第65話『その名の所以』
申し訳ない、諸事情でかなり遅れました!
「これでも、私はこの街の代表者の一人だからね。皆に期待されてやってる以上、この街を守る義務がある。キミが仮に魔王軍と戦うつもりなら、私は協力出来ない」
「分かってる。『白の巫女』の話を聞けただけでも進歩だ、これ以上は――」
「おバカ。“戦うつもりなら”、よ。ただ戦う以外にも色々とやり方はあるわ。……まあ、それにしても少しは時間掛かるけど、戦ってその子達を巻き込むよりはマシでしょう?」
メイリアは微笑みつつ視線でナイアとエマを指して、そうクロに釘を刺す。思わず押し黙ったクロの頭をその杖先でコツンと叩くと、「もう少し冷静になりなさいよ」と注意を投げた。
頷くクロにニッと笑ったメイリアは、そのまま視線を横に逸らして、無言で立ち尽くすエマに向けられる。
彼女の視線には怒気じみたモノが含まれており、それは己が主人に不敬を働いたメイリアに向けられているモノだ。が、当のメイリアはそんなもの気にもしていないといった様子で、ちょうちょいと彼女を手招きする。
「クロ君、エマちゃんと少し話をさせて貰えるかな?気に障るなら場所を変えるけど」
「……いや、いい。……エマ、“会話を許可する”。あと、そろそろ座れ」
「分かりました、王」
淡々と冷たい声で答えるエマが一歩踏み出して、クロが指定したメイリアの前のソファに腰掛ける。その視線には相変わらず敵意が込められていて、今にも横に立て掛けた大剣に手を伸ばしそうなほどだ。
メイリアはそんなエマの視線を受けて「んー」と口元に手を当てると、ピンと指を立てて口を開く。
「ねぇエマちゃん、ちょっと聞きたいんだけれど……」
「王を侮辱する無礼者と何を話せと言うのですか、本来ならばすぐにでも叩き斬っているものを」
「でも、そうするとクロ君の邪魔をする事になる。ついでに言うとこの質問も結局はクロ君の為になるだろうから、素直に答えておいた方がいいと思うなぁ」
エマが苦汁を飲まされたかのように顔を歪めて、そんな彼女の様子にメイリアが勝ち誇るように笑みを浮かべる……が、横から入ったリールの「うわぁ陰湿」というツッコミに「ひどくない!?」と涙目で返した。
相変わらず締まらないかつての英雄にクロが微妙な表情を浮かべて、エマが小さく息を吐いた。
「……何を、聞きたいのです」
「ぶっちゃけ、彼が元のエマちゃんを取り戻すのをどう思ってる?そうすると今の貴女は消えちゃう訳だけれど」
「私に感情は必要ありません。どう思うもなにも、それが王の決定であれば従うのみ」
「まあ、だろうねー」
予想していたらしい返答にメイリアがそう呟き、ソファの背もたれにもたれ掛かって脱力する。クロがエマの返答を聞いてギリ、と歯を噛み締めたのを見逃さなかったらしい。彼女は「こりゃ難儀だ」と呟いてポリポリと頰を掻くと、リールを手招きして呼び寄せた。
リールはその手に持った魔道具らしきソレをメイリアに手渡すと、彼女は受け取ったソレに魔力を込めた。その意図が分からず訝しげな視線を向けるエマに、メイリアは「へぇ」と意外そうな声を上げる。
不意に注いだ魔力を切り、手の中で魔道具を弄び始めるメイリアに、クロが不思議そうに首を傾げた。
「それは?」
「ん?ああ、ただの魔力検知器。握り込んだらその人の得意な魔法属性が分かるっていう便利グッズなんだけど…….今のはちょっと用途が違うね。エマちゃんを元に戻す手掛かりという訳でもなし、気にしないで」
軽くその手の魔道具を振って笑うメイリアに、クロがますます疑問げな表情を浮かべる。パチン!と唐突に両手を打ち合わせたと思えば、すぐさま立ち上がって、その右腕を頭上に伸ばした。
「じゃあとりあえず、観光といこっか!『英雄の眠る街』の魅力、一から十まで丁寧に伝授してあげよう!」
「……は?」
そんな声を漏らしたのは、一体クロとエマのどちらだったか。
一体なにを、と口にする暇もなく、メイリアの手から膨大な魔力が溢れ出す。ソレはやがて空中に部屋中を囲むほどの大掛かりな魔法陣を形成すると、一気に全身を得体のしれない浮遊感が襲う。
即座に全身へ魔力を通すが、既に遅い。足元に開いたその奇妙な穴に沈むように、全身は落下を始めていた。
