを見ていた美咲所長がうらやましそうに言ってくる。
「誤解です! 仲悪いです!」
ここだけはハッキリと否定させてもらう。
「つぐみくーん、照れなくてもいいんですからー」
「照れてませんっ!」
会長がそういう態度に出るから、誤解を招くんだ。
「いいわね、若いって」
「見苦しいだけですよ」
伊能センパイはお約束のお手上げポーズで、色っぽく吐息をもらす。
はぁ、なんかこのパターンが定着してきた気がする。
食堂は研究所の入り口からだと、入ってすぐ左側にあった。あたしたちのいた場所からちょうど真反対にあって、食前のいい運動をさせられる。意外と不便な建物ね。
丸テーブルが七つ。ちゃんとテーブルクロスもしてあって、アンティーク調なイスがけっこうおしゃれ。
「ここはセルフサービスになっているの」
と言って、美咲所長はプラスチックのトレーをあたしたちに渡してくれる。それを持ってカウンターに行くと、カレーライスと野菜サラダが四人分用意されていた。各自カレーライスと野菜サラダをトレーに乗せて、端にあるスプーンやフォーク入れの中からカレー用のスプーンとサラダを食べる適当なサイズのフォークを取り、手近なテーブルにつく。もちろん水もセルフサービスである。
「ごめんなさい。今日の昼食はカレーって決まっていたものだから」
「いえいえ。カレーは皆大好きですからー」
ニコニコとカレーを頬張る会長。確かにカレーが嫌いって人は珍しい。けど、量が多いよ。別に小食ってわけじゃないけど、半分ぐらいでお腹いっぱいになっちゃった。
でも、残すのは悪いと思ってムリして食べていると。
「つぐみくーん、ボクもらっちゃっていいですかー?」
会長はあたしの返事も聞かず、食べかけのカレーを横取りした。体格に似合わず、大飯食らいなのね。よく人の分まで食べられるわね。
会長はあたしのスプーンを使って一気に平らげた。
え? あたしのスプーン?
ってことは、もしかして……。
そう考えると、あたしの顔は瞬間湯沸かし器のように熱く火照った。
「どうしたの、司馬くん。顔が赤いよ」
と、伊能センパイ。
「ななな何でもないです!」
「ふーん」
伊能センパイは意味深な笑みを浮かべる。
バレている。
「伊能センパイ、このこと与謝野さんに言っちゃダメですからね!」
「どうして?」
伊能センパイはとぼける。
くー、わかっているくせに。顔はいいのに、性格は歪みまくりだよ。
ここに杜野センパイがいなかっただけでも救いと思おう。あの人だったら、真っ先に与謝野さんに言いに行きそうだもんね。
昼食は終わり、あたしたちはやっと研究所内を案内してもらえることになったのである。
といってもほとんど回ってしまっていて、残りは肝心な研究室のみ。
その中に入る扉は一つだけ。ゴテゴテした鋼鉄製の扉はまるで銀行の金庫みたい。
他の部屋と違って入るだけでもずいぶんと時間がかかる。IDカード、暗証番号、指紋、声紋とありとあらゆるものにパスしなければ入れないようになっていた。
いいのかな? そんな場所にあたしたちなんかを入れちゃって。
そして、扉が開いた。この先にはあたしたちと同じ超能力者がいるのかな。あたしは期待に胸を弾ませて一歩踏み込んだ。
「えっ?」
あたしは意気消沈していた。
「んー。星?」
「ハズレ。丸でした。次は?」
眼前では男の人たちが一つの机に向かい合って何やらカードの絵柄の当てっこしているだけ。あんなに厳重にしているから、すごい機械とかがいっぱいあるのかと思えば、なーんにもないだだっ広い部屋に学校で使っているような机が何個かあるだけ。奥には大きな書棚が一つ。
カードを持っているのは白衣を着た人。絵柄を当てようとしている人は普通の服装。
「ゼナーカードですかー?」
と、会長。
「えぇ。ガッカリしたかしら?」
ちょっと意味深な言い方の美咲所長。
「この施設はある財閥の御曹司が道楽で創ったものなの。超能力を引き出すためにあぁやってゼナーカードを使っているけど、実際には本物のエスパーなど存在しないわ」
「そうなんですかー?」
「そうよ。名前だけでここにエスパーがいると勘違いする人が多くって困っているのよ」
それって、あたしたちのこと? もとい、会長のことだ。勝手に見学許可なんかを申請していたんだから。
「これで納得していただけたかしら?」
「納得させていただきましたー。ありがとうございますー」
いやにあっさりと引き下がる会長。伊能センパイは何も言わない。
あたしは納得できない。だってだって、本物はここにいるんだもん。言えないことだけど、納得いかない。あたしはいやいや来たのに、こんなものを見せられてだけじゃあ。
「というわけでー、ボクたちはもう帰りますー。長居していてもご迷惑ですからー」
またいきなりそういうことを。一泊二日のESP研究所見学ツアーじゃなかったの?
「わざわざ遠くから来てくれたのだから、今日は泊まっていって。酔っている人もいることだしね」
「そうですかー? ではー、遠慮なくー」
コロっと態度が変わる会長。ま、いつものことだけどね。
結局、あたしたちは一泊することになった。




