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第59話『そうして、その日英雄は悪魔へと堕ちた』

 漆黒の霧が濛々と砕けた地面を伝い、朱く輝く双眸がゆらりと明滅する。ガリガリと金属の擦れる音が響く。あまりに重い圧力を纏ったその化け物は、ゆっくりと一歩踏み出してクロの横に屈み込んだ。


『――La、aa』


 哀しげとも、苦しげとも取れる声で鳴いた『黒妃』はすっと右腕らしき何かを伸ばして、クロの大穴が開いた腹部に触れる。紅いスパークがバチリと瞬き、クロの抉れた傷口に流れ込むかのように、『源流禁術』特有の赤いラインが浮かび上がった。


 ぐちゅり、ぐちゅりと肉が蠢き出し、その大穴を塞ごうと肉を盛り上げていく。ドス黒く染まったソレはやがて傷口を完全に埋め尽くすと、肌に馴染むようにしっかりとその吹き飛んだ筈の腹部を再生させた。

 同時に、じわりと黒い痣が全身に広がっていく。クロの顔にまで広がっていた痣は遂に目を超えて額にまで届き、付近に生える彼の黒髪がほんの少しだけ白く染まる。


 傷が完治した事を確認したのか『黒妃』はその手を離して、倒れるクロの体を持ち上げてぎゅっと抱き締める。目の前で起きているあまりに怒涛の理解不能に、エマが思わず言葉を無くした。


 何が起きているのか、と誰かに問いたくなったのは、仕方のない事と言えるだろう。だって、その姿は確かにブルアドの遠見の術で見た『黒妃』の姿そのもので、生きる災厄ともされるあの化け物が人を助けるなど、聞いた事もない。


 そして、これはあくまでエマ個人としての感情であるのだが、何故だかあの化け物に強い嫌悪を覚えるのだ。


 勿論ながら、アルタナ神話を飾る四人の悪役(ヴィラン)の一人だから。というのもあるだろう。だが、それはあくまで物語の一部として知った知識に過ぎない。実際の憎悪になんて繋がるはずもなく、しかし現にエマは『黒妃』に対して憤怒に近い程の敵意を覚えている。


 許せない、許したくない、“アレ”がこの世に存在するだけで腹立たしい、と。


「――『黒妃』、何故、お前が……っ」


 キルアナの、そんな声が聞こえる。視線を上げてみればその顔には『信じられない』とでも言いたげな感情が浮かび上がっており、あの何処までも底知れなかった彼女の心が、今はハッキリと紅の眼(リード)に映る。困惑、焦燥、そして怒り。

 ただしその怒りの矛先は『黒妃』に向けられたものではない、しかしながらクロに向ける憤怒とはまた別種のものであり、むしろその矛先はこの現状に対してと言えるものだろう。


 その手には既に、創世神話(グン)撃滅槍(グニル)が戻っている。だがキルアナは戦闘態勢すら取れておらず、明らかに動揺と混乱でマトモに思考できていない。


 それ以前に、キルアナは『黒妃』に対して、敵意を向けられていないのだ。


「……その男は、お前の求める伴侶ではないッ!出来損ないの贋作だ!やはり『最低最悪の魔王』は間違えたのだ……あの男は負けたのだ!お前が……いいや、貴女が、それ以上苦しむ理由は無いだろう!?」


 いつになく必死で、その表情はもはや悲痛さすら感じられる。ギリ、と両の拳を握りしめて叫ぶ彼女は隙だらけで、他の事が目に見えていない。しかしそんな彼女の様子も知らないと、『黒妃』はただぐらりとその体を揺らした。


 黒霧の下に、ドス黒い大剣が見える。ソレは『黒妃』の左腕と同化して異形の一部と化し、ドクン、ドクン、と不気味に脈動しているのだ。その度に紅いラインが明滅して、『源流禁術』がその身を蝕んでいる事を示す。