「め、メイリア様!?まさか“飛ぶ”気ですか!?」
「そりゃね、早いでしょ?」
「あれすごい酔うんですってばーーっ!!」
リールの悲鳴じみた叫びを華麗にスルーしたメイリアは掲げた右腕を振りかざして、魔法陣全体に魔力を行き渡らせる。異様な雰囲気が部屋中を包み込んで、バチンッ!と視界全体が明滅した。
――瞬間。
青空が、広がった。
◇ ◇ ◇
「う、ぇ……っ、ぎぼぢわるいぃ……」
「そんなにー?クロ君達は平気じゃない」
「いや……結構、辛いな……これ……」
ガンガンと走る頭痛に顔をしかめつつ、少しでもマシになるのを待とうと街灯横のベンチに座り込む。ナイアも唐突に襲ってきた異様な感覚に目が覚めたのか、その小さな両手で頭を抑えてダウンしていた。「あたまガンガンする……」と涙目で寄ってくるので、その背中をポンポンと軽く叩いてやる。
リールに至ってはかなりの重症で、涙目を浮かべたままプルプルと震えて、クロの横にあった別のベンチに横になっていた。今にも吐きそうなその様子から見るに、よほど酔いやすい体質なのか。
唯一エマとメイリアだけは何一つ感じていないようで、二人して澄まし顔のまま佇んでいる。特にメイリアは、クロ達の死屍累々な状況に疑問げな顔を浮かべて、首を傾げていた。
多少は『禁術』により常時襲い来るおぞましい不快感で耐性は付いているが、それでもやはり辛いものは辛い。喉の奥からこみ上げる吐き気を飲み込んで、少しでも気を紛らわせようと『収納』から木製のコップを取り出して水を注ぐ。
「おぉ、それが例の『収納』ってやつ?便利ねぇ、それがあれば魔道具の持ち運びに一々魔法とかポーチとか引っ張りださずに済むわ」
「便利なのは良いとして、さっきの何だ……気持ち悪ぃ、転移か何かなのか……?」
ああ、とメイリアが呟いて、その指先で適当な場所を指す。瞬間的に魔力がその先に集ったかと思えば、全く予想外のクロの目の前で火花が弾けた。
いきなりの事に驚いてベンチから飛び退ると、その様子を見ていたメイリアがぷっと吹き出す。
「……メイリアさーん?」
「あはは、ごめんごめん。そうね……掻い摘んで説明すると、分解と再構築の魔法ね。今みたいに、指定した対象を瞬間的に分解して、その因子を全く別の座標に魔力を通して転送するの。その転送先ですぐにその因子を組み上げて、元々の存在を再構築する。まあ、転移みたいなものだと思ってくれていいわ」
「その説明聞いてる限り不穏なワードしか出てこないんですがねぇ……!?」
さらっと指定した相手を分解するなんて事を口にする辺り、相当恐ろしい事をしてるのが分かる。分解して転送した後に再構成なんて、言い換えれば人間の四肢をバラして郵送し、その郵送先で肉体のパーツを縫合するようなものだ。
何故今自分に命があるのか、何故普通にこうして喋れているのか疑問でならない。隣で説明を聞いていたナイアも理解したのか、サーっと顔を青くした。
彼女の場合、魔法に関しての知識がある分クロよりも衝撃は大きいのだろう。
「ど、どうやってそんな事してるの!?そんな事したら普通、原子核の崩壊に魔力が作用して連鎖反応が……しかも人なんてサイズの物質を飛ばしたら……さ、最悪、この大陸ごと消し飛ぶよっ!?」
訂正を入れよう、そんなこと知ったら誰でも青くなる。クロも青くなった。
「んなぁ……っ!?」
そんな声を漏らして驚愕を示したのは、ついさっきまでダウンしていたリールだ。彼女はわなわなとナイアの解説を聞いて硬直していたが、しばし待てば再起動して、メイリアの肩をぐわんぐわんと揺らす。
「メーイーリーアーさーまー!?どういうことですかっ!?そんな危険な魔法を遅刻出勤の度に使ってたんですか!?暴発したらどうするんですかーっ!?」
「ぎゃーーっ!?やめてっ!肩揺らさないで!!む、胸が!付け根が痛いっ!」
「じゃかましいわぁぁぁぁーーーーっ!!」
どこがとは言わないが格差の発生している何かを指してメイリアが放った一言に、リールが鬼の形相を浮かべて叫ぶ。そのやり取りから普段のリールの気苦労が知れて気の毒には思うが、こればかりはどうしようもない。イジられ属性が板に付いてしまっている。
