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第75話『酒は飲んでも飲まれるな』

精霊族(エルヴィ)……って、なんでこんな所に……」


「そりゃあお前さん、今じゃ魔族(グァトラ)精霊族(エルヴィ)は友好関係にあるからなぁ。俺らが来たって別に不思議でも無いだろう」


 場所は少し移って、魔界都市トーキョーの中心部、スカイツリーモドキの建造物の周辺――その一角に存在する酒場に、クロ達は招待されていた。

 酒場とはいっても、勿論クロは酒が飲めないのでソフトドリンク(らしい果汁を絞ったジュース)のみだ。日本生まれ日本育ちの健全な未成年には、いくら異世界とはいえ酒を飲むなど拒否感が拭えない。

 目の前に座る精霊族(エルヴィ)の男――ディックと言うらしい――は、まるで遠慮せずに凄まじい勢いで酒を喉奥に流し込んでいくが。本当にこれが精霊族(エルヴィ)……一般に言う所のエルフなのかと疑問すら浮かぶ。


 彼の妻らしい女性はカウンター席からは離れて、どうやら先程の子供らしい少女と何やら雑談を交わしているようだった。流石に酒の席に子供を近付けるのは避けたい……とでも思ってくれての結果ならばいいのだが。


「友好関係なんて初めて聞いたぞ……じゃあ、あの時もまさか……」


 思い出されるのは、この世界に来てからすぐに起こった人族と魔族の戦。魔族の奇襲によって火蓋が切って落とされたその戦いを、結局クロは最後まで見届ける事が出来ずに漂流したのだ。


 あの時、魔族達の後ろで非常に高度な魔法を一斉に放ってきた集団。今ある程度の実力を得てきたからこそ分かるが、アレはまず軍隊の魔法使い全員が使えるようなシロモノではない。あれだけの数を魔族だけで揃えるのは、いくら何でもまず不可能に近いだろう。


 であれば、考えられるのは彼らが精霊族(エルヴィ)である、という可能性だ。元々、種族的特徴として魔法に長ける精霊族(エルヴィ)ならば、あれだけの人数があの大魔法をそれぞれ行使可能でも不思議ではないだろう。


「ほう、お前さん人魔戦争に参加した事があるのかい?……そうさなぁ、精霊族(エルヴィ)も戦場に参加してるってのは、魔界側じゃあよく聞く話だぜ」


 当然のように言ってくる男に息を呑んで、今更ながらに冷や汗が流れた。魔族(グァトラ)精霊族(エルヴィ)が友好関係にある……という事はつまり、人族(ノルマン)は四大種族の内半数を相手に戦っていた、という事になる。


 むしろ、今現在――いや、ミノリ達を含む召喚勇者組を呼び出すまでよく耐えたものだと逆に驚く程だ。魔族の身体能力の高さはこれまで何度も目撃しているし、人族の武器である知恵も、クロが人界に居た頃のあの様子ではマトモに発揮されているとも思えない。

 可能性があるとすれば、創造神アルルマが人界の人間達に力を貸しているという事。人族(ノルマン)の勇者として地球からあの場の面々を連れて来たのはアルルマだというし、そう考えれば四大種族の半数が相手であっても、人族が残っているのは不自然ではない。


 ……いや、むしろアルルマが力を貸しているから。神に縋り過ぎた結果が、あの人族のお粗末な現状なのか?


 絶対なる神が人族を導き過ぎたから、絶対に正しい存在が常に彼らの頂点として在り続けたから、人々は神を、アルルマを信仰し、崇拝し、考える事を――人間の最大の武器たる知恵を、捨ててしまったのか。


「……考え過ぎ、か?」


 どうにも妙な悪寒がする。人族の行く末なんて今は知ったことではないが、しかし頭に入れておいた方が良いには変わりないだろう。この世界から出るまでは此処に暮らさなければならない以上、情報は重要だ。


