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第2話-1



 あたしは集合場所の虹ヶ(にじがおか)駅に向かった。

 足が重い。

 よく考えてみれば、昨日会長にやめるって言ったんだよね。そうよ。行く必要なんかないんだわ。帰ろう。

 途中まで来て、あたしはUターンする。

「おはようー、つぐみくーん」

「げっ」

 目の前にスポーツバックを肩にかけた制服姿の会長がにーっこりと笑って立っていた。しかも、その横には……与謝野結子というおまけが。体のラインがハッキリとわかるフィットした淡いピンク色のワンピースを着て、その右手にはしーっかりと旅行用のボストンバック。

 どうしてサークル員じゃない彼女が?

 あたしはあからさまにいやそうな顔をしてみせると、

「結子がどうしても行きたいって言いましてー。研究所を見学したらーうちのサークルに入るとも言ってまふひー」

 右の人差し指を一本立ててにやけた顔で説明する会長の両頬を、あたしはびろーんと外側へ引っ張った。

「だったら、ちゃんと制服着てもらって下さいよね」

 学校外でもサークル活動する時は制服って決めたのは会長じゃないの。

「わたしまだサークルに入ったわけじゃないわけだし、何着ても文句は言われないと思うのだけど」

 与謝野さんはあたしと会長との間に割って入ってくると、あたしの手を強引に払い除ける。まるでバイキンのように。

「それに司馬さん。あなたこそこのサークルやめたいんでしょう。今からでも遅くはないのよ。帰ったら?」

 敵意むき出しに皮肉をいっぱいこめて言ってくる。そこまで言われて、はいそうですね、なんて素直に帰れるもんか!

「余計なお世話ですっ!」

 入学した時から何かあたしに敵意持っているなとは思っていたけど、あたしが会長のサークルに入っているのが気に入らなかったんだ。なら、さっさと入ちゃえばいいのにさ。逆恨みもいいとこよ。

 あたしだっていつまでも大人しくはしていない。

 両者の間で熱い火花が散っていた。

「朝から醜いね」

 垂れた前髪を優雅にかきあげる伊能センパイ。相変わらず嫌味な登場の仕方だわ。

 散っていた火花も伊能センパイにかき消されて、あたしと与謝野さんはそっぽを向く。

「じゃあ、全員集まりましたねー」

「会長、杜野センパイと沢渡センパイがまだ来てないけど?」

「沢渡センパイが昨夜興奮して熱出してしまってー、杜野センパイも来られなくなってしまったんですよー」

 さすがは幼なじみ。いっしょじゃないとだめってことかぁ。だけど、何か想像できちゃう。半べそかきながら熱にうなされている沢渡センパイを、ぶつぶつ文句言いながら見舞ってる杜野センパイが。

「では、出発しますー」

 というわけで、おまけを一人加えて、あたしたちは電車に乗っていざ目的地へ。





 

 電車に揺られること約一時間半。不安と期待に胸踊らせて、ご到着。

 改札口を出たあたしたちを待っていたのは、白衣を着たインテリメガネをかけた男の人だった。二十代後半って感じかな。第一印象は大学病院とかによくいるインターン。白衣着てるから余計そう思っちゃうのかな。細身で背が高くって、様になっているんだよね、これが。内から清潔感があふれているって感じ。

「虹ヶ丘高校ESP研究同好会の皆さんですね? 僕は副所長の霧原(きりはら)と言います」

「会長の草薙でーす」

 しまりのない笑顔の会長を見ていると、また脱力感に襲われる。

「どうぞ。あちらに車を待たせていますから」

 あたしたちは霧原さんの後をついて歩いた。霧原さんって大人の男だなぁ。落ち着きがあって物腰良くって、サラサラと風になびく髪がまた爽やかなのよね。どっかの誰かさんたちとは大ちがい。

 あたしたちは駐車場に待たせてあった白のワゴン車に乗った。霧原さんは運転席に、会長たちは真ん中に、あたしは後ろに座った。 車は市街地を通り抜け、どんどんと山の方へ向かっていく。

 この先行き止まりと書かれた看板を無視して、車は一本の山道へ入っていく。舗装されてないので、ずいぶんと乗り心地が悪くなっていく。ホントにこんな山奥に研究所があるのかな。民家を見たのはいつだったっけ?