微妙な表情を浮かべるしかないクロ達の前でもまだそのやり取りは続き、いっそ哀れになってきた。
「ま、まだ200年そこらしか生きてませんからっ!!私たちハイゴブリン族は寿命なんてあと1200年はありますからっ!まだまだ成長の余地残してますからっ!」
「だ、大丈夫!どこぞの人族の王子が『貧乳はステータスだ!希少価値だ!』って言ってたから!需要はあるよ!」
「嬉しくありませんから!……って、いつの間にか話を逸らされてるしぃ……っ!」
そうやって今にも泣きそうな顔でしゃがみ込むリールを傍観するのも流石にキツくなってきたので、「流石にその辺にしておいてあげません……?」と助け舟を入れる。と、メイリアは不思議そうな顔で首を傾げた。まさかのこの極術使い、天然である。
「……うぅ、ありがとうございます……でも大丈夫ですよ……もう慣れました……メイリア様に振り回されるのは……」
「oh……」
リールのその死んだ魚のような目を見ているとそう漏らす他なく、可哀想に思ったらしいナイアがその頭をギュッと抱きしめる。「うぅ……ナイアちゃん……」と声が聞こえた気がして、リールがナイアの体を力一杯抱きしめ返した。
「……?どういう状況?」
「手始めに自分の言動を100回思い直して、それでも尚分からないならばリールさんに殴られれば良いと思いますよ」
「酷くない!?」
予想外の方向から飛んできた突然の罵倒にメイリアが叫び、不服そうに唇を尖らせる。しかしながら流石にこれはメイリアが全体的に悪いので一切援護しない。是非とも反省してほしいと思う。
メイリアはぶつくさと呟きながらも肩に杖を担ぎ直すと、不意に何かに気付いたように「あ」と声を漏らした。
不意にメイリアが駆け出したかと思えば、とある一件の家の前で思いっきり杖を掲げる。何事かと視線をやれば、メイリアはドヤ顔でその家を指すと、ぐっと胸を張った。
「キミ達、このアヴァロナルが『英雄の眠る街』って呼ばれてる所以知らないでしょ!……まあ観光名所って訳ではないんだけど、ココがその名前の由来、おいで!ただ、ちょっと静かにね」
メイリアがそういって家の中に入っていくので、ナイアと一つ顔を見合わせてからそのあとに続こうとする。リールがふと顔を上げてその先を見れば、何故だか複雑そうな表情を浮かべた。
その表情の意図がイマイチ掴めずに、困惑しつつメイリアの後を追ってその家に上がる。どうやらこの家は元いた日本のように靴を脱いで入るタイプらしく、玄関でブーツを脱いで、メイリアの入った寝室へと向かえば、二つ敷かれた布団の片方には何やら一人の青年が眠っていた。
首に届く程度の黒髪を持つ青年の頰には、切り傷のような跡が残っている。首筋からチラリと見える筋肉は引き締められていて、一見細く見えるがしっかりと鍛えられている事が分かった。
枕の上には革製の鞘に収められた黄金の剣が横たわっており、その雰囲気だけでその剣がクラウソラスやイージス、グングニルと同等の武器だと理解出来た。
メイリアが彼の枕元に膝を付くと、彼の頰にそっと手を置く。
「……ただいま。待たせてごめんなさい、ジーク」
そうそっと呟いて、メイリアが彼の額に小さな口付けを落とす。だが彼はメイリアの言葉を受けても目覚める様子はなく、呼吸こそあるものの指先の一つも動かさないのだ。
どうやら事情を知っているらしいリールに視線で説明を求めれば、彼女は少しその表情に影を落として小さく口を開いた。
「……ここは、メイリア様のご自宅です。メイリア様の言う『英雄の眠る街』という名の由来はそこで眠る彼――つまりは」
「ジーク・スカーレッド。私の大好きな人、かつて『最低最悪と魔王』と『日蝕』を打ち倒し、『黒妃』と『真祖龍』を追い払って世界を救った、大英雄」
リールの言葉を引き継いで、メイリアがそう続ける。彼女は薄く愛おしげな笑みを浮かべると、目覚める気配の無い彼の前髪を正して、ゆっくりと告げる。
「『勇気の担い手』……かつて、世界中からそう呼ばれた人だよ。今は、ご覧の通りに眠り続けてるけどね」
その名は、世界中の神話に轟く、世界を救いし勇者の名前だった。




