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第1話-1


 高校に入学して三週間程が過ぎた。にわかに太陽の日差しもきつく感じ始める今日この頃。

 別に何かをするというわけではないのだけど、せっかくの金曜日の放課後にサークル活動しなきゃいけないなんて最悪。しかも、明日からゴールデンなウィークなのに。

 今日こそは絶対にキッパリと言ってやるのよ、つぐみっ!

「ESP研やめます!」

 って。声に出して練習してみる。

 そうよ。いつまでもあんなサークルにいて、あんな格好させられてたまるもんですか。

 二年生の校舎から部室のある旧校舎へと、あたしは人目を忍んで足早に移動する。だって学校内でもすっかり有名な『ESP研究同好会』に入会しているなんて知られたら恥ずかしいもん。今や部室としてこの旧校舎を使ってるのはうちの同好会だけだから、旧校舎に入っているのを見られたらバレバレじゃん。

 しかもあたしには本当に超能力があるから大問題なのよね。透視能力っていう、見たくもいのに物が透けて見えたりする、あたしにとっては厄介でしかない能力。

 木造二階建ての旧校舎の入り口は真ん中にあった。すでに扉は壊れてしまってなくなっている。いくら盗られるものがないとは言っても、修理するかどうにかしてほしいわよね。

 あたしは中に入ると、西側にある階段へ歩いていく。途中に手洗い場があって、あたしは汗ばんだ手をそこで洗う。肩に届く髪が汗で首筋にペタリとくっつく。

「もう少し髪短くしなきゃだめかなぁ」

 ちょうどくくることもできない中途半端な長さなのよね。ハンカチで汗を拭いながら、目の前にある古びた鏡を見る。

 グレーのブレザーと襟元にはスカートと同じブルーのチェック柄の小さなリボンの制服を着た自分が映っていた。

 小柄で――ちょーっとまだ発育途中だけど、けっこう似合っていると思うんだぁ。

 この分厚いレンズの伊達メガネさえなければ、ね。このメガネだってあたしの透視能力を防ぐアイテムの一つ。

「よしっ!」

 気合いを入れて、二階へ続く階段をゆっくりと上がっていく。旧校舎と言われるだけあって、所々傷んでいるトコが多く、歩く度にギィギィって軋んだ悲鳴を上げている。白蟻は大喜びって感じよね。

 この埃っぽい臭いにもどうも馴染めない。

 階段を上がるにつれて、暑さも増していく。

 二階に上がると、突き当たりにある部室へと向かう。

 『科学室』と書かれた薄っぺらな欠けた木札がドアノブにぶらさがっている。

 ここがあたしの所属するサークル――『ESP研究同好会』の部室。どんなサークルなのかは名前を見ればだいたいの予想はつくと思うけど、実際超能力を持ったあたしが入っているのだから変な話よね。でも、それってあたしだけじゃなかったのよね。

 あたしは重ーい気持ちで、観音開きのドアを押した。


 ふさぁ。


 爽やかな一陣の風が吹き抜けていく。

「やあ、つぐみくーん」

 爽やか、とは言えない間延びした声が、あたしのピリピリした神経を逆撫でした。

 彼は五個ある実験台の真ん中で、悠長にアルコールランプを使ってフラスコでお湯を沸かしている。

 このニコニコお目目の、一見人畜無害に見える彼こそが、このESP研究同好会の発足人、二年生の草薙亮也(くさなぎりょうや)なのである。そして、入学式の日にあたしを誘ってきた諸悪の権化。

