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第47話『それぞれの意志』

「――っ」


 そんな馬鹿な、と内心でこぼす。

 地獄絵図のような風景に目を見開き、ただ硬直しているしかなかった。着地すらままならずに、反動で暫く転がってようやく止まる。全身に、鈍く重い痛みが走った。


『黒妃』の姿は見えない。黒霧と土煙が交わってしまっているのか、その詳しい座標が掴めないのだ。もしや今の一撃を喰らって絶命してしまったのか、と一瞬考えたが、こんなにあっけなく倒せてしまうものなのかと疑念が浮かぶ。


 だが、流石にこの威力では流石の『四黒』とはいえ、致命傷は免れないのではないのか。



『――A、aaaaーー』



 ……居た。


 抉れた大地の中心。突風に吹かれて散らされた砂埃の中に、黒霧とその奥に輝く紅い双眸が見える。やはり、生きている。いや、それどころか、あんな一撃を直に受けて尚立ち上がると言うのか。

 二本の大剣を支えにすることすらなく、『黒妃』はその歪な二本足で立ち上がる。掠れた声を出しながら、その紅色の瞳を瞬かせながら、まるで不死者(アンデット)のように立っていた。


『禁術』によるものだろう紅い電光を周囲に発しながら、ギシギシと音を立てて周囲を見渡す。勿論ながら、視覚どころか五感の全てを失っているらしい『黒妃』には、そんな行動は何の意味もない。

 だというのに、『黒妃』は何かを探しているかのように、意味もなく周囲を見渡している。


 今現在、『黒妃』が周囲の状況を把握する術は、魔力を読み取る事だけだ。それ以外の手段は全て失われて、あの化け物の世界は周囲に存在する魔力の中にしか存在しない。


 今、盛大に魔力を撃ち放った俺の居場所を『黒妃』が掴めていない、と言うことは。


「――魔力が空間に広がり過ぎて、判別が付かないのか?」


「らしいわねぇ、ファインプレーよぉ」


「うぉっ!?」


 突然ぐい、と首根っこを引き上げられて、いつの間にか背後に来ていたブルアドの脇に担がれる。彼は早口に「生命の泉よ、勇気ある者に治癒の祝福を。『リ・ライフ』」などと呟き、同時に彼の指先から放たれた淡い光が、グチャグチャに歪んだ右腕に染み込んでいった。

 それを始めに、右腕の負傷が『禁術』の超速再生程ではないにしろ、驚異的な速度で癒えていく。


「回復魔法……!」


「正確には、回復促進魔法だけどねぇ。まあ似たようなものだわぁ」


 ブルアドはパチンとウインクをしてから、ちらりと『黒妃』の方を見る。その視線につられて同じく『黒妃』に視線を向けると、化け物は俺達を追うでもなく、探す訳でもなく、ただその何とかヒトらしい形を残した右腕を何処かに伸ばして、何かを探し続けていた。


 黒い霧は形を歪めて、ぼんやりとその下に眠る『黒妃』の姿が見える。


「……!」



 ――行かないで、と。


 傷だらけの口元が、そう囁いた気がして。

 同時に、その黒く染まった面影は、何処かで見たような気がして。



「……逃げよう」



 それ以降、俺は振り返る事はなかった。










 ◇ ◇ ◇










「……作戦の概要は、第一軍による牽制の後、誘導した『黒妃』の出現と共に、『王土鱗(ドラグ・アーマー)』の確保と、ナタリスの少女の、足止め。究極的な目標は、『最低最悪の魔王』の転生体の、始末による、『共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)』の阻止と、聞いた」


「……『最低最悪の魔王』の、転生体」


 エマは目の前の『オーディンの槍』構成員でいる男から『禁術』による操作を切り、多少の不快感の残滓と共に精神干渉を終わらせる。やはり、使っていて気持ちのいい力ではないと、こめかみを抑えてため息を漏らす。

 予測は当たっていた。


 クロ曰く、オーディンという神様は、ラグナロクという戦争に向けて戦力を集めていた事があるのだいう。『オーディンの槍』が私設の傭兵団を作っていたのも、仮にではあるがコレと関係があるとしよう。

『オーディンの槍』が必死に集めていた神話の残滓……『最低最悪の魔王』の遺品は、言わば『共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)』生き抜ける力を持つと証明された、正真正銘伝説の武具だ。

 例えそれが忌み嫌われた存在が使っていたとしても、性能は確約されている。なるほど、使わない手はないだろう。


 彼らが何かしらの目的を持って、過去に既に起きた筈の『共栄主世界戦争(ワールド・エゴ)』の阻止を望んでいるのだとすれば、彼等にとっての一番の障害は、それらの遺物の本来の持ち主――『最低最悪の魔王』に他ならない。