 大剣の切っ先がキルアナを差し、膨大な圧力が一気に解き放たれた。その強烈な敵意に晒されたキルアナは悲しそうに目を伏せて、ギリ、と歯を食いしばる。


「……あれから、何千年経った。それだけの間『源流禁術』を使い続けて、無事で居られる筈がない――もう、五感も失ってしまったんだったな」


『La、aaaaaaaaaa』


 透き通ったソプラノの声が響いて、キルアナの顔がくしゃりと歪んだ。バチバチ、と電光が『黒妃』の周囲で弾けて、その全身に力がどんどんと流れ込んで行く。


「……いいだろう。この身、幾らでも刻むといい。貴女が、それを望むなら」


 キルアナがその手のグングニルをくるりと回して、肩に構えて投擲態勢を取る。膨大な魔力がその切っ先に集い始めて、『黒妃』の心臓部へとその狙いを定めた。

 あのクロを生死の境にまで追いやった神宝、必中の投擲槍。ギチギチと彼女の腕の筋肉が軋み、悲鳴の音を上げる。筋繊維がブチンと弾け飛び、ぷつ、と肌に血が伝った。骨が圧迫されて、ミシミシと締め付けられて行く。


 これまでのあらゆる投擲を上回る、自身の損傷を丸ごと度外視した力の込め方だ。あれでは、投げたと同時に腕が弾け飛ぶ。


『黒妃』はその背から生える骨組みだけの翼を広げて、スパークを大量に放出する。膨大な魔力が収束して、大きく反った翼は一気に羽ばたき、その体を浮かせた。





 ――次の瞬間には、キルアナの腕が飛んだ。





「――っ」


 彼女は即座に飛んだ腕が持つグングニルを逆の腕で掴み取ると、込められたままの魔力を維持したまま、目の前に現れた『黒妃』へと叩き付けようとする。が、既にそこには『黒妃』の姿は無く、キルアナが目を見開いた時には、その腹部に漆黒の直剣が添えられている。


 ザンッ、という音と共にソレは薙ぎ払われ、キルアナの上半身と下半身は分断された。


「……っが、ぁ……!?」


 キルアナの持つ不死性が働き、即座にその肉体が修復され始める。しかしながらその暇すら『黒妃』の前では与えられず、修復され始めた肉体が一瞬にして再び分断された。

 鮮血が周囲一帯に飛び、ぼたぼたと肉片が撒き散らされる。しかし虚空に生じる歪みから新たな物質が形成され、やがて人の形を形成し、彼女の肉体として再構成された。キルアナが小さく呻くと同時、その腹部に『黒妃』の剣のように変質した足が突き刺さる。


 凄まじい勢いで彼女の肉体が吹き飛び、その四肢は肉体の衝撃に耐え切れず引き千切られる。部屋のボロボロの壁にぶつかっても尚その勢いを殺し切れず、彼女の胴は壁の中へとめり込んで行く。


 しかし『黒妃』には彼女を逃す気は無いらしく、すぐさまその穴に潜り込んでキルアナの首を掴み、慣性を全て捩じ伏せて穴の外へと投げ飛ばす。力に耐えられずにヘシ折れた首からは、夥しい出血と共に砕けた骨が突き出ていた。



 ――強過ぎる。あれ程強かったキルアナが、まるで手も足も出ていない。もはやこれは戦いでもなんでもなく、虐殺に等しいレベルだ。


 技術、経験、才能、その全てに於いて、キルアナはこの世界でもトップクラスと呼べる程の実力者だ。エマは知らぬ事ではあるが、キルアナを知る者達からは評価EX(規格外)の、一歩手前とまで言われる程に、彼女は凄まじい戦士なのだ。


 だが、そんな彼女でも規格外の領域には踏み込めない。充分過ぎるほどに強く、人知を超越した技術を持っているにも関わらず、彼女はその世界に入ることは出来ない。

 それは何故か、と言われれば、『比較対象が悪い』としか言い様がないだろう。


『最低最悪の魔王』、『真祖龍』、『黒妃』、『日蝕』、『勇気の担い手(リトルブレイヴ)』、クロ、現魔王、そしてこの場ではクロしか知らないが、姫路実という少女。


 単騎としての強さでは最も劣るであろうクロであっても、その拳一つで草原を谷に変え、竜巻を引き起こし、天候を変える。そんな馬鹿げた力を持つもののみが名乗る事を許された『規格外』という肩書き。

