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第一章「異世界へ」③

「あんたが魔人?」

「いかにも。私が魔人バラドゥムだ」

 鷹揚にうなずく。

「お仲間やっちゃったけど大丈夫?」

「構わんさ。私たち魔族は強さこそ全てだ。だろう?」

「ま、そうだな。じゃ訊きたいことがあるんだけど、元の世界に戻る方法って知ってる?」

「ふむ……召喚魔法などに頼るのは脆弱な人間共だけだ。我ら魔族のあずかり知らんところだな。だが魔王様なら知っているかもしれん」

「その魔王様ってのには会えるか?」

「今は魔王領の奥で、前大戦の傷を癒しておられるよ。君が私の部下として働くというなら魔王様に口添えしてあげよう」

 

 訊きたいことはだいたい訊けた。

 後ろを見るとアイシアが不安げな様子でこちらを見ている。自分の召喚してしまった人物が、人類の敵となろうというのだ。何を考えているかはだいたい分かる。

 俺は彼女に向かって安心させるように笑いかけた。うまくいったかどうかは分からない。

「悪いが、男のしたにつく気はない」

「それは残念だよ。だが魔族ならそれが正しい姿だろうな」


「魔王さんには直接訊くよ。聞き分けがないならぶん殴ってでもな」


 それは、ちょっと買い物行ってくるくらいの軽い風だった。

 だからバラドゥムはその言葉を理解するのに時間がかかり、それが奇妙な間を生み出した。


「――吸血鬼風情が、調子に乗るな……」


 地の底を震わし、悪魔が恫喝する。


「やっと本性を現したかよ……“魔族風情”が人間様の真似事してんじゃねぇよ」

「貴様……人間ムシけらに肩入れするのか――?」


 バラドゥムの体が膨張し、真の姿へ変貌する。


「殺すしか能の無い魔族ムシけらが。アニメや漫画の一つでも作ってみろや」

「分からぬことをぉぉおおおお!!」

 肉体という殻を破り、巨腕が迫る。それは腐敗した肉でできたトカゲの、いやドラゴンの腕だった。

「おっと」

「きゃっ!?」

 俺は素早くアイシアを抱えて飛び退る。

 そのまま背後の神殿を駆け登り、鐘楼部を見つけアイシアをそこにおろした。

「オールプロテクション。マスタキャンセラレイト」

 赤の防御魔法陣と青の防御障壁が展開され混ざり合い、紫色の防護陣が形成される。

「そこにいろ」

 まだ眷属になったばかりの彼女ではこれからの戦闘にはついて来られない。

「そこにいろって――あなたはどうするの!?」

「ちょっとゴミ掃除をな」

 外を見下ろすとバラドゥムは人型を捨て去り、もはや小山ほどの腐った肉塊となっていた。

「あれは魔人――魔族の中でも最強の存在です。隣国の勇者や英雄達が何世代も渡って戦い続けても倒せない超越者。すぐにでも逃げて市民の避難と増援を――」

「説明セリフどうも。けど逃げるならほら」

 外を指差すと星月の光を覆い隠すように暗黒の結界が塗り潰していくのが見えた。

「もう遅い」

「そんな!?」

 綺麗な顔が絶望に歪んだ。

 だがそこまで俺を侮られるとさすがに腹が立ってくる。

 それに美人はやはり笑顔が一番だろうと思うのだ。 

「心配するな。お前の主となった吸血鬼が、ただの魔族じゃないことを見せてやるさ」

 頭をクシャっと撫でてやると、驚いて顔を赤くする。

 それでも不安な表情は消えない。

 あとは行動で示すしかないか。


 鐘楼から身を投げ出して一階の屋根に着地する。

『隠れてなくてよいのか?』

 バラドゥムだった腐肉塊が無理やり体を震わせて声を出す。常人なら発狂しそうな汚物に塗れた声だった。

 ゴボゴボと肉塊が蠢き、巨大な竜頭が生えた。それから次々と腕や脚、翼が出鱈目に突き出す。

 獣がドラゴンの四肢で活け花をしたらこんな感じになるだろうか。少なくとも芸術性は皆無。

