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第68話『その毒牙、人形に据えて』

話数表記、ミスがあったので修正しました。申し訳ない……

「――シ、ィッ!」


 踵をグッと大地に押し付けて、そこを支点に全身の向きを半回転。その回転の勢いを保持したまま、手に持つ白銀の剣で接近する魔法群を一気に振り払う。剣尖がそれらの中心を違わず切り裂けば、幾重にも重ねられた魔法は刀身に吸収され、その力を失った。


 次いで即座に跳躍。足元に撃ち込まれた氷弾を回避し、体を捻って座標をズラす。上下の逆転した両足をコマのように回転させて、それに付随するように回る上半身の勢いを利用し、眼前に迫っていた炎弾を叩き斬る。

 全身の軸を倒して芝生に着地し、回転する体の勢いをブーツの底でブレーキを掛けて殺す。周囲に漂う魔力の残滓を開いた片腕で振り払って、その先に居た男の眼前へ一呼吸の内に踏み込んだ。


「ひっ……!」


「……怖いのは分かるけど、動きは止めるなよ」


「うぎゃっ!?」


 男の襟首を掴んでから、男の足を踵で払う。それと同時に浮いた体を一気に地面へと薙ぎ倒して、男の手に握られていた杖を蹴って遠くへと弾き飛ばした。

 背後から間髪入れずに飛んでくる電撃を屈んで回避し、魔法の衝撃で抉れた地面から出てきた拳より少し小さい程度の石を蹴り飛ばす。ソレは寸分違わず電撃の発生源へと飛んで行って、そこで杖を構えていた少女の手首に衝撃を与えた。


 思わず杖を取り落とした少女の真横にまで一気に進行し、杖を回収してそれを少女の膝の裏に横薙ぎにぶつける。膝カックンの要領でバランスを崩した彼女はガクリと膝を付いて、即座に魔法を構築しようとしていた手を杖の先端で叩き、阻害する。


「あうっ!」


「反応は良いけど構築が遅い、要練習な」


「うぐぬ……」


 悔しそうに唸る少女の頭にコツンと杖を当ててそのまま返却し、残る最後の一人へと目を向ける。が、クロが目を向けた先には既にその姿が無く、広がるのは魔力を帯びた霧のみだ。

 いつの間にそんなものを広げたのか。視界は霧によって塞がれて、魔力が散っているために魔力で姿を追う事も出来ない。


 瞬く間に霧がクロの全身を覆い尽くして、五感が急激に閉ざされていく。どうやらこの霧には視界や魔力の感知感覚だけで無く、聴覚や嗅覚も阻害する効果があるらしい。優秀な撹乱魔法だと素直に感心する。


 ――のだが、流石にこの対処は出来ていなかったか。


 剣を握る右腕に全力を込めて、横薙ぎに振るう。莫大なステータスが右腕から伝って空気中に作用し、一瞬にして周囲を覆っていた魔力の霧を吹き散らした。

 急速に晴れていく霧の中から目を丸くした少年が現れて、その手の先ではかなりの精度の土の弾丸が形成されている。その構築のレベルもなかなかに高く、相当な威力を持っている事だろう。だが、状況の変化に気を取られて集中が途切れてしまっていた。


「想定外の事態に弱いな。アドリブを利かせられたら文句ナシだと思うぞ……まあ、俺個人の意見だけどな」


「うぐっ!?」


 一気に接近して、形成途中だった土の弾丸を真っ二つに切り裂く。思わず後退した少年を逃すまいと、フリーの左手で彼の首元に手を伸ばす。しかし少年は咄嗟にその手を弾くと、距離を取って全身に身体能力の強化魔法を掛けた。

 反応が早い、凄まじいまでの対応力だ。一度は体勢を崩してしまっても、隙があればすぐさま立て直せるだけの能力がある。優秀だ。


 まあ散々言ってはいるが、クロとてつい三ヶ月ほど前までは完全な一般人だったのだ。急速な戦闘への慣れも、散々とんでもない強さの相手と戦ってきたからというのと、レベルの暴力による莫大なまでのステータスが支えてくれたというだけ。


