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第9話『運命の一本道』

 光が、降り注いだ。


 暴虐と破壊の願いを秘めたその光は今、剣を掲げる戦士達を滅ぼさんとその牙を剥く。幾億の鉄槌と成りて哀れな人間達を蹂躙すべく、その掲げた裁きを振り下ろした。

 その時になりようやく彼ら(戦士達)もその輝きに気付いたのか、雨のように降るその流星を眺め、恐れ、狼狽え、悲鳴を上げた。


 しかし、たった一人だけ、その輝きを真正面から見据える影が見えた。


 見慣れたその後ろ姿は戦場にあっても美しく、片手に握る黄金の刀を大地に突き刺してその手を光に向ける。今は見えない彼女の瞳と同じ翡翠の輝きが、その右腕にモヤのように纏われていた。


「――星々の瞬きを此処に。今、その想いを我が盾として降臨せん」


 凛とした声が響く。

 謳うようなその声音に比例するように翡翠の輝きは範囲を増し、やがて味方全体を覆い尽くすほど巨大な幕となり空を隠す。天から降り注ぐ輝きがその幕に衝突する寸前に、その深緑は実体を持った。広がり切ったそのオーロラの如き風景を司る姫路は、その御業を完成させる為の名を口にする。


「『想創結界(ココロノウツワ)』」


 翡翠の霧は、巨大なエメラルドへと。そして――。




 ゴ――ォ――――――!!




 衝突する。

 白銀の極光と若草の盾はぶつかり合い、その余波を逃すことも出来ずに暴発させる。吹き荒れた暴風が周囲の赤雲を吹き飛ばし、衝突時の爆発はその轟音のみで大地を揺らすかと思ってしまう程の錯覚を生んだ。飛び散った残り火すらその盾に阻まれ、戦場に火の粉が降りかかることは無い。

 恐らくは、姫路の持つ神宝の一つだろう。何かしら無形の盾を形成して、攻撃を阻む翡翠の壁──『想創結界(ココロノウツワ)』と言っていたか。


 とりあえず、彼女はまたも危機を退けてくれた。相変わらずのチートさと頼もしさに笑みを浮かべつつ、戦況を見直す。

 それと同時に、先行する戦士達の中から飛び出す幾つもの人影があった。その顔をいちいち確認するまでもなく、それはそれは頼もしいクラスメイト(チーター達)である。その速度は他の兵達とは比べ物にならず、一瞬で敵の魔物軍団に斬り込んでいく。何気に『千切っては投げ、千切っては投げ』をリアルで初めて見た瞬間かもしれない。


 特に昼の座学で騒いでいた赤城なんかは、大はしゃぎで炎を纏った大剣を振り回していた。

 お預けになったかと思っていた狩りが思わぬ形で行われる事となり興奮しているのか、まさに狂喜乱舞といった様子でバッサバッサと敵を薙ぎ倒していく。あいつは本当にこれが異世界とはいえ現実だという事を分かっているのかと疑問になるが、今はそんな事を言っている暇は無いことも承知している。一先ずは移動の邪魔にならないようにそのドロップを『収納』で回収して、他へと視線を移す。

 というか、意外と『収納』の範囲が広い事に驚いた。どうやら本当に視界全域らしく、目に入っているのなら何処だろうと展開できるらしい。まああまり必要性は感じられないが。


 さて、人族(ノルマン)とは違ってキチンと策略を練ってきた魔族(グァトラ)に内心でビビりつつも、自分自身の頬を叩いて気合を入れ直す。


 大丈夫、頼れる仲間達はみんな目が死んでるなんて事はなく、俺とは違って全員が全員チーターだ。多少ヘマした所で修正は効く。そう自己暗示のように心の中で繰り返して頭の中を整理し、敵の戦力を再確認する。


 敵は恐らく、前後で二つに軍を分けている。第一軍が何も聞かされていない、(エサ)役の寄せ集めの軍隊。そして第二軍が本命となる、高位の魔術師達と恐らくはその護衛に当たっているであろう本戦力の戦士達。第一軍を幾ら叩いた所で意味など無く、本当の意味で勝利を収める為には後ろの本隊を叩く必要がある――と思う。

 あくまでもそういった戦略ゲームのテンプレで考えるのならば、だ。本当の戦争なのだからその思考が完全な的外れなのかもしれないし、逆に上手くいくのかもしれない。けれど、どちらにせよ倒さねばならない。


 拡音石の道具を手に取り、声を張り上げる。


「『前は囮だッ!後ろに少人数の本隊が隠れている、そちらを先に潰せぇっ!』」


 オオオオォォォォォォォォーーーーーッ!と、歓声のような叫び声が聞こえてくる。初めに先行部隊(チーター組)が囮の頭上を飛び越え、その敵という壁をまるで存在すらしていないかのように通過していった。相変わらずの超人共である。そのあとに続く一般兵達が敵の壁と衝突し、彼ら(チーター組)を追わせるまいと白兵戦を仕掛けていた。


