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第57話『絶望の足音が聞こえる』

「お、ぉ”ぉ”ぉ”ーーーー、ぁァッ!!!!」


 キルアナの咆哮が上がり、それを合図として創世神話(グン)撃滅槍(グニル)が急速に加速する。音の壁を超え、空間を歪めて、レーザーの如き勢いでその短槍が打ち出された。その尋常ならざる一投はキルアナの腕すらもグチャグチャに破壊するが、しかしその崩壊した腕は即座に再生する。

 先程とは何もかもが違う。いくらなんでも速すぎる、『源流禁術』で思考を急加速させてもまるでその動きは追えず、軌跡を辿るのが精一杯だ。


 ドパァンッ!という音がして、膝をついて動けないクロの体が浮く。何事かと周囲を見渡せば、そこに散らばるのは大量の血溜まりと、そして見るに耐えない肉塊の断片。

 臓物だ。ズタズタに引き裂かれたスクラップの如きそれらは、強烈な血臭を漂わせてクロの嗅覚に届ける。一体いつの間にこんなものが、と一瞬考えたが、すぐにその思考が的外れだったと気付く。


 クロの腹に、大穴が開いていたのだ。分泌されるアドレナリンと『禁術』による痛覚の誤魔化しで多少和らいではいるが、それでも強烈な痛みが遅れてやってきた。地獄のような苦しみが全身を鈍らせて、声にならない絶叫を口の中でなんとか噛み殺す。

 ごっそりと体の重みが薄れて、上半身と下半身がねじ切れるかの如き感覚に襲われるのを、歯を食いしばって堪えようとする。


「……治、せ……ッ!」


 そう声を絞り出して、暗示のように自分の肉体へと命じる。それに呼応するかのように腹部の風穴から肉が盛り上がって、急速にそれを塞ごうと悍ましく蠢き始めた。

 後に残るのは、漆黒の肌。『禁術』による侵蝕が進んだ証明であるそれは、同時にこれまでの古傷のようなものだ。『禁術』によって急速に修復した部位は、全て侵蝕に犯される。ズキリと脳を抉られるかのような頭痛が走り、しかしさっきよりはマシと割り切って前方を見据えた。


 グングニルは既にキルアナの手に戻っており、荒い息を吐いてその切っ先を地に突き刺している。彼女はもう片方の腕で腰の剣帯に手を伸ばすと、鞘から見覚えのある直剣を引き抜いた。

 かつてクロがキルアナと手合わせした際、彼女が用いた双剣の内の一振り。引き抜いたソレをくるりと回して逆手持ちにし、槍と剣を両手に持つという独特のスタイルで、彼女はその殺気を滾らせた。


 読み取れる表情は、怒りを既に通り越して憎悪に近い。何が彼女をそうさせるのかは分からないが、例えどうにせよその憎悪はお門違いも甚だしい。それはクロが彼女に対して抱いているモノだ。


 状況は最悪。キルアナ一人ならば何とか対処出来たかもしれないが、そこにジライヤが加わるとなると一気に不利になる。先程の一刀で、ジライヤの強さは嫌という程理解した。

『真祖龍』が純粋な、圧倒的なまでの火力による強さだとするなら、ジライヤは極限まで研ぎ澄まされた技術としての強さ。一つ一つの動作がまるで見えず、何が起こっているのかを理解する事さえ難しい。


 近付くのは、悪手だ。


「……にしたって、手加減したキルアナにも通じなかったんだ。通じるとも思わねぇ……がっ!」


 即座に、『収納』をジライヤを囲うように展開する。数多のノイズの中から無数の武器群がその切っ先を閃かせ、全方位から彼を囲うように伸びた。

 が、壮年の剣士は当然のようにそれら全てを見切って、軽い跳躍と体の捻りという最小限の動きでこれを回避――どころか、武器群を抜けてすぐさまこちらとの距離を詰めてくる。


 こちらも黙ってやられる訳にもいかないので、無駄とは思いつつも片足で思いっきり踏み込む。瓦礫の山が衝撃で跳ね上がり、下からジライヤの体を撃たんと殺到した。

 彼は手に持つ刀を即座に構えて、一切速度を緩めずにそれらを全て流してみせる。流石の技量だと賞賛すべきか、またはどうすれば良いのかと嘆くべきか。

 しかしながら幸いな事に、本命はこちらではない。瓦礫の雨を抜けてきたジライヤに合わせて、軽く跳躍して右脚に力を込める。


 ――一時、拘束段階の解放を申請。承認、“対神出力”を人類種以外への攻撃に対してのみ、Lv.2まで限定解放を許可。


「お、ぁあああ”ぁぁッ!!」


 地面に向けて、『源流禁術』を全て乗せた全力の蹴りを見舞う。

 直撃した訳でもないというのに、凄まじい負荷が右脚の腿から先に掛かる。ズキズキと筋肉が軋んで、骨にヒビが入ったかのような感覚が残る。が、同時にその蹴りによって凄まじいまでの風圧が巻き起こり、膨大な衝撃は瓦礫の山を打ち砕いて、前方向に強大な暴風を巻き起こした。

