第一章「異世界へ」②
俺こと「大敷蔵人」は吸血鬼である。
俺がもともといた異世界は、先代の魔王がやりすぎてしまったことにより、人類は滅ぼされてしまった。
人間という餌がないと生きられない俺達は、異世界転生を決意する。
だが結局異世界に、現代日本に転生できたのは俺だけだった。
しかし、俺は本当の目的を果たせた。
吸血鬼の真祖たる俺は別に吸血を必要としない。俺が望んでたのは、人間の生み出す娯楽文化だった。
俺はサブカルチャーにのめり込み、今に至るというわけだ。
神殿の外に出ると、降るような月夜の下に大きな広場と、大勢の甲冑騎士の姿があった。
アイシアを伴って現れた俺を見るなり口々に囁きあう。
『あれが勇者か?』『普通の男にしか見えないが』『ばか、声が大きい』
好き放題言ってくれるが、気にはならない。
それより、こいつらは……。
「――みなさん逃げてください! 彼はヴァンパイアです!」
「な!?」
弱めていたとはいえ精神支配を振り切っただと!? だが――
「遅い!」
一歩、蔵人が震脚の要領で踏み出す。
影が一度脈動し、そして、爆発的に広がった。
放射状に侵食する影は、広場にいた全員の足元を嘗め尽くす。
ズブズブと大地が液状化し、足首まで捕らえられた誰もの動きを封じた。
「喰らえケルベロス!」
その号令は凄惨な捕食祭の合図であった。
影から3つの塊が噴出し、大狼の頭を形作る。
そこから先は語るまでもない。
首の一振りで束のように騎士達を顎に捕らえ、噛み砕く。
ボトボトと人間だったものの残骸が落ち、その肉片すら血の一滴も残さず影に沈んだ。
広場にいた全員が恐慌状態に陥るがそれも長く続かない。
3つの首が分かたれ、影の中を縫うように動き、一人も逃さず腹に収める。
「ゲヘナフレイム!」
「ディヴァインレイ!」
そしてその二人だけは、騎士達の上位者たる二人だけは、最初から冷静だった。
俺のケルベロス達が、業火と閃光に焼かれ、断末魔の叫びをあげながら影に溺れていった。残った首も魔法を放った二人の斬撃を受け霧散する。
(ヴァンパイアの苦手な火と光属性の魔法か……)
月光に照らされ、一際神々しいオーラを纏った聖騎士が二人、歩み寄ってきた。
「勇者を召喚すると聞いていたが、吸血鬼を喚び出すとはとんだ欠陥聖女様だな」
「まぁ人間なんてそんなもんでしょ。バラドゥム様がお怒りになるだろうね」
「あの方なら国一つ落とすなど造作もなかろう。勇者を擁しないこの国など特にな」
顔を見せた二人を見て、俺の傍らにいたアイシアが驚愕の声をあげる。
「トーマス? ヨハネ? いったい何を言ってるの……?」
「あはははは。この欠陥聖女、部下の区別もつかないんだ」
「仕方あるまいよ、擬態ではなく本人の体を使っておるのだからな。だが、滑稽にも吸血鬼の眷属にされた“聖女様”なら分かるのではないか?」
「そ、そんな……!?」
二人の気配に気付き、アイシアがくずれ落ちた。
「そう、この場にいたのは全て魔族だったのだよ。我らが主は勇者を所望しておったのでな。だがまぁ――貴公に全て喰われてしまったが」
そこでようやく二人はこちらに顔を向けてきた。
なりゆきとはいえ俺の眷属になったアイシアを馬鹿にされ頭にきていたが、冷静を装いかばうように前に出る。
「魔人バラドゥム様の臣下、ボラゲイド」
「同じく、ヤナヒェム」
「魔族として歓迎しよう。異世界の吸血鬼よ」
歓迎というには邪悪すぎる嗤いを浮かべる二人だが、魔族としては正しい。
「魔人?」
「魔人は魔王様直属の3人の魔族のことだよ。バラドゥム様は君のさっきの戦闘を見て、臣下にしてもいいっておっしゃてる。よかったね」
ヤナヒェムと名乗った方が嫉妬心を隠さず投げやりに言う。
「それは光栄だな。その“魔人様”とやらはこちらにいらしてるのか?」
「おお、さすがは聡明な魔族。魔人に仕えられる栄誉を即座に理解しておるとは。バラドゥム様は今もこちらを見ておられる。案内しよう」
「あっそ――」
肉の裂ける音がした。
「なぁ……がっ!?」
腹から漆黒の棘を生やした二人が、血を吐きながら声を漏らす。
杭は血を吸うように赤黒く染まっていき、やがて先端に花の蕾が現れた。
「あとはお前らの頭に聞く、肥料にでもなってろ」
「て、てめぇえええええ!」
激昂したヤナヒェムが斬りかかってくるが、それより速く蕾が咲き、薔薇の花となった。
骨が折れ、体が薔薇に吸い込まれる。
ゴトンと転がった巨大な薔薇が二つ。踏み潰すとガラスのように砕け、影に呑まれていった。
「見てんだろ“魔人様”隠れてないで俺とお話しようぜ?」
空に投げかけた声に、応えるものがあった。
パンパンと手を叩く音が響き、闇夜がぼやけると一人の男が立っていた。
身長は2メートルにとどくだろうか、人間ではありえないほどの美丈夫だ。しかし翼膜のない骨翼と、竜の尾こそが魔族である証。
「見事だよ、異世界の吸血鬼」