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MIDNIGHT  作者: 赤良狐 詠
チャプター1 日常+非日常
2/16

『映画研究部』

 時は流れ現在――。東京都世田谷区某所。私立月下げっか学園。三階廊下。三時五十分頃。

 

 四月十二日月曜日。開校十周年を迎えた私立月下学園は全ての授業が終わり放課後になった。月下学園は都内の高校でも有数の学内設備が整っていて偏差値は中の上だった。校則が特に厳しいわけではなく生徒達の頭髪は自由意志となっていたが進学や就職を間近に控えた三年生はほぼ黒髪に統一されていた。掲げられた理念は文武不岐であり、その言葉に恥じない学業と武道における成績は優秀だった。歴史は浅いが東大や慶応、京大などの有名大学への進学率はここ数年で大きく飛躍した。


 校舎も広い敷地であり体育館は二つ、野球部、サッカー部、陸上部が活動してもまだ余るほどの校庭、テニスコート、室内プール等も完備されている。屋上は常に解放されていて、よじ登るのが一苦労な高いフェンスがあり、晴天に昼食をとる生徒も少なくはない。部活動も幅広くあり、同好会も生徒会に認められている。また、専属のコーチから指導を受け、毎年のように全国大会やインターハイに出る実力者を排出している部活もある。


 新学期が始まってすでに一週間が経った。クラスの掃除を終え、黒髪でショートウルフの天宮(あまみや)英明(ひであき)は、同じクラスの茶髪でヘッドバンドにポニーテールの(ひいらぎ)千夏(ちなつ)と映画研究部の部室に向かって歩いていた。一年の時にはクラスは違っていたが、同じ趣味を持っているので気が合うのは当然だった。同じ部活動で一年も過ごしているとお互いに気の知れた間柄になっていたし、好きな映画の傾向も何となく理解できた。


二人の入っている映画研究部の活動内容は、映画鑑賞と映画制作である。文化祭や高校生も参加できる映画コンクールの為に映画を制作しており、三年前にはコンクールで特別賞を受賞したこともあった。だが、部員の数は年々減少していて現在では部活動として最低人数の四人になっていた。このまま一人でも抜けてしまう場合は同好会になってしまう。

人数が減った原因は卒業した三年生が五人だったのに対して入って来た一年生が、三年前のコンクールの特別賞に貢献した人物である伝説の部長と言われる安藤あんどうみゆきの妹、安藤めぐみ一人だけだったからでもある。


 紺色を基調としたブレザー姿の二人は徐に校庭を見る。すでに色々な部活が活動していて、みんな汗だくになっているのが分かった。そして英明が口を開いた。


「今日の映画、俺見ようかどうか悩んで躊躇してたんだよ! スゲー楽しみ! 早く見たいわぁー」


 高揚している英明に呆れ顔で千夏は言った。


「あんたってホンッットに映画バカよね? そんなに今日の『クロニクル』楽しみだったの? 映画ばっっかりに気を取られてるから、モテないし彼女の一人もできないのよ!」


 大抵この会話は概ね繰り返し行われている。言うなれば定例行事であって、二人の間には自分を良く見せようなどといったことはない。

 素直に自分の思ったことを口にする間柄で、表情も二人共豊かで楽しそうにしている風に見える。


「はぁ? ちょっと待てや! モテないっていうのは語弊(ごへい)があるぞ。彼女は作りたいとかじゃないの。作らないだけなの」


「はいはい。性格に問題はありませんかー?」


「性格は確かに重要だが俺に何の問題があるんだよ? 脳みそも成績は中の上。つまり頭は良い方だし、顔もそれなりに整っている。いやイケメンだ!」


 どこから湧いてくるか解らない自信とすぐに調子に乗る癖がある英明は千夏にそう言い放った。聞いた千夏はさらに怪訝な顔になった。


「はいはい分かった分かったその通りだねー」


「――心が通ってないぞ、千夏」


 そんな会話をしながら二人は部室の視聴覚室に入った。すでに部長で黒髪ロングの三年の榊原さかきばら()()と一年生で金髪のツインテールの安藤めぐみが、すでにスクリーンをセットしていた。奔放な英明は声を上げて話しかけた。