 ――敵の本隊に動きはない。何を考えているのか分からないが、警戒はしておくべきだろう。俺は内心でそう考えつつも、しかし内心では仲間達の強さに頼ってしまっていたようだ。そんな考えのせいか、そんな『可能性』になんて欠片も疑いを持たなかった。


 その『仲間(クラスメイト)』が裏切る可能性だって、前の様子から充分に考えられた筈なのに。









 ◇ ◇ ◇








「――は、はは………ッ!」


 藤堂大志は、かつて無く高揚していた。

 怪我をするのなんて御免だし、死ぬなんて事も当然ながら以ての外だ。そんな事態になるようなら彼も戦争になんか参加していないし、ここまで気分を昂ぶらせる事も無い。けれど、生憎とここは異世界であり、銃器なんてあまりに無情で絶対的な武器は無い。信じられるのは己の腕が魔法のみ。

 そんな世界に最強級の力を与えられてやって来た彼が増長するのも、それはまあ当然といえば当然の帰結なのだろう。


 内心では、戦争という行為に憧れがあったのかもしれない。

 こういった戦に出て無双し、武勇を示し、偉業を成し遂げる。あの忌まわしいゲームオタクの五十嵐では無いが、そんなゲームなんかでもよく出るヒーロー達に憧れていた一面が無いとも言い切れないのが事実だ。誰だって自分の力が認められるのは嬉しいし、圧倒的強者として君臨する事の優越感も耐え難い魅力だった。


 だからこそ彼は、砦から飛んできた『何処か聞いた事のあるような無いような声』の指示に従って、我先にとここまでやって来たのだ。


 そんな中で彼が気まぐれにも『敵を奇襲して、狼狽えている間に殲滅なんてしたらどれ程気持ち良いだろう』と考えたのも、彼が目の前に本隊の本陣を捉え、その背後を取れたのも、クロからすれば『運命の強制力』なんてモノだったのかもしれない。


 岩陰に隠れて様子を伺っていた藤堂の耳に、敵の司令官らしき異形の男達が行っていた会話が届いたのだ。


「――くっ、無能の人族(ノルマン)めが知恵を付け始めたか……っ!脳筋共の寄せ集めとはいえ、実力派の魔族のみで構成した第一軍をこれ程容易く蹴散らされるとは……!」


「恐らくは、敵の軍師の知恵が回るのでしょう。……舐められた事に、敵の軍師は城壁の上で堂々と指示を出しています。黒髪黒目の異邦人の様ですが……」


 ────黒髪黒目の、異邦人?


 藤堂達が飛ばされたこの世界には、知る限り彼らのような黒髪黒目の人間は居なかった。金髪だったり赤髪だったり、いかにもファンタジーな外見をした人々で街は溢れかえっており、少なくとも彼が確認した限りでは指示部隊に黒髪黒目の特徴に当てはまる人間は居なかった。たった一人を除いてではあるが、あの役立たずが作戦を考案しているなど考えるのすら吐き気がする。もしそうなら、俺の命を奴に預けたという事になってしまうでは無いか。


 見間違いだろう、そう考えて魔力を練り直す。最高威力の範囲攻撃で、ここの奴らを一掃する――そうして奇襲を掛けようとした所で、敵の面々は次なる言葉が耳に届いた。


「どうやら敵の軍師は、人族(ノルマン)が召喚した異国人との事。完全に指揮権を任されているらしく、偵察隊の報告によると『クロ』と呼ばれているそうです。知能は高いそうですが、本人の戦闘力はそう高くないのだとか」


 ──ッ!!


 何かの間違いだと、そう否定したかった。

 吐き気がする、なんであんなヤツに俺の命を預けなければならないのか。なんであんなヤツがさも警戒すべき相手のように扱われているのか。アイツはクズだ、何も出来ない無能だった筈だ、この世界において、アイツは圧倒的な弱者でなければならないのだ。

 ――あちら(日本)で散々、俺の努力を踏み躙って、涼しい顔で上に立ってやがったアイツが、何故またしても上に立とうとしているのか。


 散々勉強したのに、アイツには追いつけなかった。散々努力したのに、常にふざけていた様子だったアイツが(次席)だった。


 姫路はもうとっくに諦めた、アイツは本物の天才である上に努力もしている。何処を見てもたった一つの欠けすら見当たらない完璧超人に勝つことなど、とうに希望は捨て去った。ならばせめて、才能だけ振りかざして俺を見下していたアイツ(五十嵐)だけは引きずり落とす。姫路だって、努力もせずにあの位置まで上り詰めたアイツは気に喰わない筈だと、そう思っていたのに。