 その風圧によって、ジライヤの体を無理矢理吹き飛ばす。これ程の広範囲では流石に回避のしようもない様で、ジライヤも真正面から目を丸くしてその暴風を見やるしかなく――


 ――銀閃が、走って。


 風は真っ二つに切り裂かれ、ジライヤのみを避ける様に左右に分かれている。彼の背後は放射状にのみ元の風景が残っていて、それは彼に対してこの暴風が何の効果も及ぼさなかった事を意味した。

 チャキ、とジライヤがその刀を構え直す。その表情は未だ余裕があって、今のを防いでもまだ彼の本気の一端すら出ていないのだと理解した。


「……チートかよ……っ」


 出鱈目すぎる。人は剣を極めれば、ここまで化け物じみた事が出来る様になるものなのか。いくら異世界とはいえ、流石にこれは規格外としか言い様がない。

 やはり、『禁術』では動きが大き過ぎて、ゴリ押しすることもできない。『収納』でも彼の前では遅すぎる故に、とても動きを止めるなど出来そうもないのだ。


 だとすれば、現状クロが取れる対抗策は無い。詰み、というのが最も相応しいだろう。


「――!」


「っ、お”、ぉぁっ!?」


 更に言えば、これだ。

 キルアナが的確に、ジライヤに対処した隙を突いてくるのだ。しかもその一撃一撃が精密で、回避するので精一杯。勿論ながら、反撃の余地など欠片も存在しないときた。

 チラリと、視線を横へ送る。その先には未だ体の麻痺が治らず、心配そうな目を向けるエマと、深く傷つき、昏睡する龍の姿に戻ったナイアが居る。二人とも恐らくはまだ動ける兆しはなく、仮に援護に入れるようになったとしてももう少し先だ。


 せめてもう一人、戦える味方が居れば勝ち目もあったかもしれない。が、クロには現状を打破する手段が、どうしようもなく欠けているのだ。


「カ、ぁーーッ」


「お、ぉぁっ!?」


 短い気合いと共に、下段からその刀――天叢雲剣(あめのむらくもけん)が迫る。寸前に『収納』で武器を展開して壁を形成し、その道を阻もうと画策する。が、あまりの剣速に姿がブレると同時、まるで壁など無かったかのように刀身はクロの左腕を切り飛ばしていた。


 これだ、先程から、防御をすり抜けているのかをかわしているのか、こちらの対処が何も意味を成さないのだ。肝心の瞬間は剣速が最高速近くにまで達しているため、何が起きたのかを観測することも出来ない。


 故に、それが天叢雲剣(あめのむらくもけん)の権能なのだとしても、それが分からない。判断が出来ないのだ、それを目視出来ないクロには。


 襲い来る激痛に唇を噛んで耐え、すぐさま『禁術』で再生させる。一瞬封龍剣山でのトラウマが蘇ったが、幸い痛みはあの時ほどではない。この状況で、もがき苦しんでいる暇はないのだ。生え変わった漆黒の腕が元どおりに動く事を確認してから、大きく跳躍して距離を取る。


 一応、切り札が無い――ということはない。とっておきを一つだけ持っては来たのだが、しかしこの状況では無理だ。何か一瞬でも、何か、何かこの状況を打開できる何かが要る。


「『殲滅鎧(イージス)』ッ!!」


 クロの呼び掛けに呼応するように、周囲を巡回していた無数の金属片が一定の纏まりを持って動き始める。それらは収束していくつもの刃となり、クロの周りを囲うように回転し始めた。

 少し、また少しと、それはどんどん速度を上げていき、やがて土星の周囲に漂う小惑星群のように白銀のリングを形成していく。


 リングの周囲で砂埃が巻き上げられて、濛々と立ち上がる煙に視界が閉ざされる。様子を見るかのようにこちらを睨み付けるジライヤと、余計な行動をさせまいと飛び出してくる二人の騎士は対照的だ。


「……掃射ァッ!!」


 クロの一言を合図として、周囲で高速回転を続けていたイージスが解けていく。ドパパパパッ!というマシンガンじみた音と共に刃が次々と撃ち放たれ、黒銀のソレが凄まじい速度でキルアナへと迫った。


 彼女は寸前でブーツの踵を瓦礫に引っ掛け、ブレーキを掛けると共にその体をコマのように回転させる。その勢いを乗せて振り抜いた直剣により、イージスを次々と迎撃していった。

