『東京タワー』
真夜中。東京都港区芝公園付近。深夜一時五十分過ぎ。
司は空を飛び、いつもの場所である東京タワーへ向かった。それに釣られるようにフェアリーも彼を追いかけてきた。夜空の散歩は気持ちが良い。空から見える街のネオンは綺麗だと思える。その何もかもが新しい瞬間のように感じる。
司はタワーから見る東京の街が本当に好きだ。今でもこの街の人々は、様々な人生を歩んでいると思うと、あまりにも夜空の星が無数にあるのと同じくらい壮大な気がした。
大展望台の上に腰かけて座っている司の元にフェアリーは定位置である右肩に降り立ち顔を覗き見た。
「今日はいつまでこんな所に一人でいるの? 私冷えるから先に帰りたいんですけどー。テレビが見たいわ! いつもいつも飽きないわね。もう!」
「フェアリー、どうしてこの力を悪用したりするのかな。俺には分からないよ。この力が怖いって思って隠れる『クラウド』もいるのにさ」
「司――」
「戦いっていつまで経っても慣れない。話し合いで解決できないのかなって思うんだよ。それって、ただの理想なのかもしれないけどさ――」
司は溜息を漏らして俯き目を閉じた。フェアリーは司の頬に手を置いた。
「何か悩んでると思ったけど、そういうことね。そんな時は自分を信じるところから始めるのよ。自分の信念は揺らぐことなんてないんだから。あなたの気持ちは伝わる。それでも届かない時もあるの。それは自分から、時には相手からの憎しみ、怒り、裏切りの時よ。それを経験してみんな前に進んで行くのよ――」
司は鼻で笑って、ゆっくりと目を開けて微笑をフェアリーに見せた。
「なんだかフェアリーっぽくない話だね。いつもなら怒鳴ったり誰かの悪口言ったりするのにね」
フェアリーは司の顔の正面に飛んで両腕を腰に当てた。
「司! どういう意味よそれ! 私はこれでも百年以上生きてる人生の先輩よ! 失礼にも程があるわ!」
「あははは。ごめんごめん。そうだったね。ついうっかり口に出ちゃったよ」
「はぁ? 司! ふざけてるでしょ?」
「へへへ」
「もう! 知らない!」
フェアリーはそっぽを向き、司はスマホを取り出して全員のグループに連絡を入れた。
【今日渋谷で起きてる放火事件のクラウドを一人でなんとかした。これからみんなでいつもの場所で話せないかな?】
こんな夜遅くに起きているだろうか。司の心配は必要なかった。すぐに全員から返事が来た。
【すぐに行く】
【待ってて!】
【すぐに行くよー】
などの返信が全員から来た。
「これからみんな来てくれるって」
「今からみんな来れるの!? まぁ今日の出来事をすぐに話すのは良いことだわ。聖痕の子らの能力を隠れて過ごす者や悪用するクラウドがまだ出てくるかもしれないからね」
「高校生以下の『シンプルマインド』の動きは何もないよな?」
フェアリーが腕を組んで自信満々に答えた。
「それは優秀な能力を持った二人がいるから大丈夫よ! テレビの千倉アナウンサーもそんなこと言ってないし。それに何かあれば言ってくれるはずだわ」
フェアリーはニュース番組の千倉綾子アナウンサーの番組は欠かさない。呆れる程に彼女に信頼を寄せている。
「また千倉アナかよ。どんだけテレビでしか見た事ない人を信用してるんだよ。フェアリーはニュース以外のバラエティでも千倉アナが出てる番組に影響されるんだから。でも、そうだね……何かあれば言ってくれるね……そういえばさ……もうすぐ二年経つんだね……『ドーン』との最後の戦いから……」
司の表情が瞬時に曇った。フェアリーはそれを見て真剣な顔つきになった。
「そうね……あれからそろそろ二年。大変だったわね。あの時からドーンの活動はない。ここまで私を含めた四人で頑張って今がある。だって私達『ミッドナイト』はこんな大所帯だわ! 司! もっと胸を張りなさい! 私達は頑張ったわ!」
フェアリーの言葉に司は少し勇気をもらった気がした。その言葉で表情も少し穏やかになってきた。
「聖痕の子らは人と共存できる。自分達の力は誰かを不幸せにするためでもないし、人の上に立つように持って生まれたわけじゃない。ドーンは、ラファエルは間違ってる。支配と混沌じゃあそれは平和じゃない。フェアリーと『松本さん』についてきて良かった……」
フェアリーは司に近づき頬を撫でながら優しく語りかけた。
「司、あんまり自分だけで何かを背負うには荷が重いわ。だから私がいる。ずっと傍であなたに道を照らし続ける。私にはそれ以上のことはできない。誰もが自分の心を開く時には、みんな笑顔になるものよ。笑って」
司はかつて贈られた言葉が聞こえてきた。
『あれこれ先のことを考えても仕方ない。時間は勝手に過ぎて行く。それより自分が今何をすべきか考えることだ』
「フェアリー……ありがとう」
司は数人の能力者がこちらに向かってくるのが分かった。彼は能力者を僅かに感じることできる。真っ直ぐ近づいて来る影があるのが見えた。それがみんなだと彼は察した。仲間みんなのことを思うと彼は口角を上げ優しい笑顔になった――。