第5話-2
美咲所長は両手を天へと伸ばす。
「全エネルギーを解放する気か? 」
「皆殺してやるわっ!」
地下が大きく揺れた。天井に亀裂が入る。
与謝野さんは動けないあたしをかばうように抱きしめた。
「テレポートするからしっかりつまかって」
「うん」
一瞬目の前が真っ暗になった。そして、すぐに明るくなる。地下を出た? と思ったら、あたしたちはまだ地下にいた。
「テレポートできない? お兄ちゃんが破ったはずなのに」
「また僕が張ったんですよ。君たちにもちゃんと見届けてほしいと思いましてね」
霧原さんだった。しかも、空中に浮かんでいる。
「何者なのっ?」
「そのうちわかりますよ」
霧原さんはこの状況を楽しんでいた。悪魔のような微笑みに、あたしの背筋に冷たいものが走った。
亀裂の入った天井が崩れ始めた。崩れた天井のコンクリートの塊が棺桶に落ちていく。
ホントに皆を道連れにして死ぬつもり?
「へぇ。こんな状況下でも他人に気が配れるものなんですね」
嘲笑する霧原さん。
会長はサイコキネキスでコンクリート塊を、棺桶やあたしたちに落ちないように動かしていた。それでいて、美咲所長と対峙していられるなんて。すごい。
「霧原、何しているの? さっさとその女たちも殺してしまいなさい! 女を抱くことしか能がないのっ?」
美咲所長が頭上で悠長に構えている霧原さんに罵声を飛ばす。
「あなたはもう用済みです」
着地した霧原さんがそう言った瞬間。
美咲所長の体が炎に包まれた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「見るなっ!」
会長の叫びに反応して、与謝野さんがあたしの顔を隠すようにして抱きついてくる。
見なかったけど、美咲所長の断末魔の悲鳴だけがしばらく耳から離れなかった。
「なぜ殺した?」
「言ったでしょう。用済みだって」
霧原さんからまったく罪の意識というものが感じられなかった。空中に浮かんだまま、会長を見下している。
「貴様か? 彼女にここを与えたのは!」
「そうですよ。君を誘き出すためにね。もっとも、るり子は僕が与えたとは思っていなかったようですけどね。バカな女でしたよ」
「貴様……『裏』か?」
「さあね。僕の使命は『ナギの名を継ぐ者』の抹殺だけですから」
霧原さんは冷笑を浮かべると、静かに右掌を会長に向けた。
「っ!」
美咲所長の攻撃ではビクともしなかった会長の体が数歩後退した。
「会長!」
「他人の心配をする前に自分の心配をした方がいいのではないですか?」
余裕の笑みを見せる霧原さん。まだ小手調べって感じで、本気モードじゃないみたい。
「あなたはここを動かないで!」
与謝野さんが会長の加勢に行く。
「お兄ちゃん、ここの人たちはわたしが守るから」
与謝野さんは会長に代わって落下してくるコンクリート塊をサイコキネキスで防ごうとしているみたいだった。でも、与謝野さんの能力って、テレパシーとテレポートだけのはず。
「わたしだってその気になれば!」
与謝野さんは両手を大きく天井にかざした。
「よせ、結子。無茶はするな!」
霧原さんと対峙しながら与謝野さんに気を配る会長。
「おてんばなお嬢さんですね」
霧原さんは短く言い捨てる。小さな悲鳴と共に与謝野さんの体が宙を舞うと、ガラス片が与謝野さんを襲った。
「結子!」
きっと会長が何かしたのだろう。与謝野さんを襲っていたガラス片が粉々に砕け散った。そして、与謝野さんの体はゆっくりとあたしの下へ舞い降りてくる。
「与謝野さん!」
あたしは与謝野さんの体を抱き起こす。
与謝野さんの雪肌の四肢には無数の切り傷があり、淡いピンク色のワンピースは引き裂かれ鮮血に染まっていた。
「与謝野さん、大丈夫?」
「くやしい……わたし、またお兄ちゃんの役に立てないの……?」
与謝野さんは泣いていた。痛みよりもくやしさで、与謝野さんの体は震えていた。あの気の強い与謝野さんが。
「ほらほら、もう後がないですよ」
霧原さんは戦いに集中できない会長を弄んでいた。会長は何か見えないロープみたいなもので両腕を引っ張られ体を宙吊りにされていた。呼吸もかなり荒い。相当無理しているんだわ。
そんな会長の姿を見て、霧原さんは嘲笑する。
「滑稽ですね。一族の長になるはずの者とは思えませんね。そんな人を能力で殺すのは惜しいですね。どんな殺され方がお望みですか?」
「…………」
会長は無言で霧原さんを見据えていた。
霧原さんは会長の顎に手を掛けるとぐっと持ち上げる。
「そういう目をされると、この手で絞め殺してやりたくなりますね」
霧原さんが会長の首に手を回す。
会長が殺されちゃう? いいの? それを黙って何もせずに見ているだけでいいの?
あたしには何もできないんだろうか?
何もせず、ただ守られているだけでいいんだろうか?
ううん、そんなことない! あたしにだって何かできるはずよ!
つぐみ、自分を信じるのよ!
そう思った瞬間、あたしの中で何かが大きく弾けた。
「会長!」
あたしは体の痛みなんかすっかり忘れて無我夢中で走っていた。
「会長を放しなさいよ!」
あたしは力いっぱい霧原さんの背中を突き飛ばした。すると、霧原さんはあっけないくらいに吹き飛んでいった。
「ウソ?」
あたしは思わず声に出してしまう。
「まったく君って人は想定外の行動を取る人ですね」
霧原さんは平然とした顔で、肩をすくめて小さくため息をつく。見た目よりも霧原さんにダメージを与えることはできなかったみたい。逆にあたしの方が何か見えない拳で殴られたような大きな衝撃を受けて吹き飛んでしまう。
「きゃ!」
あたしは無様に尻餅をつく。
「そこでおとなしく待っていてく」
霧原さんが片膝をついて言葉を切った。その口の端から血が流れていた。
「これは……?」
霧原さんの顔色が変わる。
何? どういうこと?
「少し遊びが過ぎたようだな」
会長はいつの間に自由になっていた右拳で霧原さんの腹部に叩き込む。今度こそ霧原さんはド派手に吹き飛んでいき、壁に打ち付けられる。
苦痛に顔を歪める霧原さん。これはかなりのダメージが期待できる。でも、会長のダメージもピークに達していたらしい。あたしの真上の天井の一部が崩れてきたのである。
「つぐみくん!」
叫ぶ会長。
ダメ、もうあたし逃げる力なんか残っていないよ。




