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第72話『受け継がれし原風景』

「私達がまだ人界に居た時……2回だけ、魔王軍の幹部と戦った事があるの。両方、ミノリがすぐに倒してくれたんだけど……やっぱり、相応に強かった。その内の一人、悪魔族の男がカルロ・レーゲンスブルクって名乗ってて……未来を、知ってるとか」


「……っ!そいつの近くに、誰か他の魔族は居なかったか……!?」


 突然に身を乗り出して声を張り上げるクロに、紅葉が一歩引いて困惑する。あまりの様子の変貌に驚いたようで眼を丸くした彼女は、クロの問いにようやく頭を回らせ始めた。


 あの、悪魔の翼や角を持つ男。未来を知ると豪語したあの男は、思い返す限りでは付近に誰一人として部下を付けてはいなかった。確かにあの男の戦闘能力を考えると、周囲に味方が居れば巻き込みかねないほど強力な力であったが、それにしたって敵地である人界にたった一人で挑んでくるというのはあまりに無謀だ。


「……いや、居なかった。あの魔族、私達の前に一人で出て来たの……けど、行軍中も一人だったとは思えない、から」


「『白の巫女』はまだ人界に残ってる可能性がある、か……」


 紅葉の言葉を受けて、クロがその先に言わんとする事を引き継ぐ。一瞬希望を見出したように視線を上げたが、しかし彼はすぐに首を振って歯噛みすると、悔しげにその拳を握り締めた。

 人界に居る可能性がある。それはつまり、『白の巫女』を探すためには人界へ渡らなければいけないという事だ。それは元のクロの目的にも合致するが、それはつまり最初の問題が再びクロの前に立ち塞がる事を意味する。


 そう、クロには人界へ移動する手段が無い。『禁術』によるブーストがあるとはいえ、一度のジャンプで広大な海を越えて人界へ辿り着くなど、いくらなんでも不可能だ。


 ――そして、クロが知る内で人界へ渡れる可能性があるのは、魔王城に在るとされる転移のアーティファクト。そして、今まさに目の前に居る、かつてのクラスメイト達のみ。


「八重樫。お前ら、どうやって魔界まで来た?」


「……ミノリが考案した転移魔法陣を私達で組み上げて、あの子の魔力を補助しながら、ここまで飛んだ」


「……って事は、やっぱ要は姫路か……!」


 もう少し旅路を急げば良かったと、今更ながらに後悔する。ミノリと再会するのもまたクロが最初期に掲げた目的の一つであり、漂流した時には何よりも願った事だ。

 この世界にやって来た当日に彼女が見せた笑顔は、クロが人界へ戻る為の旅を続ける力となってくれていた。それには何の間違いもなく、紛れもない真実だ。


 しかしながら、自分の想いを優先するなど許されないこの状況になって、エマを救う為に彼女の力を必要とする事になるとは。自身の万能性を忌み嫌う彼女に、力になると告げたクロがその力を求めるなど、なんという皮肉だろうか。


 だが、今のクロにとって、意志や信念は二の次だ。一種の義務と言っても良いかもしれない。自身の過失によって心を失ったエマを、何としてでも取り戻す。そうでなければ、クロは彼女に謝る事すら出来ない。


 クロが彼女の想いに応えられないと知りながら、それでも構わないと命すら掛けてくれた少女。報われないと分かっていながらも力になりたいと言ってくれたあの紅い瞳が、鎖のようにクロの心を縛りつけていた。


 魔王軍と戦うリスクは、エマの肉体の安全上なるべく避けたい。その為には、ミノリの帰還を待つ必要がある。


「……姫路に、連絡は出せるのか」


「使い魔を飛ばせば、出来るよ……ただ、クラスでも特に足が速いメンバーを集めて、数を絞って行ったから、追い付くのにちょっと時間は掛かるかも」


「何日だ」


「……最低でも、3日かな」


 紅葉が提示したその日数にクロが眼を伏せて、思考の海へと飛び込んでいく。少しでも早くエマを元に戻さねばならない……が、だからと言って焦った結果、事態をさらに悪くする可能性も高い。


 事態を好転させる為には多少のリスクを負う必要があるとはいえ、わざわざ好んで魔王軍と敵対しようとも思わない。戦力の測れない相手に喧嘩を売るなど、本当に全てが完全に行き詰まってからの最終手段だ。