「ところで兄ちゃんよぉ、酒は飲まねぇのかぁ?ウチの酒は美味いんだぜぇ?」


「……まさか酔ってんじゃないだろうな、さっき酒は飲めないって言ったんだが……」


「うっはははは!忘れたよそんな事ぁ!魔界じゃあ酒に年齢規制なんぞねぇんだから、飲め飲め!美味ぇぞ!」


「俺の中のエルフ像がどんどん崩れていく……っ!」


 別に、何から何までテンプレ通りを期待していた訳ではない。この世界だって独立した一つの世界であり、クロの知る物語の世界ではないのだと分かってはいる……居るのだが、それでもやはり『エルフと言えば』という固定概念が頭に染み付いてしまっているため、妙なガッカリ感が否めないのだ。


 自然の守り人、魔法の申し子、森の賢者、そんな幻想がガラガラと音を立てて崩れるのがハッキリと分かる。これまで話を聞く限り精霊族(エルヴィ)というのは誇り高い種族だったとかそんな事を聞いた筈なのだが、これは一体どういう事なのか。


(マスター)。この体に残された記憶によれば、精霊族(エルヴィ)は黒妃に滅ぼされた後にその自信を失い、それまでの傲慢な性質が薄れていったとの事です。現在の彼らは、どの種族に対してもある程度は友好的、とも」


「……成る程、王立図書館(笑)ってか。情報が古過ぎるだろ人族(ノルマン)……っ!」


 頭を抱えてカウンターに上体を預ければ、「如何なさいましたか」とエマがイマイチ理解出来ていないような言葉を掛けてくる。“特に何もないから気にするな”と告げて顔を上げれば、ディックが懐かしむように「黒妃か……」などと呟いていた。


「……やっぱ、先祖が滅ぼされ掛けたってなると思う所はあるもんなのか?」


 不意に何となく気になって、そんな事を訪ねてみる。『黒妃』はかつて精霊族(エルヴィ)をほぼ全て皆殺しにしたというし、その影響力は彼らに取って極大だっただろう。

 ディックはそんなクロの問いに目を丸くしたあと、何かに納得したように「ああ、そういう事か」と笑った。


「先祖ってか、俺らは数少ない生き証人だからなぁ。何しろ精霊族(エルヴィ)は寿命が長い、俺だってもう生まれてから一万年くらいにはなるぜ?いやぁ、あん時は本当に死んだと思った」


「んな……っ!?」


 何でもないように言うディックに思わず目を剥いて、その言葉の意味を脳裏に巡らせる。生き証人ということはつまり、実際に『黒妃』による精霊族虐殺の現場に居た、ということだ。


「……戦ったのか?アレと」


「戦う?はっはっはっ!無理無理、あんなもん勝てる相手じゃねぇって!例の『黒妃』を倒した人族(ノルマン)とやらはどんなバケモンだって話さ!」


 うぐ、と喉に言葉が詰まったところで、背後から妙な威圧を感じる。そちらに視線を向ければどうにもエマが殺気立っていた。

 どうにも彼の発言が彼女の気に障ったようで、ゆっくりとその腰に掛けた剣に手を伸ばしている。慌てて怒りを収めるように手で制しつつ、ディックの言葉にかつて相対したあの怪物を想起する。



 ――おねがい。


 ――まって、いかないで。


 ――わたしを、ひとりにしないで。


 ――ずっと、いっしょにいさせて。



 クロ、と。その名を呼んだのだ。あの、漆黒の怪物は。


 エマとそっくりの顔をしたあの怪物、髪の色や所々にクロと同じような侵蝕の痕があるという違いこそあるが、その声すらも惑うことなくエマのそれだった。


 だが違う、違う筈だ。エマの髪は綺麗な真っ白だし、当然ながらあんな不気味な翼など生えてはいない。ナタリスは角も持っていなければ、手足が剣でもない。結局アレがなんなのか、どういった存在なのか、その何もかもが不明。あまりに不透明なその素性は、エマと酷似したその外見によって更に掻き乱された。


 一体何が目的で暴れ回っていたのか、一体なぜクロにのみ攻撃を加えず、なされるがままだったのか。結局のところ、『黒妃』が何がしたかったのかはまるで分からない……いや、ある程度予測は出来る。