 上からものを言える立場でもないのはクロ本人が自覚するところだが、対魔法使いの実戦訓練として、エルドレッドに指導を頼まれたのだ。魔法使いの相手との戦闘に慣れる為として引き受けたが、正直あまり上手くやれている自信はない。


「……ほっ、と」


「んな……!?」


 体勢を低くして、足に一定の力を込める。一息に接近して少年の足を掴んで一息に引き込めば、すぐに少年の体勢が崩れて尻餅をついた。体勢を立て直す隙を潰すようにその首筋を掴んで、一気に地面へと薙ぎ倒す。


 腕を振り解いて立ち上がろうとする少年の首筋に銀剣を突き付けて、詰んでいる事を悟らせる。やがてクロの腕を掴んでいた手から力が抜けた。


「せいっ、やーーーーっっ!!」


「うおわっ!?」


 唐突に背後からそんな叫びが聞こえて咄嗟に振り返れば、真っ白な足が目前にまで迫っていた。咄嗟に体を逸らして回避すれば、鼻先を鋭い蹴りが通過していく。が、その蹴りの主はその動きも予測していたかのように上体を起こして、その反動で両腕を伸ばし、クロの両肩を掴む。

 重力に従って落下してくると共に鋭い膝が叩き込まれ、慌てて手のひらでしっかりと受け止める。と、思えばもう片方の足がクロの肩に掛けられて、手のひらを弾いたもう片方の足も同じようにクロの肩に掛ける。いわば、肩車の上に乗る方が、前後の向きを逆にしたような形だ。


 もっとも、ただでさえ上体を逸らしたことによって不安定だった体で、かなり力の篭った膝蹴りを受け止めて、更にそこへ重力の勢いと全体重を込めた伸し掛かりだ。さすがにバランスも崩れ――


「う、らぁっ!」


「わーーっ!?」


 ――ない。

 咄嗟に片足を後ろに下げて、無理矢理に体勢を立て直す。反らせた上半身を起こして、クロの肩にまたがるその相手……予想はついているが、その謎の乱入者の腋から、羽のように軽い体を持ち上げる。


 するりと肩から足が外れて、視界を塞いでいた真っ白なワンピースがやっと見えるようになった。完全に予想通りだった突然の乱入者に一つため息を吐いて、地面に下ろしてやる。


「……ナイア、訓練に入るときは事前に言っといてくれよ。軽くビビるから」


「えー、面白くなーい」


 肩ほどまで伸ばした金の髪を揺らす少女の横暴に苦笑して、「ちゃんと遊んでやるから」と頭を撫でれば、「ほんとに!?」と瞳を輝かせて嬉しそうに笑った。

 呆然とその光景を見つめていた少年に手を差し出して、一先ずは立ち上がらせる。少年はどこか納得のいかない様子で自分の手のひらを見つめていたが、しかし振り切ったように首を振る。


「……ありがとうございました、流石ですね」


「俺も何ヶ月か前まではお前らに歯も立たなかっただろうけどな。実戦に晒され過ぎるってのも厄介なもんだ」


 微妙な表情を浮かべてそう返せば、少年はなんとも言い難い顔で頭を下げ、残りの二人の元へ歩いていく。それを見送っていると不意に背を叩かれたので振り返ってみれば、見覚えのある夕陽のように赤い瞳がこちらを見つめていた。


「や、お疲れ様。ごめんねー、生徒の実戦訓練なんて付きあわせちゃって」


「いや、こっちもいい経験になった。助かる……ところで、レコーアは?」


「大丈夫、今はもう寝させたわ。魔法の暴走で結構体への負荷がが大きかったみたいね」


 メイリアはそう言って頭を掻き、ちょうちょいと二人を手招きする。クロにきゅっと抱きついているナイアと目を見合わせて、彼女を背負いあげてから、先に歩き出したメイリアの後を追う。


 メルセデス魔法学院は、各地に存在するトップクラスの名門校に比べると、そう広大と言えるほど敷地は大きくない。それでもまあアヴァロナル最大の施設というだけあって他の建物と比べれば相当な大きさてあり、クロが元いた世界に於ける大学と同等かそれ以上の広さは確実に持ち合わせているだろう。

