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第63話『願い、追う者たち』

 衝撃の光景を目の当たりにしてから、二週間ほどの時が過ぎた。


 以外にも拠点となる宿もすんなりと確保し、魔界の冒険者ギルドに登録する事で当面の行軍資金のアテも得た。思いの外魔族の街は人族にも寛容で、それどころかちらほらと人族や獣族の姿も見える。

 戦争などまるで起きてもいないかのような平穏さで、むしろ個人の親しみやすさとしては人界よりも上に感じた程だ。本当にここが敵の本拠地なのかと疑問すら浮かんでくるくらいに。


 クロの居場所を追う為にギルドへ依頼し、その返答を待つこの二週間ほどの間に、色々な事があった。

 街で行われる歴史あるらしい祭りに人族代表として巻き込まれたり、物資補給の為の資金稼ぎとして受注した依頼で『王龍種(ドラグナ)』の群れと遭遇し、ミノリが他のメンバーを守りつつ撤退したり、それなりに魔界の生活にも慣れてきたとは思う。


 これといって特に障害もなく、順調に準備を整えてきた。あとはクロの情報さえ見つかればすぐにでも出立出来る――そんな時に、“それ”はミノリ達異世界勇者組を……正確には、魔界全土を襲ったのだ。





『――ゴガァ”ァ”アァァ”ァァアァァァァ”ァァ”ーーーーッッッッ!!!』





「……っ!?」


 ビリビリと唐突に世界に響き渡ったその咆哮は、ミノリすら含む彼らの全身を一瞬にして凍り付かせる。純粋に膨大なまでの力による恐怖が人々の心を震わせて、一瞬にして街の通りは阿鼻叫喚に陥った。

 その咆哮の発生源は、そう近くない。むしろ相当に離れているように感じた……のだが、それだけの距離が離れていてもこれ程の大きさで届く咆哮とは一体なんなのか。


 先ほどまで談笑していた魔族の女性は涙を流して崩れ落ち、その膝をガタガタと震わせている。道の端に建造途中だった家に木材を運び込んでいた大工は、肩に担いだソレを取り落として耳を塞ぎ、歯をガチガチと鳴らしていた。


 いっそ異様にも思える程の怯えぶりに、さしものミノリも困惑する。確かに恐ろしい咆哮ではあったが、流石にこれはオーバーに過ぎるだろう。近くで肩を抱く露店の店主に『冷静』の暗示を掛けて、一体何があったのかと尋ねれば、その要因はすぐに判明する。


「……し、『真祖龍』だ……っ、『真祖龍』の封印が解けたんだ……!くそ、くそ、くそ……終わりだ……っ、オシマイだ全部……!畜生……!」


「『真祖龍』……?」


 真祖龍と言えば、人界で見つけたあの書物に載っていた四大災厄、『四黒』の一角の名だ。白神竜(ヴァストス)の成体が突然変異を起こした最強の個体。山程の巨躯を持ちながらもその巨大な翼で空を駆ける、生きる空中戦艦。


 その単騎で魔界を恐怖のドン底に陥れた、かつての大災害の原因。当時発展を遂げていた魔界の街を悉く焼き払い、無数に存在した種族の約7割を絶滅に追い込んだ程にその影響力は大きく、現代に生きる魔族達にも、その絶望の記憶は受け継がれている。

 その咆哮を聞けば、まず生き残ることは出来ない。無残にも喰い散らかされるか、焼き殺されるか、或いは引き裂かれて終わるか。


 だが、『真祖竜』はかつて封印されたと聞いた。なぜ今になって、そんなものが復活するというのか。クロを探さなければならないというこの現状で――


 パチリ、と、ミノリの記憶が刺激される。彼女の持つ完全記憶能力はその違和感の糸口を迷う事なく掴み取り、一息にその元を探し当てる。


『――仮に俺が離れたとすると、俺の行く先では何かしら起こると思う。じゃなきゃ、こういった“物語”的には面白くないからな……実際巻き込まれてる側からすると迷惑極まりないけどな』


 彼のその予想が正しければ、『真祖竜』の復活は彼が関係する事なのか。それを確認する手段を生憎とミノリは持ち合わせてはいないが、これまで彼の予測が大概的中している以上、可能性は高い。


