第6話『良い読みだ、感動的だな』
ブクマ10件目頂きました。ありがてぇ……
「……うん、まあここは助けてくれてありがとうって礼を言いたいところなんだけどさ」
視線を森に戻し、その惨状を見る。
凍っていた。ただひたすら凍っていた。巨大な氷の柱が雲を突き抜け、超弩級の冷たい大樹を形作っている。明らかに森全体の質量よりも巨大なソレは、たかだか狼一匹を仕留めるには思いっきりオーバーキルに見えた。
というか、森の生態系とか色々と大丈夫かこれ。
「……うん、やり過ぎた感はある。今戻すから」
こちらの苦笑の意味を察したらしく、姫路もまた苦笑いを浮かべて氷の大樹に手を伸ばす。するとその手には、いつ握られたのか、黄金の刀が握られていた。
長い、ただひたすら長い刀。明らかに人間が扱うには長過ぎる、2メートルはあるのではないかと思うほどの刀。
確かこれは魔剣なんてレベルのモノじゃない、姫路の固有能力である『天照らす大いなる御神』の権能である、神が創り上げた宝具。確か銘は、『日之切姫命』と言ったか。何故異世界ファンタジーの癖に名前が日本風味なのかとかは多分突っ込んだら負けだ。
姫路はそれを軽々と回すと、逆手持ちにし、槍投げのフォームで構え、投擲した。
凄まじい速度で黄金の軌跡を残し、空へと登っていく刀は大音響を立てて大樹に突き刺さり、同時にその黄金の刀身を妖しく煌めかせる。
そしてその瞬間。見上げる程に巨大だった大樹が、綺麗さっぱり消滅した。
『日之切姫命』、別名『妖魔殺し』。
この世界に伝わる伝承のうちの一つに登場する紛れもない神宝らしく、魔の力を宿す概念を絶ち、取り込む力があるそうだ。しかも伝承ではそうやって集めた魔の力を束ねて、神の権能とは思えないような大出力の漆黒の斬撃として撃ち放ったりもしていたらしい。それなんて約束○れた勝利の剣?完全に敵ボスの奥の手です本当にありがとうございました。
と、魔法で組み上げられた氷を吸収し切った妖魔殺しが、レーザーの如き勢いで姫路の手に戻り、直ぐにその刀身を黄金の粒子に変え、姫路の腕へと回収されていった。固有能力の産物である為か、彼女の神宝に限っては『収納』のように仕舞っておけるらしい。何やら他にも色々と神宝はあるらしいが、今の所『日之切姫命』以外はまだ見たこともない。
全属性の最高レベルの魔法適正による強力な魔法に、規格外に高過ぎる魔力値、知力による魔法の圧倒的な効率、倍率。化け物じみた思考加速による演算の速さによって実現される、魔法の多重並列構築。魔力総合値の高さによる圧倒的質量等、彼女の戦力は一国の総合戦力にすら勝るほどと分析されている。
そんな奴が友人として居てくれるなど心強いなんてレベルではないが、とりあえず、その、なんだ。
「……」
「……」
ぶっちゃけ、滅茶苦茶気恥ずかしい。
脳裏に浮かぶのは二日前の光景。姫路の顔を見ているとどうしてもそれを思い出してしまい、それは向こうも同じらしく、お互い顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまう。
どうしよう、なにこれ、やだこれ、すっごい気まずいんだけどどうすればいいと思う全国のおまいら。少なくともコミュ症&彼女いない歴=年齢な俺には分かんないよ。
待って、ねぇ待ってなんて声かければ良いの。なんでなんも言ってくんないの。なんで向こうも顔真っ赤にしてんの。そりゃそうかあんなんよくよく考えたら気まずくもなるわ馬鹿かよ俺馬鹿だよそうだったよ。
というか反応がいちいち可愛らしいのはわざとなの?天然なの?どっちにせよ耳まで真っ赤になってる様子見てるだけで心臓がヤバイんですが貴女ホントに三次元の住人ですか二次元から抜け出してきたとかそんなんじゃないですよね。
「……ね、ねぇ五十嵐君」
「は、はいなんでしょうか」
おずおずといった感じで呼ばれたので、とりあえず返事を声を上擦らせながらもなんとか返す。ヤバイ、緊張で舌も回らん。
「確か五十嵐君って、こういう事にも詳しいんだよね?クラス転移だっけ」
「あぁ、一時よく小説読んだりしてたし」
なるべく平静を装いながらも答える。実際あちらでもよくそういったジャンルのラノベはよく買っていたし、かなり気に入っていた。なので大体のお約束なんかは熟知しているつもりだ。異世界転移、異世界転生、クラス転移、クラス転生、なんでもござれ。売り出されている小説の大概は読んできた。ネット小説でも有名所はほぼ全て読破したつもりだ。その辺りの質問ならドンと来い。