 故に学院中に巡らされている道も相応に大きく、各施設間の移動には結構な時間が掛かる。途中ちらりと周囲を見渡せば、食堂らしき建物の横に広がるテラスでお茶をする生徒の姿や、広場で魔法の訓練に勤しむ者たちの姿も見えた。


 やはり魔法学の名門だけあって、生徒達は皆優れた魔法技術を持ち合わせている。それはさっき手合わせした三人組だって例外ではなく、魔法技術の完成度はナイアほどまでとはいかないが、かなりのものだった。


「マールス、レリア、アクスト……さっきの三人の名前ね。どうだった?戦って」


「技術はあるけど、やっぱ難点は対人戦の経験だな。フェイント、または予想外の行動に弱い傾向がある」


 ――あなたの能力は凄まじいわぁ。けどまだ経験が足りな過ぎるのよぉ、フェイントとか、予想外の事態に会うと硬直しがちねぇ


 数日前まで徹底的に自分を叩きのめしていた対人戦の師の言葉を思い出して、あの頃から大分進歩したものだと苦笑する。全く経験の足りていなかったクロ達が旅立つ前、一週間にも満たない期間ではあるが、ひたすらに実勢経験を積んだ。


 たった数日とはいえ日通しで続けたその訓練はかなり身に染みたようで、今ではもう『禁術』を使わずとも素人数人の相手程度なら、たとえ傷付ける事を禁止する縛りを受けていても簡単にこなせる。

 魔法に対する対策も、“この剣”があれば問題ない。白銀の刀身を持つこの細剣は今も変わらぬ輝きを宿して、魔力を取り込み美しく揺らいでいた。


「まあねぇ。学院所属なんて言っても、まだ戦いなんて知らないインドア魔法使いの集まりでしかない。実戦レベルまで昇華させるには、あの子達にもう少し実戦経験を積ませる場を用意したいんだけど……そう上手くもいかないのよ」


 困ったようにそう愚痴るメイリアに、クロが反応に困って苦笑する。実際クロがそんな魔法使い事情なんて知る筈もなく、教育者でもない為にモノを教える苦労など味わったこともない。


「別にもう学院の所属って訳でも無いんなら、そんな気にしなくても良いんじゃ?」


「それもそうなんだけど、同じ魔法使いなんだから、出来る限り大成して欲しいじゃない?……って言っても、分かり辛いか。んー……」


 メイリアが腕を組んで頭を悩ませつつも、コツコツと歩みを進めていく。結局の所メイリアは自分達をどこへ連れて行きたいのかとふと疑問に思って、道の続く先に視線をやってみる。


「……!」


 晴天に掛かる雲のように真っ白な髪と、血のように紅い瞳が、見えた。


 彼女はクロ達の姿を確認すると、道の端に寄ってこちらへと歩いてくる。メイリアが「ごめんね、待たせちゃった」と手を掲げれば、特に興味も無さそうに目を閉ざして小さく頭を下げた。

 途端にクロも言葉に詰まって、内心を何とも言えないやりきれぬ感情が埋め尽くしていく。メイリアと初め別れる時に「ちょっとお願いがあるから、この子借りるね」とエマを連れていかれたので、もうその“お願い”とやらは終わったのだろうか。


「……メイリア、因みに今何処に向かってんだ?」


「ちょっと面白いものがあってね。知っておいた方が便利だろうから、その案内を――」



 ――と。


 不意に、メイリアの足が止まる。

 必然なからそうなるとクロ達の足も止まって、途中で言葉を切ったメイリアの不自然さも相まって妙な空気が流れた。何かあったのかとメイリアの肩越しに視線の先を見れば、どうにも道を誰かが塞いでいるらしい。

 道を塞いでいる、といってもただ道のど真ん中に立っているだけだが、しかし何故だかメイリアは迂回するでも、横を通り過ぎるでもなく、ただ険しくその眼を細めている。その横顔には、明らかな敵意が浮かんでいるのが分かった。