 だが、そうなると最大の問題は……


「相手が、悪過ぎる……っ」


 仮にそうだとして、魔界を単騎で滅ぼすなんて事を成した化け物相手に、どうやって戦えばいいのか。彼には『収納』以外これといった能力は魔道具適性くらいしかなかった筈だし、魔道具を扱う為の魔力も充分とは言えない。

 仮に向こうで仲間が出来ていたとしても、『真祖竜』相手に戦える仲間がそう都合よく居るものなのか。


 “主人公補正”なんて不確定な要素に頼るにしても、タダで済むとは思えない。最悪、一歩間違えれば即死してしまう。


 今のところ彼のペンダントに施した祝福から、彼が生きているというのは分かる。だが、このパスがいつ切れてしまうかと思うと、胸の内を耐え難い恐怖が埋め尽くした。

 崩れ落ちそうになる体を、自己暗示の魔法で無理矢理支える。願うしかない、彼がその戦いを乗り越えて、生きて再び会えるという未来を、天に懇願するしか、ミノリには出来る事が無かった。




 ――




 その吉報は、思いの外早く届いた。


 “『真祖竜』が、突如現れた人族の青年によって倒された。”


 その噂は瞬く間に魔界中に広がって、各地に広がっていた恐怖と絶望の空気が一変、歓喜と希望の渦が人々を熱狂させた。当然というば当然だろう、かつて神話上の英雄達ですら倒せなかった化け物を、その青年はたった一騎で討ったのだというのだから。

 実際の所、正確には一人と一匹なのだが、それを知る者は騒ぎの当事者たる三名のみ。そんなことは知らない人々は、新たなる英雄の誕生に歓声を上げた。


 ミノリ達勇者陣営も、その報せを受けて安堵の溜息を漏らす。勿論ながら『真祖竜』とたたかうという未来を避けられたのもあるが、その『真祖竜』を倒した人族の英雄に、心当たりしか無かったからだ。


 青年は空間に穴を開けて、物質を引き出す力を持つという。どうにも意図的に靄を掛かけられたような伝わり方の情報だが、それがあれば充分に判明する。間違い無く、『真祖竜』を倒したのはクロだと。


「……ここに、藤堂君達が居なくて良かったわ」


「だな。絶対何かしら喚き散らしてただろうし、宥めるのも一苦労しそうだ」


 かつてクロと絶望的な迄に仲が悪かったクラスメイトの顔を思い出して、その光景を実際に想像し、思わずげんなりする。みっともなく騒いで周囲が顔をしかめる光景が容易に目に浮かび、心底彼が“討伐派閥”に所属してくれていて良かったと実感した。


 今頃、五条一誠率いる討伐派は何処に居るだろうか。転移魔法陣を越えて城壁内に入った所までは一緒だったが、それ以降の行方は知れない。恐らくは魔王城の方角へ向かっているのだろうが、彼らと別れてそろそろ一ヶ月近いというのに何も音信が無いのは不安な所だ。


「……みのり、どうしたの?」


「ん?ちょっと私の友達が無事か不安でね。大丈夫よ、大したことじゃないわ」


 そういってミノリが頭を撫でたのは、精霊族(エルヴィ)の少女、ヘカーティアだ。恐らくはミノリの知る「エルフ」と近しい種族であり、その耳はやはり魔族のそれよりも一段と長い。

 少し前に迷子の捜索依頼で出会った以降ミノリに懐いた彼女は、よくミノリ達の泊まる宿に遊びに来るようになったのだ。


 忙しいからと追い返すのも気が引けるので、そう高頻度ではないがミノリも遊んでやるようにしていた。


 わざわざそのための時間を大幅に割いた理由は、彼女には悪いのだが情報が目的だ。ヘカーティアの家は酒場を営んでおり、町中の情報が集まりやすい。最近変わったことや噂など、彼女を通していくつか有用な話を聞けたこともあった。


 例えば。


「お客さんが言ってたんだけど、この前『しんそりゅー』を倒したひと、ずっと北のワクタナっていう村のギルドに来たんだって。みのり、その人の事探してるんでしょ?」


「――!」


 今回の情報は、特別クリティカルなものだったらしい。

 ミノリの眼が大きく見開かれて、すぐさま同じエントランスに居たカズヤにアイコンタクトを投げる。彼もまたその言葉を受けて地図を机に開き、机に置かれていた羽ペンを滑らせて、すぐにとある一箇所へマークを付けた。

