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第66話『メルセデス魔導学院』

申し訳ない、またも更新遅れました……すまねぇ……っ

勇気の担い手(リトルブレイヴ)』。かつての共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)で唯一神アルルマが遣わした三大英雄の一角にして、三英雄最強とまで謳われた存在。


 相手が強ければ強いほどその力を増すという反則級の絶対解放式(オベリスク)を持ち、彼の振るう黄金の剣の一閃は、遥か彼方の大地にまで届いたとされるほどに規格外な、まさに大英雄と呼ぶに相応しい勇者だ。

 彼の纏う蒼い外套と同色の瞳は敵の先を読むと言われ、対人戦に於いて彼に勝る者は居なかった。『四黒』の中でも飛び抜けて強力な力を持つ『日蝕』ですら『最低最悪の魔王』と二人掛かりで戦っても、その結果は相討ちに終わったのだという。


 二体の災厄は滅びて、瀕死の重傷を負いながらも『勇気の担い手(リトルブレイヴ)』は残る『黒妃』と『真祖龍』に傷を与えて、著しく弱体化させた。

 一説によれば、神が『真祖龍』を封印出来たのも、極術使い(ハイエスト・メイガス)達が『黒妃』の五感を奪えたのも、その傷による影響が大きかったとも言われる。


 致命傷を受けた勇気の担い手(リトルブレイヴ)――ジーク・スカーレッドは、仲間達の看護も虚しく、その壮絶な人生に幕を下ろしたと、クロはそう聞いていたのだが……


「……勇気の担い手(リトルブレイヴ)って、確か『四黒』と相討ちになって死んだ……って聞いたんだが……」


「うん、殆ど死んでるって言っても間違いはないからね。一応、今ここで眠ってるジークは生きてるけど、この数千年間一度たりとも目を覚ましたことないの」


 植物状態……いや、コールドスリープのようなものなのだろうか。小さな寝息を立てて眠る彼は確かに命の気配を感じさせるというのに、しかしその意識のみがまるで凍り付いたように眠り続けているのだ。彼の全身をめぐる魔力も至って正常で、何かしらの呪いを受けているというようにも見えない。


 ふと違和感を感じて眠るジークの肩口を覗けば、その左肩から先の腕が存在していなかった。


「腕が……」


「ああ、その傷ね。懐かしいなぁ、何千年前だったっけ……私とジークと、あともう二人の仲間で旅をしてた頃があったんだけどね。ジークがそのうちの一人を庇った時に、左腕すっ飛ばされたのよ。あの時はホントに焦ったなぁ……」


「焦ったで済む事なのかそれ……」


「まあジークだしね」


 酷い暴論を見た。

 いやまあ確かに全盛期の『四黒』全員と渡り合ったどころか、『日蝕』と『最低最悪の魔王』を討ち取ったと言うのだからそもそも常識なんて当てはまる訳もない。

 数千年間封印されていた『真祖龍』や、五感を全て無くした『黒妃』でさえあれ程常識外れに強かったのだ。あの二体の全盛期よりも強いとされるそんな二体を、どうやって人間が倒せるのかが甚だ疑問なレベルには。


光の大賢者(マハト・マハト)』に『断罪王(アルマ)』という、他の三大英雄の力も勿論あっただろう。それでも、実際『四黒』の内二体と相対したクロが確信する。

 あんなもの例え弱体化していても、クロのように源流禁術(インチキ)でも使わないとそもそも同じ土俵にすら立てない。この力だって、元は『最低最悪の魔王』が用いた術なのだ。一体どうやってそこまで強くなったというのか。


「ま、とりあえず無駄に広い家だから、宿代わりにでも使って。二階に空き部屋があったからそこで寝ればいいし……家に帰って誰も居ないってのも寂しいからね」


「そりゃありがたいけど……いいのか?」


「いーいーの。子供が大人に変な気使うんじゃないの、伊達に人族(ノルマン)に生まれて数千年生きてないんだから」


 遠慮気味に言うクロにパチンとデコピンをして、メイリアがそう笑い掛ける。エマが少しばかり顔をしかめたが、しかしクロ自身が視線で止めたことにより行動は起こさない。

 メイリアは足元に置いてあった杖を拾い上げてひょいと立ち上がると、ナイアの横で座り込んでいたリールの手を取って立ち上がらせる。困惑する彼女の背を叩くと、「ちょっと手続き頼みたいんだけど」と呟いた。


