第1話-2
あたしは一番思い出したくない夢を見ていた。
みんなが裸に見えるようになった翌日、あたしはメガネを掛けて学校に行った。
「あれ、つぐみちゃん。そのメガネどうしたの?」
大親友の明希ちゃんがすぐに聞いてきた。
「うん。お母さんがね、かけなきゃダメだっていうの。本当はヒミツなんだけど。あたしね、ちょーのーりょくがあるんだって」
「なに? ちょーのーりょくって?」
「あたしはね、物が透けて見えちゃうの」
「ふーん。むずかしくてよくわかんないね」
お母さんは誰にも話しちゃいけないって言ったのに、あたしはしゃべってしまった。それがあたしにとって人生最大の汚点だった。
「他の子には言わないでね」
「うん。約束する。誰にも言わない」
言わないでと言われれば、しゃべりたくなるのが子供の心理。あたしに変な能力があるというウワサは、その日にあっという間に学校内に広がってしまった。そして、それは子供の口から親の耳に伝わり、挙げ句に町内に広がった。
その結果。あたしたち一家は皆の目から逃れるようにして、その街を去った。
お母さんの言いつけを守らなかったあたしも悪かったけど、大親友だと思っていた子の裏切りはあたしに大きな影響を与えた。透視能力のせいもあったけど、あたしは友達を作ることができなかった。中学生になって、友達になろうと言ってくれた子も何人かいたけど、あたしは断った。
だって、誰かがあたしの耳元でささやくんだもん。
また裏切られるよ、って。
だけど。
「うちのサークルに入りませーん?」
あの時のあたしに、誰もささやかなかった。
だから、あたしはうなずいてしまったんだと思う。
この三週間ずっと会長たちのペースに乗せられて、昔のことなんか思い出す余裕すらなかったのに。
「ボク、二年の草薙亮也でーす。よろしくー」
求められた握手。
あたしはその手をしっかりと握りしめていた。
「司馬の奴、けっこう大胆だな」
この聞き覚えのある罐に触る鼻詰まりのような声は杜野直通センパイ。
「知りませんでしたぁー。司馬さんがぁこういう人だったなんてぇー」
次に、会長の上をいくのーんびりとした口調のか細い声は沢渡哲彦センパイ。
「いい趣味しているよ」
切れのあるシャープな声、ちょっと皮肉が入っている。これは伊能崇史センパイね。
「いやー、モテる男はつらいですねー」
あ、これはまぎれもなく会長の声だ。
あたしは閉じていた目を開いた。
えっ? あたしの目元に濡れたハンカチ?
何か背中がゴツゴツしてて痛い。
ハンカチを透視して見える光景。
あたしの左側にいる面長顔で細い垂れ目のおぼっちゃまカットは三年の沢渡センパイ。
三角形顔で目を吊り上げている茶髪ツンツン頭は同じく三年の杜野センパイ。
右側には会長と、メンズファション誌のモデルを思わせる彫りの深い顔立ちとナチュラルウェーブヘアーの二年の伊能センパイがいた。
これがサークルのメンバーなんだけど、誰かもう一人いる。会長の後ろに。挑発的な目を向けてくる、あの見覚えのある美人は……同じクラスの与謝野結子。ミス新入生に選ばれたとかいって男子にちやほやされていたなぁ。サラサラのロングヘアーでお人形みたいに目もくりっとしていて、男子たちの気持ちもわからないでもないけどね。けど、どうしてサークル員でもない彼女がいるの? そーいえば、会長の従妹だって言っていたっけ。
それにしても、彼女からすごい殺気を感じるのは気のせいかな。
あ、あたし何か握っている。生温かくって、これは……人の手だ。もしかしてこの手って、もしかしないでも。
あたしはかばっと起き上がった。恐る恐る自分の右手を手繰り寄せて、握っている手の主を追ってみる。
「おはよーう、つぐみくーん」
会長はいつもより輪をかけてにーっこりと笑いかけてくる。
「…………」
やっぱり。
「ドアで思い切り顔面ぶつけちゃったからー、どうなるかと心配だったんですけど大丈夫みたいですねー」
あ、そっか。あたし部室を出ようと思ったら、いきなりドアが物凄い勢いで迫ってきて、気を失っちゃったんだ。
「結子、今度からドアを開ける時には落ち着いてゆっくりとねー」
