第8話『総ての始まりのソラは紅く』
「な、何っ!?」
突然の異常事態に驚き、吹き飛んだ窓に駆け寄って外を見る。普段と変わらぬ夜の城下町を一望出来るこの王城からは、その異常性がありありと見て取れた。
ソラが、紅く染まっている。
真っ暗な筈の夜空を真紅の雲が覆い尽くし、大気は赤色の砂が濁らせている。町の外では巨大な灼熱の柱が伸び、その紅蓮の光が天地を繋いでいた。渦を巻くその輝きは徐々にその勢いを強め、遠く離れている筈のこちらにまでその熱気は十分に伝わってくる。
街からは悲鳴が上がり、現状の異常性を把握した城内も一気に騒がしくなっていった。
『襲撃ッ!襲撃ーーッ!』
『総員防衛態勢!魔族だっ!高位の魔術師が居る、反魔法士を配置しろっ!』
『住人に避難警報を!勇者様方を呼ぶのだ!」
慌ただしくそんな大声が各地から聞こえ、静まっていた筈の街が一気に騒がしくなる。やがて城下町を囲う城壁にも戦火が届き、金属をぶつけあっているような衝突音が断続的に響いてきた。やがてこの部屋の扉も乱暴に叩かれ、扉越しにこちらを呼ぶ女性の声が届く。
「ミノリ様!既にお気付きかと思いますが、緊急招集です!すぐに準備を!」
「……!わ、分かりました、すぐに向かいます!」
「……あ、あら、クロ様?丁度良かった、クロ様もどうかご準備を!」
おい待ちたまえ、戦闘力クソの俺に明らか重要そうな戦いに出て何をしろと。例え俺が剣担いで戦いに出た所で足手まといになるどころかヘマして死ぬか離脱するのは確定的に明らかだろうに。
と、そんな具合に疑問を浮かべていると、その女性は「あ、いえ」とすぐにその考えを否定した。
「クロ様には、戦略を練る手伝いをして頂きたいのです!聞けばクロ様は、知力がSSと聞きました。どうか、その知恵をお貸し下さい!」
「あ、あぁ……そういやそうだった……!」
基本的に腐っている俺のステータスだが、知力だけは他のチート共に負けず劣らずのチートだったのだ。まあ日本でも姫路の存在であまり目立っては居なかったが、これでも成績は長年の努力で学年次席だ。流石にそこまで他のチーター'sに上回られたら本気で俺の立つ瀬がない。
そういう理由か、姫路と俺以外には、知力でSSに到達している奴は数人程度しか居ない。その殆どは魔法職であり、魔法の使えない俺はやはり腐っていた訳だが、まあ俺に多少なりとも出来る事があるというなら協力しよう。
戦略ゲーなら、何度かやり込んだ。
「分かりました、すぐに向かいます。……あ、何処に集まれば」
「城下町門前の詰所です!そこに他の勇者様方も招集されていますので、詳しい話はそちらでお聞き下さい。失礼致します!」
女性は言い残して部屋を出て行き、扉が音を立てて閉じられる。流石にこの状況でさっきの続きを聞く訳にもいかず、少しばかり気まずい雰囲気になった。
とりあえず、今はすぐにでも向かわなければならないのだろう。……断じて、ヘタレている訳ではない。そう、断じて。
「……その、五十嵐君」
ビクゥッと、背後から掛けられたその声に身を跳ねさせる。
本日二度目の歪な動きで首を動かし、なんとかその声の主を見返し、冷や汗を掻きながらもその呼び掛けに答える。
「わ、What?」
自分でも無意識なんだけどこの困った時は勝手に英語になる癖どうにかならんものか。なんてどうでもいい思考で気を紛らわしつつ、泳ぐ眼で姫路を見返す。
その視線を受けた彼女は多少気まずそうに赤面しつつも、ぼそりと一つ呟いた。
「……また、後で言うね」
突如、ゴオォッ!と強烈な突風に包まれる。暴風は巨大な手となり俺の体を持ち上げ、霞むほどの速度で窓から放り出された。
無言の絶叫を上げつつも夜の闇に身を委ね、凄まじい風圧に全身を揉まれる。数秒間の激流に呑まれ、一瞬だけ視界の端に城壁の外の海を捉えつつも吹っ飛ばされるように投げ出されると、そこは既に街の端。詰所の屋上であった。
ここから城まではあちら換算で約500mはある。この距離をこの十秒も経たぬうちに移動してきたのなると、相当な勢いで飛んできたということになる訳だが、何故か傷はない。というか、こんな規格外な事をいきなり体験するとなるともう姫路に送ってもらったという説が濃厚だろう。
ってかぶっちゃけそれ以外あり得ない。だって姫路だし。
少しだけ打った腰を撫でつつ、立ち上がる。
軽く見回してみるとまだクラスメイト達は来ていないようだったが、やがて一分も経たぬうちに、街中の屋根を伝ってものすごい速度のチート集団が跳んできた。壁を走ったり、幅10メートルはある川を飛び越えたり、無駄にアクロバティックな移動をしている。お前ら何処のジャパニーズニンジャだよ。
とか思っていたら、クラスメイト達が揃いつつあった詰所にリアルなレーザーの如き速度で姫路が着地していた。おい、その速さはもはや突っ込まんが余波すら無いとはどういう事だ。物理法則は何処に消えた。
