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第64話『その力、超常すら越えて』

「助かった、また機会があったら頼む」


「か、構わねぇが……兄ちゃん、アンタ何者だよ……あの竜を簡単に始末しちまうなんてよぉ……」


「多少竜との戦いは慣れてるだけだよ、別に街でなんか企んでるわけでもないから安心してくれ」


 慄いた様子でクロを見る御者の男にそう告げておいて、未だぐっすりと眠りこけるナイアを背負い上げる。チラリと視線で促せば、意図を察したエマが、立て掛けた大剣を担ぎ上げて馬車を降りた。

 相変わらずその表情は無感情で、本当に等身大の人形が指示通りに動いているかのようだ。その光景を顔を視界に入れる度にズキリと心が痛む。しかし今立ち止まるわけには行かないと、それを無理矢理に封じ込めた。


 腰に刺したそのレイピアの感触を確かめて、いつでも戦闘体勢に移行できる事を確認。一つ振り返って、眼下に広がる街を一望した。


 今現在クロ達が居る崖の下に存在するそれは、見た所かなり広いように見える。流石にアイリーン達が統治していた街ほどではないが、それでも充分に大規模だ。

 そのアイリーンに聞いた情報によれば、この街には特定の統治者が居らず、投票によって決められた数名の代表者が街全体の運営を指揮しているのだ。それ故に民と政治の距離が非常に近く、選ばれた代表者達は民の気持ちをよく理解している。


 そして一人だけ、この街を統治する代表者の内の一人に選ばれ続けている、極術使い(ハイエスト・メイガス)が居るらしい。彼女を訪ねれば、きっと街の事がよく分かるだろうと。


「……メイリア・スー。かつて勇気の担い手(リトル・ブレイヴ)の仲間だった、英雄の一人……」


 その人が、力を借りる上でアイリーンが推薦した、『英雄の眠る街』の代表だった。









 ◇ ◇ ◇










「紹介状を確認しました。メイリア様をお呼びしますので、少々お待ち下さい」


 街に入ってまず向かったのは、街の中央に建てられた役所だ。アイリーンに書いて貰った紹介状はどうやらしっかりと効果を発揮してくれたようで、中に眼を通した彼女は丁寧に紹介状を折り畳んで、封筒の中に戻す。

 どうにもこの街は少しばかり魔導技術的に発展しているらしく、町中に魔道具が溢れかえっていた。日光を魔力に変換して貯蔵し、夜間に光を放つ街灯型の魔道具や、魔力で駆動する馬を用いない馬車……クロの世界で言うところの電車など、種類は様々だ。


 役所に辿り着くまでに軽く歩いた程度ではあるが、この街がどれほど発展しているのかはよく理解出来た。


「ああ、頼んだ。悪いな仕事中に」


「いえ、これもその仕事の一つですから」


 そう言ってニッコリと微笑む役所の受付の女性に頭を下げると、彼女は軽く会釈してカウンターの横に備え付けられた水晶に手をかざす。どうやらそれも通信用の魔道具の一つのようで、彼女はそこに魔力を通すと、何やら言葉を吹き込み始めた。

 やはりかつて世界を救った英雄と共に居た仲間というだけあって、この街の高度な魔導技術もその影響なのだろうか。ナタリスの村に初めて入った時のデウスとの初邂逅を思い出して、少しばかり緊張が出る。


「『メイリア様、お客さんですよー!だから遅刻はダメって注意したじゃないですかー!』」


『ふぇっ!?……あっ、リール?脅かさないでよ……』


「『脅かさないでよじゃありません!何度注意すればちゃんと出勤してくれるんですかっ!?おーきゃーくーさーまーでーすー!』」


『お客さん?ああ!アイリーンから連絡来てたね、分かった。すぐ準備を……わぁっ!?』


「『め、メイリア様ーっ!?だ、大事ですかー!?』」


 ドンガラガッシャーン!とギャグ漫画でも最近見ないような音が聞こえて、水晶から悲鳴が再生される。受付の女性の心配そうな声がエントランスに大きく広がって、役所を訪れていた人々や役員の注目を集めた。

 リールと呼ばれた彼女はパッと周囲を見渡して顔を赤らめると、水晶から魔力のパスを切って何もなかったかのように元の余裕のある笑顔を浮かべた。


 ……先ほどのやり取りを見ていなければ、まだ様になっていたのだろうが。


「ゴ、ゴホンッ。失礼いたしました、すぐに来ると思いますので、もう少々お待ち下さい」


「……あ、はい」


 お互い微妙な顔になって、そんな乾いた会話を交わす。かつての英雄の一人と聞いていたせいかどんな偉人かと身構えていたのもあり、今の会話から際限無く溢れて来る凄まじいガッカリ感が拭えない。