「だって、亮也お兄ちゃんに早くこれを渡したかったんだもの」
与謝野さんは会長に何やら封書を渡す。
「それに、あんなとこに突っ立っている人が悪いのよ」
瞳を潤ませて両手を胸の前で組んでくねくねしていたかと思うと、キッとあたしを睨む。
何なのよ、その態度は。自分がぶつけておいてあたしにはお詫びの一つも言えないっての。
「お兄ちゃん、結子のこと許してくれる?」
与謝野さんはあたしが握っていた会長の右手を半ば強引に奪い取ると、自分の両手の中に包み込んだ。その時も、彼女はあたしに対して明らかに敵意を見せた。
「しょうがないですねー、結子はー」
知ってか知らぬか、会長は相変わらずニコニコしている。
はあぁぁぁ、またしても脱力感。
けっして高いわけではないのだけれど、やはり鼻を一番強くぶつけたらしく触るとじんじんした。
「司馬、お前大丈夫なんか?」
珍しく杜野センパイがやさしい言葉をかけてくれる。
「えぇ、何とか」
「へぇ、やっと使い熟せるようになったんか」
「はい?」
意味が理解できず、きょとんとしていると。
「これだよ」
杜野センパイはブレザーの胸ポケットから分厚いレンズのメガネを取り出すと、自分の顔にそれをかける。口元がにたりと笑っている。それって……。
「あたしのメガネぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「ピンポーン!」
……ってことは。
あたしは恐る恐るゆーっくりと視線を少しだけ下に向けてみる。
「きゃああああああああああっっっっっ!」
思わず一番近くにいた沢渡センパイを、恥ずかしさのあまりに両手で突き飛ばしてしまう。背高のっぽのひょろおくんの沢渡センパイは後ろにごろんごろんと大袈裟に転がっていく。
あたしは両手で顔を覆う。
顔から火が出そう!
「何だ、やっぱりダメなんか」
「杜野センパイ、早くメガネ返して下さい!」
「どうしよっかなぁ」
くーっ、あたしと身長が十センチも変わらないチビのくせにでかい態度に出ちゃって!
「直通くぅん、かわいそうだよぉー。返してぇあげなよぉー」
さすがは沢渡センパイ。突き飛ばしたにも関わらず、やさしいお言葉。気は弱いけど、やさしさでいえばサークル一番よね。ちなみに、沢渡センパイの超能力は予知なのである。まだ短時間先のことしか予知できないみたいだけど。
「テツが言うんなら、しょがねぇな」
対照的なこの二人が幼なじみというのは、信じがたい事実よね。
杜野センパイは渋々メガネを返してくれる。手を使わずに。メガネだけがあたしの降ろした手の上に乗っかってくる。
そう、杜野センパイの超能力はサイコキネキス。手も使わずに物を動かしたりできる、これまた便利な超能力である。
メガネをかけてやっと落ち着くことができたあたしは実験台から降りる。
「伊能センパイどうしたんですか?」
いつの間にか、伊能センパイだけが皆の輪から一人離れていた。
「醜い者の見苦しい争いに目眩がしたものでね」
上半身ロダンの考える人ポーズをとる伊能センパイ。やっぱりこの人も普通じゃないんだよね。ナルシスト入っているもん。
こういう人がテレパシー能力を持っているのは、本人のためにならないよね。だって、絶対伊能センパイを褒めたたえる女子たちの想いを読み取ってそうだもん。もっとも伊能センパイの場合、体に触れないと人の心は読めないんだけど。
「皆さーん、聞いてくださーい」
突然、弾んだ会長の声が部室内に響いた。こういう時は、必ず悪い話に決まっている。きっと、さっき与謝野さんが持ってきた封書のことだ。
とりあえず、一同が会長の前に集まる。
「これを見てくださーい」
会長はいつにも増して顔を緩めて、折り目のついた一枚の紙切れをあたしたちの前に見せびらかす。
それにはESP研究所見学許可証と書かれていた。
「お―――――っ!」
三センパイが一斉に歓喜の声を上げる。
何だかすごーっくいやな予感。あたしって予知能力があったりして。
「何回もお願いした甲斐あってー、やっと許可がもらえましたー。というわけでー、明日からの連休を利用して行くことにしまーす」