 カズヤがすぐに顔を上げて、ピンと人差し指を立てた。それはそのまま1を表すサイン……この場合であれば一日、つまり今日中に街を発てる事を意味する。


「……ね、ヘカテー。その人の名前って、分かる?」


 ミノリがヘカーティアの肩に手を置いて、そう問い掛ける。ヘカテーというのは彼女の名前から取ったあだ名で、ギリシア神話の女神ヘカーティアの別名の一つだ。

 ヘカーティア自身もそのあだ名を気に入っているようで、友人にも自身をヘカテーと名乗るようになったらしい。


「なまえ?うーんとね……い、い……」


「イガラシ?」


「そう、それー!イガラシなんとかって名前だった!」


「――っ、ありがとうヘカテー!大好きよ……!」


「わたしもー!」


 思わずその小さな体を抱きしめてしまい、ヘカーティアも一瞬驚いた様子だったが、ミノリに抱き着かれている事を理解するとにへらと笑って、朗らかにそう返す。

 きゅーっとその小さな腕で力一杯抱きしめ返して来るので、そんな可愛らしい少女の髪を丁寧に撫でてやれば、彼女は心地好さそうに身をよじった。


 その後彼女を家に送ってから、クラスメイト達と共に移動の準備を整える。十分に物資を補給したのを確認して、朝になり次第宿を出ようと、そう構えていた所に、その報せは届いたのだ。



 “――手詰まりになった。俺たちじゃ火力が足りない、姫路の手を借して欲しい。”












 ◇ ◇ ◇













「……そうして私達は魔王城に向かい、魔王が私たちの手に負えない事を理解しました。あと一押しの助力を得るために、クロ君を探しています」


「……仮にも魔族である私の前で、魔王様を討つと言うのですか?それは重大な脅迫行為です、貴女をこの場で拘束しても何も文句は言えませんよ?」


「無理です。客観的に見ても、この場の戦力では私を取り押さえるのは不可能でしょう」


 あくまで冷静にそう返すヒメジ・ミノリという少女を前にして、アイリーンがツー、と一筋の冷や汗を流す。

 一応はアイリーンも多少は魔法の心得がある者として、この少女が内に秘める魔力量くらいは分かっているつもりだ。そして、それがどれほど自身のソレと格差があるのか、それもよく分かっている。


 次元が違い過ぎる。本当に同じ生物なのか、長い年月……それこそ何千年、何万年も掛けて魔力を蓄え続けた、それ一つで世界をひっくり返せるとも言われるオリハルコンの大結晶ですら、彼女の総魔力量と比べれば半分にも満たないだろう。

 単純な術者としての実力でも、彼女は相当……いや、アイリーンの想像の及ばぬ領域にまで達している。この場のアイリーンやライウッド、屋敷の外に待機させている衛兵達を全招集した所で、この少女の腕の一振りで壊滅しかねない。


 本当に、とんでもない。それこそ、以前見たクロと並ぶ――或いはそれ以上に。


「……彼は、今貴女方に協力する余裕は無いように思います」


「構いません、話は私達がします」


「……彼には大切な目的があります。私がその原因を作ってしまった以上、彼の目的の邪魔をさせる訳には――!」


 ピタリ、と言葉が止まる。

 ライウッドが反応しようとしたが、既に遅い。ミノリが構えた黄金の刀が、アイリーンの首元に突き付けられていたのだ。鋭利な切っ先が彼女の首の皮を薄く裂いて、ぷくりと紅い血が一滴溢れ出る。

 アイリーンの全身が凄まじい寒気に襲われて、ただ沈黙するしかなかった。ミノリがその気になれば、今すぐにでもこの首が飛ぶ。その未来を想像すれば、自然口も塞がるというもの。


「……お願い、します」


 掠れた声が、耳に届く。

 アイリーンが全身を硬直させて視線を動かせば、刀を突き付けるミノリの表情が悲痛に歪んでいるのが見えた。少しだけ離された刀の切っ先はカタカタと震えて、絞り出された声は枯れている。