と一人狼狽していると、全身に普段よりもガッチリとした鎧を着込んだイサが片手に剣を担ぎ、詰所から出てくる。俺達が全員揃っている事を確認すると、神妙な顔で一つ頷き──
「――それでは、状況を説明する」
そして、話し始めた。
◇ ◇ ◇
現在、人族と魔族は戦争状態にある。
この国、ノース王国はそんな戦場の最前線一歩手前に存在し、常に戦力を確保、育成し、戦場へと送り続けてきた。
が、ここ数日で遂に、魔族達を抑えていた最前線の国が崩壊。人々は各地に散り、魔族も阻む壁を打ち破った事により更に士気を高めている。魔王が絶対的な力を振るう今の魔族達は正直全く手が付けられないらしく、人族は敗戦続きであるらしい。
その侵攻速度は更に勢いを増しており、先程になって遂にこの国へその矛先が向けられた――それが先程の大魔法。聞くところによれば、『アルティフィア』、『アルティウィルド』なる二つの魔法の重ね技であるらしく、相当高位の魔術師が居る可能性が高いとの事。
今回の俺達の仕事は、その撃退。確かに魔族は強力ではあるが、俺達の実力なら倒せない事は無いらしい。
で、問題の俺はというと――
「……こちらの兵は急な招集の為に全部で7000人足らず、敵兵は1万オーバー。こちらの魔術師は2000に治癒師は800、その他は殆どが一般兵――ランクS級の戦力は何人居る?」
「偶然街に居合わせたS級冒険者が二人です。パーティーを組んでいて、片方は白兵タイプ、もう片方は氷系統の魔術師。どちらも手練れです」
「OK、その二人は右翼に付けてくれ。その辺りは多少火力が少ないんだ、それで多分事足りる。確か中央には姫路が行ったんだよな?」
「ええ。ミノリ様には敵の奥に陣取っていると思われる高位の魔術師に当たって貰っています。援護としてS級には劣りますが、ミノリ様と同じく全属性魔法を扱うベテランの魔術師を二人ほど配置しました」
「十分だ。俺達は対人の戦闘経験が少な過ぎる、そういうのに慣れてる奴を付けてもらったほうがいい」
何故か『手伝い』の筈が、実質的な軍師をやらされていた。
えっ何やってんの?馬鹿なの?死ぬの?普通、戦争のド素人に軍の指揮を任せますか?何、自軍を全滅させたいの?まだ20も歳食ってないガキに自分の命運任せますかね常考。
と、そんな具合に酷く緊張しつつも、俺は戦場を見渡せる城壁の上で通達役に必死に指示を飛ばしていた。
ちなみに、こういった戦略は全て戦略系ゲームで実際の戦争にも応用出来そうだと判断したもののみ流用している。俺に新しくオリジナルで戦略練れとか自殺志願者ですかね?
更に付け加えると、チート集団達は俺が指示を出しているという事は知らない。あくまで俺は補佐的役割に回っていると通達されている筈だ。
理由としては酷く単純で、俺が考えた戦略なんて大体の奴らは絶対に無視するからだ。そりゃそうだろう、こういった戦争に慣れている実際の軍師ではなく、つい先日まで自分と同じくただのクラスメイトだった奴が全部指示を出してるだなんて、絶対信用しないし聞きもしない。が、俺がその全権委託を断れなかった理由が、『そこ』にあるのだ。
つまりは、『戦いに慣れた軍師』という所である。
実際にここに立ってこれまでの戦争での戦略なんかを聞いてみた時は驚愕した。何に驚いたかって、そりゃ実際の戦争でどんな高度な戦略が練られているのかとガクブルしながら確認したら『とりあえず突っ込んで敵の大将首を取れ』だの『魔法でひたすら遠くから攻撃して戦力を削り切れ』だの原始的過ぎるのだ。何が『高い知能を持った種族』だよ人族オイ、ボロクソじゃねぇか。そりゃ魔王軍にも押されるわ。
と、そんな事情もあり俺が軍師役を引き受ける事となったのだ。それらの事情は、みんなに伝えている暇なんてなかった。
「……よし、伝令は済んだな?」
「無論ですクロ殿。いつでも開始できます」
「分かった。それじゃあ……」
砦の上に立ち、手に拡音石を加工した物を握る。高純度の拡音性質で構成されたそれは、戦場全域くらいになら音を届けられるそうだ。しかもある程度指定された方向にしか音は飛ばさないという便利グッズ。それを握り込んで、口元に当てる。
指示が通っているのなら、コレで多少は現状を改善出来る。元より魔族はそう頭の良い種族でも、連携の取れた種族でもないのだ。一度混乱させてしまえば、そこを崩すのは容易い――と思う。
先程とは違う緊張で、動悸が激しくなる。しかし今更引いてはいられないし、何よりウチの勇者組は強いのだ。細かい所はそこに任せるしかない。
すぅ、と息を吸い込む。緊張を抑えて、定められた合図を脳裏に思い描き、一言だけ発する。
それは『あちら側』でも使われていた、戦略時の呼び名の一つ。使った意味は特にないっ!