「手続き、ですか?」


「うん、メルセデス魔導学院に。これから向かうから、一応その許可ね」


「はぁ、それは構いませんが……確か今の時間は授業時間帯では?」


「うん、授業時間真っ最中だね。さっき始まったばっかりくらいかな」


 リールの疑問に、メイリアがアッサリと頷く。リールの表情が一気に冷めていき、つい先程までの暗い表情が一気にただの侮蔑の表情にまで変化した。具体的に言うと、アレは完全にゴミを見る目だ。


「あのですね、少しは学院側の迷惑になるとか考えませんか?……あぁ、ごめんなさい、今更言っても無駄でしたね……」


「ちょっ、リールさーん!?表情が死んでるのなんで!?なんで私をそんなアホの子を見るような目で見るの!?」


 洗面所にでも行って鏡を見ろ、としか言えない。「あはは……また菓子折を持っていかないと……」などと呟くリールはもうどうしようもないので、ここに来る途中に馬車の御者から聞いた情報を思い返す。


 メルセデス魔導学院。魔導技術の発展したアヴァロナルの街が運営する、実力ある魔法使いを育て上げるための魔導技術指導機関。要するにクロが元居た世界風に言えば、“魔法技術専門学校”といった所か。規模こそ小さいものの授業の質はハイレベルで、真なる魔法使いの頂点――極術使い(ハイエスト・メイガス)を目指す者ならば、誰もが知っている名門校。


 なんせナイアだって知っている程だ。彼女がアイリーンの書架で読んだ魔導書の4割程は、その著者がメルセデス魔導学院の卒業生なのだという。それほどに優秀な魔法使いを産出している学校だ、さぞ授業は高度なものなのだろうが……それ故にそれを邪魔するというのは気が引ける。

 そんなクロの様子に気付いたらしいメイリアが「別に気にしなくてもいいのにねぇ」と不思議そうに呟いた。いくら街の代表っつったって、流石にそんな名門校相手には礼儀くらい払ったほうがいいのではないだろうか。


「はぁ……っ、いくら学院長がメイリア様のお弟子さんとはいえ、今あの方はとても忙しい立場にあるんです!メイリア様が彼に学院長を押し付けたっきり、彼ずっとお疲れなんですからね!」


「あっ……」


 そのリールの言葉から、即座にそのお弟子さんとやらもイジられ体質と見た。もし仮にそうなら、ますますメルセデス魔導学院を訪ねるのは避けたい。主にその学院長さんとやらのメンタル的な問題で。

 メイリアはぶーと口を尖らせると、ちらりとこちらに視線を向けてくる。ひとまず現状魔導学院に興味がある訳でもないので、まだ見ぬ苦労人の為にも今は反対しておこうとして――



「キミは興味ないのー?あの子、確か今『平行世界の観測と干渉について』とかいう研究してたけど……」



 ――その言葉に、耳を疑った。









 ◇ ◇ ◇











「……師匠、こちらに来るときはもっと早くに連絡を下さいと何度も言ったら分かってくれるんですか……!」


「え、ごめん。ちょっと覚えてない」


「もうやだこの人ーーーーっ!!!」


「……あの、なんかすいません」


 目の前でガックリと崩れ落ちる青年にそう謝罪して、ひとまずどうするかも困ったので手を差し伸べてみる。「すいません……お見苦しいところを……」などと涙目で手を取ってくるので、いくら必要な事だったとはいえ罪悪感が湧いてくる。

 学院長室などという学生時代では絶対にお邪魔したくもなかった空間特有の緊張感などとうに吹き飛んで、今この場に流れるのはメイリア(シリアスブレイカー)によるなんとも言えない空気のみだ。


