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第67話『レコーアという少女』

すまねぇ……最近立て込んでて更新が遅れているんだ……すまねぇ……

「……それで、この子は?」


「この学院の第一学年に所属している、レコーア・カド・ソロモネル。普段は大人しく真面目な子なのですが……これは」


 エルドレッドが微妙な表情で視線を下げて、クロの隣に座る少女を見る。淡い水色の髪を肩ほどで切り揃えたその少女……レコーアは、俯いて口を噤んだまま、しかしクロの手を握り込んで離そうとしない。


 恐らくは彼女が先ほど言っていた『お兄ちゃん』とやらが関係しているのだろうが、生憎とそれは人違いだ。クロの妹は日本(あちら)に置いてきたたった一人のあの憎たらしい性格の少女のみだし、そんな彼女とレコーアは似ても似つかない。

 困惑した様子のクロがレコーアに視線をやっても、相変わらず気まずそうに、しかし縋り付くように手に込める力を強めるのみ。まるで、今はこうさせておいて欲しいとでも言いたげな様子だ。


 レコーアを挟んでクロの反対側に座るナイアが暫くその様子を不思議そうに見つめていたが、しかし何故だか唐突に頬をぷぅっと膨らませて立ち上がる。レコーアの前を通ってクロの前まで来たナイアは、ボスっとクロの膝の上に座り込んだ。

 空いているクロの左手を取って自分の腰に回すように置くと、満足そうに頬を緩めて背中を預けてくる。ソファの後ろから身を乗り出したメイリアが「あらかわいい」とその頬を指先でつついた。


「あー……レコーア君?彼とは何処かで会った事が?」


「……いえ。きっと、ないと思います。……すいません、私の兄に似ていて、つい」


「それは……す、すまない……」


 エルドレッドの問い掛けにレコーアはそう答えると、クロの手に重ねていた手をやっと離す。正直かなり対応に困っていたので、エルドレッドには感謝だ。だがエルドレッドの反応がどうにも妙で、メイリアに視線で問いかけてみる。

 彼女はクロの視線を受けて疑問げに首をかしげるが、暫くして「ああ」と気付いたように手を打つと、なるべく声を抑えるように小さく呟いた。


「レコーアちゃん、元は孤児として捨てられてたのよ。それを今の親御さんが拾ってあげたらしいんだけど、元の家族の記憶がまだ離れないらしくってね」


「……そういう」


 飛び出して来た思いの外……いや、ある意味では予測も出来たか。そんな重大な事情に思わず顔を歪めて、ちらりと右側に座って俯く少女を見やる。海のように透き通った蒼い目は虚ろに彷徨っており、彼女自身混乱しているかのようにも見えた。


「……ところで、さっきはなんでまたあんな事に?見た所、暴走してたように見えたけど」


 クロのそんな何気無い問いに、ピクリとレコーアが肩を揺らす。そんな彼女の代理をするようにエルドレッドが「どうやら」と言葉を差し込んで来た。

 彼の手には何やら蒼色の結晶体が握られており、コトリと音を立てて机に転がす。その結晶体の内側には魔法陣らしい紋様が刻まれており、薄く魔力を宿しているようにも見えた。


「これが、あの付近の地面に埋まっていたようで」


「……魔力の、増幅回路?」


「流石です、お分かりですか?」


 結晶を見たナイアがそうポツリと呟いて、感心したようにエルドレッドが笑みを浮かべた。「偉いわねぇ」などとメイリアが彼女の頭をぐしぐしと撫で、ナイアも満更でも無さそうに笑う。

 エルドレッドが転がしたそれは、どうにも付近で発生する魔力の放出を増長する機能があるらしい。主に杖や特定の魔道具の素材として使われるのが主流だそうだが、それがその結晶のまま放置されている……どころか、埋められているというのがどうにもキナ臭い。


 恐らくは普段通りに魔法の練習をしていたところ、勝手に魔法が増幅されて制御不能に……という事なのだろう。

 なんでそんなものが埋まっていたのか、そも何のために埋められたのか、理由は分からないが、どちらにせよ何かしらの思惑が働いていると見て良い。


 ――が


「……関係のない話か」


 別に、深く関わる気もない。下手な事に首を突っ込むと痛い目を見るという事は、『黒妃』や『オーディンの槍』との一件で嫌という程思い知った。今の自分達に、人の事を気にしている余裕など欠片も存在しない。