 こう、上手く言葉に言い表せないが、一つ言うとすれば“それでいいのか”になるだろう。


 ――と。


「……っ!?」


 クロの背後にて、唐突に魔力が収束する。何もない筈の空間に出現したその魔力の渦は、空間の狭間を抉じ開けて、何処か得体の知れない世界への扉を形成した。『収納』による広大な空間と似ているが、しかし少し違う。

 何処かに通じているのか。それを確認するよりも先に、魔力の波が大きく揺らいで、巨大な穴が一瞬の輝きを放つ。


「――ギリギリッ、セーフッ!!」


「アウトです」


「ですよねー」


 バチンッ!という音と共に、その穴から一人の女性が弾き出される。彼女は見事に回転しながら勢いを殺すとそう叫び、そして即座にリールに突っ込まれて脱力していた。


 美しい黄金の髪だ。長く伸ばされたソレはナイアの金色とはまた違った色合いで、毛先をシュシュらしきゴムで一括りに纏めてある。夕焼けのようなオレンジに近い赤の瞳は、溢れんばかりの活力に溢れていた。

 前髪はヘアピンで分け、耳の上あたりに羽飾りを付けている。橙の特徴的なデザインのローブはかなり長い間使われているようで、所々には修復の跡があった。しかしながらそのローブはみすぼらしくも無く、むしろ良い味を出しているようにも見える。


 最も目に入るのは、彼女の手に握られた大振りの杖だ。その長さは彼女自身の身長ほどもあり、先に付けられた大きな水晶は、照明の光を受けて紅く輝いている。


 見た目の齢ならば人族の19か20程度だろうが、恐らくは彼女も、見た目通りの年齢では無いのだろう。


「……で、キミがアイリーンが言ってたクロ君?へー、意外と若いね」


 彼女は呆然としていたクロをマジマジと見つめると、クルクルと彼の周りを回って、興味深そうに全身を観察する。困惑するクロの様子を知りもしない様子で、彼女は視線をクロの左半身へと向けた。

『源流禁術』による莫大な力の代償。不可逆の侵蝕、クロの精神を蝕む『最低最悪の魔王』の呪い。彼女はそれを妙に注意深く見つめると、スッとその両手をクロの頰に添える。


「ねぇキミ、ちょーっとよく顔を……」


「メーイーリーアーさーまー?」


「わっ!?ご、ゴメン!ゴメンって!」


 少し混乱したクロの様子を悟ったのかリールが割り込み、彼女――メイリアの肩を掴んで、そう暗い瞳で笑い掛ける。ビクッと肩を震わせたメイリアがバッと離れて、照れ臭そうに頰を掻いた。

 気を取り直したように彼女は顔を上げると、パンと自身の胸を叩いて、少し過剰気味に自己紹介を始めた。


「やぁ、ゴメンねー。ちょっと気になるとすぐ集中しちゃって……改めて、私がメイリア。メイリア・スーよ、職業は、アヴァロナル政治代行者兼極術使い(ハイエスト・メイガス)、って所かな。よろしく、クロ君」


「 ……イガラシ・クロ、です。『白の巫女』を探して来ました」


「うん、聞いたよ。それでそっちの子達が、例のナイアちゃんとエマちゃん、かな?」


 メイリアが視線を移したのは、クロの背中にぎゅっと抱きついて眠る龍少女と、彼の背後に無言で佇むナタリスの少女。ナイアは依然ぐっすりと眠っている為起きる気配は無く、エマも特に反応を示す様子はない。

 メイリアはそんな二人を見てまたも少し目を細めるが、しかし今度はすぐに引っ込めて「まあ兎も角、よろしくね!」と手を差し出してきた。


 差し伸べられたメイリアの手を取って握手すれば、彼女は満足そうに頷いて笑う。妙に高いテンションについて行けずに混乱していると、横からリールが「昔っからこうなんです、気にしないでください」と注釈を入れる。

 メイリアは「なんか馬鹿にされてる気がする……」と不満げな顔で呟くと、まるで今思い出したかのようにパンと手を叩き、唐突に話を切り出した。


「そうそう、『白の巫女』様ね。キミ、あの人についてはどれくらい知ってる?」


「……?『白の巫女』って名前と、白い眼と、未来を予知する力を持ってるってこと……くらいしか」


「うん、概ね合ってる。アイリーンから聞いたりしたのかな、今分かってるのはそんな所だよ」


「今分かってる……?」


 まるで、『白の巫女』については殆ど分かっていないかのような言い方だ。アイリーンによれば確かに『白の巫女』は実在する人物で、各地を転々としながらその力を使っている、という話だったが。