  チラリと部屋を見渡せば、やはり学院長室らしく賞状らしきものやトロフィー、肖像等も飾られていた。リールの言葉通りに肖像は彼のものの他に、メイリアのそれも存在している。


 やっと冷静さを取り戻した青年が、机に置かれていたカップの茶を啜って心を落ち着ける。彼が一つ大きなため息を吐くと、リールが申し訳なさそうに「申し訳ありません……」と、頭を下げた。


「いえ、いいんです……メイリア様の無茶苦茶には慣れっこですから……それと、初めまして。私がこのメルセデス魔導学院の学院長を務める、エルドレッド・リパルサーです。昔はそこのド天然極術使い(ハイエスト・メイガス)様に師事していましたが……今はご覧の通り、書類漬けの毎日ですよ」


 半ば自虐混じりのその自己紹介に思わずクロが苦笑を浮かべて、リールに至っては深く同情するように頷いている。「ど天然って何よー!」などと文句を挟んでくるメイリアは軽くスルーして、エルドレッドはニッコリと営業スマイルを浮かべて話を続けた。


「確か、イガラシ・クロ様でしたね。復活した『真祖龍』と『黒妃』を討ち取った大英雄、お話は何度もお聞きしましたよ。学院中でもその話題が暫く尽きなかった程です」


「ぬ、ぐ……そう正面切って言われると照れ臭いんですけど……俺の場合は偶然で手に入れた力をそのまま利用してるだけなんで、あんま俺の功績って感じがしないというか……」


「何を言います。戦ったのは確かに貴方で、打ち倒したのも確かに貴方です。故に命を賭けたのも貴方であり、つまりそれは貴方が成した大いなる偉業だ。誇るべき事柄はしっかりと誇らねば、甘く見られてしまいますよ」


 エルドレッドがそう諭すような声音で言ってくるので、クロの内心に複雑な感情が満ちる。実際一度目は、運良く『断世王(クラウ)封龍剣(ソラス)』が使えたからというのが勝因だし、二度目の『黒妃』も何故かクロに一切反撃をして来なかった。


 一切抵抗をして来ない相手を討ち取った所で、それの何が偉業なのかという感覚が拭えないのだ。


「……それより、メイリアに聞いたんですけど、『平行世界』について研究をしているとか何とか……本当なんですか?」


 話題逸らしの意図も含めてクロがそう遠慮がちに問えば、彼は「ええ」と特に誤魔化すでもなくそう答える。ソファから立ち上がったかと思えば、「研究室に資料を纏めています、是非ともご覧になってください」と部屋の扉を開けた。


 折角の誘いなので、彼の後に続く。後ろに続くナイアはどうやら魔法に通じているだけあって色々と分かるのか、せわしなくその視線を各地に巡らせていた。どうやら楽しんでいるようなので邪魔する理由もなく、ひとまず視線を前で歩くエルドレッドに戻す。


「それにしても私が言うのも何ですが、随分と特殊な感性をお持ちなのですね。“平行世界の観測”なんていう何の益もない研究に興味を示すなんて、ここの学生では一人も居ませんよ」


「あー……ちょっとした興味がありまして。こう、この世界以外にも別の、全く未知の世界があるなんて、ロマンあるじゃないですか」


 別に、自分が異世界人だということを隠す必要は現状特に無い。無いのだが、こういった異世界転移モノなんかのファンタジー作品では、なるべく自分の本当の素性は隠している事が多いのだ。

 理由は不明だが、下手にテンプレから外れた行動を取ると、予測のつかない方向に転がりかねない。この知識(ラノベの記憶)はこれまで何度も役立ってきているのだ、みすみすその優位性を手放すリスクを犯せる筈もなかった。


「着くまでに簡単に説明しておくと、平行世界というのはいわば“同じ世界、同じ人物、同じ条件を内包するにも関わらず、しかし辿る歴史には大きな差異がある世界”というものです。研究の理由の根幹としては、『白の眼(ロスト)』による未来観測でした」


 彼が言うには

『“白の眼”保持者はその予言で人々を災厄の未来から掬い上げる役割を担っている。では“白の眼”保持者は確実にその“災厄の未来”を視ている筈であり、視ていると言うことは必ずその未来が存在する筈。