 中でもトップクラスの力を持つ『四黒』は、もはやその存在の規格からレベルが違う。幾ら全盛期と比べると弱体化したとはいえ、『規格外』の領域にすら至れていないキルアナが、『黒妃』に勝てる訳も無かったのだ。


 この数十秒の内に何度も殺され、全身をスクラップのようにされて沈黙するキルアナの腹部に、『黒妃』の剣足が突き刺さった。「がはっ」と彼女が咳き込めば、血肉を含んだ血液が出てくる。


 あまりに圧倒的、あまりに残虐的、あまりにグロテスクなその光景に、エマも目を逸らすしかない。自分達をいたぶっていた相手が好き放題に痛めつけられる、というのは物語なんかでは喜ばしい事なのだろうが、しかしそんな事が思い浮かぶ余裕すらない程に、酷く、惨い。


『――Laaaaaaaaaaaaaaaaーーーーーーッ!』


 その叫びと共に『黒妃』が剣足を振り上げて、浮かんだキルアナの体を異形の手剣で叩き斬る。大きく吹き飛んだ骸に等しいそれは、暫くすると再びその不死性に従って再生を始める。

 もう、あの域まで達するといっそ死んだ方がマシではないか、とさえ思う。何度も何度も殺され、死のうと思っても死ねず、延々と死ぬよりも辛い苦しみを味わい続ける。考えただけで気が狂いそうだ。


 ガシュ、ガシュ、と、瓦礫の山を剣足を突き刺しつつ登り、ピクリとも動かない彼女の元へと歩んで行く。まだあの拷問のような所業を続けるつもりなのかと血の気が引けるが、寸前で『黒妃』がその動きを止めた。


「……ジラ、イヤ……?」


 ぼそりと、小さくその影の名を呟く。

 ボロボロの肉体は既に立っていられる事すら不思議で、片腕に至ってはいつ捻れ切れてもおかしくはない。その手の中には既に刀は握られておらず、大きく手を広げて『黒妃』の前に立ち塞がっていた。


『――』


「……『黒妃』よ。どうか、怒りをお鎮め、下さい……報いは、十分過ぎるほどに、受けた筈です」


 魔力を練り込んだ言葉による、懇願。既に五感を失った『黒妃』には通常の言葉は届かず、魔力を言葉に込める事によって、『黒妃』に観測させるしか、対話の手段は存在しない。

 そしてその手段は、神代の時代で失伝したものだ。今やそれが出来るのはキルアナやジライヤ、そして極一部の極術使い(ハイエスト・メイガス)に限る。それこそ、本当に不死の術を獲得した最上位級の者のみだ。


『黒妃』がその剣を止めて、その真紅の双眸でジライヤを射抜く。彼はただ黙って『黒妃』の反応を待つのみで、意識は背後で倒れるキルアナに注がれている。


 ふぅ、と溜息を吐いたかのような動作を見せた『黒妃』は、手剣を振り上げてジライヤの片腕を斬り飛ばす。苦悶の表情を浮かべつつも声を噛み殺したジライヤは、興味を失ったかのように背を向けた『黒妃』を認識すると、深く頭を下げて、倒れるキルアナの介護に向かった。


「――!」


 一歩。


 たった一歩踏み出す時間しか無かったというのに、いつの間にか『黒妃』は既にクロの横に立っていた。ゆっくりと彼の頭の横に屈んで膝を付くと、ゆっくりと、傷付けないように彼の上体を起こして、先程よりも強く、しっかりと、その体を抱き締める。


 一体、どういう事なのか。何もかも分からない。

『黒妃』が何故こんな所にいるのか、一体何故クロに懐いているのか、疑問は幾らでも湧いてくるが、最も分からないのはエマの内から溢れ出してくるこの悪寒だ。街にいた時にも感じたソレはどうも『黒妃』の存在に反応して湧き上がってくるようで、アレがクロと接触しているという今の状況だけで底知れぬ怒りが湧き上がってくる。