「じゃあ、こういうののお約束だとか、よくある傾向だとかも知ってる?」
「あ、ああ。そりゃまあ」
知っている、が、あまりその通りに行って欲しくないという感情が強い。
何故ならばその定石通りに進めば俺はその内、このチート集団からはぐれ、生き残る為に必死のサバイバルを送る事になる可能性が強いからだ。それを生き延びさえすればチート級の強さを得て帰ってくる可能性も高いが、少なくとも暫くは会えない。
友達になったばかりでそれは、お互いあまりにも酷だろう。
……ただ、結構心配している。これまでやたらテンプレ通りなのだ、ここまでくるともうそれすら必然のように……いや、余計な事を考えるのはやめよう。フラグを建築するだけだ。フラグというものはとんでもなく恐ろしいのだ。
「……それじゃあ、ね。今度、色々教えてくれない?帰るための手掛かりになるかもしれないし、今日はさっきの事で疲れてるだろうから、明日の夜でも」
はい、とびっきりのフラグ追加入りましたー
ねぇなんで!?なんでこのタイミングでこの状況でそういう事言うかな!?いや教える事自体は全くもってやぶさかじゃないけどさ!?なんかこうフラグ的なアレがね!?何!?俺明日死ぬの!?ああもう赤面して上目遣いとかやめて惚れるからってかもう惚れてっからああもう可愛いな畜生っ!
「……分かった、明日な。どこに集まる?」
「!、じゃあ、私の部屋で。そっちじゃ人が居るでしょうし、私この前の部屋をそのまま使ってるから」
ねぇこの子異性を自室に軽々と誘っちゃうの?警戒心ないの?それか襲えって事なの?んなもん俺みたいなチキンに出来ると?ああその笑顔がヤバイねぇまっておまいらどうしよう何この子めちゃくちゃ可愛いんだけどどうすればいい?
お互い普段自分の世界に閉じこもってたからあんま交流出来なかったけど実際触れてみるとヤバくね?この子ただの天使じゃね?何これ、自惚れていいの?好意貰ってるとか勘違いしちゃうぜ?男は単純な生き物なんだぜ?
世の中の男に『鈍感』だの『草食系』だのいう勇気ある恋する女子諸君。そういう奴も居るには居るが、大体の場合気付かないんじゃないんだ。気づいた上でそれが自分の勘違いじゃないかとか、自分なんかが好意貰えるわけ、とかいうそういう感情に飲まれちまって混乱して一先ずは気付かないフリをしてるだけなんだ、この気持ち誰か分かって。かくいう俺もそのタイプ。実際好意持たれてるのかは別として。
だってさ、コミュ症だぜ?コミュ症なんだぜ?こんな可愛い子に好意持たれるとか普通無いぜ?というか今だって分からんぜ?この子もコミュ症だったから分からなかっただけで、元からこんな性格で、現状俺しか友達いないらしいからこうなってるだけ、みたいな可能性が無いわけじゃないんだぜ?自惚れるなよ俺。
「わ、分かった。とりあえず皆と合流しよう、とりあえず性急に話とかなきゃいけない事は歩きながら話すし」
「う、うん」
とりあえずいたたまれなくなってきたので、他の皆と合流して空気を変えようと、一先ずは姫路の案内で皆の下へと動き出す事にした。
……おい、ヘタレとか言うな。
◇ ◇ ◇
「……っ」
とりあえず、先に言っておいたほうがいいだろう『無能主人公の法則』については説明した。
姫路が小さく息を呑み、目を見開く。しかし直ぐに気を取り直したのか、目を細め、口元に手を当てて思考の海に飛び込んでいく。とはいっても、考えてもどうしようも無い事だとは思うのだが、それでも俺より遥かに頭のいい姫路の事だ。何かしら考えもあるのかもしれないので、その邪魔はしない。
が、正直、大体こういったクラス転移ではその形はどうあれ、まず確実に無能主人公が自分の意思、何らかの事情で無理矢理に、どちらにせよクラスメイト達からは離れる事になる。何故かと言えば単純明快、そっちのほうが面白いからだ。
いやまあ離れずとも面白い作品はあるのだろうが、割合的にはやはりそういったものの方が多い。
そしてその小説がダーク系統ならば、とても目が当てられないような悲劇に、ライト系統ならばさっさとチートを見つけ出してサクサクと逆境を乗り越え、ハーレムを手に入れたりする時もある。或いはその両方を合わせたものもあるかもしれない。
