1
出会ったのが間違いだったのかもしれない。
そう思って、楠木香菜は横で寝る裸体の男を見てため息を吐いた。
いきなり家に来たかと思えば、事に走る。
終わった後に愛し合うこともなければすぐに背中を向けて寝る彼を見て涙が溢れた。
出会ってはいけなかったのかもしれない。
「…好きなのに、なぁ…」
彼女は唇を噛んで泣き声を堪えた。
彼が起きて悟られないよう、足を抱えて顔を埋めた。
何も纏っていないことが寒さを引き寄せ、より気持ちを冷たくしていった。
「…辛いなぁ…」
悔しくて仕方なかった。
私は彼を愛しているのに
彼には本命がいるのが
辛くて辛くて堪らなかった。
だけど彼を愛した気持ちが、彼と別れることを必死に止めている。
どうしたらいいかわからない感情が彼女を押し潰した。
所詮、ファンとの関係だなんてこんなものだと
理解してきた筈なのに
こんなにも必死に愛していたのが自分だけだったなんて
バカバカしく思えて笑えてくる。
だからもう限界だった。
服を着て彼女は笑顔で横にいた男に言った。
「さよなら。愛していました。」
次に会う時は、赤の他人で。
寝ている男ー大人気声優を務める彼、佐藤司は、このことを知らない。