 あたしよりも頭一個と半分も背が高く、黙っていればブレザーの制服姿がよく似合う極普通の高校生。あののーんびりとしたマイペースな性格がなければの話だけど。

 彼はテレポートという瞬間移動ができるっていう便利な能力を持っている。しかも、あたしと違ってちゃんと使い熟している。

「フラスコで沸かしたお湯で飲むコーヒーは一段と美味しいんですよー。つぐみくんも飲みますかー?」

 会長はビーカーにインスタントコーヒーを入れて沸騰したフラスコのお湯を注いで、あたしに勧めてくる。

「だっ、誰がンなもの飲みますかっ!」

 あたしは思いっきりいやな顔をして断る。

「そうですかー? けっこう美味しいんですよー」

「いやなものはいやです!」

 口調が残念そうなのに、表情は笑ったまま。全く同情する余地ないんだから、この人の場合は。

 会長はビーカーに入ったコーヒーを飲む。よくそんなので飲めるわよね。インスタントコーヒー持ってきたんなら、ついでにカップも持ってくればいいのに。

「いやー、やっぱりコーヒーはブラックに限りますー。ね、つぐみくーん」

「……………」

 あまりにバカバカしくって何も言えない。

 脱力感が襲ってくる。

 はっ、いけない。ここでまた会長のペースに飲まれたら、言い出せなくなってしまう。

 つぐみ、強気でいくのよっ!

 他の三人のセンパイたちが来る前に言ってしまわなければ。

「会長、話があります!」

「どうしたのー? そんな急に改まっちゃってー。まあ、立ち話も何だからここに座って話しましょーう」

「あ、はい」

 会長のニコニコ顔に促されて、あたしは彼の真向いに座る。

 ――って、ダメじゃないのっ!

「いえ、けっこうです。すぐに済みますから」

 あたしは慌てて立ち上がる。

「で、何かなー?」

 ダメよ、つぐみ。会長の顔見ちゃあ。

 あたしは目線を合わさないようにうつむいた。

「あたし、やめます! ESP研」

 い、言った。ついに言えた!

 うれしさのあまり目頭に熱いものがこみあげてくる。

「どうしてですかー?」

 にゅう、っと、あたしの目の前にいきなり会長の顔が出現する。どんな時でも笑顔は絶やさない。

 あたしは驚いて顔を上げる。いつの間にか真横に来ていた。さすがはテレポート能力を持っているだけのことはある、とあたしは妙な感心をしていた。

「どうして……って。あれを見れば誰だってそう思いますよ!」

 あたしは黒板を指差した。

 黒板には白いチョークで大きく『エスパー(ファイブ)誕生計画』と書かれていて、その下には覆面をつけて柔道着にロングブーツ姿の人間五人の絵が簡素に描かれていた。うち一人はミニスカートになっている。

「最高の計画じゃないですかー。皆がそれぞれの超能力を用いて、社会の平和を守るんですからー」

 会長はあたしの両肩に手を乗せる。

 そうなのである。あのヘタな絵は会長が考えだした『正義の味方計画』に必要なコスチュームなのだ。ちなみに、ミニスカートはあたし用らしい。しかもご丁寧にコスチュームカラーが決められていて、あたしはピンクなんだって。

 最悪。

 何がうれしくって、あんな格好して正義の味方ごっこやらなきゃならないのよ。

 だいたいがまちがっているのよ、このサークル。サークル活動といえば、部室に集まってただ話をするだけ。そりゃあ、あたしと同じように超能力を持っている人がいるって知った時には驚いたけど、仲間がいるんだってうれしかったのも事実だし。最初はこのやっかいな透視能力が使い熟せるようになれば、伊達メガネともサヨナラできると思って喜んでたのに。でも、相変わらず使い熟せるようにはならないし、センパイたちだけ楽々自分の超能力使っちゃってさ。イライラしてきているところに、会長のとどめの『正義の味方計

画』だし。

 今やめなきゃ、いつやめるっていうのよ。

「あたし、お役に立てれるほど超能力使えませんから。他を探してください!」

 あたしは両肩に乗った会長の手をつかむと、会長の胸の前に押しつける。あくまでも、目は合わせないようにして。

「短い間でしたけど、お世話になりました」

 とりあえず社交辞令のあいさつをして、引き止めるヒマも与えずにさっさと部室を出ようとドアノブの手を掛けた時。

「つぐみくーん、あぶないですよー」

 会長の声とほぼ同時だった。

 ドアがいきなり勢い良くあたしに迫ってきた。

 ドアは鈍い音をたてて、あたしの前頭部とケンカした。

 目の前で天使が何人も飛んでいるのが見えたかと思うと、次の瞬間真っ暗になった。






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