第7話『だが無意味だ』
「――この世界には、主に4つの種族が存在している」
日付も変わり、場所も王城の大広間へと移る。そこには召喚された俺達勇者軍団36名が集められ、主にこの世界の常識や、戦闘においての心得等の座学の授業を受けていた。
曰く、この世界では主に4つの種族が大きな勢力を有しているらしい。正確にはもっと多数の種族は居るらしいが、その四大種族こそがこの広大な世界、『アルタナ』を牛耳っているらしい。
第一席、『人族』
数々の道具を作り出し、武器や魔法の扱いにも長け、高い知能を持つ、最も数の多い種族。かつて引き起こされたと言われる戦争、『共栄主世界戦争』にて最強の座を勝ち取った、頂点種族。が、現在ではその力も廃れつつあり、衰退の一途を辿っている。
第二席、『魔族』
高い身体能力の魔力濃度、戦闘適正を併せ持つ、単純な戦闘能力だけならば最強の種族。しかしその性質上統制が取れておらず、神話戦争に於いては高い戦力で精霊族、獣人種を撃ち破るも、『人族』により敗走した。しかしここ最近になって『魔王』なる絶対的な王が生まれ、統制を取り始めたのだという。
第三席、『精霊族』
非常に高い知能と寿命、多量の魔力を保有する、四種族中では唯一の未だ神の血を残している種族。その性質上魔法の腕だけなら全種族トップであり、その長大な寿命も相まって非常に高い練度の魔術が研鑽されている。数は全種族で最も少ないが、それは長い寿命故子があまり生まれないからとの事。
第四席、『獣人種』
精霊族とは逆に、身体能力が非常に優れた種族。非常に優れた五感と、本能的な危険感知を得意とするが、神話戦争に於いては魔族により殲滅され、第四席という屈辱の代名詞となる席に収まってしまう。現在では各国で差別を受け、その身体能力の高さから奴隷として活用されている。が、一応獣人種の国というものもあるらしい。
この他にも様々な動物は存在しており、有名所では山の奥深くに住むとされている圧倒的な力を持つ種族、『王龍種』なんかもそれに当てはまるらしい。王龍種は数が圧倒的に少なく、全世界に数十体しか存在しないそうだ。しかし『王龍』なんて名を冠するだけあって、そのランクは子供だろうとSS、成体ともなるとSSSだ。流石は一級接触禁忌対象と言うべきか。
ちなみに、魔王はランクEXだそうだ。ランクEXなんてこのチート軍団の中でも姫路くらいしか居ないだろう。もう全部アイツ一人でいいんじゃないかな。
「さて、この世界についてはこれぐらいで良いだろう。次は君達が持つ固有能力……その性質について説明しようと思う」
途端、広間が沸き立つ。まあ自分のチート能力の新しい使い道だとか、隠された真の力だとか、そういったものを実際引き出せるとなったらテンションが上がる気持ちも分からんでもない。まあ分からんでもないさ、俺はどう足掻いても「収納」な訳だが。
「まず前提として、固有能力の効果の大小は能力者自体のレベルに左右される。君達も昨日で大幅にレベルアップした訳だが、能力が強力になっていくように感じなかったか?」
所々から、「そういえば」だの「確かに」だのという言葉が聞こえてくる。一部の奴らは既にレベル30に入っていたり、そうでなくても低くて20だ。それはそれはさぞ鬼強化された事だろう。……あ?俺?未だレベル1ですが何か?
そんな具合に何となくステータスを開いても、やはりその数値は何一つ変わっていない。……が、初めて見た時では少なくとも無かった単語が、そこに記されていた。
「……『観察Lv:2』?」
新スキルか?と一瞬期待してみるも、その内容は観察。ダメだ、多分昨日の狩りをずっと見てたから付いただけだコレ。よくある『鑑定』ですらない。ダメだ、注意して見つめても相手のデータ一つ覗けりゃしない。……あ、姫路がなんか八重樫と話して急に赤面した。……というか今一瞬こっち見たか?