 メイリアはそんなクロの様子を見て「あー……」と気まずそうに頭を掻くと、ちょいちょいと手招きをする。カウンターの裏に回った彼女は奥の扉に手を掛けると、複雑な表情でクロに言った。


「おいで。『白の巫女』様が陥ってる状況について、ちょっと話さなきゃいけないわ」




 ――




「……奴隷!?」


 メイリアに案内された客間のソファで、クロがそんな声を上げた。

 その声で目覚めたらしいナイアが、クロの膝の上でクッと伸びをして、しかし起きたばかりでまだ寝惚けているらしい。クロの体に両手を回すと、再びすぅすぅと寝息を立て始める。


「正確には、奴隷に近い状態……ね。『白の巫女』っていうのは、“白の眼(ロスト)”を持つ千里眼、または予知能力者に割り振られる役割みたいなモノなの」


 魔族の中には、ごく稀に突発的に魔眼の開眼――即ち、“白の眼(ロスト)”に目覚める者がごく稀に発生する。その開眼が発生した事を確認された子は『白の巫女』として生きる事を強制され、その予知能力で民を導く事を義務付けられるのだ。

 無論、自由が無い訳ではない。四六時中休みが無いなんて事はないし、誰かと交友を持つ事も許される。確かに将来こそ選択することは出来ないが、その分得られる対価も多い。


 不自由のない生活は約束される筈で、本来なら奴隷なんて形容されるものではない。本来ならば、ない筈なのだが――


「『白の巫女』様は、魔王軍に所属してる幹部……カルロ、だったかしら。その人に気に入られて、故郷の街から奪われたのよ。それ以降、彼にその力は独占されて、予言を各地に高額で売り付けてる。相手が相手だけに、こっちも大きく出れない……って訳ね」


「……っ、くそ、面倒な……」


 クロが憎々しげに呟くのを、メイリアが影を落とした表情で見つめる。部屋の端でピクリと眉を動かしたエマは、しかし押し殺すようにその口を閉ざした。

 今の彼女にとって、クロから命じられた指示は絶対遵守だ。彼に死ねと言われれば自ら命を絶つし、体を差し出せと言われれば喜んでそれに応じるだろう。


 その従順さが、クロの神経を逆撫でする。

 エマは大切な仲間であり、ただクロの命令を聞くだけの人形では無かった。彼女がそうしてクロの指示を乞う度に、まるであの時の自分の過ちを突き付けられているような気分になる。


 お前のせいで、エマはこうなってしまったのだと。


 お前のせいで、エマは心を無くしてしまったのだと。


 故にこそ、その責任は自分で取る。クロ自身が奪ってしまった彼女の心を、クロが取り戻す。その為ならば何だってしてやると、そうクロは覚悟したのだ。絶対に、エマを失くしてなるものかと。

 本当に、ルーシーには感謝している。本来なら見つからなかったであろう手掛かりを示してくれたのだ、この恩はいくら返したって返しきれない。彼女にはいつか必ず相応の礼を尽くそうと、それも心に決めた事だ。


 だが、その前にエマを救い出す。その為に――


「……カルロ、ってのは、何処にいるんですか」


「倒しに行くの?もしそうなら魔王軍と全面的に敵対する事を意味してる訳だけど」


「なら『白の巫女』を奪い返してくる。それで全面戦争になるなら、戦うしかない」


 ボソリと一言「ステータス」と呟き、クロ自身の強さを表すその表を出現させる。それはかつて『真祖龍』を討ち取った時とはもはや別物で、それは『黒妃』が永い年月を掛けて蓄積してきた力を、クロがそのままリソースとして奪い取った事を意味する。


 長年その身を封印されてきた『真祖龍』とは違い、『黒妃』は何千年にも渡って活動を続けてきた。何万、何億もの命を喰らった化け物の身には相応の力が秘められている。

 それら全てを身に受けたクロの強さは、今やもう別次元と言ってもいい程だ。



 ――Lv.713。それが、クロのステータスに表示されるステータスの目安。



「……邪魔するんなら、一か八かでも、魔王を殺す。そうじゃなきゃ、エマを救うなんて出来る訳がない」



 そう淡々と告げるクロに、メイリアはただ、その紅の瞳を向けるのみだった。

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