 目的は変わらず『白の巫女』の行方の捜索と、身柄の確保。そして『白の巫女』の協力を得て、何が何でもエマを元に戻す方法を探し出す。それだけが、今何よりも優先すべき事柄だ。


(マスター)、不敬と弁えてこそいますが、一つ発言をお許し願えませんか」


 不意に、部屋の隅で沈黙しつつ話の行く末を観察していたエマが、そう言ってクロに声を掛けた。一瞬にしてクロの内心が苛つきで埋め尽くされ、その目付きは荒む。

 エマはその左腕に嵌めた籠手をさすって、真っ赤な瞳をレコーアに向ける。他者の心理を読み取り、その内を暴く“紅の眼(リード)”が、どうとも形容しがたい意思を孕んで彼女を見つめていた。


「……何だよ。ってか聞きそびれてたけど、その籠手は何だ?あの城で俺が合流した時にはもう嵌めてたが」


「アルカナラ様に届けて頂いた、デウス様からの贈り物です。名を、『イージス』と」


「はぁっ!?」


 エマの口から飛び出して来た名に、慌てて自身の肩付近に鎧として展開されたソレ――王土鱗(ドラグ・アーマー)などとも呼ばれていた神具、殲滅鎧(イージス)を映し出す。その装甲の裏には相変わらずその銘が彫られており、これがイージスである事は間違いない。


 だが、エマもその籠手を『イージス』と言った。贈り主がデウス、という事はナタリスの里に在ったモノなのだろうが、何故同名のソレが二つも存在する?

 見た所、二つのイージスはそうデザインも似通っていない。断世王(クラウ)封龍剣(ソラス)創世神話(グン)撃滅槍(グニル)殲滅鎧(イージス)のような神具特有のプレッシャー……というよりは、雰囲気も無ければ、そう大きな魔力が封じられているようにも思えないのだ。


 だが、あの何処か底の知れないデウスが、偽物を寄越してくるとも思えないのだ。勿論ただ同じ銘なだけという可能性が無いわけでも無いが、しかしこの世界に置いて意味深なモノは疑って掛からねばどうしようもない。


 ギリ、と歯を噛み締めて、思考を巡らせる。二つのイージス、デウスの意図、何もかも情報が足りないうえ、靄が掛かったように思考が働かない。イージスにそんな二つに分かれるような逸話があったか?

 いや、覚えている限りでは無かった筈だ。思い出せ、そもそもイージスはアテナが持つ盾、または鎧の銘であり、確か英雄ペルセウスに打ち取らせた怪物の頭を……



 ……あれ?怪物の名、は、なんだったか。


 ド忘れしてしまっただろうか、とても有名な筈なのだ。本当に様々なゲームやライトノベルでもその存在は設定として使用されて、散々使い古されているほどテンプレじみたものだったような覚えがある。

 だというのに、そこまでは思い出せているのに、怪物の名が思い出せない。何だ、違う、何か変だ。頭に残る内の一部の記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまったかのような――


 ――パチンッ!


「どわっ!?」


 突然、目の前で火花が散る。比喩でも何でもなく実物のソレが、クロの目の前数センチの距離で唐突に何処からは発生して、弾けた。


 唐突な光景に目を白黒させて、思わず声が出る。何が起きたのかと周囲を見渡せば、魔力の残滓が背後から漂っている事に気付く。その残滓を辿って背後に視線をやれば、今まさに指を鳴らした直後のメイリアが、その手に纏わりつく魔力の残滓を振り払った所だった。


「考え事も良いけれど、まずは話を聞くものよ。エマちゃん困ってるじゃない」


 メイリアが首を軽く動かして、エマがいる方向を指す。その指示に従って彼女の方に向直れば、エマは驚いたような顔で目を丸くしていた。一体何をそんなに驚いているのかと首を傾げると、彼女は少し視線を逸らしながらもポツリと呟く。


「……その、私は何か、拙い事を言ってしまったのでしょうか。申し訳ありません、如何な罰を受ければ……」


「エマちゃんも重く取らないの。彼、ちょっと驚いてただけみたいだし、ね?」


 ポンと肩に手を置いて同意を求められたので、そこはかとなく感じる無言の圧力に従ってこくりと頷く。エマはそれを受けてどこか安心したような表情を浮かべたように見えたが、しかしそれも一瞬の内に消えた。