 やめろ、離れろ、彼に近寄るな。そんなエマらしくもない思考が何処からともなく溢れ出して、彼女の思考をより混乱させるのだ。


「……く、ろ……起きて……!クロ……っ!」


 ようやく多少はマトモに動き始めるようになった体をなんとか持ち上げて、喉を震わせてそう叫ぶ。依然彼からは紅の眼(リード)でも感情を読み取れず、彼の意識が無い事を示している。

『黒妃』はこちらになんの反応も示さず、ただクロを抱き締めるのみだ。


 駄目だ。根拠など何も無いが、このままでは駄目だという思考が心を埋め尽くしていく。このまま『黒妃』に好き放題にさせていると、いずれクロが居なくなってしまうかのような、そんな直感。


 取り返さないと、彼を奪い返さないと。


 無理だ、あの化け物に勝てる訳が無い。


 どうすればいい、彼を取り戻すには。


 手段など無い、手を出せば絶対に死ぬ。


「……や、だ……っ」


 思わず漏れ出した、拒絶の言葉。それは勿論ながら自分の死に対するものでもあり、しかしながら彼が居なくなってしまうという未来に対してのモノでもある。

 確かに、死ぬのはどうしようもなく恐ろしい。『真祖龍』に囚われて何も出来ず、ただ死を待つのみだったあの時の恐怖は、今でも鮮明に思い出せる。この先二度と誰にも会えず、ただ孤独に死んでいくという事の恐怖は、いざ直面してみるまで想像も出来るわけが無かった。


 飽きるほど見た太陽の陽を、二度と見ることが出来ないという恐ろしさ。毎日のように会話を交わした家族たちと、話す事すら出来ないという絶望。あんな気持ちはもう二度と味わいたくないと思うほどに、ただただ怖かったのだ。

 けれど、だからといって、ここで何もせずに『黒妃』の行動を見過ごし、生きて帰ったところで――


 ――この先、何のために生きればいいのだろう、と。


「……ぁ、ああっ」


 嫌だ。連れて行かせない、行かせるものか。


 ここでクロを失ってしまえば、生きる理由が分からなくなる……いや、確実に、この先の生を生きる理由を永久に無くしてしまう。大好きな人を、自分の命惜しさに諦めてしまったと、その後悔と自責を背負い続けて生きていく事になる。


 そんなのは、絶対に嫌だ。


「……あ、ぁぁぁーーーーッ!!」


 少しばかり痺れの残る体に鞭打って、『末端禁術』を全身に回す。青いスパークの内に一筋だけ紅い輝きが瞬くと同時、全身が羽のように軽くなったような気がした。


 バキン、と瓦礫の山を一瞬の内に踏み越えて、『黒妃』の背後から姿勢を落とす。漂う黒霧に突っ込んで、その中で僅かに紅い輝きを宿すクロの手を取った。

 ぼうっと浮かぶ真紅の双眸と一瞬目があって、怯みそうになる心を叱咤する。キッとその瞳を睨みつけて、最愛の少年をその真っ白な両腕で掻き抱いた。


「――クロを、返して……っ!」


 同時に、軽い跳躍と共に全力の蹴りを放つ。

 吹き飛ばす、とまでは行かないまでも『黒妃』の体を突き飛ばして、エマの胸の中で眠る少年に何も異常がない事を確認すると同時、すぐに後退した。なるべく彼に負担が掛からないように着地して、その肩を揺らし声を掛ける。

 バチリ、と彼の体に残る紅い電光が、何故だか無性にエマの不安を掻き立てた。底知れぬ不安感に襲われて、必死に声を張り上げる。


「起きて、クロ……!お願い……っ!ねぇ……っ!」


 脈はある、息もしている、鼓動も感じる。大丈夫、すぐにでも彼は目を覚ましてくれる筈だ。だって、クロは強くって、ピンチを何度も乗り越えてきた、あの勇気の担い手(リトルブレイヴ)にだって引けを取らない英雄なんだから。

