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第56話『その一刀、希望を断ちて』

総合評価、遂に1000pt超えました。やったぁ!

 重厚な鱗の鎧を全身で支えるように受け止めて、ぼたぼたと滴る血液をかわすように首をひねる。とうにナイアの意識は無いようで、グッタリと脱力したその巨大からは相応の重量がのし掛かってきた。


禁忌術式(タブー)源流(オリジン)』を全身に巡らせている為にそう重く感じはしないが、侵蝕はその間にもジワジワと進んできている。頰にまで達していた侵蝕は遂に目にまで届き、左目に映る視界が少しばかり変になっているのだ。視界を赤い靄がチラついて、その度に頭がズキンと痛む。


 だが、そんな事はもうどうだっていい。思考にすら留まらない。今、最優先すべき事は――


「――よくもウチの子を散々痛め付けてくれたな……ッ!」


 あの女を、ブン殴る事のみ。


 周囲に追随させていた殲滅鎧(イージス)に脳内で指示を出して、ナイアの龍体を傷口に障らないようゆっくりと降ろす。恐らくは先ほど地上でも感知したブレスの影響で熱されたのであろう地面には厚めの布を敷いて、ナイアの体に負担が掛からないよう丁寧に寝かせる。


 部屋の中央を貫く断世王(クラウ)封龍剣(ソラス)を『収納』に引き込んで、視界を確保する。目線を辺りに徘徊させれば、すぐにその姿が確認出来た。


 足下から突然大質量の奇襲を受けた事により、その腹部は紅く血に濡れている。短槍を支えにして膝をつく彼女は、確かにかつてギルドで手合わせをしたキルアナだ。あの時からどうにも腹が読めないとは思っていたが、敵だとは思わなかった。


「……イガラシ、クロか。一応、どうやって来たのかは、聞いておこうか」


「地上から断世王(クラウ)封龍剣(ソラス)をブチ込んで、そこを駆け上がって来た。この剣なら、例え空に浮かんでても相当高くなきゃ余裕で届くからな」


 刃渡り約7500m、幅400m超、その刃のみで富士山の軽く二倍は高い規格外過ぎる武装だ。柄も含めれば恐らくエベレスト並の高さだろう。ちょっと何を言っているのかよく分からないが、それが事実なのだから仕方がない。

 手のひらに拳を打ち合わせて、パキリと一つ指を鳴らす。両腕に疾る紅いラインから溢れる電光がバチバチと音を立てて、クロの全身に膨大な力が宿っている事を示した。


 早期決着だ。話をしている暇はない、弁明も聞かない、あの時と同じように。


 一つ周囲を見渡して、瓦礫の山の一部で苦悶の表情を浮かべるエマを見つける。すぐにその横に駆け寄ってその体を抱き上げ、『収納』から適度な布を引っ張り出して床に敷いて、火傷や傷がない事を確認してからその上に下ろした。熱気から見るに相当瓦礫は熱されているようだが、火傷が無いのは『末端禁術』のお陰か。


「……ご、めん、なさい……わた、し……っ」


「誰があんなの予想出来るかよ、気にすんなって。後は任せてくれりゃいい」


 掠れた喉を震わせてまで謝ってくるエマの肩をポンと叩いて、複雑そうな表情を浮かべるエマにそう笑い掛ける。彼女の事だから、『任せて』と言った手前こんな状況に陥ってしまった事に負い目を感じているのだろうが、生憎とこの世界では本当に何が起こるか分かったものじゃない。


 “事実は小説よりも奇なり”なんて言葉もあるが、まさにそれだ。実際に異世界転移に巻き込まれてこれまで過ごして来た訳だが、こんな事態になるなんて予測出来る筈もなかった。


 未来に起こる事なんていつも不確定で、絶対など存在しない。こんな常識なんて無かったと言わんばかりの世界では、特に。


 ――出力調整、計算開始。対象、人類種として設定、出力拘束指定レベル4。思考加速のみ上限解除とする。


 ――これで大丈夫、いってらっしゃい。


「……それじゃ、行ってくる」


 それはエマに言ったものだったのか、それとも他の誰かに向けて言ったものだったか。何故だかボンヤリとして分からない。ただ、その感覚が不快なものでは無かったので気にはしない事とし、全身に『源流禁術』を満たしていく。