「お疲れ様でーす」


 千夏もそれに続き二人に声を掛けた。


「由真先輩、めぐちゃんお疲れ様です」


 由真は柔らかい笑顔を向けた。


「お疲れ様、英明君、千夏ちゃん」


 先週の水曜から金髪に高校デビューしためぐみの雰囲気はかなりおっとりとしている。それで根が真面目で素直だ。明るい笑顔は癒しの存在であることを物語っているようだ。


「お疲れ様です。ヒデ先輩、千夏先輩」


 視聴覚室は五十人程が座れる広い空間で、まるで大学の講義室のような部屋だ。その部屋の構造に合わせた曲線を綺麗に描いたテーブル。一テーブル当たり六人は座れる。

 そのテーブル達の中でも、二人はすでに来ていた由真とめぐみの鞄が置いてある視聴覚室の真ん中辺りに座ろうとする。そこまで来ると英明と千夏は席に着く。そしてプロジェクターの所にいる由真に英明が話しかけた。


「今日は二人共早かったんすね」


 由真はゆっくりと英明に視線を向けた。


「えぇ。掃除当番でもありませんでしたしね」


「ヒデ先輩。めぐみは今日ホームルームが早く終わったんですぐに来ました。それでも由真先輩の方が早かったんですよー」


「そうなんだ。二人に任せちゃってすみません。今日俺ら掃除当番だったんで」


「掃除当番中に遊んでいた人達がいなければ、もう少し早かったんですけどね――」


 千夏は嫌味のように口に出した。小学生でもあるまいし遊び始めるという英明の神経を疑っていた。


「はははははは――」


 英明は顔を引きつらせながら右腕を後ろに回して頭を掻いた。デッキをセットしていた由真がみんなに声を掛ける。


長谷川はせがわ先生は会議で遅れるそうなので、さっそく鑑賞しましょう。今日の映画は、まだ私見た事なかったので楽しみです」


 左から英明、由真、めぐみ、千夏の順で座ってみんなそれぞれペットボトルを出した。由真がDVDをセットして照明を消した。それからすぐにプロジェクターを操作し、映画がスクリーンに映し出された。映画が始まるとその場にいた全員が映画のエンドロールまで一言もしゃべることはなく映画に夢中になる。

 映画好きな彼らにとってこの部活があるのが嬉しかった。高校生活を運動部で費やすよりも、好きな映画をスクリーンで見れるなんて幸せすぎる環境だと全員が思っていた。


 冒頭から少し過ぎた頃に顧問の長谷川(はせがわ)春人(はるひと)がドアを開けた。そこから外の光が中に一瞬入って来た。短髪黒髪の眼鏡、ちょっと生やした顎鬚を触りながら長谷川先生は、すぐにドアを閉めると四人の座っている席の隣に座った。

 映画はファウンドフッテージ形式となっていて冒頭からのめり込みやすかった。ストーリーも意外な方向へと進んでいくのも魅力的だった。偶然にして超能力を手した三人の高校生の物語。エンドロールが始まり、視聴覚室の明かりを長谷川先生が付けた。


「いや~。最初から見たかったけど面白かったな! 先生これ返却する前にもう一回見るわ! これは良い映画だ。さすが俺の直感チョイスだな」


 長谷川先生は興奮して全員に話した。それに部員達は反応し、千夏が感想を述べた。


「でも、実際にこんなことがあったら怖いよね。最後ちょっと寂しい気持ちになった。あそこで終わるのもなんだかすごい哀愁を感じた」


 由真も同じ意見のようだ。


「そうですね。若者達の悲しい青春物語としても完成度の高い映画ですね」


 千夏は隣にいるめぐみが泣いていることに気が付いた。


「めぐちゃん!? どうしたの?」


「めぐみ、こんな悲しい最後になるなんて思わなかったんで――つい――うっ、うっ」


 めぐみは感性が鋭いのか、すぐに感動したり興奮したりする。感受性豊かな娘なのはこの短い一週間の間に分かった。ハンカチでン涙を拭いためぐみの目元は少し赤くなっていた。英明はめぐみのことを少し見ると彼女は視線に気が付いて見つめ返してきた。彼女は恥ずかしそうにしながら顔を赤らめた。めぐみから視線を長谷川先生に向けた英明は感想を言った。