 それだけを胸に、ただひたすらその手を強く握る。


「……ぅ、ぁ」


「――っ」


 ――ピクリ、と少し瞼が動いて、閉ざされた口から小さな呻き声が漏れた。


 エマの腕の中で重心が揺らぎ、彼が自ら動き出そうとしている事を示す。ぎゅっと手を握り返してくる彼の手のひらはとても暖かくて、ゆっくりと開いていくぼんやりと朱く染まった眼は、しっかりと生気を宿していた。


「……、……エ、マ……?」


「ーーーー!」


 胸中を、行き場の知れぬ歓喜が埋め尽くしていく。どうしようもない無数の複雑な感情の本流が全身を駆け巡って、言い表しようがない心を、クロをぎゅっと強く抱き締める事で示そうとしてみる。

 クロがイマイチ状況を把握出来ないと困惑して、しかしエマのただならぬ様子に、今は彼女の好きにさせるべきだと判断した。










 ――勝利、というものは。


 人によって、或いはその勝負の内容によって、定義は如何様にでも変化する。駆けっこをすれば速かった者が、腕相撲をすれば相手の腕を押し倒した方が、純粋な殺し合いでは、相手を先に殺した方が。

 勿論ながら、それは勝利の逆……つまりは敗北でも同じ事だ。駆けっこで遅ければ敗北するし、腕相撲では押し切られれば敗北するし、殺し合いでは先に殺された方が負ける。


 では、この闘争に於ける勝利とは、何が定義するのか。


 ルールはない、かといって純粋な殺し合いという訳でもないこの戦い。勝利を定義しようもない、謎多き闘争。しかしそれが勝負、闘争である限り、何かしらの決着は付けられる。

 そしてその結末は、決着は、初めから決まっていたのだと――そう、世界の理には記録されている。だって、そういう風に“書き換えられた”のだから。


 創世神話(グン)撃滅槍(グニル)。穂先で指した者に絶対の勝利を約束する、主神オーディンが携えたとされる伝説の槍。そしてこの闘争が始まる前に、その条件は既に整えられていた。

 (エマ)が居て、槍の主人(キルアナ)が居て、主人は自身を勝利者として指した。運命は既に、キルアナの勝利を決定付けている。


 だが、このままでは到底、彼女の勝利とは言えないだろう。彼女は再起不能にまで追い詰められて、今やズタボロの雑巾のように地面に転がっている。故に槍は、この結末がこのままで終わる事を良しとしない。


 勝利とは、相手を敗北させる事。つまり槍は、この戦においてエマを敗北させること……つまり、キルアナ以上に再起不能へと追い込むという結末を選択した。運命は書き換えられ、その未来を強制的に引き寄せる。






 ばしゃりと、朱い液体が、クロの頬を濡らした。




「――――は?」


 何が起きたのか分からないと、クロが眼を大きく見開く。つい先程まで強く彼を抱きしめていた少女の腕からは既に力が失われて、彼女自身もまた何が起きたのかを理解出来ずに、違和感の生じる自身の胸に眼を落とした。


 黒塗りの大剣だ。赤黒い血液でその刀身を湿らせた漆黒のソレは、エマの胸を背後から貫いて、ぽたり、ぽたりと血を垂らしている。

 ぐちゅり、ぐちゅりと大剣が傷口を抉って、一息に引き抜かれた。それに吊られるようにエマの上体がぐらりと傾いて、崩壊しかけた瓦礫の床に背中から倒れ伏す。


 その大剣を引き抜いた張本人、漆黒の霧を纏った剣の怪物、紅い双眸を瞬かせた“ソレ”は、憎悪の込もった視線で、力を失ったエマを一瞥する。


 どく、どく、と、その白いナタリス特有の衣装が朱く染まって、瓦礫の隙間に流れ落ちていく。力なく横たわる彼女の体からはどんどんと血の気が失われていき、命は少しずつその先を閉ざしていく。



 たっぷりと、そんな彼女の状態を眺めて、ようやく現状を理解した頃には










 ぶちり、と。

 クロの頭の中で、何かが切れる音がした。











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