 メイリアが「それで、レコーアに言いたい事あるんでしょ?」と彼女に促すと、エマは一つこくりと頷いて、レコーアに近付く。


「レコーア、私には他者の心を持つ眼が備えられています。故にその思考が貴女の本心である事を理解した上で、貴女に問いたい……それは、“どういう事”ですか?」


「……っ!!」


 途端、レコーアが怯えたように顔を上げて、エマの紅い瞳を真っ直ぐに見返す。行き場を求めるように震える手がクロの指先に触れた途端、まるで逃げるかのようにクロの背後に隠れた。

 唐突にそんな行動を取ったレコーアに困惑しつつも、しかしその手から伝わってくる震えにただ事ではないと、追求しようとするエマを手で制す。彼女は少し背後に隠れるレコーアへ視線をやったが、しかしクロの指示に従う事を優先したらしい。それ以上は何も言わなかった。


 クロの背にしがみついて青い顔を浮かべるレコーアに、ひとまず休ませた方が良いだろうと判断して、エルドレッドに空き部屋が無いのかと問う。

 が、その問いに答えたのはエルドレッドではなくメイリアであり、その指先がレコーアの方に触れると同時、まるで重力が彼女に干渉しなくなったかのようにその体が浮かび上がった。


 メイリアは困惑した様子の彼女をその両手で受け止めると、「私が昔使ってた研究室、また使うよ」と言ってピョンと飛び上がる。


 すぐに重力に従って地面に着地するかと思えば、メイリアの体はレコーアごと地面の奥へと沈んでいき、一瞬にして二人の姿は床の中へと消えていった。恐らくは今のも魔法の一種なのだろうが、一体どんな高度な術式が使われているのかと思うと頭が痛くなる。


 そして、どうしてそんな高度な術式をいとも簡単に扱ってみせる賢者が、“ああ”なのだろうという、妙なガッカリ感も同時に湧いてきた。


「……ちなみにナイア、今メイリアが使った魔法って、難易度的にはどれくらいだ?」


「多分、何の訓練も受けてない一般の人が、一つの国の騎士団一つを壊滅させる方がまだ可能性はあると思うよ」


「うわぁ」


「……本当に、実力だけならば文句のつけようが無いほど最高の極術使い(ハイエスト・メイガス)なのですがね」











 ◇ ◇ ◇













「よっし、これでオッケー。後は安静にしてなさいな」


「すいません、メイリア様……また、迷惑を……」


「どうして最近の若い子はそんな気にするかなぁ、これくらい何でもないのに」


 レコーアがそう言ってメイリアに謝罪し、それを聞いたメイリアがプンスカと腰に手を当てて怒るようなポーズを取る。彼女の手には小さなハンカチが握られており、彼女はそれを放り投げると、空中で水球を展開。その水でハンカチを湿らせ、よく水を切ってからレコーアの額に乗せた。


 魔道具や資料の散乱した、決して綺麗とは言えない部屋だ。メイリアがずっと昔に使用していた研究室は“念のため”とそのまま保持されており、今現在レコーアは研究室の端に置かれた簡素なベッドに横になっている形だ。

 メイリアがベッドの近くに氷で椅子を生成し、状態保存の魔法を掛けて溶けないように固定する。「うひー、やっぱ便利だけど冷たいねコレ」などと文句を垂れつつも、メイリアは椅子の背もたれに体重を預けて、寝転ぶ体制にあるレコーアの顔を覗き込んだ。


「それで?彼、どうだった?」


「……やっぱりです。間違いない……っ、あの人の名前は、イガラシ・クロ、なんですよね……?」


 メイリアがそんなレコーアの疑問にこくりと頷いて答え、その答えにレコーアが感極まったような表情で、顔を両手で覆う。メイリアがそんな彼女の頭を優しく撫でて、穏やかな笑みを浮かべた。

 ポロリ、と一筋の涙が頬を伝う。留まることを知らない歓喜がレコーアの身体中に巡って、思わず口から嗚咽が漏れる。


 キュッと、レコーアの体を暖かな感触が包む。メイリアが彼女を体を抱きしめてくれていたのだ。


 瞬間、これまで積もりに積もってきた恐怖、苦しみ、絶望が、一気に決壊する。誰も知らない、何も分からないこの世界で生きるには、彼女は少し幼過ぎた。故にこそ、その柱となり得る者の登場に――大切な家族(ヒト)が共に居ることの安心感は、レコーアの心に確かに癒していた。


「……お兄、ちゃん」



 レコーア・カド・ソロモネル――否、“転生者”……旧名、五十嵐(イガラシ)恋華(レンカ)は、その再会にただひたすら感謝した。








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