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第81話『黒の怪物』

 メルセデス魔道学院が存在するのは、アヴァロナル中央の高台の上。故に学院があるのは、平地よりも高い場所ということになる。


 わざわざそんな場所に学院を立てたのは、メイリア曰く、魔力というものは基本的に標高が高ければ高いほど濃度が濃い。魔力濃度が高ければ高いほど魔法の練習には適しているため、必然的にその場所に学院を建てることになったのだそうだ。


 それ故に、学院までの道のりは非常に傾斜の強い坂道、または地下道の階段を登って行く事になる。が、流石に毎日それを登るのは苦痛だろうという学園側の配慮により、アヴァロナルでは移動用アーティファクト“地車”――言ってしまえば、路面電車に酷似したそれが常に一定周期で、町中を巡っているのだ。

 無論坂道にも通っているため、それに乗れば生徒達も毎日坂を登る必要はない。このメルセデス魔道学院をメイリアの案内で訪れた時も、この地車を利用して登ってきたのだ。


 無論クロ達が直接走った方が速くはあるのだが、体力面の問題もあるし、何より今の状況では一息に駆け下りるというのも良くない。この街で何かが起こるというのは予想出来るが、それがどこで起こるのかはまるで分からないのだ。

 急ぎ過ぎて見落としては本末転倒。エマの提案もあり、一先ず今は地車の中から街を見ておこう、という結論に至った。


 駅から地車に乗り込めば、意外と中のスペースは広い。それこそ横幅だけならば電車のそれよりも広いのではないだろうか。


 車内は学院から家へと戻るのであろう生徒達がちらほらと見かけられるが、今の時間は割と空いているらしい。そろそろ日も沈み始める時間なのだし当然か、などと施工しつつ、適当に空いた席を見繕おうと車内を見渡した。


「……あれ、イガラシさん?」


「……?あぁ、リールさんか」


 ふとそんな声が聞こえてその主を見れば、そこにあったのは見知った顔。昼に学院に着いた時以来だっただろうか。何やら用事があるとの事で学院の教員らしき人と何処かへ向かったメイリアの被害者(くろうにん)、リール。

 役所に戻るところなのだろうか、と思い近づけば、彼女の陰に隠れて見えなかったが、もう一人少女が居ることに気がついた。


 よく見てみれば、そちらの方も見覚えのある顔。記憶の中を少し探れば、すぐに思い出した。


「あぁ、アクストと同じ班の。確か……レリア、で合ってるかな」


「うん、レリア・シーベルトだよ。さっきぶり、クロさん」


 ひらひらと手を振ってそう自己紹介するレリアに、「さっきぶり」と真似るように返して、とりあえず真ん中で立って居るのも他人の邪魔になると、二人に近めの席に座る。流石に座席は電車のようにフカフカではなく、木板で組み上げられたベンチに近いもので、座り心地はあまり良いとは言えない。


 ただまあ、贅沢も言える立場でもない。馬車での旅よりは幾分もマシと考えればいくらでも我慢など効く。


「それにしても、二人って知り合いだったんだな。初めて知ったよ」


「知り合いというか、実は親戚なのよね。私の母親のお兄さんの娘さんの、そのまた娘がレリアちゃん。いとこ違いね」


 へぇ、と反応を返しつつ二人の顔を見てみれば、確かに似たような特徴があるかもしれない。見たところ二人ともハイゴブリン族のようだし、言われてみれば血の繋がりがあるようにも見えなくもない。

 そうして二人の顔を見ていると、レリアが「そういえば」と思い出したようにクロへと一つ問いを投げかけた。


「ねぇ、クロさんって人族(ノルマン)なんだよね。じゃあやっぱり、唯神教なの?」


「……唯神教?」


 唐突に出てきたその未知のワードに心当たりなどなく、疑問に思ってそう問ひ返す。するとレリアは驚いたような顔をして、「嘘ー!」と大げさに声を上げた。何をそんなに驚く事があるのかと思っていれば、隣ではリールすらも驚愕したように目を見開いている。


 魔界では有名なのだろうかとエマに視線を向けれても、彼女は無言で首を横に振った。どうやら知らないらしい。


「……初めて聞く名前だけど、有名なのか?」


「有名も何も、人族(ノルマン)に唯神教徒でない者は居ないとまで噂される程の宗教ですよ……?まさか、知らないのですか!?」


人族(ノルマン)全員が!?」


 告げられたのはあまりにもトンデモな規模で、思わず変な声が出てしまった。

 クロの元いた世界にも宗教というのは無論存在した。キリスト教や仏教等が日本では特に有名だが、世界中を探せばもっと沢山の宗教が存在する事だろう。ただ人族(ノルマン)全員が同じ宗教を信じている、というのはあまりにも盛り過ぎではないだろうか。