  アイツ(五十嵐)は、姫路の心まで奪っていきやがった。


 あの完璧超人の冷ややかな視線が、それとは間逆のアイツ(五十嵐)への暖かな態度が、死ぬ程気に喰わなかった。



 ――故に。



 藤堂は、魔族が編成した五十嵐を仕留める為の暗殺集団を見逃したのだ。


「……は、ははっ、自業自得だ……!死んじまえ……!散々馬鹿にしやがって、散々見下しやがって……!」


 暗殺集団を見送ってから、予定通り奇襲を始める。組み上げた水の魔術は八つ当たりのように暴力的に、絶対的に、破壊的に、敵の本隊を叩き潰していく。激流が敵の首魁を飲み込み、その首を断ち切った。そしてその余波たる激流は、今まさに本陣を出た暗殺集団を叩こうとした味方の兵士達を押し流していった。


 ──静かなる悪意は、その牙を剥く。











 ◇ ◇ ◇









「……んな、ぁ……ッ!?」


 それを躱せたのは、まさしく幸運だった。


 背後から迫った短刀の殺気に身を縮こまらせ、咄嗟に下がって首元を掠る静かな『死』をハッキリと感じ取る。僅かに切った喉元から血の雫がぷくりと浮かび、溢れ出す冷や汗が全身を濡らす。これまでの生温い殺気ではなく、ただ『何としてでも俺を殺す』という意志がしっかりと乗った、殺す為だけの一刺。

 声にならない絶叫が漏れ、全力で後ろに下がる。


 不味い、不味い不味い不味いマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい。死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ?死ぬのか?こんな訳のわからない事に巻き込まれて?ふざけるなよ、確かに憧れもあったさ。異世界に行ってみたいなんて子供染みた妄想だってした事もある。けれど、実際に行きたいかなんて言われたら断じて拒否していたさ。クソ、なんでこんな事に。死にたくない、死にたくなんてない。生き延びる、生き延びて帰るんだ。糞、糞っ、クソッ、クソがッ!!


 こっちに来るな、その刃をこっちに向けるな、その殺意を俺に見せるな、やめろ、殺すな、頼むから。


「――ッ!!」


「……ぁ、あ"ぁ"ーーッ!」


 静かな気迫に全身が恐怖し、鳥肌が浮かぶ。突き出された小刃から身を守るように、『収納』から盾を取り出す……が、間に合わない。出現途中の盾が、刃に弾き飛ばされる――



 バキンッ!!



「──ぇ?」


 かと思いきや、逆に盾は小刃をへし折った。


「……!」


 暗殺者は軽く息を呑み、次の刃を抜き放つ。そうだ、これで終わりじゃないんだ、油断するな、暗殺者はまだ居る上に、武器も全て奪ったなんて事はないんだ。

 クソ、どうする、どうする、どうする、どうする、どうするどうするどうするどうする。最悪生き延びれればいい、命さえあれば御の字だ。死にたくない、死にたくない。何か、何か手は――!


 踵が、城壁の端にぶつかる。後はない、背後にあるのは荒れた天候のせいで激流と化した川のみ。何か、何か逃げ道はないか?何でもいい、何か無いのか。


『収納』を検索──該当策、無し。現状を切り開けるアイテムは存在しない。

『拡音石』で助けを呼ぶ──不可能。敵を余計に焦らせて自ら寿命を縮めるだけだ。

 逃走する──無理だ。この貧弱なステータスでは背後から刺されるのがオチだ。


 意外な強度を発揮した先程の盾は今更勘定には加えない。不確定要素をこの非常時に取り込む気は無い、生き残る方法は何か──


「やるしか、ねぇのか……っ!」


 あるには、ある。

 この世界が本当に『物語の世界』だとして、俺がその主人公の枠に嵌っているとするのならば、その『主人公補正』に頼るしかない。その『運命の強制力』によって、道を切り開く。その代償として、クラスメイト達は勿論姫路とも暫くは会えなくなるのだ。


 即ち、『無能主人公(途中離脱)の法則』


 背後に流れる激流に身を任せ、ここから去る。もしこれが物語であったとするならば、俺はきっと生き残るだろう。けれど、そうでない単なる現実だったとするならば、俺は死ぬ。だからと言ってこのままでいれば、俺は確実に死ぬだろう。


 生きるか、死ぬか。確率は二分の一だ、やるしかない。


 バクバクと心臓が跳ねている。襲い来る死の恐怖を身に纏いつつも、一歩、後ろへと足を踏み出す。脳裏に、翡翠の少女の姿が色濃く浮かび上がった。




 "──また、後で言うね。──"




 その約束は、暫くはお預けになるだろう。やはりフラグだったかと若干苦笑しつつも、決意を瞳に宿して空を見上げる。そう、一度離れるだけだ。だから、何としてでも戻ってくる。何があろうと、君の下へ戻ろう。そしてきっと、その言葉の続きを聞くのだ。

 何をしたって、何があったって、この誓いだけは守り切る。

 だから──





「――絶対に、戻ってくるからな」





 そうして五十嵐久楼は、激流の中へと身を投げ出した。

次回、姫路サイド

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