 と、眼前に、黄金の軌跡が迫った。


 槍だ、キルアナが持っていた黄金の槍。魔力とは違う何かによって宙を駆けるそれは、物理法則など知らぬとでも言わんばかりに真っ直ぐクロの心臓を狙ってくる。

 恐らくは、グングニル。投げれば必ず獲物に命中し、その後持ち主の手元に戻るという反則級の権能を持った神宝。回避しても意味はなく、そも膨大なまでの力を秘めている故に本来反応すら出来るか怪しいものだ。

 だが生憎と、今のクロは『源流禁術』により思考を極限まで加速させている。本来なら目で追う事すら難しい程の速さではあるが、今のクロの前ではあまりに遅い。


 故に、対処法はただ一つ。


「ぬ、ぁぁぁぁーーーーあ”あ”ぁ”ァ”ッ!!」


 純粋に、受け止める。

 膨大な推進力を持つ槍を左右から思い切り握り、勢いを真正面から押し返していく。槍の中に込められた魔力を『源流禁術』の馬鹿力で相殺し、両足を地面に突き刺す勢いで踏ん張りを掛ける。流石の神宝だけあって『源流禁術』でも暫し押し切られそうになるが、ギリギリで持ち堪えて完全に停止させた。


 バチンッ!と電流が流れたかのような衝撃が走り、こちらの拘束を振り解いた黄金槍は、一瞬の内にクロを離れて上空へと登っていく。すぐさま視線でそれを追えば、既に頭上で槍を手に取ったキルアナが、その切っ先をこちらに向けていた。


「殺ャァッ!!」


「ん、なろ……っ!」


 すぐさま腰に掛かった剣を引き抜いて迎撃する。それだけでは力のベクトルがズレて予期せぬ結果になる為に、空いた片腕に殲滅鎧(イージス)を集め、剣へと組み替えて二刀流の状態にし、その二刀を以って撃ち返す。

 体勢が崩れた一瞬の隙に軽く跳躍して回し蹴りを叩き込めば、鎧に衝撃が加わる轟音と共に、その体が部屋の壁へと叩き付けられた。


 確かに、キルアナは強い。圧倒的な迄に強く、凄まじい技術を持つ、強者という名にこれ以上ないほど相応しい騎士だ。数多の技術を会得した彼女の戦技は、本来のクロなら敵うはずもないほど完成されている。


 ただそれ程までに、『源流禁術』が圧倒的だというだけの話で。


 濛々と立ち上がる埃を振り払って、凹んだ壁からキルアナがすぐさま突撃してくる。弾丸の如き勢いで突き出された槍を左手の剣で逸らして、右の黒刀の腹を思いっきり叩き付ける。が、それを見切ったキルアナは黒刀に脚を掛けると、振り抜く勢いを利用して全身を回転させる。


 同時に足下を薙ぎ払ってくる一撃を跳躍して回避し、即座に真上から二刀を叩き付けた。が、彼女は当然のように回避して、即時背後へと飛んで距離を置いた。


『禁術』による無理矢理なドーピングとはいえ、圧倒的な迄のステータス差があるにも関わらずここまで善戦されるのは、やはり俺の技術があまりにお粗末なのと彼女の技術が人外の域に達している故か。見えてはいるのに、その動きが見切れない。


「――イガラシ・クロ。お前は、違うのか」


「……どういう事だよ、違うって」


 唐突にそんな事を聞いてくるキルアナに、クロが疑問気な顔を浮かべて問い返す。その様子にキルアナが両目を瞑って、その手の創世神話(グン)撃滅槍(グニル)を構えつつ、小さく口を開く。