 今にも泣き出しそうな、しかしそれを強い意志で無理矢理に押し殺した強い瞳は、アイリーンにも見覚えがあった。


「……教えて、ください。さもないと、私は、貴女に酷い事をしてでも、聞き出さなきゃいけなくなる……!」


 あの見送りの日、クロが見せた覚悟の瞳。強い意志を感じさせながら、しかし今すぐにでも壊れてしまいそうな危うさは、その時の彼の持つ瞳と全く同じモノだった。


 同時に、理解する。彼女は、このヒメジ・ミノリという少女は――。


「……あなたは、彼が、“必要”なのですね」


「――っ」


 勿論、彼女のいう魔王討伐に、という事ではない。

 彼女自身が、彼女という存在が生きる為に、彼女が彼女であるために、イガラシ・クロという少年が。彼の能力ではなく、ただのイガラシ・クロが必要なのだ。

 彼が彼でいるために、本当のエマを取り戻そうとした、クロのように。


 なんてことはない。彼女も根本的には、彼の同類なのだ。


 ただ、自分の心を誰かに伝えるのが下手なだけで。


「……条件があります。それを呑んでくれるのなら、私の知る限りのことを……」


「呑みます、彼は何処に居るんですか……!」


 食い気味にそう答えてくるミノリに先程までの恐怖もすっかり引いて、不利な条件を突き付けられたらどうするつもりだったのだと苦笑する。能力はあるようだが、しかしまだ見た目相応の子供らしい部分もあって安心した、とアイリーンが小さく微笑んだ。

 そんなアイリーンの様子が気に入らないのか、ミノリがその手の刀をカチャリと鳴らす。慌てて「分かりました」と告げて、彼女はミノリのその翡翠の瞳をじっと見つめた。


「……彼は今、アヴァロナル――『英雄の眠る街』と呼ばれる街に居ます。『白の巫女』を探している、とも。そして、条件ですが……」




 ――貴方の力を、彼に貸してはくれませんか?



























 ぶちりと、紅い鱗を纏う竜の首が、そんな音を立てて捩じ切れた。


 千切れた首の傷口からは噴水のように血の雨が吹き上がり、辺り一帯を鮮血で濡らす。首を失っても尚暴れ回る胴体を見て彼は一つ舌打ちをすると、真上から振り落とされようとする人二人分ほどもの太さを持つ尾に、その紅い電光を宿した拳を叩きつけた。

 同時に尻尾は根元から弾け飛び、凄まじい衝撃が天井を凹ませる。ここが竜によって硬く作られた巣であったから問題はなかったが、本来なら洞窟など軽く崩れていただろう。


 彼はその手に握った白銀の剣に魔力を込めて、たった一言呟いた。


「――“絶対解放式(オベリスク)”」


 瞬間、剣閃が疾る。

 明らかに数メートルはあった間合いがまるで存在しないかのように、剣閃は赤竜の四肢を切り飛ばし、のたうちまわる首を切断し、洞窟の壁に何度も叩き付けられる尾を切り落とした。


 一瞬にして全身を切り分けられた竜の肉片は大地にゴロリと転がると、やがて蒸発するような音を立てて煙のように消失していく。その胴体があった場所にはいくつかのドロップ品が散乱しており、彼がそれを確認すると同時、突如空いた空間の穴にそれらは転がり落ちていった。

 ぐい、と彼は自身の頰にべっとりと着いた血を拭って、特に興味もなさそうに巣の奥へと目を向ける。


 そこには外へと通じる道があって、本来そこは人々が山を抜ける際に使っていたトンネルだ。今でこそ竜に巣を作られて交通不能になっていたが、その脅威も既に朽ちた。


 彼は背後に止まっていた馬車に視線を向けて、ポカンと口を開ける御者に暗い声音で告げる。


「終わった。急ごう、このトンネルを超えたらすぐなんだろ、『英雄の眠る街』は」


 その、左のみ紅く染まった眼を閉じて、彼は二人の少女が眠る荷台に腰を下ろした。銀の髪を持つ少女を辛そうに見つめたように見えたが、それも一瞬のみの出来事。彼はすぐに視線を外すと、彼自身も荷台の壁に背を預けて、その両眼を瞑る。




 ――イガラシ・クロは今、次なる舞台に辿り着こうとしていた。

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