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第78話『知ってしまった恐怖』

ブランクが……ブランクがぁ……!(お待たせしました)

「……(マスター)、如何しますか」


「――如何するも何もねぇよ、クソッ……どうしろってんだ」


 ごうごうと、凄まじい風圧が流れていく。何も対策を打たねば全身を強く打っていたであろう暴風の壁を魔力で強引にこじ開けて、立ち並ぶマンション群を足場に『トーキョー』の上空を跳躍する。


 背後にぴったりと追随してくるのは、その背に身に余る程巨大な大剣を下げたエマ。彼女もまた黒妃の残滓により莫大なまでのレベル上昇を経験し、今や禁術が無くともこれ程の移動を可能にするようになった。

 遥かにレベルが離れている筈のクロにも追い付けているのは、地力の違いと言うべきか。


 自らというものを持たない今のエマは、次なるクロの指示を仰ぐ。しかし当の本人たるクロは、ただこの現状に困窮する事しか出来ない。


 白い女――セトが残した、不気味な予言。


 ナイアが見せた、そのセトへの異様な怯え様。


 普通に考えれば、ナイアの方を信頼してセトの予言をバッサリと切り捨ててしまう所だ。だが、そうしようと思えば思うほど、彼女の残した予言が心の奥で波紋の様に広がり、嫌な予感を煽り立ててくる。



 “――忠告だ、今すぐにアヴァロナルへ戻れ。でなければ、『また大切なものを失う』ぞ――”



 一体、これまでどうやって行動を選択してきたんだったろうか。分からない、何が正解で何が間違いなのか、一体どうすれば最善の行動となるのか。

 ロクな人生経験もない、知識もないくせに、偶然手に入れた力だけは一丁前。ほがむしゃらにソレを振り回して、そして事前知識(メタ知識)を頼りにどうにかここまでやってきた。


 だが、お約束(テンプレ)が通じるのはここまでだ。


 ここから先は、自分の力で考え、行動し、道を見つけなければならない。社会での生き方もロクに知らない若造が、こんな重大な選択を迫られた所で何か出来るのかと言われれば、それは――


「……くそ」


 この世界に来てから、いつも思う事がある。


 異世界転生、異世界転移。クロと同じようにそれらを経験した、同郷の異なる主人公たち。形はどうあれ、その華々しい人生を送る彼らの中には、クロと同じように高校生の者だって数多く居る。


 勇者として魔王を打ち倒し、世界を救った者。気ままな人生を送り、異世界というものを満喫した者。圧倒的なチート能力を用い、その世界すらも動かした者。例外もあるが、その多くが、最後には誰かに笑顔を齎していた。


 許されるならば、問いたい。そうした彼らは、なぜ。



 なぜ、正しい道を見つけ出せるのだろうか、と。







 ◇ ◆ ◇ ◆








「……ん、む」


 慣れない柔らかな感覚にふと違和感を感じて、重い瞼をゆっくりと開く。

 微睡む意識に鞭打ってぐい、と上体を持ち上げ、視界に入ってくる見慣れない景色にナイアは小さく首を傾げた。軽く辺りを見渡して、ようやく部屋に置かれたソファの上で眠る少女の姿に気付く。


 その人相はナイアの記憶にない。少しばかり黒っぽい茶色の髪はクロの黒髪と同様に、アイリーンの屋敷で読んだ本によるとかなり珍しい色だった筈だ。


 現状を整理するために、一つ記憶を呼び起こす。そうした所でようやくセトとの邂逅の後、どうやら疲れて眠ってしまったらしいという事に気が付いた。であれば、ここへはクロが連れて来てくれたのだろうが、それにしたって彼女は誰なのだろう。


「……あら、起きた?」


「え、あ……うん」


 ナイアの様子に気が付いたのか、ゆっくりと身を起こして微笑む茶髪の少女に困惑しながらも、ひとまず応答だけはしておく。彼女は「そっか」と小さく笑うと、ソファから降りてグッと背を伸ばした。