 探していたのだろう。アレは、『最低最悪の魔王』を。


「……え、なん……で……?」


「……ん?」


 不意にそんな声が聞こえて、振り返る。確か外の看板にはクローズドとあった筈なので客が入ってくる筈もないのだが、ふと視線をやれば、その人物はどうにも見知った顔だった。

 肩ほどで切り揃えた水色の髪に、メルセデス魔法学院の生徒に共通する深い紺色のローブ。肩に背負った蒼いクリスタルの嵌められた杖は魔力も通っていないらしく、今はただ玄関から入り込む光を反射していた。


「何で、ここに……」


「おお、レコーア!帰ってたのか、連絡してくれりゃあいいのに!」


 ディックが唐突にそんな声を張り上げて、嬉しそうにその両手を広げる。「うっ」とレコーアが頰を引きつらせて一歩下がると、割り込むようにディックの家族達――女性の方と娘が、一斉にレコーアへ飛び付いた。


「おかえりなさい!久々ね、レコーア!」


「た、ただいま、エステラさん、ヘカーティア。ごめん、連絡遅くなって」


「おかえりっ!魔法の勉強、もう大丈夫なの!?」


「ううん、まだもうちょっと掛かりそう。エルドレッド先生の研究を手伝ってるのもあるから、また向こうに行かなきゃ。ここには、メイリア様の好意で連れてきて貰ったんだ」


 レコーアがそう言って微笑み、二人を一度に抱きしめ返す。その仲睦まじい様子はまるで家族のようで、メイリアが補足してくれた情報をふと思い出した。



 ――レコーアちゃん、元は孤児として捨てられてたのよ。それを今の親御さんが拾ってあげたらしいんだけど……



 つまりは、彼らはレコーアの拾い手……孤児だった彼女を迎え入れた家族という事か。奇妙な偶然もあったものだと内心驚いて、困惑した様子でこちらを見るレコーアに「気にしないでくれ」と軽く手を振った。……というか、あの子凄まじい名前してるな。ヘカーティアって言ったら、ギリシャ神話の女神じゃねぇか。

 そんなどうでもいい感想を心中で呟きながらも、ふと視線を横に向ける。隣に座っていたエマはこの光景を無感情に眺めたままちびちびとグラスに注がれたそれを飲んでおり、妙に目が据わっている……というか、耳がほんのりと赤くなっていた。妙に嫌な予感がする。


「……あー、レコーア?例の魔法陣、一人でも起動出来るもんなのか?」


「え……ぁ、う、うん。術式自体はあの魔法陣内で完全に完結してるから、規定量の魔力さえ流せば誰でも……」


 その説明を聞いてホッとする。どうにもエマの様子がおかしいのでそろそろ帰るべきかと悩んでいたのだが、全員一緒じゃないとマズい、となるとレコーアの里帰り――いや、正確には違うか――を邪魔してしまう事になる。

 家族との再会くらいはゆっくりと時間を取るべきだろう。それを邪魔する理由もないし、このままこちらに時間を割いてもらう訳にもいくまい。


「……んじゃあ要件も済んだし、俺達は先にあっち側(アヴァロナル)に戻っとく。二人もそれで――」


「……失礼ながら、(マスター)


 クロの言葉を遮って、エマがその無機質な声で……いや、心なしか少々荒っぽいか?普段の機械音声じみた声音ではなく、少しばかり感情が声に浮かんでいるように見える。

 だが、勿論それが“本来のエマの感情”という訳ではない。何か、“今のエマが抱いた明確な感情”……怒り、だろうか。少しばかりの苛立ちと不満が乗ったその様子に、クロが思わず声を失う。


 人形(今のエマ)が生まれた時から、彼女が己の感情を表に出すなどまず有り得なかった。まるで決められた行動に決められた反応を起こす機械のように、彼女の様子からはまるで感情というものが読み取れなかったからだ。