「――『アルファ』ッ!!」
──瞬間。
幾つもの暴風が、巻き起こった。
砂を巻き上げた竜巻が立ち上り、戦場を凪いでいく。それは姫路を筆頭とした、風を主とするチーター共の最大級の魔法であり、確実に敵軍の表面を一掃する程度の力であれば十分に持ち合わせていた。敵軍から悲鳴が上がり、その前線を乱していく。
が、攻めの手は止めない。
「『ブラボー』っ!!」
風が止むと同時に、巨大な雷の流星群が敵軍の中心へと落ちていく。馬鹿デカい雷光が目の前に落ち、轟音と破壊が戦場に撒き散らされた。それは次に待機していた他の雷属性を主とする魔術師達の全力攻撃。敢えてタイミングをズラした、全属性での一斉掃射。
『チャーリー』。――炎が舞い、紅蓮の嵐が敵軍を焼き尽くしていく。
『デルタ』。――氷の大地が新たに築かれ、狼狽えていた敵を捕らえる。
『エコー』。――天から極光の束が降り注ぎ、未だ氷の中に囚われていた敵を正確に貫き、焼いた。
そして、『ズールー』。――トドメとばかりに、強烈な爆発が敵の中枢を吹き飛ばした。ここで間を飛ばしていきなりズールーに行った理由も、ただ覚えにくいからというだけだ。最上級の爆破魔法は敵の戦線を見事に吹き飛ばしてしまい、完全に敵軍の士気を挫いた。内心、目論見通りに事が運んで安心している。
そりゃ混乱もする。これまではただ敵の足止めばかりに魔法を使っていて、ロクな大魔術も放てなかったのだ。それをしても時間稼ぎにしかならないのは明白なので、一時魔術師達を撤退させ、城壁寸前まで退避させる。敵軍は中級魔術師と弓兵達で一時的に抑え、少しでも速度を遅らせる。が、敵からすれば敵が魔法を切らしたと勘違いしてくれたことだろう。
そこに、合流したチーターズと元より居た高位の魔術師の一斉掃射で、油断し切ったその鼻っ面を叩き折る。敢えて属性毎に分け、時間差で攻撃する事により、敵の冷静さを掻き乱していくのだ。俺だっていきなり連続で焼かれたり冷やされたり吹き飛ばされたり爆発されたりしたら、何が起こってるのかなんて考えるのも馬鹿らしくなる。
それでも、敵軍を倒し切ることは不可能だ。数が多い為に、殺し切れない。だからこその先程の演出でその動揺を誘い、戦線を乱した訳だ。
「――第一段階完了!第二段階へ移行!」
魔力を出し切った魔術師達の頭上を越えて、数千人規模の戦士達が突撃する。狼狽える敵兵にその集団がぶつかり、次の瞬間には無数の金属の衝突音がこちらにまで届いてきた。
その現状に頷き、背後の補給兵達に合図を出す。それと同時に彼らは、使用した魔力を瞬間的に補給する為のアイテム、『軽魔石』を大量に詰めた袋を担いで魔術師達の下へ走って行った。物資保管庫にこれが大量に残っていた所から考えるに、恐らくこれまで魔術師はこれを使わなければならないほど魔法を使っていないのだ。
──上手く使っていれば、ここまで押される事もなかっただろうに。
そんな内心の考えを振り落とし、再び戦場へと視線を戻す。それと同時に、その違和感に気付いた。
狼狽える敵兵達の奥に、何かがある。あの慌てようから見るに敵の兵士達は恐らく知らないのだろうが、何か小さな輝きのようなものが大量に展開されていたのだ。そして、その正体は容易に想像が付く。
その、大量に展開された魔法陣が、全てこちらへと矛先を向けていた。
「――っ、待てっ!退けーーーーッ!!」
不味い、嵌められた。
誘われていたのは俺たちの方だった、今も狼狽えている敵兵は俺達を釣る為の囮だ。
拡音石を取り出し、直ぐに叫ぶ。しかし、雄叫びを上げて突撃する彼らの耳には届いていない。クソったれ、士気を上げるつもりだったのが裏目に出た。
やはり素人の指示ではダメだったかと歯噛みして、敵軍を睨み付ける。こればかりは、もう味方陣営のチート共に祈るしかない。誰か、あの魔法の数々を防げる固有能力持ちは居なかったものか――
そんな考えをする時間でさえ、今まさにその牙を剥いた敵軍が待つ筈もなかった。魔法陣に込められた魔力がその効果を発揮し、刻まれた術式をなぞってこの世界に変化を齎していく。輝きは天へ登り、空を多い、幾千幾万の輝きへの分かたれた。
その範囲は、軽く戦士組どころか、未だ戦場で回復を待つ魔術師達すら覆い尽くすほど巨大で──
そして。
────雨が、降る。