「ナイアちゃん、で合ってるよね?聞き間違えて無かったら良いんだけど」


「うん、ナイアで合ってる……けど、誰?」


 ナイアの疑問も当然のもので、全く二人に面識などない。様子から見るに向こうもナイアの事を知らず、何故このような状況になっているのだろうと思案する。

 ただ、面識もない彼女がナイアをこうして保護している理由といえば、まあ冷静に考えれば一つしか無かった。


「クレハ・ヤエガシ……って言った方が良いかな。いや、でも五十嵐君関係だし、普通に八重樫紅葉でも良いか」


「やえがし、くれは……クロの、知ってる人?」


「うん、そうよ。同郷なの」


 優しく微笑んでそう言う紅葉はスッとソファから立つと履物に足を通して、付近に置かれていた机の上にある、小ぶりなポットに手を掛ける。

 同じく付近に置かれていたカップにその中身を注げば、何やらナイアの鼻をくすぐる匂いが部屋に漂った。


「オニオンスープ、知ってる?私たちの地元の飲み物。あったまるよ」


「おにおん、すーぷ……」


 紅葉の差し出してきたカップをゆっくりと手に取れば、手のひらから暖かな温度が伝わる。その温みが寝起きの体に心地良くて、カップの縁に口を付けて一口啜ってみた。

 ほんの僅かな辛みが走って、身体の内側からポカポカと温まっていくような感覚に包まれる。しばらく経って熱が収まればその感覚がつい恋しくなって、二口、三口と小刻みにスープを口に含んでいく。


「……おいしい。すっごく」


「そう?良かった、口に合って」


 紅葉はそう言って微笑むと、もう一つ置いてあったカップに自身の分のスープを注ぐ。彼女がそれをくいっ、と飲み始めた所で、ようやく頭の回り出したナイアが「そういえば」と口を開いた。


「クロと、エマは?クロたちは今、どこに居るの?」


 クロの気配が、近くに感じられない。


 魔力による感知範囲をナイアが出来る最大範囲にまで広げても彼の魔力は感知出来ず、当然エマの魔力も見当たらない。それは当たり前だが二人がこの近辺に居ないという事であり、であればあの二人が今何処に向かっているのか、という疑問が浮かんでくるのも自然な事だろう。

 ナイアの問いに対して紅葉はバツが悪そうに目を逸らして、カリカリと頬を掻く。そんな彼女の様子を不思議そうに眺めるナイアに「ごめんね」と先に断ってから、彼女は口を開いた。


「五十嵐君達がナイアちゃんをここに連れてきた時に私も聞いてみたんだけど、『教えられない』って……でも、なるべくすぐに迎えに来るって言ってたから、大丈夫だと思う。彼、前からそういう所はキッチリしてるもの」


「――!」


 まずい。

 まずい。まずい。まずい。


 置いていかれた事、それ自体は別に構わないのだ。きっと、クロなりにナイアに気を遣ってくれたのだろう。その心遣いはナイアにとっても本当に嬉しいものであったし、彼女がクロに懐いている理由の一つでもある。

 だが、今この状況、ナイアだけが――いいや、正確には、自覚がないだけで『エマも知っている』のだろうが、今のエマの状態ではそれも期待出来ない。故にナイアのみが持ち得る……そして、誰にも話すことの出来ない『これ』を使えない。ナイアが居ればまだ対処が可能だったかもしれない。『逃げよう』とクロに懇願する事で、生き永らえる事が出来たかもしれない。

 が、今ばかりは、そのクロの優しさが致命となる。


 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。


 クロならば、案外何とかしてしまうかも――そんな甘い期待など出来る相手ではないのだ。ナイアはそれを知っている、知ってしまった。知ったその知識が、状況が詰んでいる事を何より鮮明に証明してくる。


 魔王軍の総戦力?それだけならばどれ程良かったか。確かに膨大な数の兵が居る事だろう、確かに地獄の様な戦いになるだろう、だが、今のクロであれば充分に勝率のある戦いだ。

 間違いなく、クロは強い。それこそ、既にこの世界でも群を抜いて強いのだ。だが、そんな彼でも、『ソレ』と戦うには相手が悪過ぎる。



『日蝕』。



 四黒の一角、天の光を覆い隠し、地上を凍えさせる、神の如き人族(ノルマン)。ナイアの記憶に植え付けられた『それ』が、ソレと戦う事に警鐘を鳴らし続けている。


『真祖龍』は強い、魔界全土を恐怖のドン底に叩き落とした龍種の極点は伊達ではなく、クロとナイアが勝てたのは、真祖龍が長年の封印により、大幅に衰弱していた事が最大の要因だろう。

『黒妃』も強い。精霊族を絶滅寸前にまで追い込んだヒトの形をした大災害、殺戮の権化は、本来クロと真正面から戦えば、五感が封じられていようが勝てる相手ではないのだ。『黒妃』が抵抗しなかったからこそ、クロは『黒妃』を滅ぼせた。