「……何の用よ」


「僕がキミに会いに来るのに理由がいるかい?僕がキミを愛しているのは君だってよぉ〜く知っている筈だろうに」


 ピキ、と、メイリアのこめかみに血管が立つような気配がした。


 男は纏っているのは、全体的に黒が目立つ衣装だ。クロのように機能性シャツに腰布、ゆったりとしたズボンといった、動きやすさ重視のソレではなく、ただ着飾ることのみに意識を向けた無駄に雅なモノ。背に掛かる程度の長さにまで伸ばされた黒髪は首の裏あたりで纏め、肩に掛けられている。

 黄金の瞳は上品な色合いだが、しかし男から滲み出る雰囲気は決してそんな高貴なモノではない。むしろ、基本的にそういった感覚には鈍感なクロですら生理的嫌悪を覚えずにはいられない程だ。


 顔は良い方だろう。少なくとも、イケメンと呼んでも何ら間違いではない程度には整った顔立ちをしている。だというのに、何故だか奇妙な嫌悪感が染み付いて離れない。


「……アルテミリアス・ギリシュ・オリオーン。魔王軍の幹部の一角にして、武芸にも秀でた極術使い(ハイエスト・メイガス)……女癖が悪いのが唯一にして最大最低最悪の悪癖。しかも粘着質。昔っから私にも付き纏ってくるのよ」


「そう照れなくたって良いじゃないかメイリー、僕と君の仲なんだ。恥ずかしがらなくたって――」





 ――ィ、ィン





 と、そんな奇妙な音がして。

 どうにも耳の調子がおかしくなったのか、周囲の音が聞こえ辛い。何か起こったのかとよく眼を凝らせば、その時になってようやくその異様なまでの変化に気付く。


 無い。無いのだ。アルテミリアスの真横、そこにあった筈の床が、半球状に抉り取られている。周囲の芝生は全て剥がれて、穴の中心部へ向かうように引き千切られたかのような跡が残っていた。

 恐らくは小石なんかが埋まっていたのであろう凹みが周囲の芝生があった地面に幾つも現れており、そして本来埋まっていた筈のそれらの姿は何処を探したって見当たらなかった。


 前へと視線を戻せば、メイリアが杖を構えてアルテミリアスの真横、丁度大穴の場所へと向けている。という事は、今のは彼女が起こした事なのか。



「……私を、その名前で呼ぶなって、何度言えば――ッ!」


「後に伴侶として迎え入れる女性を渾名で呼んで、何か問題が?」


「……っ、大有りよ!その渾名は、ジークが私に付けてくれたもの……アンタなんかに呼ばれたくないっ!!」


「やれやれ、まだ儚い初恋を引きずっているのかい?全く、ロマンチスト精神は結構だが、いつまでも過去の事を引き摺るというのは、僕の妻としても良くないね……仕方ない、今回は引き返すか――おや」


 今まさに帰ろうとしていたアルテミリアスが、不意に何かに気付いたように顔を上げる。その黄金の視線の先にはクロの背後で佇むエマの姿が映っており、それに気付いた途端クロの内心に凄まじいまでの悪寒が走った。


 ニィ、と、アルテミリアスの口元に笑みが浮かぶ。コツコツとブーツを鳴らして近づく彼はクロの横を通ってエマの前にまで行くと、唐突に彼女の頰に手を添えた。


「……美しい」


 ゾッ、と。

 嫌な予感が的中した事を裏付けるその言葉を理解すると同時、かつて感じたこともない程の怒りと、同時に嫌悪感がクロの全身を埋め尽くした。


 やめろ。


 近寄るな。


 離れろ。


 心の内から無限に湧き出す負の感情が全身を硬直させて、簡単に読める未来の光景を拒むように思考をかき乱して行く。けれど現実というのは止まる事などなく、アルテミリアスは満足そうに頷くと、宣言した。




「決めたぞ、この娘を我が二十三人目の妻として迎え入れよう。ああ、メイリー。勿論君が二十二番目の座に着くのは変わらない、安心してくれ」








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