「反対!」
皆の視線があたしに集中する。しかも、すっごく不服そうな顔している。だって、いきなりそんなこと言われたって困るもん。
「どうしてですかー、つぐみくん。あ、もしかしてぇ一泊することに身の危険を感じているとかー? 大丈夫ですよー。皆つぐみくんにそんな気ないですからー」
「それって……女として認めてられてないってことですかっ?」
へらへら笑う会長の胸ぐらをつかんで、あたしは前後に会長をユサユサ揺さ振った。
「司馬の奴、ずいぶんと凶暴になったな」
「そうだよねぇー。入部した時はおとなしい子だったのにぃー」
「やっぱり女は怖いね」
杜野センパイと沢渡センパイと伊能センパイが、後ろでわざと聞こえるようにしみじみと話している。
「だ、誰のせいだと思っているんですかっ?」
会長の胸ぐらをつかんだまま、首だけ振って吠える。
と、三センパイは同時に会長を指差した。
「いやー、照れますねー」
顔を赤らめる会長。
「照れてどうするんですか、照れて」
何かこんな人間相手に怒っている自分がバカバカしく思えてきたよ。
「ちょっと、お兄ちゃんに何するのよ?」
与謝野さんに胸ぐらをつかんでいた手を思い切りひっぱたかれる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
与謝野さんは会長にピタッと寄り添うと、キッとあたしを睨みつける。
「童顔!」
グサッ。
脳天に弓矢が大きく突き刺さる一言。
「げじ眉!」
グサグサッ。
弓矢が二本。
「チビ!」
グサグサグサッ。
弓矢が三本。
「胸なし!」
グサグサグサグサッ。
弓矢が四本。
「メガネブス!」
グサグサグサグサグサッ。
弓矢が五本。
ふ、普通本人を目の前にして、そこまでハッキリと人の欠点を言う?
いくら自分が大人びていて眉毛が細くて背が高くって胸大きくって美人だからって……言っていいことと悪いことがあるっ!
外見に何も欠点がないだけに何も言い返せないけど、あたしは負けずと睨み返した。
カーン!
どこからかゴングが鳴り響いた。
「草薙亮也をめぐる女の闘いが今始まったぁっ!」
フラスコ逆手に取ってマイク代わりにして、杜野センパイが実況を始めだす。思い切りこの状況を楽しんでいる。
「両者睨みあったまま全く動かない! この二人の闘いをどう見られますか? 解説の伊能さん」
「醜すぎるね」
外人リアクションのお手上げポーズで吐息をもらす伊能センパイが横目で見てとれる。
あたしの怒りのボルテージは一気に下がった。
やめた。だいたい何であたしが会長の取り合いをしなきゃいけないのよ。
あたしはぷいっと顔を背けた。
後ろで杜野センパイが残念そうに舌打ちしているのがわかった。ジョーダンじゃないわよ。これ以上、センパイたちのおもちゃにされてたまるもんですか。
「結子、いくら本当のことでもー本人を目の前にして言ってはいけないよー。そーいうことは本人のいない所でー」
あたしは杜野センパイからフラスコ分捕ると、会長の頭目掛けて力一杯投げつけた。
かこん! っという軽い音がした。思い切り投げつけたつもりだったのに、まあ会長の頭って何も詰まってなさそうだからなぁ。
「司馬さんっ!」
いきり立ってこっちに向かってこようとする与謝野さんの手をつかんで、会長は制した。
「いいのいいのー。これがボクと彼女のコミニュケーションなんだからー」
会長は全く気にしていない。毎度のことだもんね。そういうとこが会長の長所でもあり、短所でもあったりするんだよね。マゾの気があったりして……。
でも、彼女にしてみればおもしろくないんだろうなぁ。会長があたしのことかばっているようで。あたしを一睨みしてそっぽを向いた。
「それでー、話は戻るけどー」
あ、そうだった。まだ問題は解決していなかった。
「ここは公平に多数決でいきたいと思いますー」
多数決と言った時点で、すでに結果は見えていた。どこが公平なのよ。どこがっ!
こうして、あたしは一泊二日のESP研究所見学ツアーに参加することとなるのだった。
不幸だ。