『最低最悪の魔王』だって、それらと並んで化け物じみた強さを誇る。『源流禁術』の開祖、その力を今のクロと比べても、彼の魔王には遥かにクロを上回っている。そしてその戦闘技術も、クロではどう足掻こうが太刀打ち出来ない程なのだ。


 だが、しかし、だというのに。



 ――その三体を同時に相手取ったとしても、『日蝕』の方が強い。



 それ程に『日蝕』の戦闘力は圧倒的で、群を抜いているのだ。他の英雄達のサポートがあったとはいえ、ソレを他の四黒と同時に相手し、共に打ち果たした『勇気の担い手(リトル・ブレイヴ)』が如何に化け物だったのかが窺い知れる。

 それに加えて、“あんなモノ”が介入してくるなんて、知る由もなかった。


 どうすれば、どうすればいい。どうすれば……



「……ナイアちゃん?」


「……っ!」


 不意に呼び掛けられて、ナイアが体をぴくりと跳ねさせる。

 恐る恐る顔を上げれば、紅葉が心配した様な瞳で彼女の顔を覗き込んでいた。慌てて表情を取り繕って、「なんでもない」とトボけてみる。だがどうにもそれは遅すぎたようで、紅葉の顔に浮かぶ気遣いの色が消えることは無かった。


 というより、誤魔化せる筈もなかった。


「顔色悪いし、それにこれ……全然なんでもなくない様にしか見えないけど」


 紅葉の指先が、ナイアの瞳の端を拭う。その指先には一滴の水が付着しており、その時になって漸くナイアは、自分が涙を浮かべてしまっていた事を知った。

 呆然としながらも涙を止めようと、何度も何度も手の甲で目を擦る。だが涙を止めようとすればするほどぼろぼろとソレは溢れ出てきて、しまいには嗚咽まで出てくる。


 自責の念が、ナイアを蝕んでいたのだ。


 クロ達の力になろうと思った。その為に力の扱い方を練習したし、アイリーンの屋敷では魔法に関連する書物を読み漁った。だというのに、『オーディンの槍』の一件では子供一人守る事すら叶わなかった。

 エマと共に攫われたルーシーを取り返そうと『オーディンの槍』の本拠地に乗り込んだ際も、結局キルアナ一人に為すすべもなく敗北し、むしろクロ達の足手纏いになってしまった。

 いつも重要な時に何も出来ない役立たず。それが、ナイアが己に付けた評価だ。


 偶然にも――いや、ある意味必然と言えるかもしれないが、手に入れた“その記憶”も、誰にも話すことは出来ない。それを誰かに話してしまえば、何もかもが終わってしまう。そうなってしまえばもう、クロ達にも、『彼ら』にも、決して顔向けできない。


 役立たず。


 思わず心中で呟いた自分への罵りは思いの外胸に突き刺さって、ただでさえ堪えきれていなかった嗚咽が大きくなる。立っていられなくなって膝をつき、溢れ出る感情の発露をただ拭う事しか出来ない。


「……ぁ、あぁ……、ぁっ!」


「な、ナイアちゃん!?ちょっ、どうしたの?五十嵐君に何か言われたの!?」


「うぁぁ、ぁ……あぁっ、ち……がう、ちがう、の……!」


 止まって、止まって、止まって。

 クロの知ってる人を、困らせたくない。泣けば、迷惑になると分かっているのに、恐怖と自責から来る涙が止まってくれない。ナイアがたった一人抱えるそれは、彼女一人で持つには余りに重過ぎた。


 白神竜(ヴァストス)は基本的に頭が良い。それに加えてナイアは『真祖龍』の力の断片をその身に継いだ、いわば特殊個体と言っても過言ではないのだ。その力はもはや成体にも勝るとも劣らない程であることだろう。


 だが、それでも、ナイアはまだ子供なのだ。

 クロと同じく、少し強い力を持っているだけの、ただの子供なのだ。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆って肩を震わせていれば、不意に暖かな感触が全身を包む。それは紅葉が自分を抱き締めて、背を撫でてくれていたからなのだと理解するのに、大した時間は掛からなかった。

 そしてその手は、先程クロに抱き留められていた時と同じく、とても暖かくて。しかし、その優しさに何も報いる事が出来ないのだと、突きつけられた様な気がして。


 ただ、泣き続ける事しか出来なかった。





明後日くらいには投稿……したいなぁ……(

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