「間違った道に踏み込んで、何処かで引き返すとか自分を抑えることをしないと、そのままずるずると悪い方悪い方へと進んでしまうよね。都合が良いように物事は上手く運ばないよね」


「まぁ映画は作り物だが、何かを教えてくれる教科書だ。これをみんなに見てもらえて先生は嬉しいよ。良し。じゃあ明日の映画を決めるか?」


「「「「はーい」」」」


 長谷川先生から何も書いてない小さな紙が配られると全員が作品名と名前を書き始めた。


「じゃあ、皆さん書き終わりましたね。それでは織り込んで箱に入れてください」


 部長である由真が立ち上がって教卓の前に置かれた小さな茶色の箱を振って、それぞれの紙が箱の中で宙を舞う。そして、由真が第一候補を取り出す。


「明日の映画の第一候補は『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』です。これは英明君のチョイスですね。見たことはあるんですか?」


「まだです。予告見たら良いかもって思ったんですよ。これはイタリア映画でダークヒーローらしいです。日本の永井ながいごう原作のアニメ『鋼鉄ジーグ』が映画の中でキーになってるんです。アニメは知らないけど、これ見たいって思ったんです。ハリウッドが作ってるヒーロー映画には飽きてきましたしね」


「確かにハリウッドのヒーローには飽きてきましたね。タイトルも惹きつけれる力がありますし、面白いかもしれませんね。では、第二候補は……『蒲田(かまた)行進曲(こうしんきょく)』です。これはめぐみちゃんのチョイスですね」


「めぐみ、その映画の有名なシーンしか知らなくて、見たくてしょうがないんですよ。それ、お姉ちゃんのオススメなんで」


「あの伝説の部長、みゆきさんのオススメですか……興味が出てきますね」


 めぐみの話を聞き終えると、すぐに由真は次の紙を掴む。


「では第三候補は『八つ墓村』ですね。しかも渥美(あつみ)(きよし)さん版のチョイスは千夏ちゃんですね。なかなかマニアックな作品を選びましたね」


 千夏は少し興奮気味に話し出す。


「それは原作者の横溝(よこみぞ)正史(せいし)さんが、虎さんのイメージがある渥美清さんが、金田一耕介にもっとも相応しいと言っていたし、個人的に一人で見るのも怖くてですね。あえて市川崑(いちかわこん)監督と豊川とよかわさん版との違いも見たいと思ったので。私的には市川崑監督と石坂(いしざか)さん版のシリーズは好きですが、この異色作に手を出したくてチョイスしました!」


 英明もめぐみも興味をそそられたようだ。由真もその様で千夏に向かって話す。


「分かりました。機会があれば、みんなでこの作品を見てみるのも手ですね。千夏ちゃんのその話ぶりから見たくなりましたよ」


 由真は最後の紙を出しながらみんなを見た。


「最後は私の『天国と地獄』ですね。日本が世界に誇る巨匠、黒沢明監督作品です。当時のメッセージ性の強い作品ですが、ラストを見るために全てがあると思って良いとだけ言っておきましょう。では、先生以上です」