『最低最悪の魔王』は間違いなく、アルタナ神話に於いて最悪の存在だ。

 戦闘力に於いては彼を上回る『日蝕』すら差し置いて彼がその座に着いているのは、『最低最悪の魔王』の能力に由来する。


 正体不明の術式――恐らくは『源流禁術』を用いた、アーティファクトの生成。


 ただでさえ災厄級の力を持つ『四黒』の面々に、それぞれの特性を最大限に活かす無数の装備を与え、更には完全に狂っている他の『四黒』三体すらも完全に従えて、その状況に於いて最善の手段を選び取る。当時全盛期の人族(ノルマン)にすら『化け物』と称されたその極悪性は、『最低最悪』の名を冠するに相応しい。


 そして、『オーディンの槍』が狙うその"転生体"に該当するであろう人物を、エマは一人しか知らない。


「……クロ」


 あの紅い輝きが、もしも彼らの言う通り『黒妃』によるものだとすれば、その襲撃はクロにとっても完全に想定外の筈だ。今にも彼は『黒妃』と遭遇して、戦闘を始めているのではないか。下手をすれば、信じたくもないが、彼はもう殺されて――


「……うるさい」


 心の奥底に渦巻く弱音を、その一言で一蹴する。

 パチンッ!と頬を両手で挟み込むように叩き、しっかりと前を見据える。きっと、彼は大丈夫だ。『真祖龍』と戦った時のように、彼は絶対に戻って来てくれる。そう信じるのだと、エマは既にあの薄暗い洞窟の中、彼に救われた時から決めたのだ。


 やるべき事は、他にある。


「……ヘルメス」


「聞いていたよ。まさか『黒妃』を"使おう"なんて莫迦な事を考えていたとはね」


「……状況は?」


「少しまずい。一応外は持たせているが、全方向から際限無く湧いてくる。凌ぎ切れない程じゃないが、徐々に店の方への警備が行き渡らなくなってきた」


 やはり、か。


 ナタリスの少女というのは、まず間違いなくエマの事だ。今や衛兵達も加わって規模は大きくなっているが、その足止めという事は、考えられる目的は二つ。

 まずは、クロに救援を出させない為。とはいっても、『黒妃』相手に救援など入れた所で、十億と十億の戦いに一を加える程度の変化しか無い。今の所『四黒』と張り合えるのは、『源流禁術』と『収納』という、相手の強さに関係なく効果を発揮する力を持つクロのみ。

 そこにエマ達が加わった所で、クロの足を引っ張るだけだ。


 であれば現実的なのは、エイラ達が居る店に近づけさせない為の策だ。

 二度に分けたのは恐らく、『黒妃』の登場による戦力の分担、または硬直を狙って一気に店から引き剥がす為か。一瞬でも引き剥がしてしまえば、店一つ潰す程度彼らなら直ぐに実行してしまえるだろう。


 が。


「……店は、大丈夫」


「……理由を聞いても?」


 理由など、一つしかない。エマとしても驚いた結果ではあったが、屋敷で見たのは紛れもなく現実だった。であれば、同じ仲間である彼女を信頼しない理由など何処にある。


「ナイアが、居る」









 ◇ ◇ ◇











「勝ちー!」


「また負けたーーっ!!」


「うー!勝てないー……」


 ナイアが嬉々としてそのカードを床に置いて、自身の勝利を宣言する。それに対してカイル、ルーシーがその手に持ったカードを放り投げて、少々大袈裟に悔しがる。ぴょんぴょんと飛び回るナイアは満足したように床へと転がると、ピクリとその耳を震わせる。

 ゆっくりとその上体を起こしてから目を瞑ると、すんすんと鼻を鳴らした。


 そんなナイアの様子を見て不思議に思ったのか、カイルが不思議そうに首を傾げる。


 当然の事ではあるが、人間ではなくドラゴン……白神竜(ヴァストス)であるナイアの五感は、人間のものとはレベルが違う。特にその鼻は敏感であり、例え家の中からでも外の様子程度ならば読み取れる。

 時に魔術に頼らない原始的な探知法は、下手な魔術的な探査よりも厄介だ。なにせ対魔術を想定した隠密には、対物理的探査を想定してはいない。故に魔術で気配は消していても、"彼ら"の動向がナイアには手に取るように分かった。


「……誰か居る」


「誰か?」


「ちょっと待っててね」


 とてとてと小走りに廊下に出て、魔力越しに全ての扉を閉める。一応魔力で形成した結晶状の鍵を全ての部屋に掛けて、裏口の方角から臭う侵入者の気配に意識を向けた。

 ナイアは基本的に、まるでそこいらの子供のように活発な性格だ。それは彼女自身の性質であるし否定をするわけでもないが、勿論ただの子供のような思考回路というわけではない。