 考えや信じるモノなど人それぞれだ、人の数だけ思考も変わり、何を信じるべきかという判断も同様に人の数だけ違う。国一つだとかそのくらいの規模ならば兎も角、人族(ノルマン)全体がその宗教を信じているなど、あまりにも規模が大き過ぎる。

 元居た世界で例えるのならば、ユーラシア大陸に住まう人間は一人の例外もなくキリシタンであると言い張るようなもの。国教として統制したって一つの国でも例外は居るだろうに、全員が同じ宗教を信じるなど、胡散臭いにも程がある。


「私が覚えている限りでは……確か、創造神アルルマを絶対にして唯一の神と崇め、その啓示の下により良き未来に向かう――とかなんとか。彼ら人族(ノルマン)魔族(グァトラ)と戦争を始めたのも、それが原因だと聞きましたが……」


「創造神アルルマ……って言ったら」


 名は知っている。クロ達がこの世界に来て本当にすぐの事、国の姫様辺りが勇者召喚に至るまでの経緯としてその名前を出していた。


 曰く、クロ達をこの世界に招き入れるよう仕組んだ張本人。クラス転移を引き起こした全ての元凶だ。

 そしてそれと同時に、現状最も敵対の可能性が高い存在。クラス転移――より正確には、異世界転移系の物語に於いてこう言った神が味方であった事などほぼ無い。少なくとも、クロは見た事がない。


 その逆に、アルルマのような神が物語の最後の壁……所謂“ラスボス”であった前例ならいくつも見た。もしもここが本当に物語の中だとしたら、ほぼ確実にアルルマは超えねばならない敵だと認識した方が良いと、そう思っていた。


 無論、今でもその考えは変わらない。だが、もしも本当にアルルマが敵であったならば、敵はアルルマだけに留まらない。アルルマを信奉するという、全人類が敵に回る可能性が高いのだ。


 ただ、無論人族(ノルマン)全てが唯神教だというその噂話自体が誇張や虚偽という可能性もある。今はまだ、可能性の段階の話だ。


「……少なくとも、俺は知らない。案外、その話が盛られてるのかもな」


「そっかぁー……道理でクロさん、魔族を見ても何ともないんだ。唯神教の人は、大体人族(ノルマン)以外の種族が大嫌いだから……」


「人間至上主義って事か……って、まさか人族(ノルマン)魔族(グァトラ)が戦争をしてるのって」


「そういう問題なんじゃないかなぁ……私達はあんまり、戦争してるって感覚が無いから実感薄いんだけど、相当言いたい放題言われてるらしいよ?殆ど魔界側には被害自体は出てないらしいけど」


 魔王様が守ってくれてるおかげだねー、なんて言って呑気な顔で背もたれに体を置くレリアの横で、口元に手を当てながら考える。もしも今のレリアの話が真実であるならば、むしろ魔王は善の位置に存在している事になる。

 むしろ、悪は人間側。一方的な宗教観による迫害が戦争の理由であるのならば、大義は完全に魔王側にある。


 というか、なぜその可能性を考えなかったのだろう。異世界転移モノならば、そう言ったパターンだって度々見かけるのに、なぜその思考に至らなかったのだろう。


 ――いいや、違う。一度、その可能性を考えた事があったはずだ。けれど、誰かに聞いた事が切っ掛けでその可能性を消して……



「……そういえば、デウスが――」







 ギィィィィィイイイイイイイイイッッッ!!!!!!








「……ん、なっ!?」


「ひゃあっ!」


 甲高いブレーキ音と、車内全体に掛かる急激なブレーキへの反動。慣性は異世界と言えども当然ながらその効力を発揮して、立っていたものは堪らず転び、座っていた物でも椅子から振り落とされそうになる。


 咄嗟に片足へと力を込めて体を支え、隣で椅子から転げ落ちそうになっていたレリアとリールを抑える。エマは自分で耐え切った事を把握した後、しっかりとブレーキが掛かった事を確認してから、何があったのかと車両前方の運転席へ駆け寄った。

 見える背から運転手に何かがあった、という訳ではないらしい事は察せるが、何か事故でも起きたのか。


「ちょっ、オイっ!どうした、何があった!?」


「ろ、路線に人が割り込んで来て…….しかも、なんだよ……あれは……っ!?」


 怯えた様子でそう呟く運転手の視線を辿って、地車前方の窓から進行方向の路線に視線を沿わせる。数秒と掛からずに運転手が言っていた人物の姿が視界に入って、同時にその異様さに眼を剥いた。