 相変わらず、凄まじい反応速度だ。亜音速にまで達するであろう連撃を、一撃一撃丁寧に弾き落としていく。


 その真横を、刀を腰だめに構えたジライヤが、姿勢を低くして飛び出してくる。念の為に残しておいたいくつかのイージスの刃を向かわせて迎撃するが、ジライヤはそれらを一瞬の内に斬り伏せて、クロの眼前にまで迫った。


「ぬ、ぅぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!!」


「む――!」


 ガギィン、と、金属が擦れるような音がする。それはクロが構えた腕とジライヤの持つ刀から発せられたモノで、ジライヤの刃はクロの腕を切り飛ばせずにいた。

 にぃ、と、クロの口の端が釣り上がる。目論見、というよりはほぼ賭けの領域であったが、この勝負に勝ったのは大きい。


 硬化。『源流禁術』の応用、あまりの高出力に肉体が耐えられないという事態を避ける為に、無意識に発動していた肉体の硬化を、意識して“硬化のみ”に集中させる。

 超火力を一時的に全て防御に回すことで、肉体のみで刀を受け止める。それでも部位を限定して、一部分の硬化に集中してやっと受け止められる程度の事ではあるが、それでも何も出来ないよりはマシだ。


 天叢雲剣(あめのむらくもけん)を掴み、ジライヤを逃さないよう両腕を硬化させて固定する。単純な出力だけならばこちらの方が上だ、このまま全方位から『収納』で――!


「……っ、な!?」


 するりと、手の中の感触が抜けた。

 クロの手を通り抜けた刀がそのままクロの首筋に迫り、冷たい感触が首の皮を裂いて、肉を削ごうとする。


「――!」


 と、唐突にジライヤが刀を引いて飛び退り、ワンテンポ遅れて、2m近い大剣がゴォッ!と音を立ててクロの眼前を通過した。


 何事かとその下に視線をやれば、片膝を立てながらも何とか上体を持ち上げたエマが、その片腕を振り切っている。先程その手の近くにあった大剣は姿を消していた。であれば、今のはエマが投げてくれたのか。


 またも彼女に命を助けられたと苦笑して、すぐさま後退する。そして、彼女のお陰で大切な情報が入手出来た。


 手に残るのは、僅かな水気。それは先程まで天叢雲剣(あめのむらくもけん)の刀身を掴んでいた手のひらであり、その中にはほんの少しの水滴があった。

 ここから推測出来るとすれば、天叢雲剣(あめのむらくもけん)八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の具現とする説。そして、それを確認する為には――


「これしか、ねぇよな……っ」


『収納』の中にあるソレを確認して、クロは一つ、苦笑いを浮かべた。











 ◇ ◇ ◇













 風を切る。


 風を切る。


 星のように空高く漂うソレが風を切り、夕陽を背景にその姿を黒く染めていた。


 流れる一つの島が、そのシルエットを徐々に崩壊させてゆっくりと高度を下げていく。ボロボロと岩塊が崩れ落ちて大地へと降り注ぎ、一つ、二つと落下する度に大きく地面が揺れる。

 その島には、まるで串刺しにされたかの様な傷が刻まれていた。


 “それ”はただただソレを観測して、暮れる太陽に照らされた茜色の草原を歩く。頭上で映るその風景は幻想的で、まるで御伽噺に出てくるワンシーンのようだ。


 トン、トン、と、“それ”の脳裏に不規則に連なるリズムは、出自は全てあの島から放たれているものだ。その度に“それ”が嬉しそうに頬を緩めて、心なしかその足取りも軽い。

 カリカリ、と金属を擦るような音が“それ”の後に続いて、腰ほどまでに伸びた黒髪が一歩毎に小さく揺れた。


 そういえば、少し前にあの子の声を聞いたような気がする。あの島からは、あの子に似た気配を感じるのだ。またあの子に会うことがあれば、またみんなで一緒に遊ぼうと小さく決意する。


 最後にみんなで揃ったのはいつだっただろう、あれから何年だっただろうか。


 そんなことをふと思い出して、思わずクスリと笑みが漏れる。またみんなで会えるのだと心が弾んで、しかしながらそれらの気配と共に在る魔力に底知れぬ嫌悪感を覚えた。どうにも、それが存在する事だけはどうしたって許せそうになくって、見つけ次第殺そうと思う。

 だって、それは彼の隣に在る。当然のような顔をして、彼の隣に居るのだ。そんなことを、この“わたし”が許せるはずがないのだ。絶対に。


 彼に会ったら、今度こそぎゅっと抱き締めてもらおう。今度こそ『頑張ったな』と褒めてもらうのだ。



 だから、待っててね。今、行くから






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