「問い方を変えようか。今、お前は何故戦っている」


「何故って、元は2人の援護……今は、ウチのナイアを散々痛め付けてくれた仕返しに決まってんだろうが」


 そんな当たり前の事を問うてくるキルアナに、僅かに怒気を孕ませて答える。まるで自分は何一つ悪い事をした覚えがないとでも言いたげな澄ました表情が、無性に腹立たしい。

 共にエマを助けに行き、『真祖龍』とも戦った大切な相棒を傷付けられたのだ。そんなあの子を傷付けられて、怒るなという方が無理がある。正直、冷静さを保っていることすら危うかった。


 だが、そをなクロの様子にキルアナは意外そうに目を見開く。


「……何面食らった顔してんだ、俺が怒ってんのがそんなに意外かよ」


「いいや、そういう訳ではないが……そうか」


 キルアナは一瞬悲しそうに目を伏せると、しかしその表情をすぐに引っ込めて、こちらに視線を向けてくる。


 ――軽蔑するような、眼を。


「……お前は、(たが)うのか……ッ!」


「ーーっ」


 殺気が。


 これまでとは比較にならない、莫大な殺気。部屋中に溢れて尚止める所を知らないかのように流れ出る殺意の奔流は、クロの全身を飲み込んでいく。あまりに膨大な圧力に思わず一歩後退し、周囲一帯の空気が数倍にまで重くなった気がした。

 ポニーテールにされた紅い髪が魔力の放出によって揺れ、怒りを孕んだソレは瓦礫の山を振動させる。創世神話(グン)撃滅槍(グニル)は満ちた魔力で周囲の空気を歪ませて、まるで周辺が異界であるかのように錯覚する程だ。


 間違いない。この一撃は、まずい。


「――ジライヤァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


「……っ!?」


 その呼び声は、最早大声という枠で収まるモノではなかった。

 連想するのは、『真祖龍』が放った咆哮による衝撃波。あまりに大きな音の波は空気を激震させて、こちらの肉体にダイレクトでダメージを与えてくる。流石に『真祖龍』のソレまでとは行かないが、その咆哮は充分過ぎる程に強烈だ。


 あまりの音量に耳を塞ぎ、歯を食い縛って衝撃に耐える。キルアナは一体何処からそんな声を出しているのか、鬼の様な形相のまま凄まじい大音量で咆哮する。


「予定変更だ……!この男を、今、ここで殺すッ!こんなモノ、彼奴の忘れ形見などと認めるものか――ッ!!」


 空気が流動し、魔力が収束する。黄金の輝きが短槍に集い、ビキビキとキルアナの右腕の筋肉が悲鳴を上げた。

 これが全力の一投、先程のソレとはレベルが違う。威力も、速度も、込められた魔力も、何もかもが完全に桁違いだ。あれは、受け止められない。そう、確信した。

 回避も、当然不可能。撃たれれば、どう足掻いても生き延びる事は出来ない。で、あれば、取れる対処法はたった一つのみ。“そもそも撃たせない”、というただ一点に賭けるしかない。


 いくら『源流禁術』と言えど、遅い。キルアナの槍を構え、力を込め、魔力の放出と共に投擲する――その一連の動作は完璧過ぎる程に完成されていて、今から近付いていてはタイムラグで間に合わない。故に、今出来る最速の対処は、ただ一つ。『収納』から展開した武器であの槍を弾き飛ばすしか……


「……っ、クロ!下っ!!」


「な――っ!?」


 唐突に、エマの声が耳に届く。ハッとして視線だけでも下へ移せば、そこで起きている変化が、加速された脳裏にスローモーションの如く映し出された。


 剣だ。足元の瓦礫をバターのように切り裂いて地中から突き出されたソレは、一瞬の内に円状に地面をくり抜いて、一気に足場を崩壊させる。ワンテンポ遅れて退避を試みるが、足元が不安定故に遅い。ぐらりと上体が傾いて、勢いが余ったせいか、背中から背後の瓦礫へと突っ込む。