……というか何だこのスキル、全く以って使い道が分からんぞ。
と、そんな具合に混乱している内にも話は進んでいき、恐らくは全員が期待していたであろう事柄に辿り着く。
「……そして、自身のレベルが50に到達すると、その固有能力の奥の手が使えるようになる。研究結果によればレベル50になってやっと能力がしっかりと肉体に適合するから、だそうだが、兎も角そうする事によってその能力の奥義、『絶対解放式』が使用可能になる」
なにそれ格好良い。
チート軍団の主に男子共が沸き立ち、女子達も緊張した面持ちで話を聞いている。イサはその様子に一つ頷き、続きを話し始めた。
絶対解放式。
固有能力の奥底の起源を解放し、その秘められた本当の意味を抽出する大魔法。魔法故に長ったらしい詠唱や莫大な魔力も消費するようだが、その長所は短所を補って余りある。
かつて、『勇気の担い手』なる如何にも勇者な能力を持った英雄が居たらしい。勇気を文字通り力に変える、神話戦争に於いて人族に勝利を齎した大英雄。その勇者は人智を超越した身体能力を発揮して魔族軍と戦い、遂には魔族最強と言われた存在との一騎討ちにまで辿り着いたらしい。
しかし、結果は惨敗。魔族最強は伊達ではなく、勇者は呆気なく敗北――する筈だったのが、そこで絶対解放式が開放されたという訳だ。
勇者が持つ能力の絶対解放式は『格上殺し』。己よりも相手が強ければ強い程、その力が増す……といった如何にも御都合主義主人公な能力である。チートかよ。
とまあ要するにそんな感じの力らしく、ある程度の力を得た者達の最後の切り札だそうだ。
「それならさぁ!今すぐにでもレベル上げしに行った方がいいんじゃねぇ!?いや絶対すべきだろ!」
「えー?でも今日は昨日ので疲れてるから休みたいんだけど……」
「何言ってんだよお前、疲れとか言ってる場合じゃねぇって!」
……やっぱ出るわなこういう輩は。
と、いきなり騒ぎ立てたのは確か野球部に入っていた……赤城輝彦だったか。確かアイツ、俺の好みからは外れるのばっかだけどゲームなら好きだったな。となるとやっぱこういうイベントは大好物なんだろう。
が、周りまで巻き込むのはいただけない。
一つ文句を言ってやろうかとも思ったが、俺は今や無能キャラ。何か言ったところで完全無視か危害を加えられる可能性が無いとも言えない。その場合、もしかしたら姫路が出てきて更に話がややこしい事になる可能性もある。
なので、その制御は一先ずイケメンと兄貴肌に任せる事にした。
「おい赤城、そういった事に憧れるのは分かるが、今日はダメだ。皆昨日の疲れが残ってるんだし、今日は外には出せないぞ」
「そうだぜ赤城、次の狩りは明日なんだから、今日は大人しく休めや。下手に無理して死にたか無いだろ?」
五条と奈霧が前に出て、赤城の暴走を抑える。クラス二大イケメンが二人して止めてきたともなると女子の手前、下手に拒む事も出来ずに「分かったよ」と大人しく引き下がる。うん、やはりこういう事はあの二人に任せた方が良いだろう。
……おい五条、人が褒めてやってんのに何故睨む。お前、前から俺に突っ掛かり過ぎじゃね?俺なんかお前に恨まれるような事した?