 急がば回れ。そう諺にもあるように、急がねばならない時ほど冷静に、最も安定した道を選ぶ。であれば、多少のロスには目を瞑らねばならない。


「……必要経費か」


「……っ、は、ぁ……」


 クロがそう呟くと共に、安心したような溜息が紅葉から漏れる。妙に疲労したような彼女の様子にクロが一体どうしたのかと問えば、「誰のせいよ……」とジト目を向けられた。

 その意図が分からずに首を傾げていると、不意に視界の端に映ったエマの姿に視線を向ける。どうやらエマの視線は部屋の端……出入り口の扉付近に向けられているようで、その視線を追えば、かつてのクラスメイト達……主に野郎共が、エマに妙な視線を向けていた。


「……なんだよ赤城、あとその後ろ。エマになんか用か」


「な、なぁ、五十嵐。お前……その子って」


 赤城――赤城(あかぎ)輝彦(てるひこ)は、そういってエマを指差し、クロとエマとでその視線を往復させる。どうやらエマの事が気になるようで、クロが一つ大きな溜息を吐いて口を開いた。


「……さっきエマが言った通り、ここよりずっと北に住んでるナタリスって種族が居る。俺はそこに流れ着いて、エマに助けられたんだ。そっから色々とあって、こうなった」


「いや、色々ってお前……さっき従者って」


「元はそうじゃなかったんだよ……!元々はちゃんと人間らしい子で……っ」


「はい。我が身はあの空の城にて命を結ばれた時から、永久の忠誠を誓っております。この身、この魂は、全て我が(マスター)に捧げる為にありますので」


 ――エマが入れてきた注釈が、重苦しい雰囲気にピキリと亀裂を入れた。


 エマが言った言葉……自分が持ち得る全ての権利をクロに捧げるという、一種の最大の愛の告白じみた言葉に、場の面々が一斉に固まった。普段通りに否定しようとしたクロが周囲の空気の変化に気づいて、その異様さに思わず口を噤む。


 当のエマは普段通りの無表情のまま、場の空気が一気に固まった事すら気付いた様子もなく、一斉に黙りこくった周囲に不思議そうに首を傾げていた。

 大体の状況を察したクロが頰を引きつらせて、恐らくすぐにでも訪れるであろう予測できた未来に思わず愚痴を漏らす。即ち、“面倒な事になる”――と。


「……待て、色々と誤解がある」


「なぁ、五十嵐……ちょっと、奥で話そうや……」


「おい赤城、落ち着け。目が笑ってないぞ」


 ゆらり、と赤城がその瞳に修羅を浮かべて、己の得物に手を掛ける。彼につられるように背後でいくつもの抜刀音が連なって、無数の視線がクロを貫いた。彼は面倒臭そうに顔をしかめると、頭を抑えて小さく溜息を吐く。

 鬼のような顔を浮かべてクロの周囲を囲う修羅(年齢=彼女居ない民)達が殺意に満ちた視線を携えて、怨念のように口々と恨み言を呟き始めた。


「人が、神経すり減らしながら戦ってる間にぃ……」


「一人離れて、現地のかわいい女の子を捕まえて……?」


「加えて、姫路みてぇな超絶美少女に好かれて……っ!」


「一人だけラブコメみたいな状況になりやがってよぉ……!!」


 ここまで行くと、最早訂正する事すら骨だ。一応彼らの後ろで紅葉が止めてくれては居るが、まるで耳に届いていない。何人かの女子達が軽く引くレベルの気迫で、修羅は各々の武器を振り上げる。


 ――だめだこいつら、はやくなんとかしないと。


 クロが内心で呟いたそんな言葉が彼らに届く筈もなく、血涙すら流しそうな表情と共に、部屋を絶叫が埋め尽くした。


『ふざっけんなこのヤロォォォォォォォォッ!!!!』


「お前ら全員話を聞けぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 絶叫に絶叫を返して、四方から襲い掛かってくる攻撃を跳躍する事により回避する。部屋の天井を足場に落下地点をズラして着地して、即座に横で立っていたエマに声を掛けた。