 長谷川先生は部員達を見渡して、顎鬚を触りながら彼らの気持ちを尊重した。


「お前ら本当に映画が好きなんだな。先生感動したよ。今週はまだ月曜だし、順番に見ないか?」


 その提案に全員が興奮して「おぉ」と声を出した。特に英明がそれに感銘を受けていた。


「さすが長谷川先生! その提案良いですね!」


 由真もそれに賛同した。


「そうですね。お手数ですが、先生お願いできますか?」


 長谷川先生は右腕を胸に当てて自身満々に答えた。


「任せろ! じゃあ、今日はこれで終わり! 後片付けはよろしくな」


 そう言って長谷川先生は視聴覚室から出て行った。みんなで掃除と片付けを分担して行っていたが、英明は見たばかりの映画の影響で遊び始めた。


「我が力よ。いでよ! はっ!」


 英明は指を全部開いた右腕を何かを放つように伸ばし、自分のペットボトルに向ける。箒を持って掃除をしていた千夏が仕方なく突っ込んだ。


「あんたホントバカよね? そんな事したってさっきの映画みたいには――」


 その時だった。英明のペットボトルがボンっと音を立てて吹き飛んだ。めぐみと由真もその音を聞いて動揺した。暫しの沈黙の後、千夏が辛うじて声を出した。


「ウ、ウソでしょ?」


 英明は右腕を伸ばしたまま固まっていた。そして、ロボットのようにカクカクしながら三人の方に振り向いた。


「こ、これ……マ、マジなのかな?」


 みんなの顔を見渡した英明の瞳が紫色になっていることに三人は気付いた。めぐみが目を大きく見開いて英明に伝えた。


「ヒデ先輩……目が……紫色に……光ってます……」


「え?」


手鏡を鞄から出しためぐみは英明の顔が映るように翳した。手鏡に映る自分の瞳が紫色になっている事に驚愕した。咄嗟にめぐみから手鏡を取ってマジマジと見つめた。


「何だ……これ?」


動揺した英明は、手鏡をテーブルに置くと急いで吹き飛ばしたペットボトルを拾ってテーブルにセットして手を翳した。その瞳はまだ紫色に輝いていた。


「ふぅー……はっ!」


 掛け声と共にペットボトルは、またしても吹き飛んだ。四人は再び沈黙した。


「そんな……えっと……あの……ちょっと……」


状況の整理を始めようとする由真だったが、その間にめぐみも英明と同じくペットボトルに向けて手を翳した。


「えい!」


 ボンっと音を立ててめぐみのペットボトルも吹き飛んだ。その瞳は紫色に輝いていた。


「めぐみにも……できちゃった……」


 由真と千夏はめぐみの瞳も紫色に輝いているのを見た。


「ど、どういうことでしょう? めぐみちゃんの瞳も紫色に……」


「え?」


めぐみはテーブルに置いてあった手鏡で自分の顔を見て光り輝く瞳に吸い込まれそうだった。


「ホントだ……どうして?」


千夏も興味本位で置いていた自分のペットボトルに手を翳した。その瞳が紫色に変わり始める。


「え? そ、そんな簡単にできるの? うーん……ふっ!」


 ペットボトルはボンっと音を立てて吹き飛んだ。そして、状況を呑み込めない由真も半信半疑でペットボトルに手を翳した。彼女も紫色の瞳に変わっていく。


「まさか……やっ!」


 ペットボトルはまたしても吹き飛んだ。由真は自分の手を見る。いつもと変わりなどない普通の手だ。ここにいる全員が思考を一時停止させられた。由真は我に返ろうとするが、脳の処理が追いつかない。


「大変なことです! 事件ですよ事件! どうしましょう!?」


 千夏も動揺していて、やっとその思いを口に出すが、自己分析の結果はどうやら乏しくないようだ。


「わ、わ、私達ってもしかして、さっき見た映画の影響を受けたとか? いや、これは夢? 壮大な夢の中?」


 めぐみは相変わらずおっとりしていたが、どこか挙動不審になっている。拾い上げたペットボトルを持つ手が震えている。目の焦点も合ってない。


「え? え? え?」


英明は固まった状態で動かない。由真は両腕で思いっきりテーブルを叩いた。


「皆さん! 落ち着きましょう! 今整理していきます。これは夢ではないです! 現実です! そして、私達は超能力を図らずしも手に入れました。そこで、この力が他にどんなことができるのか検証していこうと思います!」


 時刻は五時四十分を回っていた。みんなで他に何ができるのか検証を始めた。英明の思い描いた通りに鞄やノート、教科書が宙に浮いていた。


「おぉぉぉ! 何かスゲー!」


 それは重力を無視していて、動かせる重さは関係ないようだ。


「何てことでしょう? 私にも――」


 由真が声を上げる。


「重さ関係ないんだね? ほら? 鞄もペットボトルもこんなに自在にできるなんて、本当にさっきの映画みたい――」


 千夏はうっとりとした表情で宙に浮いた鞄とペットボトルを見つめていた。


「めぐみにも……皆さんと同じことができます……何か信じられないですね」


 めぐみはペットボトルを浮かせながら言った。この力は全員が使いこなせることが分かった。これは基本スペックのようだ。そして力を使う時には、瞳が紫色に変わることが分かった――。

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