 しかしその未来を回避出来るという事は、“そうなり得る可能性を引き当てた世界”がこことは別にあるのではないか――。』

 という理論らしく、確かにその疑問は真っ当なモノだ。


 未来を見るという事はつまり、その起こり得る未来が絶対に存在している筈だ。だがしかしその未来を見る事によって、その“定められた未来”を回避出来るという事は、同時にその“回避した先の未来”もある筈だ。

 未来に起こり得る、ありとあらゆる可能性。この世界に存在するありとあらゆる人々の行動によって変化する、無数の未来の分岐。


 それこそが、平行世界。言うなれば、無数に存在する物語の、更に無数に存在する√分岐。


 この時点でクロの求めるソレとは目的が違ってしまっているが、それはそれとして興味深くはある。クロの元いた世界に於けるファンタジー作品でもそういったネタが使われる事も稀にあり、作者の解釈によって変わるその理論は読んでいて非常に面白かった。


 そしてそれは、この世界にも当てはまる可能性がある。√分岐の先を知り、そして渡る方法を知る事ができれば、それは――



 ――クロの犯した過ちを、無かった事に出来るのではないか。と



「ねぇ、クロ」


「……ん、どうしたナイア?」


「あれって……制御、出来てる、の?」


「へ?」


 ナイアのそんな警告に首を傾げて、その指が示す先へ視線を追わせる。渡り廊下のように開けていたその廊下からは美しい芝生の広場が見渡せて、恐らくは学生らしい魔族達が各々魔導の練習に励んでいた。

 恐らくは、その内の一人なのだろう。慌てた様子の少女が腰を抜かしてへたり込んでおり、彼女の全身からはかなり多量の魔力が放たれていた。何やら怯えた様子で頭上を見ていたために、その視線につられて上へと視界を移す。


「……んがっ!?」


 少女の頭上には、巨大な氷塊が迫っていた。

 咄嗟に指先に『源流禁術』を通して、デコピンの形を取って思いっきり空撃ちする。ただでさえ膨大なステータスがとんでもない勢いで強化され、指先が弾かれると共に凄まじい暴風が正面から氷塊を打ち砕いた。


 反動で突風が背後に巻き起こり、真後ろに居たナイアが「わぷっ!?」と奇妙な悲鳴を上げる。力加減を間違えたかと一瞬焦ったが、どうにも余裕そうなので一旦スルー。

 むしろデコピンの方の衝撃で他の生徒達が怪我をしていないかと心配になり、冷気による白い煙を一気に吹き払う。どうやら特に怪我人はいないようで一先ず胸を撫で下ろすと、慌てたエルドレッドが座り込む少女に駆け寄っていた。


「ちょ、無事ですか!?えーと、怪我は……ありませんね?……全く、あんな危険な術を制御も出来ない時に使うなんて……」


「……す、すいません、学長先生……それと、今のは……?」


「ああ、私のお客人ですよ。彼が貴女を助けてくれたのです、しっかりお礼を言っておくように」


 彼が差し伸べた手を取って立ち上がった少女は、未だフラフラとした様子だった。しかしながらやがてしっかりと安定してきたのか自分の足でしっかりと芝生を踏み締めると、クロの方向を向いて、そして同時に驚いたように目を見開く。


 そんな彼女の様子に、何処かであっただろうかとクロが記憶を探ってみる。が、やはり彼女の顔は見覚えがなくって、驚くような顔だっただろうかと自分の体を見下ろしてみた。


「……ぁ、あぁ……っ」


 と、そんな声が聞こえて、少女の方に向き直る。何故か彼女の目には薄く涙が浮かんでいて、何かしてしまったかと一瞬体が強張った。だがどうやらその心配も杞憂らしく、少女は信じられないものを見るかのような目でこちらを見つめて、ぼそりと、一言呟いた。




「……お兄、ちゃん……っ?」



「……わっつ?」




 ――いきなり過ぎて、“人違いです”の言葉も出てこなかった。





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