 何かすっごく不安になってきた。

 揺れに揺られて二時間弱。

 ESP研究所は山の頂上にあった。まるで天文台みたいなドーム型の建物。大きさは市民球場ぐらいかな。一階しかないけど。

 窓は上の方にあって、無機質な冷たい感じを受けるコンクリートの塊。周囲は鬱蒼と木が茂っていて、想像していたよりもずいぶんと陰気臭い。

 悪の秘密結社のアジトって感じ。

 車から降りると、あたしは思いっきり体を伸ばした。お尻痛くなっちゃったよ。

「こちらです」

 霧原さんが入り口に案内する。これまたずいぶんと頑丈そうな鉄の扉。

 霧原さんは右横にあるカード挿入口に何かカードを入れていた。IDカードとかっていうやつかな。それがないと中に入れないっていうシステムになっているみたい。

 プシュッと、扉が左右に開く。

 霧原さんに続いて、どたどたと慌てて中に入る。中も外観といっしょで、何もない殺風景なコンクリートの壁だけ。

 内部は筒状になっていて、右からでも左からでも各部屋に行けるようになっていた。ぐるっと一周できてしまうのかな。

 それにしても、珍しく会長が無口だ。普通だったらわいわいがやがやと騒ぎたてるのに。さすがに緊張しているのかな。もっとも約一名は車酔いしていて皮肉一つ言う元気も残っていないようだけど。

 霧原さんは右へ向かって歩いた。そして、入り口からちょうど百八十度行った所で止まる。けっこう歩いたなぁ。

 目の前にあるドアの上には『所長室』のプレートが輝いていた。

「霧原です。ESP研究同好会の皆さんをお連れいたしました」

 霧原さんはドア横にあるインターフォンに向かって話す。するとすぐにドアが右から左へと開いた。

「どうぞ」

 霧原さんに促されて、あたしたちは室内に入る。霧原さんは案内してくれただけで入ってはこなかった。

 室内の間取りは台形だった。六畳のあたしの部屋の三倍以上はありそう。左右の壁際には、本がぎっしりと詰まった書棚が六つひしめきあっていた。中央には応客セットのテーブルとソファー。奥には校長先生が使うような大きな机が一つ。

「ようこそ、ESP研究所へ」

 そこに座っていたショートヘアの女の人が立ち上がった。大きなサングラスをかけていて顔はよくわからないけど、真っ赤な口紅がとても印象的な人だった。三十才はいっちゃってるのかなぁ。

「所長の美咲(みさき)るり子です。ごめんなさいね。目元にヤケドの痕があるので、サングラスは外せないの」

「いーえ。お構いなくー」

 女所長かぁ。かっこいいなぁ。白衣と膝までの黒いタイトスカート。黒のパンプスをカツンカツンって鳴らして歩く姿がキャリアウーマンみたいで。

「今回は見学の許可を頂いてーとても感謝しておりますー。サークルの皆を代表してーお礼を言わせていただきますー。会長の草薙でーす」

 しゅっと右手を上げて、にこやかにあいさつを交わす会長。

 あたしは会長の横にさりげなく近付き、かかとで思い切り会長の左足を踏みつけた。

「何するんですかー、つぐみくーん」

「何、じゃないでしょう! もうちょっと真面目にあいさつできないんですか!」

 あたしは上目遣いに小声で叱りつける。

「堅苦しいあいさつはなしにしましょう。もうすぐお昼だし。お部屋に荷物置いたら食堂へ参りましょう。その後で、所内を案内致しますわ」

 あたしたちの会話が聞こえたのか、美咲所長はくすりと笑う。第一印象で冷たい人かなって思ったけど、けっこうやさしい人かもしれない。やっぱ人は外見で判断しちゃだめだってことよね。うちのサークルの人間がいい例だもんね。

「女は怖いね」

 伊能センパイがぼそりとあたしの頭上で呟いた。






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