この世界がもしそういった意思によって紡がれているのだとしたら、まず確実にどんな対策を取ろうと、俺はその運命からは逃れられない。
……厨二的な言い回しとか言うな。
さて、問題はそれが如何なる理由によって引き起こされるのか。そのイベントはいつ発生するのか。
それによって出来る準備の量も、質も、優先順位も変わる。
とりあえず、仮にそうなった場合に備えての『収納』の活用方法についても考えておいた方が良いだろう。
「……ん、現状では……無理かな」
と、どうやら結論が出たらしく、姫路が一つため息を吐く。
彼女はそのまま浮かない顔で視線を彷徨わせるも、その思考の結果を口にする。
「……もしそれが起こるなら、それまでに出来る限り手札を増やした方がいいかな。魔法は確か使えないんだよね、なら……気休めだけど」
姫路が突然その手を持ち上げ、額にコツンと指先を当ててきた。
何事かと額を押さえて姫路を見ても、「これで良し」などと笑顔で言っている。いや可愛いけど、今の行動は一体なんぞや。
と疑問を投げ掛けようとした所で、前方に複数の人影が見えてきた。どうやらこちらを探していたクラスメイト達のようで、一先ず安全圏に戻ってきたと再確認しホッとする。
――藤堂に東は、何事も無かったかのようにそこに混じっていた。というか明らかに不機嫌そうな顔をしてらっしゃる。この野郎共……どう料理してくれようか。
「おっ、やっぱ無事だったかクロ。いやぁ、お前が森の奥で行方不明になったって聞いた時はヒヤヒヤしたぞ」
「……あぁ、和也か。色々あってな……」
とりあえず二人を睨みつつそう答える。和也もその視線の意味には気付いたらしくそちらを軽く睨んだが、どうせ言っても止めないのはお互い分かりきった事なので直ぐにこちらへ視線を戻す。和也は俺と姫路で視線を行き来させると、急にニヤついてこちらに寄ってきた。なんだ。
「いやぁ、お前が居なくなったって聞いた時の姫路、凄かったぞ。聞いて一秒経たないうちになんかの魔法でいきなり飛んでって、暫くしたらあの氷の樹だ。なんの冗談かと思ったね、どんだけ焦ってたんだか」
「……まあ姫路は根っから優しい性格みたいだし、唯一の話し相手かもしんないしな。また助けられるとは、ありがたいモンだよ」
「えぇ〜?そんだけかぁ〜?明らかにそんな程度じゃ……むぐっ!?」
と、ニヤニヤと下衆顔を浮かべていた和也の口が塞がれ、八重樫と山口に引き摺られていく。なにやら遠く離れた所で説教を受けているようだが、何をしたあの馬鹿。なんか所々で「お互い気付いて……」だとか「敢えて経過を……」等と断片的に単語は聞こえたが、それだけでは意味はよく分からない。
と、そんな具合に呆然としていると後ろに視線を感じ取り、振り返る。その先では白城が何やら神妙な目付きでこちらと……姫路?を見ているらしい。疑問を感じて困惑の視線を向けていると、姫路の方から視線を戻した白城が驚いて視線を逸らす。なんぞ、ワシが何かしたかい。
――で、だ。ケジメはやはり付けておくべきか。
「で、お前らのせいで死に掛けた訳だけど」
「あぁ?テメェの不注意を勝手にこっちのせいにしてんじゃねぇよ五十嵐。自分から森の奥に突っ込んだクセによぉ」
で、これである。テンプレ不良コンビめ、反省の欠片もない。というかお前ら俺が生きてるって分かる前から不機嫌じゃなかったかオイ、なんだお前ら、ぶっ潰すぞ。出来んけど。
ちなみに、この二人の方の固有能力は属性系統らしい。確か藤堂が『水龍の眼』、東が『灼熱成すは我が右腕』だったか。何が「厨二臭いチート能力貰って喜んでんじゃねぇのかぁ?」だ、テメェらの方がよっぽど厨二臭いじゃねぇか。アイタタタタ。
まあ、こんな事言ったら殺されるので言わんが。もしかしたら姫路が助けてくれる可能性もあるのかもしれないが、自分で厄介事を引き受けるつもりも無いし、そんなつまらない意地で姫路の手を煩わせるつもりも無い。とりあえず「相変わらずクソか」などと多少聞こえる声で言いつつ、狙われないようにチート軍団が密集している所に入る。後ろから殺気らしきモノを感じた。おおこわいこわい。
と、そんな具合に全員が揃った所で、やっと俺たちは城へ帰る事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「……で、姫路さん。やっぱり五十嵐君の事好きなの?」
「……ふぇっ!?」