と、そんな具合に一悶着あり、気が付けば座学の時間も終わっていたようだ。
それに気付いたイサが、ざわついた空気を両手を打ち合わせて払拭する。「これにて座学を終了する。続きは明日の午後からだ」と言い残して広間から出て行った。
これが解散の合図。一斉にクラスメイト達が立ち上がり、自分の部屋へと戻っていく。俺も和也と合流し、自分の部屋へと戻ろうとし――た所で、その約束を思い出した。
それと同時に、背後から肩を叩かれる。
「後で、来てね」
小声で耳打ちされ、少し顔をカァっと赤くした姫路が横を通り過ぎていく。隣で和也が「ほう」と声を漏らしたので、とりあえずシバいた。
くそう、なんとか平静を保ってたのに変に意識しちまったじゃねぇか。どうしてくれる。ただ情報交換するだけ、それだけだ、思い上がるなよ俺……!
と、完全に平静を乱しつつも、俺は一旦自分の部屋へと戻って行った。
「……ッ糞が」
◇ ◇ ◇
「……は、入る、ぞ?」
「……どう、ぞ」
内心ガッタガタに緊張しつつ、部屋の中から聞こえてきた声に反応して部屋に入る。
姫路の部屋は召喚当日となんら変わっておらず、強いて言うならば多少の生活感が出ているくらいか。クローゼットのハンガーにはあちらの制服が掛けられており、多少の名残を感じられた。当の姫路本人はベッドの端に腰掛けており、その横にはある程度のスペースが開けられていた。軽くジェスチャーで確認をした後、その空いたベッドの端のスペースに緊張しつつも腰掛ける。
特に芳香剤が置かれているわけでもないのに、鼻に心地良い、柔らかな匂いが届く。それが姫路自身の匂いだと直ぐに理解して顔が熱くなった。
姫路の方も何やら声を発しようとしていたのだが、こちらと目が会うとすぐに言葉に詰まって、顔を赤くして目を逸らしてしまう。
お互いに、言葉が出ない。
……。
…………。
………………。
……どうしよう、どう足掻いても会話が始まらん。
よし、落ち着け俺。落ち着くんだ。俺は友達の部屋に来てとりあえず情報交換に来ただけ、そこに他意は無い。OK?OK
「……で、クラス転移について、だっけ」
「う、うん。主に、向こうに帰る方法とかについてなんだけど……」
とは言ったものの、大体のクラス転移では帰る方法は限られている。それは断じて、呼び出した召喚者の言う通りに魔王を倒せば、なんてモノでは無い。正規ルートなんてモノは存在せず、物語によってその帰還方法は大きく異なってくる。何故ならば、その『定番の帰り方』の範囲が広すぎるからだ。何々をすれば帰れる、何かを集めれば帰れる、なんて具体的な方法では断じてない。即ち。
「……大体のクラス転移では、帰還方法は自分自身で作り出してる。つまりは、自分で開発するしか無いんだ。所謂、『平行世界の移動』……それを自力でやるしかない」
「……そう、なんだ」
姫路の顔色が悪くなっていく。それはまあそうもなる。こういったことに詳しい奴に帰還方法を聞いて、帰ってきた答えが『自力で作れ』だ。しかもそれが別世界への移動。いくらチート能力を与えられようが、そんなもの無茶振りなんてレベルではない。あくまでも彼女に与えられたチートは、その殆どが戦闘用なのだ。
そう、帰る方法は自分達で見つけ出すしかない。しかも、そこへ到達するためには尋常ではない努力、悲劇、物語を越える必要があるのだ。しかも、その内に『神殺し』を成す必要もある。それはいくら姫路とはいえ、厳しい事だった。
しかし、それは逆に言えば。
「……でも、逆に言えばいつか必ず、帰る方法は見つけられるって事だ」
「……ぁ」
姫路が小さく声を漏らして、その艶やかな黒髪から覗く翡翠の瞳をこちらへ向けてくる。宝石のようなその輝きを真っ向から見返しつつ、なるべく不安がらせないように言葉を選んでその事実を述べていく。問題はその物語が一体どんなものかではあるのだが、こればっかりは予測もつかない。なのでそこには触れず、ただ無責任にも聞こえるその言葉を口にする。
「……そうじゃなきゃ物語自体が成立しないんだ。絶対に、帰る方法は存在してる。――だから、大丈夫」
……おい待て、なんかまた臭い台詞になってるぞ。オイ俺の馬鹿、もう反省を忘れたか。また黒歴史が増えるぞお前馬鹿じゃねぇのお前。
と、そんな具合に内心で葛藤していると、姫路がその泣きそうだった顔に笑みを浮かべた。その顔は本当に綺麗で、ただ彼女が笑っているだけでその光景が一つの絵画となる。そんなあまりに現実味のない現実に心を奪われて、また呆然としてしまう。
ああもうダメだ、やっぱりいくらなんでもその笑顔は卑怯だって。色恋経験なんて欠片もないDTにその笑顔見せちゃダメだって、勘違いしちゃうぞ?男なんて美少女に笑顔を向けられただけで軽々と勘違いしちゃう生き物なんだから――
トスン。
……?