 穴を潜って現れたその男には、見覚えがあった。エマ達にとっては、つい先程別れたばかりの相手ではあるが。


「ジラ、イヤ……ッ!」


「……我が主の命です。貴方の命、この場にて貰い受ける」


 確かに、先程キルアナは彼の名を呼んでいた――が、ここまで早く来れるものなのか……いや、道を通ってきた訳ではなく、ダイレクトにここまで来たのだ、速いに決まっている。

 マズい。今、この状況で、このタイムロスは痛過ぎる。一瞬でも目を離したら、グングニルを追えなくな……


 すぅ、と


 何か、違和感があって。

 どうにも、変な感覚が拭えずに鳥肌が立つ。何かとても嫌な予感が全身をよぎって、なんとなく、しかし全力で、何もかもを無視してまで、何としてでも後ろに下がりたいような気分になったので、制御が出来る程度にまで抑えていた『源流禁術』を完全に開放して全力で背後に跳ぶ。


 何か確信があった訳でもない、何か危機を感じた訳でもない、ただ、そうしなければならないという使命感に襲われて、そうしただけ。


 ――直後。




「…………は?」




 腹部に、熱が走った。

 呆然と見下ろせば、臍下あたりに赤い線が浮かび上がっている。それはじわりじわりと広がって、やがて赤い液体がぷくりと膨れ上がった。

 ぽたり、ぽたりと滴り落ちるそれが足元を濡らして、不意に全身を倦怠感が襲う。足に力が入らなくなって、膝から体が崩れ落ちた。ぴちゃり、という水たまりに踏み込んだような音がして、自身の身に起きた事が理解出来ずにただ眼前を見る。


 そこでは、ジライヤがその手に持った剣――正確には、刀を振り抜いて佇んでいる。その刀の刀身は驚くほど真新しく、奇妙な形をしている。ただ、その刀の姿はクロにも覚えがあって、複数あるその候補から考えられる剣はただ一つ。


「……(あめの)……叢雲剣(むらくものつるぎ)……っ」


「ほう、ご存知ですか。この神刀を」


 名前は知っている、それはそうだ。日本人で、尚且つクロのような神話オタク……とまでは行かないまでも、多少神話知識も齧っているのならば大概の者は知っているだろう。

 日本神話に於ける三種の神器。八咫の鏡、八尺瓊勾玉と並ぶ、日本を代表する神宝の一つ。須佐之男命(スサノオノミコト)櫛名田比売(クシナダヒメ)を助けるため、八岐大蛇ヤマタノオロチを酒に酔わせて討ち取った時、その尾から見つかった神剣。


 エピソードもよく知っている、実際に図書館で借りた本でもそういった内容は出て来たし、ゲームなんかでもよく採用されるネタだ。その大まかな流れはしっかりと覚えている。


 だが、問題が一つ。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎ……別名、草薙の剣は、特にこれといって特殊な権能がある――といった話を聞かないのだ。例えば、グングニルならば敵を追い続けるホーミングの投槍。クラウソラスならば、銀の腕(アガートラム)に振るわれる事により、使い手に絶対の勝利を約束する。


 では天叢雲剣は?と言われれば、クロは口を閉ざすしかない。何故なら、知らないのだ。または、そもそも無いかの、どちらか。


 ゲームでも、小説でも、その名が出る事はよくある。しかしながら、その権能が設定に採用される事はほぼ無いと言ってもいい。いや、探せばあるのかもしれないが、少なくともクロは知らない。


 クラウソラスは、その権能を知っていたから扱う事が出来た。グングニルは、その能力を知っていたから対処出来た。


 だが、天叢雲剣の権能を知らない。これは今までになかった事例であり、同時にこれはクロの神話知識によるアドバンテージ、その全ての喪失を意味する。

 実際、今も何をされたのかまるで分からなかった。確かに、彼の一刀は完全に躱した筈だ。だというのに、腹部には横一文字に大きな傷が刻まれており、止め処なく血が流れ出している。足はガタガタと震え、立ち上がる事すら出来そうに無い。


 そして、今の一撃を見て確信した。確信させられた。


 この男は――ジライヤは、確実に








 ――キルアナよりも、遥かに強いと。










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