第二章「急襲」④
「むぐむぐ……それで……?」
厨房に行って貰ってきたサンドイッチとハンバーガーを足して2で割ったようなものを食べながらアイシアに問いかける。
本来食事は必要のない体なのだが、味は分かるし、摂取したものは非効率ながら魔力に変換されるので無駄にはならない。それは眷属になったアイシアも同じはずだが、腹が減ったというのは人間だったころの名残なのだろうか?
部屋のテーブルを挟んで向こうにいるアイシアと俺とでサンドイッチもどきの山はみるみる減っていく。
「友人として頼みたいって言ってたのは魔王討伐の件か? むぐむぐ……悪いが俺は友人なんていたことなかったんで知らんけど、無償で手助けする気なんかないぞ」
「――え?」
瞳を輝かせてサンドイッチもどきを食べてたアイシアが絶望したような声を上げた。
友人だと言っていたのに手助けを期待できなくなって失望したのか。確認のためにも顔をあげると、その予想を裏切ってとても可哀そうなものを見るような目で見てきていた。
「ち、違うぞ! あくまで人間の友人なんぞいなかったというだけだ!」
慌てて否定する。彼女に慰めでも言われたらたまらない。
いや確かに、関係各所の奴らを魅了して潜入した憧れの高校では、友人は一人もできなかったけど。
うーむ何が悪かったのだろうか。
俺は灰色の高校生活を思い出し首を振ってかき消した。
「よかった安心しました。じゃあ私が初めてのお友達ですね!」
「まぁ……うん……」
満面の笑顔なのはいいが、口の端にはソースがついていた。
もちろん取ってやるなんてことはしない。ああいうのはどちらかが相手を意識してる前提でやるからいいのである。友人同士の俺たちには不要だ。
ジェスチャーで口を指すとすぐに気付いたアイシアが慌ててハンカチを取り出して拭いた。
「うぅお恥ずかしいです。あ、お友達の話でしたね。実は私もお友達は一人しかいないんです。騎士の皆さんは私の身辺警護をしてくれていましたけど、お話しはしてくれなくて――」
だから大丈夫ですよと結局慰められてしまった。何が大丈夫なのかは分からない。
「むぐむぐ……ごくん。その友達はどうしてるんだ?」
そしてその友達は、魔族になった彼女を受け入れてくれるのだろうか。
「今は魔獣の迎撃にでていますよ。名前はリッカ。幼馴染の女の子で一つ上のとっても頼りになるお姉さんなんです! 聖女騎士といって私専属の騎士で、いつも助けてもらっています!」
その専属の騎士様がお留守の間に、勇者召喚でこの結果。なんとも出来すぎて――って近い近い近い!
熱が入ったのかテーブルを乗り越えてきて顔が近い!
落ち着けと押し返すとはしゃぎすぎたのを自覚して、すとんと腰を下ろし静かになった。
「そのリッカって娘のことはわかった。つか友人っていうなら俺も呼び捨てでいいぞ」
「クラウド様はお友達であると同時に主従でもありますから」
変えるつもりはないらしい。
「――まぁいいや。んで話が逸れたけどお前の手伝って欲しいことってのはなんだ?」
促すと、さっきまでとは打って変わってキリっと表情を引き締めると姿勢を正した。ただアイシアは可愛い系の美人であるため迫力はない。
「はい。まず魔王討伐は国家の願いではありますが、私にとっては過程でしかありません。私の願いは――姉の死の真相を知ることです」
「……ふむ……ご自慢の聖典とやらには何かなかったのか?」
「何も――本当に何もありませんでした。ですから姉が死んだのはきっと、聖典すら凌駕する何者かによってだと考えています。そしてそんなことができるのはきっと――」
魔王か……それに準ずるものか?
「勇者召喚で呼び出された俺のこと、それと昨日の魔人についてお前は知らなかったみたいだけど、聖典には何かなかったのか?」
「聖典には神が知る必要のないと判断されたことは書かれませんから、私は知らなくてよかったのでしょう」
「ふーん。でもさ、今回のことと似ていると思わないか?」
俺は、お前の信じる聖典が姉を殺したんじゃないかと言外に告げる。
「……いずれにしても魔王は倒さなければいけません」
――なるほど。
彼女にも思うところはあるんだろう。聖典に一番近かったのは聖女であるアイシアだろうし。
「こんなことになっちゃいましたけど、私はこれからリッカと一緒に魔王討伐の手助けをしようと思っています」
瞳に宿る意思は固そうだ。
「リッカって娘は本当に手伝ってくれるのか?」
「はい。リッカなら絶対に――」
アイシアは断言した。その信頼がとても眩しい。少しだけ彼女達が羨ましかった。
「分かった。ならここでお別れだな。俺は元の世界に戻る手段を確保して適当に観光したら帰るつもり――」
「お手伝いします!」
「は? いや――」
「お手伝いします!!」
今までぽわぽわしていたのが信じられないくらいの押しの強さだ!
「いや、手伝ってもらっても俺はお前に協力するつもりはないぞ」
「構いません! お友達を助けるのは当然のことです!」
「……それは俺へのあてつけか?」
「いえいえそんなことはありませんよ?」
つつつーっと目を逸らしながらスライドしていく。
こんな表情もできるのか――。
俺はつい彼女の豊かな表情に見蕩れてしまった。もっといろいろな顔を見たいと思った俺がいることを否定しきれない。
――やはり美人は得だな。
「いいよ俺の負けだ。帰る手段を確保したら手伝う。約束しよう」
そう言って手を差し出した。
彼女は、半分予想通り、半分予想外みたいな顔をして伺うように俺を見てから恐る恐る手を取る。
「えへへ、ありがとう。あなたとならきっとうまく行くって思うの。だって――」
その後に続いた言葉は俺の耳でも聞き取れなかった。
もうすぐ夕方になりそうな時間だがまだ昼間だ。今の俺は夜とは比較にならないほど弱体化している。それでも並の魔族に遅れはとらないのだが。
自分でも言ってしまうつもりなどなかったのだろう。アイシアは顔を真っ赤にして誤魔化すように手をにぎにぎする。
それは俺の手に比べればとても小さな手だった。日に焼けておらず、白く柔らかい。それでもそこには生命のぬくもりが確と存在していて、手と手を通してそれが伝わってくる。
カチリと、何かがはまる音が頭の中で響いた。
アイシアとの間に経路が繋がった感覚が突き抜け、ここにきてようやく眷属契約が為ったのだと理解する。俺の中にあったいくつかの空席の一つに、アイシアが来てくれた気がして、もっと身近に彼女のことを感じられる。
だがアイシアの方には変わった様子はないようだった。やがて耐え切れなくなったのかパッと手を離すと、赤くなった顔を手で仰ぎ冷ました。
「そ、それより昨日の戦いは凄かった! 魔人を簡単に撃退しちゃうなんて普通じゃありえないもの。あなたは本当にただの吸血鬼なの?」
「ん? ああ。今はただの高校生。――元魔王だ」
「……え?」
仰いだ手を止め、アイシアは硬直した。油の差してない機械のように顔を動かすと、耳にかかっていた銀髪の一房が流水のように滑り落ちる。
「えええええええええええええええええええ!!!」
王都の片隅にある宿屋に、アイシアの絶叫が轟いた。