胸と背中から、暖かな体温が感じられる。
「……本当、優しいんだね。五十嵐君」
ギュッと、柔らかな感触が腕の中から伝わってきた。背に回された細腕が俺の体を逃すまいと引き寄せ、二度目になる額の感触を──今度は一度目の涙の冷たさとは真逆の熱さがあったが、その感触は何一つ変わっていない。
ほぅ、と吐きかけられた暖かな息で密着した胸に熱がこもり、さらに俺の体温のボルテージが上がる。
今回は、前のように錯乱している訳ではない。確かな意志を持って、姫路は俺の体を抱きしめていた。
その唐突な状況に頭がついて行かず、ギギギと錆び付いたロボットのような動作で首を下に――俺の腕の中に収まっている姫路へと向ける。
「あ、あの、姫路さん?……何を?」
「いつだって、誰かの事を一番に心配して。私が完全に摩り切れてたのを、助けてくれた。向こうでも、こっちでも、二度も」
腕に込められる力が強まる。胸の中で姫路が顔を上げ、お互いの息が直に当たるほどの距離まで顔が近付いている。
お互いに、顔が真っ赤になってしまっていた。しかし彼女はそれを構う事なく、言葉を続ける。
なにこれ、なにこの状況。待って、ねぇ待って?なに?ホントにそういう状況?えっなに?そういう事なの?実は両片思いだったとかそういう?いいの?俺幸せになっていいの?だって俺だよ?相手姫路だよ?明らかに俺下の姫路上で超デカい格差あるよ?
「ありがとう。私、君に本当に救われた」
動悸が、密着する全身を通してこちらにまで伝わってくる。同じく、こちらの動悸だって向こうに伝わっているだろう。
緊張の汗が背筋を伝い、姫路の細腕で締め付けられたシャツに染み込む。重なったお互いの体温で、今はただ暑い。
「……ねぇ、五十嵐君」
「……は、はい」
思わず敬語になる。動悸が最高点にまで達し、今はひたすら緊張に呑まれる。その桜色の唇が開かれ、次なる言葉を紡ぎ出そうとその瞳が僅かに開かれた。その瞳には溢れ出す思いを抑えるような、決意を孕んだような、そんな輝きが宿っており──
「私ね、あなたの事――」
────ズガァァァァァァァーーーーーーーーァァァァァァッ!!!!!
そんな、超弩級の爆発音が聞こえたのは、その時だった。お互いにビクリと反応し、咄嗟に離れてしまう。それと同時に窓ガラスが割れ、吹き込んできた暴風が全身を強く打った。お陰でいい雰囲気なんて粉々だ。ファッキン。
と、理不尽な現実に罵倒が生まれるのと同時に、やっぱりかという考えも浮かぶ。それと同時に、半ば確信めいた直感が走った。
――多分俺、これで離脱すんじゃね?と。
いい読みだ、感動的だな。
だが無意味だ。
終わりの始まり、始まりの終わり。