 だからこそ彼女という存在に感情があるなど知らなかったし、存在しているとも思わなかった。“そういうものだ”と認識していたから。


「……エマ?」


「私は、なぜ此処に居るのでしょうか。私がこの街に連れて来られた意味は、私は何の為に呼び醒まされたのでしょうか。私は現状、(マスター)の役に立てているとは思えません。」


 矢継ぎ早にそう告げるエマに困惑して、思わず沈黙する。あまりの様子の変貌に驚いたのか、レコーア含む精霊族(エルヴィ)一家やナイアまでもが目を丸くしてエマに視線を集めていた。

 突然どうしたのか、と告げる暇もない。エマは妙に凄まじい剣幕でクロに迫り、何故か赤く染まった顔で言葉を続ける。


「私は(マスター)の手足となる為、この世に生を受けました。……しかし、(マスター)は私に役割を与えようとしません――このままでは、私、何も果たせないままただ存在し続ける子……俗にいう『いらない子』になってしまうのではありませんか!?」


「ちょっと待て、いきなり何だ!?どうしたお前!変貌し過ぎだろっ!?」


 唐突に妙な事を口走り出したエマに目を剥いて、肩を掴み揺らす。が、しかしエマはまるで落ち着いた様子もなくその紅い瞳でジッとこちらを見返してくる。待ってほしい、まるで状況が掴めない。

 何だ、何が起きた。エマに何があってどうした結果ああなった。普段、あのエマの体に宿った人形の魂は声を荒げる事などまず無い。クロの指示にはクロ自身が嫌になる程従順で、クロの思わず口に出てしまった程度の言葉すら律儀に守ろうとする。


 が、今のエマは様子がおかしい。まるで人が違う。いや、あの普段の無感情なエマと基盤は同じなのだろうが、何か妙な事を口走ったり、明らかに正気ではない。何を言っているんだこいつは。


 横で様子を伺っていたナイアが思いついたように駆け出して、先程エマが座っていた座席に膝から登る。カウンターに置かれていたエマのグラスを手に取ると、すんすんと一つ鼻を鳴らした。直後、「うぇっ!?」と両目をきつく閉ざしたまま鼻をつまみ、グラスをカウンターに戻す。


「く、クロ、お酒っ!凄い強いよこれっ!」


「んぁ?あり、出すやつ間違えちったか?……あ、しくじった、シヴェドク出しちまった」


「し、シヴェドク?」


 聞きなれない名に、迫ってくるエマを押さえたままクロが問う。ディックは「いや悪い悪い」と頰を書きながら、茶色の酒瓶を片手に持ってちょいちょいと振り、もう片方の腕を謝罪を示すように胸の前辺りで立てた。


「“シヴェドク酒”っつー酒なんだがよぅ、麦茶とラベルが似てるもんで間違えちった」


「……度数は!?」


「75%くらいだな」


「アホかぁぁーーーーーーッ!!」


 なる程、さっきからエマの様子がおかしいのも、顔が赤いのも全て納得がいった。75%といったら、約4分の3がアルコール……殆どアルコールの塊みたいなものだ。地球だってそのレベルの度数の酒はそう多くない。

 酒のことにはそう詳しくはないが、昔少しばかり小耳に挟んだ情報からすると、上から数えても確実に10番以内には入るだろう。なんて代物をエマに飲ませてくれやがったのでしょうこの飲んだくれエルフは。


(ますたー)!もう少し私を活用していただきたいのです!我が身はあなたの僕であり奴隷、この魂は全て貴方の為にと!」


「やかましいっ!話がややこしくなるからちょっと黙ってろ!」


「ど、奴隷って……!?」


「はいそこレコーア!コイツが自称してるだけだから無視してくれ、いやマジで!」


「兄ちゃん……あんた、こんな別嬪さんを捕まえて奴隷たぁ……」


「原因は黙ってろぉッ!!」



 これを言うのは確か二度目になる筈だが、しかしながら何度も不条理に見舞われた今でも、呟かずにはいられない。なぜ、本当に、ふざけている暇などないと言うのに。


 ――どうして、こうなった。





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