私が小声でそんな言葉を掛けられたのは、森からの帰投を始めて直ぐの事だった。聞いてきた少女の名は、確か……三津彩音だった筈だ。
昨日にも似た言葉を掛けられた。八重樫さんや山口さんに、『五十嵐君と付き合ってるの?』とかそんな事を言われた覚えがある。その時は錯乱してマトモに話せず、今でもあまり記憶は無いが。と、そんなこんなで多少の耐性は付いてきたのか、今日は多少狼狽えるだけで済んだ。顔は真っ赤だが。
「な、なっ、なんで?八重樫さん達もだけど、どっからそんな話に……」
何とか平静を保ち、周りに聞こえないよう声を抑えて聞き返す。すると三津さんは首を傾げて、至極当然のように言う。
「え?だって、この前姫路さんが倒れた時に、部屋で五十嵐君と抱き合って──」
「――――――――――――っ!!!!」
待って、ギブ、ギブ、もうやめて、私のライフはもうゼロなの。もう終わったの。もうその情報が出回ってるって事実だけで死にたい。顔が熱い、視線が泳ぐ。自然と二日前の出来事を思い出し、彼の腕の中で抱かれている時の暖かな感覚を想起し、さらに羞恥で顔を染める。
なんで!?錯乱してだとはいえ、どうしてあんな事しちゃったかな私!?馬鹿なの!?馬鹿でしょ!?いや絶対馬鹿よね!?ああぁぁぁぁぁーーーーっ!!
恥ずかし過ぎて座り込んでしまう。三津さんが慌てて「大丈夫大丈夫」とフォローしてきた。
「大丈夫、これまだクラスでは女子しか知らないから」
つまり逆に言えば女子は全員知ってるって事よねそれ!?そういう事よね!?あぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!
もうダメ、もう死んだ、もうお嫁さんに行けない、さよなら私の新生活。やっとマトモな友達出来て一歩前進とか思ってた私が馬鹿でした。
いやまあ別にその抱き締められたのが嫌だったって訳じゃなく、単に異性にいきなり抱き着くとかいう訳わかんない行動を恥じている訳であって決して五十嵐君に文句がある訳じゃ無いというか、むしろ受け入れてくれて凄く嬉しかったというか、そのなんというかでもアレは不安だった私を励ましてくれただけであってあの必死過ぎて余裕が無かったあの真剣な話に色恋なんて余分な感情が入ってくる余地は──
「で、好きなんでしょ?」
「……好きです」
だってあんなの絶対落ちるでしょこれまでずっと親含むいろんな人に気持ち悪がられて来たんだよ私!?それ全部話して理解して貰った上で友達になろうなんて言われて嬉しくないはずないじゃん!?すっごい怖かった時にずっと隣にいて宥めてくれてると凄い安心したんだよアレ!?しかもずっとそういう負の感情は向けられて来たから分かるけど、不純な感情一切無しにただ純粋に私を心配してずっと居てくれたんだよ!?惚れるなって言われる方が無理でしょあんなの!?
と自分の中で勝手に言い訳をしていると、三津さんが嬉しそうに笑った。
「やっぱりー?これまで姫路さん、ずっと寂しそうだったからさ。五十嵐君とああなってから大分雰囲気明るくなったんだよ?気付いてる?」
「へ?」
そうなの?と、続ける前にその言葉の内容を再認識してまた赤面する。その様子を見て三津さんが更に笑みを深めて、言葉を続けた。
「大分空気が柔らかくなったっていうかね?よく笑うようになったでしょ、そのせいかな。凄くいい傾向だし、私としては是非ともその恋を応援したいね!」
「こ、……ぃ、……っ!?」
テンパってマトモに声が出なかった。けれど、やっとそこで自身の気持ちを再認識する。やはりそういった事に全くと言って良いほど耐性が無い為か、めちゃくちゃ恥ずかしいけれど、その意味を肯定する。
私を救ってくれた彼を、多分私は大好きなんだと思う。そういった感情を抱くのは初めてだからよく分からないけど、彼とずっと一緒に居たい──そういう意味では、きっと私は彼に恋している。だからこそ、彼の言うその『無能主人公の法則』が気掛かりになる。
一応、既に彼には『種』は持たせた。けれどやっぱり、私の大切が奪われてしまう、私の居場所が奪われてしまうその時が来るのが、ただ心から恐ろしい。
――だから、私が守らないといけない。
せめて、この与えられた忌まわしいチートで、大切なモノを守る事が出来れば。
……あ、でもどうしようコレ。
フラグ臭、尋常じゃないんだけど。
実はクロと姫路は、性格的には似た者同士だったりする。