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第二章「急襲」③

 それから、アイシアが目を覚ましたのは1時間ほどしてからだった。

 かなりの時間彼女の寝顔を見て満足していたが、パチリと開いた大きな瞳で見つめられた瞬間「あれ、無言で寝顔を眺めてる男ってかなりの確率でキモくね?」ということに思い至り、新陳代謝のない吸血鬼の体から汗が噴き出す。


「あ……おはようございます」


 第一声が悲鳴や痛罵でなかったことに安堵し息を吐き出す。

「ああ、おはよう」

 昨晩からのことを考えればもっと取り乱したりしてもよさそうだが、可憐な容姿に反して意外と肝が太いのだろうか。女性は強いという話しを思い出す。

「あっ!? あの、すみません!」

 自分の寝起き姿に気付いて、顔を真っ赤にしながら後ろを向いた。


 彼女の手にほのかな燐光が宿り、手櫛を髪に通すと驚く間もなく寝癖が大人しくなって潤いを取り戻した。髪から服に手を移すと、皺や埃が取り除かれ新品同然になる。

「それは……?」

「整容の魔法です。これでも聖女ですので、これくらいは自分で」

 そう言ったアイシアの表情に少しばかりの陰ができた。


 聖女ではない“元”聖女だ。俺が眷属化してしまったばっかりに、人間ですらなくなった。

 いまさら謝ってもどうにもならないが、俺は頭を下げようと――。

「ふふ、他にもこういうこともできますよ?」


 柔らかく相好を崩した彼女の言葉に遮られ、差し出された手元を目で追うと、俺の左足に向けられていた。

 そこは昨日の戦闘で負傷した場所である。傷自体は見る影も無いが、その代わりに制服のズボンが膝から破けて裸足状態になってしまっている。どうにも格好がつかない。

 またも彼女の手が発光し、半ズボンになってた裾が勢力を伸ばすように拡大。右足とで見事なシンメトリーを作り、なんと靴まで再生された。

「すごいな……」

 少なくとも殺法しか頭にない魔族には思いもつかない魔法だ。俺もだけど。

「縫製の魔法です。もともと私は先代聖女のおね――姉の世話係だったんです。家事は得意なんですよ!」

 ふんすと鼻を鳴らして得意顔――お手本のようなドヤ顔をする。その顔に釣られて俺もつい笑ってしまった。圧倒的女子力アピール。


(うーむ気を使われたのか?)

 

 まだ彼女の性格が掴めてないんで、天然という可能性もなくはないだろうが。

 俺は謝るタイミングを逸してしまった。


「――というか、なんか昨日と若干性格違うくない?」

「昨日はまだ聖女だったからですよ?」

 微妙に分かるようで分からない答えだ。

「聖女は神の声を聞き、皆の導となる聖典を書き記すこの聖王国の要です。その職務を忠実にこなすために、聖女には仮人格が与えられます。時には正反対の性格になったりもしますが、私はちょっと影響を受けたくらいでしたね」


 つまり、聖女は人格で選ばれているわけではないということ。

 そして聖女は“神”の言いなりというわけか。くそったれ。


 詳しい話は後で聞くとして、それでもこの国が異常であると確信した。

 ここは全て思い通りにしなければ気の済まない神と信者達の管理社会なんだろう。 聖女だけでなく国民の人格すら捻じ曲げている可能性は大。最低でも国家の要人クラスは洗脳されていると思う。


 ならばその結果として――その信者達が行った勇者召喚の結果として俺が喚び出されたのが偶然である可能性は低。

 俺に何かをさせたいのか? 今のところ精神支配攻撃をされた気配はないが、俺ですら気付けない巧妙な精神攻撃ならもうお手上げだ。強い精神支配耐性をもつ俺を洗脳するなら、文字通り神の所業である。


 俺の考えを打ち切るようにアイシアが声を上げた。

「それで、マスタ……あなたのお名前を教えて欲しいのですが」

 ふむ、眷属化してもこちらの情報は流れないのか。まぁ強制主従関係だし当たり前といえばそうだが、なにせ彼女が初めての人間種眷属だからな。

 しかし、最初に訊くことが名前か? 他に訊くこともあると思うが。

「俺は大敷蔵人だ」

「オーシキ……クラウドの方がお名前ですよね?」

「ああ、この国風に言うならクラウド・オオシキか」

「ではクラウド様と呼ばせて頂きますね」

「……まぁそれで」

 発音が微妙に違うので、大作RPGシリーズ最後の物語7作目の主人公っぽい。俺は別に、最初に言おうとしたマスターでもいいんだがな。

 俺は彼女が何をしたいのか、見当もしてなかった。


「ならばクラウド様。私は確かにあなたの眷属になりましたが、心は人間のつもりです。ですからあなたとは対等でいたいと思っています」


「――」


 その言葉の真意を理解するには時間がかかった。じわじわと彼女の言葉が体に浸透していく。

「私は魔族に堕ち、聖女どころか人間でもなくなりました。でもあなたを怨んでいません」

「――どうして」

「私は私の信じる道を進んできました。その果てが望む結末ではなかったからと、あなたのせいにしたくない。この結果が、私の歩いてきた道なのだから否定したくないんです」


 彼女は――。


「だからあなたも……そんな顔をしないでください。目を見てすぐにわかりました。あなたはとても優しい魔族。ふふ、優しいとは少し違いますね。とても誇り高い“人”です。」


 彼女こそ――。


「自分のしたことを自分で許せない。だから私が許しちゃいます。それで、もしよかったら、私と対等な関係でお友達になりましょう? それで私のことを手伝ってくれたらとっても嬉しい。もちろん何かあれば私もお手伝いしますよ?」


 ――聖女だ。


 俺の過ちも自己嫌悪も罪悪感も全てまるごと消し去った。

 罪悪感を利用して安易に償いなどさせてくれない。そんな感傷私が知るかと丸めて捨てられた気分だ。

 手のひらで踊らされている。彼女を観察していたはずが、こちらは完全に看破されていた。

 対等の友達になろうという提案など、普通ならば一笑に付されて終わり。

 それを断る“人間”じゃないと、俺は彼女に見くびられているのだ。

 だが。


(天然だ。こいつは間違いなく天然で言っている)


 ラノベやゲームならこういう奴には二種類ある。完全に計算でやってる奴と、完全に天然でやっている奴。

 こいつらの怖いとこは騙されたなら騙されたでいいやと思ってしまうことだ。そう今の俺のように。


「悪いがお断りだ。……だがまぁ気が向いたら助けてやる――友人としてな」

「――はい!」


 花が咲いたようだった。

 彼女の美貌とはそのプラチナブロンドの髪と相まって月光の静謐な美しさだと思っていた。

 月に例えるのは吸血鬼にとって最大の賛辞でもある。

 だが彼女を輝かせていたのはその内面だったのだと今分かった。

 月を持ち出すなんてくだらないことをしたと思う。

 これこそ俺の憧れていた人の美しさだ。

 異世界にまで、俺の求めた――。


 くぅぅ~。


 可愛らしい音の発生場所を探ると彼女のお腹があった。

「お、お腹空いちゃいましたね!」

 両腕でお腹を隠し、顔を真っ赤にしたアイシアはごまかすようにはにかんだ。

「く、はははは! 飯もらってくるよ」

 これ以上彼女に恥をかかせるものじゃない。

 俺は足早に部屋を出てラウンジに向かいながら一つの結論をだした。


 もう騙されててもいいや。


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