 名前をつけるならドラゴンゾンビ、あるいはアンデッドドラゴンか。

「うげぇ。ゲロゲロだな」

『理解できぬか、魔族の面汚しめ。この体は私が屠り喰らった強者達の集合体だ。勇者を喰らってやろうと思って来たのだが、貴様で我慢してやる。喜べ』

「食あたりするからやめとけよ」


 もはや話は不要。


「吸い殺せ、カズィクルベイ!」

 影が爆発し、四方から肉塊を串刺しにする。さらに内部から枝のように別れ出で、そこにはハリネズミが完成していた。


『この程度か』


 刺さった棘が腐り落ち、意趣返しに腐肉から無数の鞭が襲う。

 身を捻りながら飛んで避けたが、腐肉鞭にあたった屋根が溶解して無くなった。


 対峙した二人は、奇しくも同じ「相手の力を吸収し自己強化」する能力者だった。

 だが、より生者に近い蔵人と違い、腐りきった肉体のバラドゥムには吸収効果が意味を成さない。単純に計算するなら、蔵人に勝ち目は無かった。


 少なくとも今は。


「相性最悪だな」

 腐肉鞭を避けながら、より物理攻撃に特化させた黒槍を投擲し続ける。刺さる先から溶けて傷口が塞がるが、気にせず仕込みを済ませていく。

『その攻撃も見飽きたな』

 竜頭がブルリと身じろぎすると口から深緑の霧が吐き出された。風も無いのに指向性をもって襲い来る。

(毒の霧か……)

「ブラストサイクロン!」

 風魔法を起動、俺を中心として風の渦が発生し霧を追い払った。それと同時に仕込みが終わる。

 物理攻撃が効かないとなれば、魔法を使うしかない。肉塊の周囲には大規模魔法を実行するための魔法陣が描かれ――

「なっ!?」

 地中から腐肉鞭が這い出し、足に纏わりついた。さっきの霧は俺の意識を逸らすためのものだったか!?

 腐肉が触れた足が急速に腐っていく、俺の持つ物理抵抗も魔法抵抗も侵攻を遅らせられない。


(魔人も伊達じゃないか)


 手に持った槍で膝から先を切断し距離をとる。わずかその間に足は再生していた。

「こんな古典的な手に引っかかるとは。あーあ、制服のズボンが台無しじゃねぇか」

『口だけか吸血鬼。これほどまで弱いなら喰らうのも止めだ、もう潰れてしまえ』

「まぁそう言うなって。せっかく用意したんだから、これだけでも喰らっていってくれ」

 描いていた魔法陣が隠密効果を弾き飛ばし、赤熱に燃え輝いた。


魔法陣最大強化マジックサークルストレングス――エラプションノヴァ!!」


 炎色反応による翠火柱が吹き上がり、腐った肉塊を焼却、辺りを熱風が駆け抜ける。超ナパームの翠炎は2千度を超え、範囲内の全てを例外なく燃やし尽くした。

 爆焔が消えた後には何も残っていない。魔人と驕っていた醜い肉塊さえも。

「口だけだったな魔人さん」

 神殿の鐘楼部を見るとアイシアがこちらを見ていたので手を振る。信じられないといった顔だったが、やがて笑顔に変わった。

 やはり美人には笑顔が似合う。

 そして彼女の向こう側、空を覆っていた結界が解け――ない。


『見事だよ吸血鬼』


 そうこの程度で消滅させられるようなら、彼らは魔人などと呼ばれない。


『これほどの魔法を行使できる者は魔族の中でも智の魔人だけだろう。貴様を喰らえば奴に魔法で並べる。実に愉快だよ』


 消し炭一つ残ってないはずの空間には、逆再生されるかのように肉塊が修復されていき、元通りの姿となって竜頭が嘶いた。

「ふーん……肉団子の中に核があるのかと思ったけど、これは本体が別にあるパターンかな」

『――よくわかったな。ならば理解しただろう。お前はもう喰われるしかないんだよ』

 もう魔人に遊びの雰囲気はない。次に動き出せば本気で俺を殺しに来るだろう。


 なるほどこれは本当に――。

 

「……少し舐めてた」

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