「おいエマ、一旦帰るぞっ!こいつらダメだ、人の話を聞かない系の人種だ!」


「煩わしいならば、私が斬り捨てておきますが……」


「やめとけ!大人しくしてろ、良いな!?……ああ、もう……、頭が痛くなってくる……!」


 エマの手を引いて背後に下がらせ、異様な速度で隊列を組み襲い掛かってくるクラスメイト達の前に、『収納』で剣の壁を展開する。「おわっ!なんだこれっ!?」「あいつの能力だろっ!んな使い方あるなんて聞いてねぇぞ!?」「硬ぇっ、ダメだ!攻撃が全部そのまま弾かれる!」などと騒がしい同郷の友人達に、今はひとまず撤退を選択した。


 背後の扉を押し開けると共に剣の壁の先から紅葉の声が聞こえて、ふとクロが耳を澄ませた。


「五十嵐君!これだけ、一応言っとくね!」


「……?何だ!?」


 周りの男共のやかましい叫びに対抗して、クロもまた声を張り上げる。その声が届いたのか、紅葉はその喧騒を掻き消すような大声でクロへと、再開した時から伝えなければならないと思っていたその事実を、口にした。


「ミノリ、本当に貴方に会いたがってたからっ!あとで、ちゃんと話をしてあげて!」


 一瞬、クロの体が硬直する。

 思い出すのは、この世界に初めてやって来た日の夜の事だ。異世界という異様な状況に追い込まれた彼女は、そのあまりの突飛な事態に体を壊して、涙を流しながら理不尽を嘆いた。

 きっと、これまでだって本当に苦しかっただろう。本当に辛かっただろう。一緒に頑張って行こうと励ましたクロも行方知れずとなって、本当に心を摩耗させた筈だ。


 ギリ、と拳を握りこんで、改めて己の不甲斐なさを実感する。だが、せめて、再び共に戦う事が出来たならば、彼女に償えるだろうかと。


「――分かった、必ず話す!……また三日後に来る、姫路に連絡頼んだ!」


「……!任せて!」


 

 その言葉を耳に入れてから、クロはその扉から飛び出した。













 ◇ ◇ ◇














「……よい、しょ、と」


 ナイアはその竜翼を羽ばたかせて、ゆっくりとその冷たい床に指先から着地した。魔力の流れがそれに付随するように周囲を巡って、心地よい風を生む。

 その青い瞳を開いて周囲をゆっくりと見渡した彼女は、とてとてとその小さな足を動かして、その廊下を歩いていく。どうにも道が薄暗くって、人気も感じない。

『トーキョー』特有の異様な風景も既に窓の外には存在しておらず、小さな窓から覗く太陽の輝きが一部の床のみ照らしていた。


 魔界首都、『トーキョー』の街の最奥地。通称、“魔王城”。文字通り、魔王が住むための城。魔界の王が本拠地とする場所。そこに、ナイアは降り立っていた。


「……ここが、そっか……」


 既に魔王はその中に居らず、この魔王城には最低限の警備兵が残るのみ。それらの警備が決して緩いという訳ではないが、しかしナイアが知る“その道”には一切の警備が張られてはいなかった。

 当然だ。その道を知るのは、この世界に於いては現状ナイアと、そして『魔王』くらいのものなのだから。


 ナイアが訪れたことはない。ナイアが生まれて自意識を確立してから、ここまで出て来た事は一度たりとも無かった。だというのに脳裏に眠るこの記憶は、鮮明にナイアの記憶として刻み込まれていた。


 とある一つの部屋の前で、ナイアがその足を止める。かちゃりとその扉を開ければ、そこは広大な広間だった。


 巨大な魔法陣が部屋の中央に貼られて、部屋中に無数の鎖が張り巡らされている。空気中には魔力酔いを起こしかねないほどの密度で空気に練りこまれた魔力が満ち溢れており、それらは全て部屋の中心の魔法陣――その中央に存在する“ソレ”から放たれるものだ。


 その人影。真っ白な髪を腰ほどまでに伸ばした、漆黒の肌を持つその人物。既にその体からは命は失われているが、しかし残された体が朽ちる事はない。何故ならば、その体自体はまだ稼働しているからだ。


 そう、その体は。




「……ただいま。『  』」




 かつて滅びた、『最低最悪の魔王』。その遺骸であった。

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