『――ぁ、ああああっ!?ああぁぁぁああああああァァァァァぁっっ!!!!』




 ああ、人だ。人型である事は間違いないのだろう。

 だが問題はその姿。全身を取り巻くのは膨大なまでの魔力と、真っ黒な霧の渦だ。何やら奇声を上げながら路線の上を暴れ回って、その真っ黒な霧を辺りに散らし回っている。

 それと同時に、その体に秘められた力が異常なのだ。


 一つ地団駄を踏めば、整備されたレンガの道に小さな凹みと巨大なヒビ割れを残す。腕をやたらめったらに振り回すたび、その腕の一振り一振りが膨大な風圧を形成して、街を次々と破壊していくのだ。

 周囲からも悲鳴が上がって、逃げるように人が散っていく。運転手も背後の路線がパニックに陥った人で塞がれている事を確認すると、慌てて地車の扉を開き、避難の指示を始めた。


 咄嗟に、窓から身を乗り出して、一直線にその真っ黒な影へと接近する。



 だって、有り得ない。それを持っているのは限られた存在のみの筈で、しかも目の前の存在は明らかに制御など出来ていない。一目見れば分かる。あんなおぞましい力が、他にあってたまるものか。


『あ、ぁあああああっ!ああぁぁぁあああああああああぁあぁぁやめろやめろやめて嫌だ嫌だなんだしぬしぬいたいいたい嫌だいたいやめていやだぁぁぁぁあっ!!?』


「……なんで、だよ……ッ!!」


 一瞬の内に霧へと突っ込んで、真っ黒な人影に肉薄する。


 即座に振り抜かれた腕がクロの顔を狙う。明らかに常人の腕が出せる速度ではないが、今のクロに対処出来ない程ではないため、片腕でその腕を掴み、引き倒す。

 間髪入れずに反撃の膝が飛んでくるが、肘を落として相殺。『収納』から伸ばした武具で、地面に押し付ける形で拘束した後、その首筋に手刀を落とした。


 絶えず咆哮を続けていた男が意識を落として、全身から力が抜ける。ただ全身を渦巻く真っ黒な魔力の渦だけかいつまで経っても収まらず、男の体から放たれた魔力の暴発がクロの体を弾き飛ばした。



 そして、直後に。





「……ぁ、れは」





 ぐずり。


 ぐずり、ぐずり、と。


 男の体に、真っ黒な痣が驚異的な速度で広がっていく。

 吹き荒れる真っ黒な渦にはやがて紅の電光が瞬き始め、鼓動に合わせるようにドクン、ドクン、と魔力の波が辺り一帯に広がっていく。真っ黒な魔力は彼自身の肉体へと次々に流れ込んで行って、彼の全身を漆黒で覆い尽くした。


 やがてバチンッ!と弾かれたように、怪物がその体を起こす。もはやその姿は異形と化しており、人の形すら失っていた。


 霧の中でギョロリと紅く染まった瞳が動き、逃げ惑う人々に視線を向ける。そうして流れるようにその足で地面を踏み付けて、一息に飛び出そうと――


 した、ところで。


「――ッ!」


『――ィ、ァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!』



 巨剣が、怪物の腹を背後から貫いた。


 その巨剣の持ち主――銀の髪を揺らす赤目の少女は、無感情な瞳でグッと両手に力を込めると、突き刺した剣を一息に横へと振り抜く。両断された上半身が宙を舞って、降って来たソレの頭部へと、少女はトドメを刺すように巨剣を薙いだ。


 ばしゃり、と真っ黒な血のような何かが周囲一帯に撒き散らされて、渦巻く魔力も漸くの収まりを見せる。その要員たるエマは死体を何の感情もない冷たい目で見下ろすと、剣の血を払った後、ゆっくりと己が鞘に収めた。


「……仕留めました、(マスター)。あれはもう、人間ではありません」


「――、あぁ。そう、だな」



 エマが告げる事実に、呆然としつつも同調する。確かに、あれはもう人間と呼べるものでは無くなってしまっていた。気絶させても無駄だったのだし、殺すしか手は無かったのかもしれない。


 ソレは、仕方ないと割り切る。割り切れるかどうかは別として、一先ずソレで飲み込む。



 だが、今の力は。今の真っ黒な魔力と、紅い電光は、見紛うはずもない。だって、それはクロが一番よく知っているのだから。







「……禁忌術式(タブー)源流(オリジン)……?」






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