 基本的に、ナイアは飛び抜けて頭がいい。それはクロも認める所であり、言語一つを自力で解読したどころか、そこに書かれていた魔術を直ぐに会得した。とんでもない成長速度だ。

 故にナイアは、クロ達が思うよりも遥かに現状を把握している。自分が今何をすべきか、自分が今何を信じるべきか、全て考えた上で行動するのがナイアという少女だ。


 今彼女がすべき事は、共に在るエイラ、カイル、ルーシーという三人から成る家族を守る事。ナイアとて会ったのは初めてだが、今日1日で随分と仲良くなった。彼らにはもう、紛れもなく親愛の感情を抱いている。

 だからこそ、彼女らを守る役目を任せてくれたクロに感謝する。そして同時に、クロの力になれるという事がたまらなく嬉しかった。


 あの暗い森の中で、負傷し、死ぬ間際にあった自分を助けてくれたひと。怯える自分の様子にもめげずに、なんとか命を繋ごうとしてくれた彼。あの優しい手が頭を撫でてくれるあの瞬間が、本当に心地よく、愛おしくて。


「――情報に無い娘が居るぞ、どうする」


「構うな、殺してしまえ。目的さえ達成できれば他はどうでもいい」


 そんな会話か研ぎ澄まされた耳に入っても、ナイアの表情が笑顔から揺らぐ事は無かった。


 バッ、と棚の裏から男が飛び出して、その手に持った直剣を振るう。ナイアはそれを直前で躱すと、突然に出現させた竜の尾で男を締め上げる。

 勿論、殺しはしない。意識を奪うだけだ。


「な……なんだ、コイツ……っ!」


「ただの魔族じゃねぇぞ!全員で囲め!」


 その号令と共に、店内に隠れていた傭兵たちが次々と現れる。それぞれの手には直剣に手斧、メイスやレイル・キャスト――クロの言う『魔導銃』を構えた彼らは、それぞれがナイアから目を逸らす事なく、その切っ先、銃口を向けていた。

 子供の外見だからと油断せず、しっかりと安全を確保した、尾の届かないギリギリの位置に立った彼らは、間違いなく優秀の部類なら入るだろう。

 だが、仮にクロがこの場に居合わせたのなら、苦笑しつつこう漏らしていた事だろう。



 ――相手が悪かった、と。



「クロが頼ってくれたんだもん、絶対負けてあげないっ!」


 そんな子供らしい声音で宣言したナイアは、腰に手を当てて仁王立ちをする。それを隙と判断したのか、一斉に男達が各々の獲物をナイアへと放った。

 剣閃、打撃、銃撃、その種類こそ多岐に渡れど、害意を以て放たれた攻撃はナイアへと一斉に突き進み――


 ――虚しく空を切る。


「……な」


「やぁっ!」


 ナイアの姿が、消えた。

 超高速で動き過ぎて、動きが捉えきれなかった、という訳では無い。そも、そんな隙間など無かったはずだ。天井は低く、上から脱出する事も不可能。周囲には男達が立っているために、下をくぐり抜けて脱出する事も無理だ。

 物理的に、脱出不可能の状況だった、筈だ。


 だと言うのにナイアは、今まさに当然の如く彼らの背後を取り、次々とその意識を奪い取っていく。


 一撃加えれば一人昏倒し、二撃加えれば二人が眠った。


 だが、その動きがまるで読めない。軌跡を追うことすら、その移動の残滓を見る事すら出来ないのだ。出現しては消滅し、また出現しては消滅を繰り返す。


 この現象は、未だこの世界(アルタナ)では認知されていない。この能力が如何なるものかを知るのは、元いた世界でそれを知った異世界人――クロ達のみ。

 最も、ナイア自身、そんな事知る由もないのだが。


 名を、『零時間移動(テレポート)』。一切の時間を用いずに、文字通り零時間での座標の移動を可能にする、超常の力。


 彼ら傭兵たちの攻撃がナイアを捉えることは叶わず、逆にナイアの攻撃は予測不可能。その軌道は変幻自在であり、どんな位置からでも追撃が可能。


 クロをして、『チートじゃねぇか』と言わしめた、ナイアの固有能力だ。


「なんだコイツ……っ、一体、何を……!」


「や、ぁっ!」


「があっ!?」


 また一人、また一人と倒れていく。たった一人の少女相手に、訓練された傭兵達がまるで対抗出来ていない。あまりに異様なその光景に、残る傭兵達も後ずさりした。


 ナイアは近くにいた男の首筋にしなやかな蹴りを入れて打ち倒し、その反動でくるくると回りつつ床に着地する。パンパンとワンピースの裾を叩き、再びその小さな胸を貼って活発な笑みを浮かべた。


「私が守ってる限り、おじさん達はぜーったい、通してあげないっ!」



 触れれば壊れてしまいそうなほどに小さな背丈が、傭兵達には、酷く大きく見えた。




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